私が見た悪役令嬢の追放劇は、彼女自ら選びとったものだった

国府宮清音

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第一話 婚約破棄、謝恩会にて

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「――見苦しい、と申し上げているのですわ」
 まるでおとぎ話から抜け出してきたかのような、絢爛たる大広間。その空間を引き裂くように、冷やかな声が響き渡った。
 今夜は、学園の卒業を記念した祝宴。明日からは大人とみなされる子供たちが、子供たちでいられる最後の夜。
 そんな惜別の夜を、めでたいはずの会場の空気を、二人の不毛な口論が重く、昏いものへと染めてゆく。
 ああ……本当に。最後の最後までこうなのか。
 それまで高貴な香りで楽しませてくれたワインは葡萄水となり、目の前に並んだ豪奢なオードブルは光を失ったようだった。

「貴様……どこまで私を愚弄すれば気が済むのだ!」
「さあ? どこまででしょうか」
 言葉の応酬が容赦なく続く。まるで剣戟のように繰り広げられるそれを、学生たちはただ、眉をひそめて見守っている。
 学生がゲストとして招いた教師を始め、学校の協賛者や王国高官の方々も驚き、固まっていた。

 周囲の空気はすでに凍り付いていた。誰一人として声を出す者はいない。そしてそんな中、学生たちの視線が私へと集まりゆく。
 ……分かっている。顔を見なくても、何が言いたいのか。
 『止めろ』『またか』『今回はまずい』。
 こんなところだろう。
 王国の第一王子とその婚約者が、こんな晴れの場で声高に争うなど、本当に勘弁して欲しい。


 私は、オードゥン・ヴィトナール。しがない男爵家の長子だ。
 この学園に入学してから三年間、ずっと、この二人の仲裁に振り回され続けた、悲しき底辺貴族だ。
 本日、卒業式が終わって、ようやくその役割から解放されたと思っていたのだが、どうやら周囲の認識は違っていたらしい。そんな馬鹿な。
 そもそも、このようなことは周囲の取り巻き、つまり未来のお大臣様がすればよかったのに、彼らはその役割を担おうとしなかった。
 もしも二人の間を取り持つのに失敗した場合、出世に響く可能性があるからだと言う。
 だから、出世の見込みのない下級貴族のお前が行け、となる。
 酷い言われようではある。
 だが、それはある意味正しかった。王子とは同じ寮の同じ部屋だったし、実は婚約者とも旧知の仲だった。どちらとも話がしやすかったのは事実である。
 そんな経緯で、私は三年間ずっと貧乏くじを引かされ続けてきた。何の見返りもなく。

 そして今、まさにその三年間の集大成とも言える修羅場が、目の前で繰り広げられている。
「……はあ」
 深く息を吐いた、その瞬間。
「そなたは、越えてはならぬ一線を越えた」
 王子の声音が、変わった。
 激高でも憤怒ではない。冷ややかで突き放すような調子。
 まずい。これは本当にまずい。本気だ。早く止めないと大変なことになる。
 そう判断した私の前に、ひとりの青年が立ちはだかる。
 王子の右腕と称される伯爵令息だった。
「オードゥン、行くな」
「……しかし、このままでは」
「ご意向だ」
 その一言に、私は目を見開いた。王子の……ご意向?

 婚約者たるアストリッド・トリストシェルン公爵令嬢は、鼻先に冷笑を浮かべ、挑戦的な笑顔を浮かべていた。
「で、一線を越えたらどうなると仰るのですか? いっそ、婚約破棄でもされますか?」
 その瞬間。
「そうか、ならば望み通りにしてやろう。我、マティアス・クルフトヘイムはここに宣言する。アストリッド・トリストシェルン。今日をもって、そなたとの婚約を破棄する」
 ああ、ついに。誰もがため息をついた。重い空気がどんどん足元に溜まってゆき、身体が動かしづらい。
 誰もが予測した未来だった。この場での発表には意外に思っても、発表自体は時間の問題だった。
 宣告されたトリストシェルン公爵令嬢にしてもそう。ピクリと眉を動かしただけだった。少しも取り乱していない。
「……王や、大臣方も、ご存知ですの?」
 書類の確認でもするかのように、ぽいと言い捨てる。大した物でもない。最初からいらなかったとでも言うように。
「無論……なんなら、そなたの父君もな」
 それは、最初から決まっていたかのように、どこにも逃げ場のない、完全な宣告だった。
 だから言ったではないか。
 何度も、伝えてきたではないか。
 争うな、とまでは言わない。けれど、越えてはならない一線があると。
 私の言葉は、届いていなかったのか。
 何度も言い争いを収め、二人が離れるのを防いできたというのは私の思い込みだったのか。
 それとも、最初からこの破綻は決まっていたとでもいうのか――。
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