上 下
36 / 105

36

しおりを挟む
  それからしばらくしたのち、急に蝦夷えみしが起き上がってくる。

「よし、そろそろ小墾田宮おはりだのみやに戻るとするか!」

  彼はそういってから、その場で大きく背伸びをして見せる。

  そんな2人が辺りを見渡せば、辺りはすでに夕方になりかけていた。

「あら?意外と長くここにいたみたい」

  稚沙ちさは部屋に置いてきてしまった仕事を思いだし、本当に大丈夫だろうかとふと不安がよぎる。

  たが今日は大方仕事を済ませてきているので、そこまで負担になることはないだろ。

「あぁ、仕事の心配だろ?それならさっきもいったように、俺が上手く事情を説明してやるから大丈夫だって」

「うーん、そうだと良いんだけど……」

  とりあえずこのことに関しては、彼を信用する他ない。

  こうして2人はふたたび馬に乗ると、急いで小墾田宮に戻ることにした。




  そして彼らが小墾田宮の厩まで戻ってくると、何故だが椋毘登くらひとがそこで待ち構えているのが見えた。

「おおー!椋毘登。よく俺がここに来ると分かったな!」

  蝦夷は彼にそういって馬から降りる。
  そしてさらに稚沙を手伝って、彼女も馬から降してくれた。

「お前が馬で外に走りに行ったと聞いたからな。でもまさか稚沙まで連れていってたのは本当に意外だったよ」

  椋毘登はそういって稚沙の方に目をやった。
  稚沙も、何故だか彼はすこし機嫌が悪そうに思えた。

「元々この馬が暴れ出して手に負えない状態だったんだが、それを彼女が上手く落ち着かせてくれたんだ。彼女馬の扱いには相当慣れてるようだ」

  蝦夷は少し愉快そうにしてそう答える。彼的に、稚沙との馬乗りは相当楽しかったようだ。

「それで?そのまま2人して、外に馬を走らせに行ったと?」

  だが椋毘登の方は底声で、そっけなくしていった。

(うーん、蝦夷と勝手に出掛けたのがまずかったのかな?でもそれを椋毘登に責められる筋合いは全くないし……)

  稚沙はどうして彼が、少し怒ってるような表情をするのか、その理由が良く分からない。

「とりあえず、お前の仕事が終わる頃までには戻って来たんだから、良いじゃないか!」

  蝦夷の方は、そんな不機嫌そうにする椋毘登のことなど、全く気にしていない様子だ。

「じゃあ俺はこいつを一旦|うまやに戻して、それからちょっとちょうに寄ってくる。その際に一緒に稚沙を連れ出した件の説明してくるよ」

(あー良かった。そのことはちゃんと説明してくれみたい)

  稚沙もそれを聞いてとても安心した。このまま戻れば、他の女官達に確実に叱られてしまうだろう。

  そして彼は稚沙に対してもいった。

「稚沙、今日は本当に楽しめて良かったよ。付き合ってくれて有難うな!」

「私ほ方こそ、久々に馬に乗れて凄く楽しかったわ」

  稚沙は蝦夷に対して思わず笑って答えた。

  彼はとても気さくな性格だ。それに話しもしやすい。稚沙は彼と知り合えて、本当に良かったと思った。

「じゃあ、ちょっと庁に行ってくる!」

  蝦夷はそういってその場を離れていった。

(初めは蘇我馬子の息子だと思って、少し心配だったけど、割りと良い人そう)

  稚沙は、本来の目的である厩戸皇子を探すことは出来なかったが、代わりに良い気分転換ができたので、これはこれで良かったと思った。

「蝦夷とは、えらく仲良くなったんだな」

  それを聞いて稚沙は思わずハッとする。
  稚沙は側にいた椋毘登のことをすっかり忘れていた。

「そ、そうね。わりと話のしやすい人だったから。ついつい楽しくなって」

「ふーん、そう……」

(あれ?何かちょっと気まずい空気が流れてない?)

しおりを挟む

処理中です...