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第七章:椿は鋼に咲く、忠誠の銃声とともに――女帝と三将軍のプロトコル
第130話:贋作の明星と影の魔王
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みなさんはバトル漫画で、こういうシチュエーションを見たことはないだろうか?
主人公が成長するために、影の自分と戦い、自分の暗黒面を克服する――あのお約束の展開。
もし私もその境遇に出くわすなら、私が遭遇するのはきっと“善の自分”だろうな。だって、魔王だし。
これはレアアース工場で、私と同じ姿をした“何か”と遭遇した直後の、率直な感想であった。
――工場は、耳を劈くような機械音と、鼻を突く油と鉄の匂いで満ちていた。
床一面には粉塵が積もり、金属片が散らばり、巨大なプレス機がときおり不気味に唸りを上げる。
ただでさえ人間の生活空間には似つかわしくないこの場所に、「自分のコピー」が立っている光景は悪夢そのものだった。
「ドクターも吾輩と同じく量産型ロボでありますか? 生産番号を教えてください」
……ポンコツロボは、この状況でもまだバカをやっている。
白衣を纏った私のコピーたちは、十数人。
だが、私と違い、目の奥には一切の意思がなく、無機質な光が灯っているだけだった。
同じ顔のはずなのに、感情の抜け落ちたその表情は、まるで死体が動いているかのようで背筋が冷える。
クローン? ロボ? 幻覚?
頭の中に様々な可能性が巡る。しかし、一つだけは確かだった。
「味方ではなさそうだ」
コピーたちは一斉に指先をこちらへ向け、魔力をチャージし始めた。
床に散った金属片が震え、空気が焼ける匂いが広がる。
畜生、ルーが工場を壊さないように外で待機させたのが仇になったか。
何十発もの破壊光線が浴びせられる前に、私はエンプラの襟を掴んで空間魔法を発動した。
戦闘は避けたい。もし呪詛類の類なら、こちらから攻撃することで逆に状況を悪化させる可能性がある。
ルーと合流するため、移動先の座標を工場の外に選んだが──
「なに、これ…」
工場の上空に、天使の群れがいた。
懐かしい金の髪、愛おしいサファイアの瞳、そして絶対の力の象徴である十二枚の翼。
明けの明星が、夏空の星のように上空に輝いている。
地獄だね。いや、地獄はこんなに整然と住みやすくないか。
天国の方で正しい。
悪夢なら、さっさと覚めてほしいものだ。
しかし、工場からの爆発音が私たちを現実に引き戻した。
先の破壊光線のせいか。おいおい、ここは普通1対1だろう。量産型での袋叩きとは……私ならやりそうなことを。卑怯だぞ!
「へえ~、まだそんなにいたのか、贋作ども」
声の先に、オリジナルのあの子がいた。
返り血で全身が真っ赤に染まり、その手には、自分と同じ顔をした首がぶら下がっている。
首級の表情は苦痛で歪んでいるのに、殺戮の天使本人は何事もなかったかのように微笑んでいた。
……どうやら、既に一連の“戦い”を終わらせたらしい。
「ずるいであります! なぜ吾輩のコピーがないでありますか! ロボ差別でありますか!」
エンプラの不満げな声が響く。
「これ以上話をややこしくするな。大体、ロボの君が――」
その言葉に、私ははっと気づいた。
私のコピーも、ルーのコピーも存在するのに、一番コピーしやすいはずのロボットであるエンプラのコピーがいない。
……この違いは一体、何を意味するのか?
私が考え込んでいる間に、上空のコピーたちは攻撃態勢へと移行していた。
翼を大きく羽ばたかせ、加速の予備動作に入る。
ルーはそれを一瞥すると、手にしていた“自分の首”の髪を無造作に掴み、槍のように振りかぶって投げつけた。
ドンッ――!
