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結局この日、斑鳩寺では何の異変も起きることはなかった。
そして翌日になり、椋毘登はてっきり稚沙は小墾田宮に帰るものだと思っていた。だが彼女は炊屋姫にどうやら相当なお願いをしていたようで、数日もの間を斑鳩寺で仕事の手伝をする手筈を整えていたのだ。
「はぁ、何であいつは帰らないんだよ。いざという時に俺が守れなかったら、一体どうするつもりだ」
彼もここまでくると、本当に呆れるほかない。彼女の性格は重々分かっているので、あとはもう本人の好きにさせるしかないだろう。
「とりあえず、仏像の側には絶対にくるなとは言い聞かせはしたが」
今も斑鳩寺では何の異変も感じられず、見張り以外の人達は、普段と変わりない生活を送っている。
そんな光景を、彼は金堂の基壇の階段に座った状態で、何となく横目を流して見つめていた。
(一体誰が何の目的で、こんな事件が起こっているんだろう。正直、俺は祟りなんて信じていない)
また彼は先日、蘇我馬子に同伴して小墾田宮に行った際に、馬子からある話を聞かされた。
それは椋毘登のもう1人の叔父である境部摩理勢が、最近何やら奇行な動きをしているというのだ。
「今、蘇我馬子と蝦夷親子が失脚にして、もっとも得をするのは境部摩理勢だ」
椋毘登は一族内での争いを嫌っている。同じ身内同士での争いなど、血で血を洗う悲劇でしくなく、何とも惨めなものだ。
(摩理勢の叔父上、その野心をあなたは捨てることは出来ないのか。俺はとうに捨てているのに......)
彼がそんな思いを巡らせていた時、急に誰かが声を掛けてきた。そして慌てて相手を見ると、そこにいたのは厩戸皇子だった。
「こ、これは厩戸皇子!」
椋毘登は慌てて基壇から立ち上がると、皇子に対し軽く頭を下げる。
「あぁ椋毘登、今回は本当に悪いね、君まで巻き込んでしまって」
厩戸皇子もそのまま椋毘登の側にくると、階段を上がって、彼の隣に肩をなべてかくる。
二人はこれまで関わりから、それなりに打ち解けられてはいるものの、それでも彼からしてみれば、皇子は他の人とは違い、何とも超越した人物のように思える。
「俺は自身の任務を全うするだけなので、皇子はお気になさらずとも大丈夫です」
「君は本当に、任務に対しては真面目だね。その点は稚沙とも合ってるのかもしれない」
「はは、まぁそうかもしれませんね」
とはいえ、椋毘登としても今回の事件がどうなるのか、全く検討がつかない。本当に境部摩理勢の仕業なのか、それとも他の者達がいうように、仏教をこの国に入れてしまったことへの祟りなのか。
(それならいっそうこと、祟りのほうが争いもなくて幾分マシなんじゃ......)
すると椋毘登は、急に自身の夢に度々出てくるあの青年の姿を脳裏に浮かべた。
彼もまた昔の大和の皇子といっていたが、その彼が自身の妃を助けてほしいという。その件は椋毘登も最近色々と忙しくしていたため、結局何も出来ずにいた。
(その妃が今どこの誰に生まれ変わっているのかも分からない状況で、一体どうやって見つけて守れっていうんだよ)
「とりあえず、私は大丈夫ですので、皇子はご自身の御身を第一にお考え下さい」
「あぁ、そうだね。せっかくこうやって君達にきてもらってるんだ。最低限自分のことぐらいは守らなければ。ありがとう椋毘登、ちょっと様子を見にきただけだから、私はこれから宮に戻るとするよ」
厩戸皇子は柔和な笑顔でそれだけいうと、金堂の基壇の階段を降りる。そして一度だけ椋毘登の顔を見たのち背を向けると、その場からあっさりと離れていった。
(一瞬皇子に夢のことを相談しても良いかと思ったけど、やっぱり自分で何とかしよう。それに俺にだって守りたい人達はいるんだ......)
だがその瞬間、ふと何か人の声のようなものが感じられた。それはまるで少女のような声だ。
(......お願い、どうか、早く私を見つけて......)
