夢幻の飛鳥2~うつし世の結びつき~

藍原 由麗

文字の大きさ
32 / 81

32

しおりを挟む
 そうしていよいよ薬狩りの当日を迎える。

 皆は夜明け前に藤原池のほとりに集まり、夜明けとともに一斉に出発した。
 ちなみに稚沙の親戚にあたる額田部比羅夫連ぬかたべのひらぶの姿も、遠くからではあったものの何とか確認することができた。

 稚沙はその道中にふと周りの景色を眺める。
 5月の飛鳥は本当に美しい。冴え返える晴空の中を鳥達が飛び交い、それに合わせて薬草も所々から生えているのが伺える。

(本当に今日は薬猟にはうってつけね。椋毘登からひと達もそろそろ山の中で猟を始めてるの頃かしら)

 稚沙が薬草を探している間、椋毘登は今日は厩戸皇子うまやどのみこに同行していた。
 これは皇子直々の申し出だった。椋毘登の刀の腕前を見込んで、護衛を兼ねてとのこと。

 彼らは丁度山の中にまで入ってきており、もうすぐで猟の穴場に到着しようとしていた。
 そんな中、椋毘登の直ぐ前を歩いていた厩戸皇子がふと彼に声をかけてきた。

「ところで椋毘登、君には守りたい人やものはあるか?」

「え、守りたいものですか?」

 皇子の突然の問いに椋毘登は思わず驚く。
 だが頭の回転の早い彼である。とりあえず何か答えなければと、ふと自身の脳裏に浮かべてみる。

 そして椋毘登は、自身の家族達をことを考えてみる。

 (父、母、それに弟たちか……)

 だがその最後に突然稚沙の姿が浮かんできた。以前の彼なら絶対にありえないことだ。

(自身の一族以外で大事なものなんてなかったのにな)

 そう考えると何とも愉快に思えてくる。人はも変わる時は本当に変わるものだなと。

「そうですね。やっぱり自分の家族でしょうか。あとは家族以外で大事だなと思える人とか?」

 彼自身は政にはさほど興味を引きはしない。これまでも過去に、自身の欲の為に身を滅ぼした人達を、彼は何人も見てきていたからだ。

 それに元々余り欲のない人間なので、自分の大事な人達を守るのが一番だと思ってきた。

「なるほど、まぁ普通はそうだろうね。皆家族あっての生業だ」

 また、今は他にも数名の家臣が共に行動をしているものの、厩戸皇子と椋毘登が先頭を切って歩いている。

 ただ椋毘登からしてみれば、厩戸皇子と離れてしまっては、今日ここに同伴した意味がないので、必死で彼の側について歩いている感じだ。

「厩戸皇子は、突然どうしてそのようなことを聞かれるのですか?」

 椋毘登からしてみれば、今は猟の最中である。そんなさなかで、彼は一体何を考えているのだろう。

「私は大和の皇子として、常にこの国の将来と、そこに住まう人々が他国に侵略されることなく、どうすれば平和に暮らせるのか、常にそのことを第一に考えている」

「皇子、それは誠に立派なお考えかと思います」

 椋毘登はそう返しながら、やっぱり彼は自分とはまるで違うなと感じる。

(やはり、この人は本当の大和の皇子だ……)

 椋毘登は厩戸皇子に対して、思わず尊敬の念を抱いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

花嫁

一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。

魔王の残影 ~信長の孫 織田秀信物語~

古道 庵
歴史・時代
「母を、自由を、そして名前すらも奪われた。それでも俺は――」 天正十年、第六天魔王・織田信長は本能寺と共に炎の中へと消えた―― 信長とその嫡男・信忠がこの世を去り、残されたのはまだ三歳の童、三法師。 清須会議の場で、豊臣秀吉によって織田家の後継とされ、後に名を「秀信」と改められる。 母と引き裂かれ、笑顔の裏に冷たい眼を光らせる秀吉に怯えながらも、少年は岐阜城主として時代の奔流に投げ込まれていく。 自身の存在に疑問を抱き、葛藤に苦悶する日々。 友と呼べる存在との出会い。 己だけが見える、祖父・信長の亡霊。 名すらも奪われた絶望。 そして太閤秀吉の死去。 日ノ本が二つに割れる戦国の世の終焉。天下分け目の関ヶ原。 織田秀信は二十一歳という若さで、歴史の節目の大舞台に立つ。 関ヶ原の戦いの前日譚とも言える「岐阜城の戦い」 福島正則、池田照政(輝政)、井伊直政、本田忠勝、細川忠興、山内一豊、藤堂高虎、京極高知、黒田長政……名だたる猛将・名将の大軍勢を前に、織田秀信はたったの一国一城のみで相対する。 「魔王」の血を受け継ぐ青年は何を望み、何を得るのか。 血に、時代に、翻弄され続けた織田秀信の、静かなる戦いの物語。 ※史実をベースにしておりますが、この物語は創作です。 ※時代考証については正確ではないので齟齬が生じている部分も含みます。また、口調についても現代に寄せておりますのでご了承ください。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

処理中です...