私が見た悪役令嬢の追放劇は、彼女自ら選びとったものだった

国府宮清音

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エピローグ 春は、もう来ていた

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 ――私は、その気配を覚えている。
 幼い頃より、慣れ親しんだ、柔らかく、初夏の陽ざしのような暖かい気配。
 ああ……それでマティアス殿下は私を。すとん、と腑に落ちた。
 今回はただの雑用係ではなかったのだ。
 初めてお目通りしてより十年近くになるが、未だに殿下の足元にも及ばない。偉大なお方だ。



「オードゥン。ちょっと頼みたいことがある」
 いつもの爽やかな笑みで、殿下が手招きする。
 学園を卒業した私は、殿下の付き人として王宮へ上がった。身辺警護、という名目だが実際は殿下の愚痴を聞く役割だった。
 王族として政治に関わっていると、愚痴のひとつもこぼさなければやってられないこともあるのだろう。
 なぜか新人官僚たちも同様に、愚痴をぶちまけていくのだが、まぁ、お偉い方は大変なのだろう。
 あとは、お忍びのお供やら、正式ではない使いを頼まれることもある。
 要するに雑用係だが、今の私ではこれが精一杯だ。
 少しずつ力を付け、お役に立てる範囲を増やせれば。
 殿下には、大きな恩がある。一生をかけてお返しするつもりだ。
 だから、どんな面倒ごとでも、喜んでお受けしよう。
 ときには、王宮のサロンへ新しく仲間入りした淑女に、愚痴をこぼしてしまうかもしれないが。

「それで、今回のご用件は?」
「ちょっとした輸送を頼みたい。少々遠い場所に、食料などを、な」
 そこは、初めて聞いた場所だった。地図を見て驚く。この王国の、そしてこの大陸の、最北端だ。これはなかなかの旅行になるだろう。
「そんな場所の、修道院、ですか」
「ああ。寄進をしたくてな。だいぶ困窮しているらしい」
「なるほど……」
 王家ともなれば、個人の名義で教会に寄進する必要が出てくる。
 円滑な国を運営には、教会勢力との良好な関係は必須だ。
 とはいえ、このような地の果ての修道院とは、何やら匂う。
 王太子がわざわざ寄進するのであれば、王都やその近辺の教会が相応しいよのではないか。田舎の教会など、何かあるのかと逆に悪目立ちしてしまうだろう。

「もちろん、これは内密の仕事だ」
「ですよね……」
 そうでなければ私には頼まない。私は、便利な小間使いなのだから。
 荷物は、食料や衣類、書物など、私ひとりで運べるくらいの、寄進にしてはかなり少ない量だった。
 だが、かえってありがたい。うちの馬はかなり年老いており、まだまだ寒い地方に連れて行くのは負担になる。
 などと考え、片道に一週間ほどかけてやってきた修道院だったが、私がなぜ指名されたのか、到着してようやく理解する。

 
「あの、失礼します」
 落ち着け、と自分自身に何度も言い聞かせて、声をかける。
 少しかすんでしまったが、声が届いたのだろう振り向いた修道女は、こちらを見て大きく目を見開き、そして微かに笑顔を浮かべた。
 ああ、間違いない。そうだ。その笑顔だ。
「このような場所に……男爵様が、どのようなご用で?」
 ふわりとした、やわらかい声だった。懐かしさに細められた、澄んだコバルトブルーの瞳が印象的だった。
「ありがたいことに、子爵になりました」
「まぁ、これは失礼をいたしました」
 花がほころんだような笑みに、心が温かくなる。
 私は、ゆるみそうになる表情をもう一度引き締め直し、真面目な口調で本来の用件を伝える。
「第一王子・マティアス殿下よりの寄進の品をお持ちしました。施設長にお取り次ぎを願いたい」
 


「……ユリアが、ご迷惑をおかけしませんでしたか?」
 施設長と名乗った修道女は、自分のことを“召される寸前の老人”などとおっしゃったが、声には張りがあり、背筋もすっと伸びていた。
 動きこそゆっくりしているものの、言うほどに年齢を感じさせなかった。
 そこにいるだけで心が落ち着き、正直に罪を告白したくなるような、まさに施設長に相応しい修道女だった。
「ユリア、とおっしゃるのですか」
 その名前に、どこかで聞き覚えがあった。どこだったか。
「五年ほど前に流れてきまして、ここで住まわせてくれと……。それ以来、ともに祈っております。何かと助かっております」
「そうでしたか。ここを、継いでくれるといいですね」
「全ては、神の御心のままに、です――」


 その日のうちに修道院を出発した私は、近くの村で宿を取るべく、馬に揺られていた。
 どんよりしていた空はいつしか晴れ、太陽が辺りを照らしている。暖かな光だ。
 私は、目を細めて遠くの山々を見た。
 雪は次第に融け、再び緑があふれるだろう。
「……ああ、思い出した。そうか。あの本か」
 姫を攫ったが、討伐されず、追放された魔女。その名前がユリアだった。



 そうか、そういうことだったのか。
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