二つの同じ顔が空中で激突し、強烈な衝撃で粉砕される。
頸動脈から噴き出した血は、細かい飛沫となって宙を舞い、雨のように降り注いだ。
視界一面が、赤く塗り潰される。
その惨状を目にしたコピーたちは、表情こそ変わらないが、距離を取らずにはいられなかった。
偽物とはいえ、ルーの顔をした死体を見せつけられるのは、本能に訴えかける嫌悪と恐怖がある。
……しかし、これで相手の正体が大体掴めた。
「偽りの明星は、その輝きまで再現できないか……なるほど」
私は工場の方へ向き直り、エンプラに告げた。
「戻るぞ、エンプラ。こっちの決着は私が手を加える必要はない。むしろ、明星への侮辱になるだろう」
「さすがマスター、僕のことをよく理解している」
ルーの表情は徐々に冷たくなり、声には低く滾る怒りが籠もっていた。
「僕の姿は神の奇跡。それを騙るのは神への冒涜だ……裁かなければならない。このルキエルの名の下に」
完全に怒っている。四大熾天使は、神の少年期、青年期、中年期、老年期の四つの姿を象って作られたものだ。それをコピーするなど、神そのものへの冒涜に等しい。
コピーする相手を間違えたな。 同情はしないが。
私は自分のコピーを仕留めるため、エンプラと共に再び工場へと潜入した。
*
光の奔流が洞窟を白く塗り潰す。 だが、その中心に立つ少年は一歩も動かない。
肌を焦がすどころか、光線は彼に触れる前に虚空へと溶け、ただの閃光となって消えた。
「……贋作が。その光は『神の領域』すら辿り着かない灯火。相手にするに神器を使うまでもない」
ルーの声は、冷ややかに響いた。
翼を広げ、偽物たちが一斉に突撃してくる。拳、爪、光刃――そのすべてを、ルーは素手だけで迎え撃った。
一体の拳を掴み、骨ごとひしゃげさせる。悲鳴を上げる間もなく腕を引きちぎる。
別の個体の頭を片手で掴み、そのまま握り潰すと、白濁した光と血が爆ぜた。
「弱い」
つぶやくと同時に、背後から迫る羽音を聞き取り、振り返ることもなく手を伸ばす。
手は胸を突き破り、鼓動を握り潰す。偽物の体が痙攣し、光の粒子となって崩れ落ちた。
翼を広げて逃げようとする一体には、逆にその翼を両手で掴み、もぎ取って投げ捨てる。悲鳴がこだまし、残骸が地面に叩きつけられた。
そして最後の一体。頭を鷲掴みにされ、顔ごと地面に叩きつけられた瞬間、ルーは翼を広げて急上昇する。大地を擦りながら高速飛行で引きずり回し、摩擦熱と衝撃で顔面は肉塊に変わり、やがて地面に叩きつけられて砕け散った。
静寂が訪れる。血と光の残骸の中に立っているのは、本物の明星ただ一人。
「神の姿を騙り、明星の名を汚すとは……その罪、このルキエルによって裁かれた」
言葉は冷たく響き、まるで天上の宣告のように戦場を覆う。
だが次の瞬間、ルーは少し口元を緩めた。
「……仮にも最強の僕の贋作だから、もっと強い所見せて欲しかったな」
少年らしい皮肉めいた一言が、血煙の中に軽やかに溶けていった。
*
ドッペルゲンガー――近くの生き物に変幻し捕食する魔物。その最大の特徴は、変化の原理にある。
私も変身魔法を使えるが、それはあくまで外見だけの変化だ。毛玉の私が人間の姿に変わっても、中身は毛玉のままであり、人間のスキルは使えない。他の生物に変わっても同じことだ。
ミラージュは相手の細胞を取り込むことで、外形だけでなくスキルまでも手に入れる。ヘビの毒やメデューサの石化など、多様な能力を操れる。しかし体の強度はコピーできない。あくまでミラージュ自身の身体強度しか発揮できないため、巨大魔物に変身すると体を動かせなくなることもある。
一方、ドッペルゲンガーはほぼ最強の変化能力を持つ。外形とスキルはもちろん、身体強度もある程度再現できる。ただし、自身の身体強度を変幻対象の比例で再現する仕組みだ。
分かりやすく説明すると――
変化対象の身体強度が10(力5、速3、持2)の場合、元々身体強度100のドッペルゲンガーは力50、速30、持20になる。同じ対象よりもはるかに強力なステータスだ。ただし、対象が100以上の身体強度を持つ場合、ドッペルゲンガーは自身を超える強さを得ることはできない。だからルーに変化しても、その桁違いの身体強度も全能の特性もコピーできなかった。
