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逆転・復讐・追放
記憶喪失になった想い人を手に入れる話
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傷病兵の並べられた血生臭い大天幕の中を、男爵令嬢であるルミエは今日も静かに歩み往く。
そう、此処には魔王軍との戦いによって怪我を負った者たちが階級に関わらず運び込まれているのだ。
その中には当然というべきか、やはり彼女の想い人も運び込まれていた。
――お労わしや、セラエノ様……。
魔王討伐軍における第三騎士団の副長たるセラエノは、此度の遠征で聖歌隊の防衛にあたって重傷を負ったのだという。
結果として第三騎士団の活躍で聖歌隊に負傷者は無く、強靭たる魔王軍を退けることに成功したらしい。
だが、その戦線で第三騎士団は人員を大きく欠くことになり、王国軍は団の解散を決したのだと言う。
当然、副長の地位にあったセラエノもまた、その職を失うことになった。
これに静的ながらも苛烈な反応を示したのは、彼との婚約を結んでいた伯爵令嬢である。
彼女は怪我をしたセラエノに対して失望し、見舞いも言葉も送ることなく、一方的に婚約を破棄したのである。
これに対して、セラエノ側は何の文句も言えなかった。
なにしろセラエノは無官であって貴族でなく、伯爵ほどの地位にある貴族に対して肯定することしか許されていなかったからだ。
無情ではあるが当然とも言われる処置である。
であるが、そのようなことをされたセラエノに対して、ルミエは胸中に名状し難い感情が湧き上がったことを自覚した。
どうしても見舞いに行って己の目で無事を確かめなければと、焦る心に急き立てられて陣地へ見舞いに行ったのだ。
彼、セラエノは婚約者と仲睦まじい様子であったことをルミエは覚えている。
互いに好き合っていたと思っていたし、そのように公言していたこともよく覚えている。
しかし、戦場で傷ついた彼は地位を剥奪され、婚約者から捨てられ、何も持たぬ傷病兵に成り下がってしまった。
それでもルミエは己が身の内を焦がす焔を、胸の内を焦がす熱を、消すことはできないでいたのである。
彼に求められていない。どころか、覚えられてもいないことは重々承知の上で、迷惑であることも承知して、父母の反対も押し切って見舞いに駆けつけたのだ。
彼女自身、どうしてそれほどまでに己が焦燥しているのか、分からないでいる。
――しかし、それでも……!
惚れているのだ。間違いなく。
顔に惚れたわけじゃない。
地位に惚れたわけでもない。
ただ、王城前で迷っていたところを助けてくれた気紛れな優しさに、惚れたのだ。
情報を集めれば団員たちとの仲も良好で、面倒見が良く、副長という地位に就いたのも同僚たちに推薦されたからというものらしい。
されど、柔らかな雰囲気を纏っていた彼は、ルミアの見下ろす先で静かに横たわっている。
死んでいるわけではない。
死んではいないが、重傷だ。
生きているのも不思議だと治癒術師に呆れられるほどの傷を全身に負っている。
打撲、切り傷、各所の骨折、全治は少なくとも半年以上。
おまけにまだ意識を取り戻していないときた。
治癒術で治療できるだけの施術をもってしても、それほどの重体である。
あるいはこのまま目を覚まさないかも知れないと、そのように噂をされてもいる。
ルミエが陣地を見舞うようになって十数日にも及んでいるが、やはり目を覚ます気配はない。
今日も駄目か、そう思いながらも顔や手足を清潔な布で拭き上げたルミエは、ふと己の顔に視線を感じた。
視線の先を辿れば、そこにはセラエノの薄く開いた目があった。
「……セラエノ様!」
応えるように口を開いた彼であるが、しかし言葉は出てこない。声音も無い。
しかしルミエは彼の求めを理解したかのように反応し、飲み水を小皿で差し出して、少しずつその口に含ませてやった。
それからすぐに治癒術師を呼び、幾らかの診察を行った結果、彼は記憶喪失であることが判明した。
身体機能に特別な異常は無く、魔王軍から聖歌隊を守り通したことも細かく覚えている。
しかし、人間関係における記憶のみがごっそりと完全に抜け落ちているとのことらしい。
魔王軍との戦いによって亡くなった部下たちのことも、そして――婚約者の伯爵令嬢のことも、もちろん覚えていない。
