【第1部完結】佐藤は汐見と〜7年越しの片想い拗らせリーマンラブ〜

有島

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Chapter05 - Side:Other - B

67 > 診察室ー原口医師の診立て−1(解離性)

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「まず最初に断っておきますね。昨日、刑事さんから紗妃さんの状況について多少、報告がありました。第三者からの情報提供はあまり好ましくはないのですが……紗妃さんがあの状態なので、今回については特別に感謝しています」
「……」

「そしてもう一つ。刑事さんの診立みたてでは【解離性同一性障害かいりせいどういつせいしょうがい】ではないか、とのことですが今から詳しく説明させていただきたいと思っています」
「はい」

「色々な問題が重なっていて尚且つ、彼女が病院に来る直接的な原因となった頭部外傷も今回、彼女の病状になんらかの影響を与えている可能性があります」
「……」

「なので、今回お話する内容は、精神科医ではありますが、あくまでも私、個人の診立てだと思ってください」
「……みたて、ってなんですか?」

「あぁ、すみません。えーと、症状をお聞きして仮につけておく病名のことです」
「……わかりました」

「結論から先に申し上げますと、紗妃さんは【解離性同一性障害】の症状を伴った【パーソナリティー障害】ではないか、と私は考えています」
「???」

「少し、説明します」

 そう言って、さっき取り出したボードとは別の冊子を取り出す。

「こちら、差し上げますので、お時間あるときに読まれてください。解説にちょっと専門用語が入ってくるかもしれませんが、その説明も少し入っています」

 冊子は、さっき取り出したボードと同じ名称の『パーソナリティー障害とその特性について(ご家族向け)』と『解離症とは(ご家族向け)』と書かれたB5サイズのパンフレットだった。

「心療内科や精神科を来診なさる患者さまが少なかった頃、心の病院を受診するのはとても悪いことのように考えられていました。そのために、患者さまご本人が長年苦しみ、その苦しみがご家族にも波及するという負のスパイラルが頻発していて」

 一瞬だけ間を置いた後、原口医師からの解説はそのまま続けられた。

「その負の原因はきっと、症状に名前がつけられていないからだと私ども医師は思っております。苦しんでいる症状に名前がつけられると人間は不思議と安心するものです。未知のこと、わからないことに直面するから人は不安になり、恐怖を感じて遠ざけます。正体がわかれば対処できる。対処できるとわかると恐怖は低減するのです」

 そう言って、その冊子を汐見に渡し、『解離症とは』の方の冊子を指差して

「紗妃さんに症状として出ているのがおそらく、解離症なんだと思います。ですが、これはあくまでも『症状』の一つだということ」
「?? どういうことですか? 症状が病名なのでは……」

「そうですね、そういうものもあります」
「??」

 的を得ない原口医師の言い方が気になって、汐見と佐藤はちら、と視線を合わせた。

「たとえば……そうですね、一番わかりにくいと言われるガンの中でも膵臓癌すいぞうがんを例にとりましょうか」

 そう言って、少し虚空を見るように原口医師は説明をはじめた。

「膵臓ガンは初期症状がほぼないことで有名です。ですが進行してくると次第に腹痛や食欲不振、腹部膨満感、黄疸などが出始めます。腰や背中の痛みで来院して初めて発覚する、という人が多い。普通の人なら病気の場合、痛みが出て、つまり症状が出てはじめておかしいな、と気付きますよね」
「あぁ、はい。そうですね」

「心の病気も同じです。体の病気と変わりません」
「!!」

「心なんて見えないだけに、初期症状は更にわかりづらい。症状もほとんどない。どこかに物理的な痛みを感じることもほぼない。だけど、放置すると、徐々に悪化していきます」
「……」

「紗妃さんは内科医にかかってたんですか?」
「え?」

「刑事さんが『内科医から専門医にかかるように言われたのに奥さんは行かなかったらしい』と言ってましたので」
「あ、あの、その報告した刑事さんのお名前は……」

「米山さん、とおっしゃったそうですよ。柳瀬くんが言うにはかなり心配してた、って」
「……そう、ですか……」

 病室内で受けていた事情聴取の時の横柄な態度とは違う印象に、汐見も佐藤も戸惑った。

「内科医にかかってた症状はどういうものだったんですか?」

〝それで『症状』の話を……〟

「紗妃は……頭痛持ちだったので……朝から頭痛がする、と言って僕が出勤前は寝込んでることが多かったです。特に最近は……」
「いつ頃から、訴えるようになりましたか?」