さらに、ドッペルゲンガーは装備を変化できない。簡単な服ならともかく、ルーの聖槍や聖弓のコピーは不可能だ。聖剣プロトタイプを何本も出されてはたまらない。
だからこそ、完全に金属と武器で構成されたエンプラは変化の対象外となった。生物ではないこいつは、もはや「武器」扱いなのだろう。
「……だから、モリアは来なかったのか」
彼女はこの展開を予想し、自分の偽物が私の前に現れるのを避けるために、あえて同行を拒んだのだろう。いかにも彼女らしい。
おかげで対応策を練る時間ができた。
「頭部に命中したであります! ドクター3号を射殺しましたであります!」
今、エンプラはサプレッサーを装着した狙撃銃で、影から私をコピーしたドッペルゲンガーを暗殺している。
「変な番号をつけるな。次に移動だ。死体は隠しておけ。手の内を見せるな」
私は周囲を警戒しながら、死体を空間魔法で闇に消した。
自分の弱点を一番知っているのは自分自身だ。 そして私の最大の弱点は、物理攻撃に極端に弱いこと。もしドッペルゲンガーが私の身体強度を比例コピーしたなら、その物理耐性はゼロに等しい。紙装甲すら重装備に見えるほどのガラス大砲なのだ。魔法で消すこともできるが、狙撃による暗殺が最も確実で安全な方法である。
それにしても、ここまでうまくいくとは──だからこそ、私は暗殺を最も恐れているのだ。
しかし、その時私は異様に気づいた。時間が止まった。 エンプラは動かない。なるほど、私のコピーもこちらに気づいたか。まさか時間系魔法までコピーできたとは。
しかし、時間停止中に遠距離攻撃は無意味だ。君は近づかなければならない。
私のコピーたちが集まってくる。予想通り、私と同じく魔法耐性が高いようだ。ならば、魔力の量ではどうだ?
「あれ? あああ! ドクター4号、5号……15号まで一瞬で現れたであります! ゴキブリでありますか! 一匹いたら百匹いるという──いたッ!」
「誰がゴキブリだ」
失礼なポンコツに拳骨を食らわせる。
時間停止の発動自体は大量の魔力を必要としないが、体感時間が経過するごとに消費魔力は倍増する。 最後には指数関数的に天文数字のような量になる。だから、これを戦術として使いこなせるのは、私とモリアだけなのだ。
「エンプラ、拳銃に切り替えろ。私の指示した方向へ発砲しろ」
「了解であります!」
エンプラは素早く二丁拳銃に切り替え、対応した。
「3時、5時、1時、10時、3時、7時……」
私の指示のもと、銃声が響く。コピーたちは魔法を使う前に銃弾で頭を撃ち抜かれ、絶命した。こいつらの魔法耐性が高いなら、銃弾とエンプラに魔法をかければいい。 加速魔法でエンプラと銃弾を加速させれば、魔法を使われる前に殺せる。
こいつらは私の膨大な魔法リストを手に入れたが、その中から瞬時に適切な魔法を見つけられるだろうか? 私は自分の魔法に名前をつけない主義だ。頑張って覚えるしかないね。
「6時、1時、8時……ラスト、狙撃銃で5時方向」
最後の銃声とともに、私のコピーは全員屍となった。私は殺していないが。
「よく頑張った、エンプラ。私と同じ顔のものを撃つのはさぞ心苦しかっただろう? でも大丈夫、これはあくまで──」
「気持ちよかったであります!」
(あれ?)
なんの苦痛もなく、むしろ爽やかな顔をしたエンプラであった。
「もうないでありますか……」
残念そうな表情で、まるでまだ撃ち足りないと訴えるかのようだ。あれ?
「すっごくストレス解散できたのに、残念であります」
「君はそこまで私を嫌っているのかね?」
「いや、大好きであります! だから代わりに撃てるコピーたちがいないのが残念であります。あの、今後射撃訓練の的にドクターの写真を貼ってもいいでありますか?」
「ダメに決まっているだろ! 呪いみたいで怖いわ!」
この子育て方、間違っていなかったか? 変な性癖が目覚めていないだろうか?