椋毘登は思わず辺りを見渡したが、周りにはそれらしき人物はいなかった。
「誰もいないな。何となく女の子の声がしたような気がしてんだけど」
そしてその日の夜になり、いよいよ何か怪しい動きが現れることとなった。
そして翌日になり、椋毘登はてっきり稚沙は小墾田宮に帰るものだと思っていた。だが彼女は炊屋姫にどうやら相当なお願いをしていたようで、数日もの間を斑鳩寺で仕事の手伝をする手筈を整えていたのだ。
「はぁ、何であいつは帰らないんだよ。いざという時に俺が守れなかったら、一体どうするつもりだ」
彼もここまでくると、本当に呆れるほかない。彼女の性格は重々分かっているので、あとはもう本人の好きにさせるしかないだろう。
「とりあえず、仏像の側には絶対にくるなとは言い聞かせはしたが」
今も斑鳩寺では何の異変も感じられず、見張り以外の人達は、普段と変わりない生活を送っている。
そんな光景を、彼は金堂の基壇の階段に座った状態で、何となく横目を流して見つめていた。
(一体誰が何の目的で、こんな事件が起こっているんだろう。正直、俺は祟りなんて信じていない)
また彼は先日、蘇我馬子に同伴して小墾田宮に行った際に、馬子からある話を聞かされた。
それは椋毘登のもう1人の叔父である境部摩理勢が、最近何やら奇行な動きをしているというのだ。
「今、蘇我馬子と蝦夷親子が失脚にして、もっとも得をするのは境部摩理勢だ」
椋毘登は一族内での争いを嫌っている。同じ身内同士での争いなど、血で血を洗う悲劇でしくなく、何とも惨めなものだ。
(摩理勢の叔父上、その野心をあなたは捨てることは出来ないのか。俺はとうに捨てているのに......)
彼がそんな思いを巡らせていた時、急に誰かが声を掛けてきた。そして慌てて相手を見ると、そこにいたのは厩戸皇子だった。
「こ、これは厩戸皇子!」
椋毘登は慌てて基壇から立ち上がると、皇子に対し軽く頭を下げる。
「あぁ椋毘登、今回は本当に悪いね、君まで巻き込んでしまって」
厩戸皇子もそのまま椋毘登の側にくると、階段を上がって、彼の隣に肩をなべてかくる。
二人はこれまで関わりから、それなりに打ち解けられてはいるものの、それでも彼からしてみれば、皇子は他の人とは違い、何とも超越した人物のように思える。
「俺は自身の任務を全うするだけなので、皇子はお気になさらずとも大丈夫です」
「君は本当に、任務に対しては真面目だね。その点は稚沙とも合ってるのかもしれない」
「はは、まぁそうかもしれませんね」
とはいえ、椋毘登としても今回の事件がどうなるのか、全く検討がつかない。本当に境部摩理勢の仕業なのか、それとも他の者達がいうように、仏教をこの国に入れてしまったことへの祟りなのか。
(それならいっそうこと、祟りのほうが争いもなくて幾分マシなんじゃ......)
すると椋毘登は、急に自身の夢に度々出てくるあの青年の姿を脳裏に浮かべた。
彼もまた昔の大和の皇子といっていたが、その彼が自身の妃を助けてほしいという。その件は椋毘登も最近色々と忙しくしていたため、結局何も出来ずにいた。
(その妃が今どこの誰に生まれ変わっているのかも分からない状況で、一体どうやって見つけて守れっていうんだよ)
「とりあえず、私は大丈夫ですので、皇子はご自身の御身を第一にお考え下さい」
「あぁ、そうだね。せっかくこうやって君達にきてもらってるんだ。最低限自分のことぐらいは守らなければ。ありがとう椋毘登、ちょっと様子を見にきただけだから、私はこれから宮に戻るとするよ」
厩戸皇子は柔和な笑顔でそれだけいうと、金堂の基壇の階段を降りる。そして一度だけ椋毘登の顔を見たのち背を向けると、その場からあっさりと離れていった。
(一瞬皇子に夢のことを相談しても良いかと思ったけど、やっぱり自分で何とかしよう。それに俺にだって守りたい人達はいるんだ......)
だがその瞬間、ふと何か人の声のようなものが感じられた。それはまるで少女のような声だ。
(......お願い、どうか、早く私を見つけて......)
椋毘登は思わず辺りを見渡したが、周りにはそれらしき人物はいなかった。
「誰もいないな。何となく女の子の声がしたような気がしてんだけど」
そしてその日の夜になり、いよいよ何か怪しい動きが現れることとなった。
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