「不甲斐ないことに、献身的な貴女のことも私は覚えていません。貴女は、私にとってどのような御方だったのでしょう?」
「私は――」
そう、此処には魔王軍との戦いによって怪我を負った者たちが階級に関わらず運び込まれているのだ。
その中には当然というべきか、やはり彼女の想い人も運び込まれていた。
――お労わしや、セラエノ様……。
魔王討伐軍における第三騎士団の副長たるセラエノは、此度の遠征で聖歌隊の防衛にあたって重傷を負ったのだという。
結果として第三騎士団の活躍で聖歌隊に負傷者は無く、強靭たる魔王軍を退けることに成功したらしい。
だが、その戦線で第三騎士団は人員を大きく欠くことになり、王国軍は団の解散を決したのだと言う。
当然、副長の地位にあったセラエノもまた、その職を失うことになった。
これに静的ながらも苛烈な反応を示したのは、彼との婚約を結んでいた伯爵令嬢である。
彼女は怪我をしたセラエノに対して失望し、見舞いも言葉も送ることなく、一方的に婚約を破棄したのである。
これに対して、セラエノ側は何の文句も言えなかった。
なにしろセラエノは無官であって貴族でなく、伯爵ほどの地位にある貴族に対して肯定することしか許されていなかったからだ。
無情ではあるが当然とも言われる処置である。
であるが、そのようなことをされたセラエノに対して、ルミエは胸中に名状し難い感情が湧き上がったことを自覚した。
どうしても見舞いに行って己の目で無事を確かめなければと、焦る心に急き立てられて陣地へ見舞いに行ったのだ。
彼、セラエノは婚約者と仲睦まじい様子であったことをルミエは覚えている。
互いに好き合っていたと思っていたし、そのように公言していたこともよく覚えている。
しかし、戦場で傷ついた彼は地位を剥奪され、婚約者から捨てられ、何も持たぬ傷病兵に成り下がってしまった。
それでもルミエは己が身の内を焦がす焔を、胸の内を焦がす熱を、消すことはできないでいたのである。
彼に求められていない。どころか、覚えられてもいないことは重々承知の上で、迷惑であることも承知して、父母の反対も押し切って見舞いに駆けつけたのだ。
彼女自身、どうしてそれほどまでに己が焦燥しているのか、分からないでいる。
――しかし、それでも……!
惚れているのだ。間違いなく。
顔に惚れたわけじゃない。
地位に惚れたわけでもない。
ただ、王城前で迷っていたところを助けてくれた気紛れな優しさに、惚れたのだ。
情報を集めれば団員たちとの仲も良好で、面倒見が良く、副長という地位に就いたのも同僚たちに推薦されたからというものらしい。
されど、柔らかな雰囲気を纏っていた彼は、ルミアの見下ろす先で静かに横たわっている。
死んでいるわけではない。
死んではいないが、重傷だ。
生きているのも不思議だと治癒術師に呆れられるほどの傷を全身に負っている。
打撲、切り傷、各所の骨折、全治は少なくとも半年以上。
おまけにまだ意識を取り戻していないときた。
治癒術で治療できるだけの施術をもってしても、それほどの重体である。
あるいはこのまま目を覚まさないかも知れないと、そのように噂をされてもいる。
ルミエが陣地を見舞うようになって十数日にも及んでいるが、やはり目を覚ます気配はない。
今日も駄目か、そう思いながらも顔や手足を清潔な布で拭き上げたルミエは、ふと己の顔に視線を感じた。
視線の先を辿れば、そこにはセラエノの薄く開いた目があった。
「……セラエノ様!」
応えるように口を開いた彼であるが、しかし言葉は出てこない。声音も無い。
しかしルミエは彼の求めを理解したかのように反応し、飲み水を小皿で差し出して、少しずつその口に含ませてやった。
それからすぐに治癒術師を呼び、幾らかの診察を行った結果、彼は記憶喪失であることが判明した。
身体機能に特別な異常は無く、魔王軍から聖歌隊を守り通したことも細かく覚えている。
しかし、人間関係における記憶のみがごっそりと完全に抜け落ちているとのことらしい。
魔王軍との戦いによって亡くなった部下たちのことも、そして――婚約者の伯爵令嬢のことも、もちろん覚えていない。
「不甲斐ないことに、献身的な貴女のことも私は覚えていません。貴女は、私にとってどのような御方だったのでしょう?」
「私は――」
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