 原口医師がメモを取り始めた。

「……その、母親が亡くなった後、頻繁になった……ように思います……」
「そうですか……お薬は?」

「はい。かかりつけ医から、頭痛薬をもらってました。ただ、効きが悪い、と本人も訴えていて、これ以上強い薬はこちらでは無理だから……と言われていました」
「そうでしたか……ちなみに、汐見さんが見た、あるいは感じた紗妃さんは何人?」

「……2人、ですかね……いつもの紗妃と、口調のきつい紗妃……さっきの子は……初めてです……」

〝……暴かれるくらいなら死ぬ、って……隠してたのは……〟

「……いろいろ、診断しなければならないことがたくさんあります。彼女にも質問しなければなりませんが……」

 顎を左手の人差し指と親指でつまんだ原口医師は、家族関係図を書いた横にぐりぐりと円を描きながら独り言を呟いているように見える。その落書きをピタ、と止めると汐見に視線を合わせた。

「症状の話でしたね。……症状としては【解離性同一症】だったんだと思いますが、おそらく彼女は【自己愛性人格障害じこあいせいじんかくしょうがい】なんじゃないかと感じています」
「? 自己、あいせい?」

「パーソナリティー障害の一つです。あ、元は人格障害と呼ばれていた病名の響きが良くないということで現在は『パーソナリティー障害』と言ってます。少し解説しますね」

 そう言うと、ひっこめていたボード、サイズにしてA2くらいだろうか?を引っ張り出した。

「このボードは、さっきお渡しした冊子を口頭で説明しやすいようにわかりやすく作成したものです。パーソナリティー障害には3つのグループがあって、それぞれが相関関係を持ったり持たなかったりしています。日本では診断が導入されたばかりなのですが……」

 出されたボードには3つの円が描かれ、それぞれ、A、B、Cと大きく書かれていて、その中にそれぞれ【パーソナリティー障害】と書かれていた。

「不倫に走る人の大半が【自己愛性パーソナリティー障害】なのではないか、と言われています」
「え?」

「後ほどご説明しますが、このグループ分けされた中で、もっとも厄介で周囲を困らせるのがこのBグループと言われるパーソナリティー障害です」

 そう言って示されたボードの「グループB」と書かれた円の中には

【反社会性パーソナリティー障害】
【境界性パーソナリティー障害】
【演技性パーソナリティー障害】
【自己愛性パーソナリティ障害】と列挙されていた。

「他のグループと違って、このグループの障害者は、その障害故に他者の存在を必要とします。ターゲットになってしまった他者がこの障害の方にむしばまれてしまって、問題が大事おおごとになりやすいのです」
「……すみません、よくわかっていないんですが……」

「そうですね、一番わかりやすいのは【反社会性パーソナリティー障害】かもしれません。学校や、職場に一定数いますよね。他人を見下して自分の利益を得るために他人に有る事無い事吹聴したりして印象操作する人。返す当てもないのに借金を繰り返して最後は逃げる人。いきなり店員さんにキレて喧嘩をふっかけるクレーマー。煽り運転で警察沙汰になったりする方などがまさにそれですね」
「ああ……なんとなく、わかります」

〝ズッキーニだ……〟

〝鈴木先輩みたいな人かぁ……懐かしい……〟

「彼らにはターゲットが必要です。ターゲット……いえ、えさですかね」
「えさ……」

「自我を確立するという自分の欲求を満たすための他者が常に必要なのです。その中でも最近問題になってるのが【境界性パーソナリティー障害】の方で、次に問題なのが【自己愛性パーソナリティー障害】の人だと言われています」
「専門的すぎてなにがなんだか……」

「すみません、詳しい用語説明は後で行いますが、この、二つの何が問題かと言うと、餌になってしまった人への対応が180度変わることで、関係のないその人までが理不尽に精神を病んでしまうからなんです」
「え?!」

「この2つの障害に共通しているのは、ターゲットに対して【理想化と脱価値化だつかちか】が行われるということです」










※この物語はフィクションです。作者は精神科の専門家ではありません。
リサーチは行っておりますが、実際の診察ではこのようなことが行われているのでは、というあくまでも作者の想像です。
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