*
工場内を再三チェックし、魔物の全滅を確認した。設備は人為的に止められていただけで、特に修理は必要なく、すぐに生産を再開できる状態だった。
最後に、ルーが面倒くさがって伝送ゲートで帰還しようとゲートをくぐった時は冷や冷やしたが、結果的にゲートはルーを分解できず、何事も起きなかった。心配しすぎた私はルーを抱きしめながら叱った。珍しく反論せずに謝り、何だか嬉しそうに顔を赤く染めた。変な奴だ。
エンプラは自分の功績をアリストやミラージュに見せびらかしている。
「吾輩はドクターを何十人も撃ち殺したであります!」
「畜生、俺も行けばよかった!あの生意気なオヤジ、一度でいいから撃ちたかった!」
「どうせなら、事故に見せかけて本体の方も殺せばよかったのにね」
「だめであります!吾輩は下剋上しても、ドクターと一緒にいたいであります!」
帝国三将軍はもう三バカでいいんじゃないか?
しかし、懸念は拭いきれない。地震大鯰にしろ、ドッペルゲンガーにしろ――
なぜあのような魔物が、何もないはずの場所に現れたのか?機械が人為的に止められていたことも不自然だ。
であれば、内通者がいるかもしれない。戦争は、もう始まっているのだ。
*
「なるほど、これがあの二人の力の片鱗か」
闇の中、謎の影がドクターとルキエルのドッペルゲンガーの残骸を眺め、深い思考に沈んだ。
「どんなスキルを持っているかを知るため、ドッペルゲンガーを使ったが……ついでに始末してくれるなら儲けものと考えたのが、欲を出しすぎたかしら」
その声には残念さもあったが、どこか嬉しげな響きが混じっていた。
「魔王が勝つか、女帝が勝つか……どっちにせよ、妾は得をするのじゃ。くくく……」
妖しい笑い声とともに、闇の中に琥珀の瞳が光る。月明かりに照らされ、きつねの尻尾がほんの少し見えた。
これは今まで帝国の情報に一切登場したことのない人物だ。
陰謀は渦巻く。果たして最後に勝つのは誰か――
主人公が成長するために、影の自分と戦い、自分の暗黒面を克服する――あのお約束の展開。
もし私もその境遇に出くわすなら、私が遭遇するのはきっと“善の自分”だろうな。だって、魔王だし。
これはレアアース工場で、私と同じ姿をした“何か”と遭遇した直後の、率直な感想であった。
――工場は、耳を劈くような機械音と、鼻を突く油と鉄の匂いで満ちていた。
床一面には粉塵が積もり、金属片が散らばり、巨大なプレス機がときおり不気味に唸りを上げる。
ただでさえ人間の生活空間には似つかわしくないこの場所に、「自分のコピー」が立っている光景は悪夢そのものだった。
「ドクターも吾輩と同じく量産型ロボでありますか? 生産番号を教えてください」
……ポンコツロボは、この状況でもまだバカをやっている。
白衣を纏った私のコピーたちは、十数人。
だが、私と違い、目の奥には一切の意思がなく、無機質な光が灯っているだけだった。
同じ顔のはずなのに、感情の抜け落ちたその表情は、まるで死体が動いているかのようで背筋が冷える。
クローン? ロボ? 幻覚?
頭の中に様々な可能性が巡る。しかし、一つだけは確かだった。
「味方ではなさそうだ」
コピーたちは一斉に指先をこちらへ向け、魔力をチャージし始めた。
床に散った金属片が震え、空気が焼ける匂いが広がる。
畜生、ルーが工場を壊さないように外で待機させたのが仇になったか。
何十発もの破壊光線が浴びせられる前に、私はエンプラの襟を掴んで空間魔法を発動した。
戦闘は避けたい。もし呪詛類の類なら、こちらから攻撃することで逆に状況を悪化させる可能性がある。
ルーと合流するため、移動先の座標を工場の外に選んだが──
「なに、これ…」
工場の上空に、天使の群れがいた。
懐かしい金の髪、愛おしいサファイアの瞳、そして絶対の力の象徴である十二枚の翼。
明けの明星が、夏空の星のように上空に輝いている。
地獄だね。いや、地獄はこんなに整然と住みやすくないか。
天国の方で正しい。
悪夢なら、さっさと覚めてほしいものだ。
しかし、工場からの爆発音が私たちを現実に引き戻した。
先の破壊光線のせいか。おいおい、ここは普通1対1だろう。量産型での袋叩きとは……私ならやりそうなことを。卑怯だぞ!
