私が見た悪役令嬢の追放劇は、彼女自ら選びとったものだった

国府宮清音

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第八話 静寂の果て、扉は静かに開かれる

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 そして、舞台は断罪へ――。
 

 ようやく、三年が過ぎた。
 卒業式の前夜。私はベッドの中でため息をついた。今まで生きてきた中で一番長く、深いものだ。
 ……これで、解放される。明日からは、胃の痛みを感じることもない。
 大変な日々だった。だが、学園で培った仲裁能力は、いずれ実家に帰ったのち、裁判などで活かせるかもしれない。少し司法関係の勉強でもしてみようか。
 などと、ひとりで皮肉げに笑ってみる。
 
 卒業後の進路についてはまだ聞かされていないが、いきなり公爵閣下の下で働くことはないと思う。抜擢されるような成績ではなかったから。
 と、なればしばらく男爵領に帰るか、それとも公爵家のお屋敷に戻り、再び若君の側仕えに戻るかのどちらかだろう。
 かつての同僚の二人は、それぞれの領地に帰ったと聞く。私も、まず間違いなくそちらのルートだろう。代替わりするまで、男爵領でのきままな生活だ。
 どちらにしても、環境が新しくなるのはいいことだ。

 ……などと考えるようになるとは、六歳のあの日には、夢にも思わなかった。
 お嬢様にお仕えして、身を捧げて尽くすのだと決めたはずなのに。
 それなのに。
 不忠のそしりを受けても私は、アストリッド様の変わりようについていくことができなかった。
 それは、私の心が未熟だったからだろうか。
 
 六歳の頃から六年ほど側にお仕えして。
 そして十六歳に至って学園に入学し、再び三年間。
 私は、アストリッド様をただの一度も諫められなかった。
 言葉遣い、伝え方、内容。それなりに学び、工夫したつもりだったが、ついぞ殿下に対する態度を改めなかった。
 
 私の実力不足だ。こんな体たらくで、今後しっかりと本家にお仕えできるのだろうか。領地経営をしてゆけるのだろうか。
 最初は、父上の助言を頂けばいい。だがその先はどうだ。私が男爵位を継いだその先は。
 司法関係? 浮かれすぎだ。

「しかし、殿下はどこに行かれたのか……」
 とっくに就寝時刻は過ぎていた。夕食後、ちょっと出てくると部屋を出たきりだった。
 どこに行かれたか、気にはなるが詮索をするつもりはない。殿下の朝帰りなどよくあることだ。
 この寮にはさほど厳しい規律はなく、夜遊びをしても他者に被害を与えなければ自由であるし、夜遊びした人の同室だからと何かを言われることもない。
 最後の夜も、最後だからこそ慎重に、トラブルを起こさないよう、お願いしたいものだ――。
 
 
 気が付くと、朝になっていた。雀が元気に鳴いている。
 この辺りの、丸々と太った雀とも今日でお別れだ。
 雀が太っているのは平和の証拠だ。
 実家の方の雀はここまで太っていなかったし、そもそもあまり見かけなかった。
 せめて、雀がいつもいる風景にできるくらいには、頑張れるといいが……。
 
「おっ、起きたかオードゥン」
「殿下。お戻りだったのですね」
 私はすぐに身を起こし、一礼した。髪がぼさぼさだったが、気にするお方ではない。
「ああ。色々と根回しがあってな。――そうだ。謝恩会のあと、ちょっと時間を作ってもらえるか?」
 にこりと笑って気軽に頼みごと。嫌だという言葉は、出てこない。
 断る理由もないが、当たり前のように頷いてしまう。
 殿下は本当に、人を使うのがお上手だ。

「根回しですか」
「まぁな。卒業したら、俺も国政に参加するしな」
「なるほど……」
 すでに先を見ている殿下と、曖昧な自分。意識の違いをはっきりと感じる。
 雀やら司法やら少し恥ずかしい気もしたが、私など、これくらいが丁度良いのだ。
「じゃ、先に行っとくわ。夜にまた」
 殿下は片手を上げ、あっさりと部屋を出た。
 
 卒業式は、まぁ、卒業式だった。
 明日からすぐに役割を得る方々とは違って、私はなんとものんびりしたものだ。
 プレッシャーに迫られることもない。
 思い出して泣くこともない。
 別れたくないと惜しむほどの友人もいない。
 そう考えると、感慨にふけられない私は、全力ではなかったのかも知れないなと、思った。
 そう言うと語弊があるか。だがあれは泣くほどのことか?
 燃え尽きた感はあるか。これだって全力だった証だ。
 

 王宮の一室を借りて行われる謝恩会は、無事に学園を卒業した生徒たちが、教師や出資者、教育大臣らを招き、感謝を述べる場である。
 そしてまた、三年間ともに過ごした仲間たちとの別れを惜しむ場でもある。
 見上げれば白い天井から吊り下げられたシャンデリアが部屋の隅々まで余さず照らし、見渡せば、紺と金を基調に彩られた蓋布が春風にたなびく。
 数多く配置されたテーブルの上には豪勢な料理や飲み物が所狭しと並べられており、足元には磨き上げられた床に光が揺れていた。

 このような光景を見るのは、少なくとも私にとっては最初で最後だろう。一生に一度の記念の夜だ。
 だからこそか、公爵閣下は私のために礼服を仕立ててくださった。
 何やら光沢があり、軽くて滑らかな肌触りがある。見るだけで寒気がくる一張羅だった。
 今の私には、まるで衣装に着せられているようなものだろう。
 だが、いつか、自分の力でこの衣を纏えるようになれという、叱咤であるのかもしれなかった。

 会場に入る順番は、やはり身分で決まる。私のような身分の低い学生から入場し、殿下が最後だ。
 ゆえに、衣装も次第に豪華になってゆく。その移ろいを間近に見られる私は、ある意味では得をしているのかもしれない。
 最後に、アストリッド様をエスコートした殿下が入場し、少々浮つき、騒がしかった場が静まる。
 あいかわらず、アストリッド様は仏頂面だった。殿下は気づいているとは思うが、見ないふりで満面の笑顔を浮かべている。
「ん……?」
 よそを向いたまま殿下が何事かを呟いた瞬間、アストリッド様が僅かにうつむかれた。
 まるでその言葉に頷いたかのように。
 ……いや。見間違いだ。
 今となってはお二人が直接言葉を交わすことなどない。
 必要な要件があるときは、私や従者を間に入れて話すのだから、そんなはずはない。

 つまらないことを考えている間にアストリッド様は殿下の腕に絡めていた手を放し、さっと別のテーブルへ移動していった。
 殿下は、肩をすくめて周りに苦笑いする。
 いつもの光景だ。
 お二人は最後まで並び立つことがなかった。
 一番近いところにいるのに、一番遠い場所へと歩み出す。

 殿下の、学生としての最後のお言葉ですら、アストリッド様は距離をとったまま、家庭教師のように冷ややかに見守っていた。
 白銀のドレスが氷の彫刻のようにシャンデリアの光を跳ね返し、髪に挿された瑠璃玉の飾りが冷たく光っている。
 心に隙間風が入りこんだ。
 
 もちろん、それがいつもの光景であるなら、その監視の目が殿下以外に向くのも、当然だった。
 最後まで、それは、緩まずに。厳しく、冷酷に。
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