「へえ~、まだそんなにいたのか、贋作ども」
声の先に、オリジナルのあの子がいた。
返り血で全身が真っ赤に染まり、その手には、自分と同じ顔をした首がぶら下がっている。
首級の表情は苦痛で歪んでいるのに、殺戮の天使本人は何事もなかったかのように微笑んでいた。
……どうやら、既に一連の“戦い”を終わらせたらしい。
「ずるいであります! なぜ吾輩のコピーがないでありますか! ロボ差別でありますか!」
エンプラの不満げな声が響く。
「これ以上話をややこしくするな。大体、ロボの君が――」
その言葉に、私ははっと気づいた。
私のコピーも、ルーのコピーも存在するのに、一番コピーしやすいはずのロボットであるエンプラのコピーがいない。
……この違いは一体、何を意味するのか?
私が考え込んでいる間に、上空のコピーたちは攻撃態勢へと移行していた。
翼を大きく羽ばたかせ、加速の予備動作に入る。
ルーはそれを一瞥すると、手にしていた“自分の首”の髪を無造作に掴み、槍のように振りかぶって投げつけた。
ドンッ――!
二つの同じ顔が空中で激突し、強烈な衝撃で粉砕される。
頸動脈から噴き出した血は、細かい飛沫となって宙を舞い、雨のように降り注いだ。
視界一面が、赤く塗り潰される。
その惨状を目にしたコピーたちは、表情こそ変わらないが、距離を取らずにはいられなかった。
偽物とはいえ、ルーの顔をした死体を見せつけられるのは、本能に訴えかける嫌悪と恐怖がある。
……しかし、これで相手の正体が大体掴めた。
「偽りの明星は、その輝きまで再現できないか……なるほど」
私は工場の方へ向き直り、エンプラに告げた。
「戻るぞ、エンプラ。こっちの決着は私が手を加える必要はない。むしろ、明星への侮辱になるだろう」
「さすがマスター、僕のことをよく理解している」
ルーの表情は徐々に冷たくなり、声には低く滾る怒りが籠もっていた。
「僕の姿は神の奇跡。それを騙るのは神への冒涜だ……裁かなければならない。このルキエルの名の下に」
完全に怒っている。四大熾天使は、神の少年期、青年期、中年期、老年期の四つの姿を象って作られたものだ。それをコピーするなど、神そのものへの冒涜に等しい。
コピーする相手を間違えたな。 同情はしないが。
私は自分のコピーを仕留めるため、エンプラと共に再び工場へと潜入した。
*
光の奔流が洞窟を白く塗り潰す。 だが、その中心に立つ少年は一歩も動かない。
肌を焦がすどころか、光線は彼に触れる前に虚空へと溶け、ただの閃光となって消えた。
「……贋作が。その光は『神の領域』すら辿り着かない灯火。相手にするに神器を使うまでもない」
ルーの声は、冷ややかに響いた。
翼を広げ、偽物たちが一斉に突撃してくる。拳、爪、光刃――そのすべてを、ルーは素手だけで迎え撃った。
一体の拳を掴み、骨ごとひしゃげさせる。悲鳴を上げる間もなく腕を引きちぎる。
別の個体の頭を片手で掴み、そのまま握り潰すと、白濁した光と血が爆ぜた。
「弱い」
つぶやくと同時に、背後から迫る羽音を聞き取り、振り返ることもなく手を伸ばす。
手は胸を突き破り、鼓動を握り潰す。偽物の体が痙攣し、光の粒子となって崩れ落ちた。
翼を広げて逃げようとする一体には、逆にその翼を両手で掴み、もぎ取って投げ捨てる。悲鳴がこだまし、残骸が地面に叩きつけられた。
そして最後の一体。頭を鷲掴みにされ、顔ごと地面に叩きつけられた瞬間、ルーは翼を広げて急上昇する。大地を擦りながら高速飛行で引きずり回し、摩擦熱と衝撃で顔面は肉塊に変わり、やがて地面に叩きつけられて砕け散った。
静寂が訪れる。血と光の残骸の中に立っているのは、本物の明星ただ一人。
「神の姿を騙り、明星の名を汚すとは……その罪、このルキエルによって裁かれた」
言葉は冷たく響き、まるで天上の宣告のように戦場を覆う。
だが次の瞬間、ルーは少し口元を緩めた。
「……仮にも最強の僕の贋作だから、もっと強い所見せて欲しかったな」
少年らしい皮肉めいた一言が、血煙の中に軽やかに溶けていった。
*
ドッペルゲンガー――近くの生き物に変幻し捕食する魔物。その最大の特徴は、変化の原理にある。
私も変身魔法を使えるが、それはあくまで外見だけの変化だ。毛玉の私が人間の姿に変わっても、中身は毛玉のままであり、人間のスキルは使えない。他の生物に変わっても同じことだ。
ミラージュは相手の細胞を取り込むことで、外形だけでなくスキルまでも手に入れる。ヘビの毒やメデューサの石化など、多様な能力を操れる。しかし体の強度はコピーできない。あくまでミラージュ自身の身体強度しか発揮できないため、巨大魔物に変身すると体を動かせなくなることもある。
一方、ドッペルゲンガーはほぼ最強の変化能力を持つ。外形とスキルはもちろん、身体強度もある程度再現できる。ただし、自身の身体強度を変幻対象の比例で再現する仕組みだ。
分かりやすく説明すると――
変化対象の身体強度が10(力5、速3、持2)の場合、元々身体強度100のドッペルゲンガーは力50、速30、持20になる。同じ対象よりもはるかに強力なステータスだ。ただし、対象が100以上の身体強度を持つ場合、ドッペルゲンガーは自身を超える強さを得ることはできない。だからルーに変化しても、その桁違いの身体強度も全能の特性もコピーできなかった。
さらに、ドッペルゲンガーは装備を変化できない。簡単な服ならともかく、ルーの聖槍や聖弓のコピーは不可能だ。聖剣プロトタイプを何本も出されてはたまらない。
だからこそ、完全に金属と武器で構成されたエンプラは変化の対象外となった。生物ではないこいつは、もはや「武器」扱いなのだろう。
「……だから、モリアは来なかったのか」
彼女はこの展開を予想し、自分の偽物が私の前に現れるのを避けるために、あえて同行を拒んだのだろう。いかにも彼女らしい。
おかげで対応策を練る時間ができた。
「頭部に命中したであります! ドクター3号を射殺しましたであります!」
今、エンプラはサプレッサーを装着した狙撃銃で、影から私をコピーしたドッペルゲンガーを暗殺している。
「変な番号をつけるな。次に移動だ。死体は隠しておけ。手の内を見せるな」
私は周囲を警戒しながら、死体を空間魔法で闇に消した。
自分の弱点を一番知っているのは自分自身だ。 そして私の最大の弱点は、物理攻撃に極端に弱いこと。もしドッペルゲンガーが私の身体強度を比例コピーしたなら、その物理耐性はゼロに等しい。紙装甲すら重装備に見えるほどのガラス大砲なのだ。魔法で消すこともできるが、狙撃による暗殺が最も確実で安全な方法である。
それにしても、ここまでうまくいくとは──だからこそ、私は暗殺を最も恐れているのだ。
しかし、その時私は異様に気づいた。時間が止まった。 エンプラは動かない。なるほど、私のコピーもこちらに気づいたか。まさか時間系魔法までコピーできたとは。
しかし、時間停止中に遠距離攻撃は無意味だ。君は近づかなければならない。
私のコピーたちが集まってくる。予想通り、私と同じく魔法耐性が高いようだ。ならば、魔力の量ではどうだ?
「あれ? あああ! ドクター4号、5号……15号まで一瞬で現れたであります! ゴキブリでありますか! 一匹いたら百匹いるという──いたッ!」
「誰がゴキブリだ」
失礼なポンコツに拳骨を食らわせる。
時間停止の発動自体は大量の魔力を必要としないが、体感時間が経過するごとに消費魔力は倍増する。 最後には指数関数的に天文数字のような量になる。だから、これを戦術として使いこなせるのは、私とモリアだけなのだ。
「エンプラ、拳銃に切り替えろ。私の指示した方向へ発砲しろ」
「了解であります!」
エンプラは素早く二丁拳銃に切り替え、対応した。
「3時、5時、1時、10時、3時、7時……」
私の指示のもと、銃声が響く。コピーたちは魔法を使う前に銃弾で頭を撃ち抜かれ、絶命した。こいつらの魔法耐性が高いなら、銃弾とエンプラに魔法をかければいい。 加速魔法でエンプラと銃弾を加速させれば、魔法を使われる前に殺せる。
こいつらは私の膨大な魔法リストを手に入れたが、その中から瞬時に適切な魔法を見つけられるだろうか? 私は自分の魔法に名前をつけない主義だ。頑張って覚えるしかないね。
「6時、1時、8時……ラスト、狙撃銃で5時方向」
最後の銃声とともに、私のコピーは全員屍となった。私は殺していないが。
「よく頑張った、エンプラ。私と同じ顔のものを撃つのはさぞ心苦しかっただろう? でも大丈夫、これはあくまで──」
「気持ちよかったであります!」
(あれ?)
なんの苦痛もなく、むしろ爽やかな顔をしたエンプラであった。
「もうないでありますか……」
残念そうな表情で、まるでまだ撃ち足りないと訴えるかのようだ。あれ?
「すっごくストレス解散できたのに、残念であります」
「君はそこまで私を嫌っているのかね?」
「いや、大好きであります! だから代わりに撃てるコピーたちがいないのが残念であります。あの、今後射撃訓練の的にドクターの写真を貼ってもいいでありますか?」
「ダメに決まっているだろ! 呪いみたいで怖いわ!」
この子育て方、間違っていなかったか? 変な性癖が目覚めていないだろうか?
*
工場内を再三チェックし、魔物の全滅を確認した。設備は人為的に止められていただけで、特に修理は必要なく、すぐに生産を再開できる状態だった。
最後に、ルーが面倒くさがって伝送ゲートで帰還しようとゲートをくぐった時は冷や冷やしたが、結果的にゲートはルーを分解できず、何事も起きなかった。心配しすぎた私はルーを抱きしめながら叱った。珍しく反論せずに謝り、何だか嬉しそうに顔を赤く染めた。変な奴だ。
エンプラは自分の功績をアリストやミラージュに見せびらかしている。
「吾輩はドクターを何十人も撃ち殺したであります!」
「畜生、俺も行けばよかった!あの生意気なオヤジ、一度でいいから撃ちたかった!」
「どうせなら、事故に見せかけて本体の方も殺せばよかったのにね」
「だめであります!吾輩は下剋上しても、ドクターと一緒にいたいであります!」
帝国三将軍はもう三バカでいいんじゃないか?
しかし、懸念は拭いきれない。地震大鯰にしろ、ドッペルゲンガーにしろ――
なぜあのような魔物が、何もないはずの場所に現れたのか?機械が人為的に止められていたことも不自然だ。
であれば、内通者がいるかもしれない。戦争は、もう始まっているのだ。
*
「なるほど、これがあの二人の力の片鱗か」
闇の中、謎の影がドクターとルキエルのドッペルゲンガーの残骸を眺め、深い思考に沈んだ。
「どんなスキルを持っているかを知るため、ドッペルゲンガーを使ったが……ついでに始末してくれるなら儲けものと考えたのが、欲を出しすぎたかしら」
その声には残念さもあったが、どこか嬉しげな響きが混じっていた。
「魔王が勝つか、女帝が勝つか……どっちにせよ、妾は得をするのじゃ。くくく……」
妖しい笑い声とともに、闇の中に琥珀の瞳が光る。月明かりに照らされ、きつねの尻尾がほんの少し見えた。
これは今まで帝国の情報に一切登場したことのない人物だ。
陰謀は渦巻く。果たして最後に勝つのは誰か――
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※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~
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