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第八章:散るは忠誠、燃ゆるは誇り――約束の交差点、勇者計画の終焉
第153話:戦争最終日──真なる魔王、真なる勇者
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悪魔
数万年前、神に反旗を翻し堕ちた智天使(ケルビム)と座天使(スローンズ)。
その最初の七十二名が、今の地獄七十二柱の悪魔となりし者たちである。
彼らは熾天使(セラフィム)にも劣らぬ力を以って、爵位を授けられた。
君主(プリンス)二名、伯爵(アール)三名、侯爵(マーキス)二十二名、公爵(デューク)三十六名。
そして、王(キング)九名。
この七十二の眼(まなこ)を統べる者こそが、悪魔たちの王——
“魔王”(あくまおう)。
されど古の神魔大戦により、悪魔のほぼすべては地獄へと封じられ、
その名と存在は現世から次第に忘れ去られ、幻想の生き物とされてきた。
しかし今、古き支配者たちは再び世界にその存在を刻みつけようとしている。
彼らを、誰もが思い知る刻(とき)が来たのだ。
*
詠唱を終えた毛玉魔王は、改めてダークソウルを見据えた。
「ダークソウル君、君は知っているか?古来の帝王たちは自らを『天子』と称し、その王位の正統性を主張した。その気持ちは理解できるが、本物の『天子』にとってはいい迷惑なんだよ。」
毛玉魔王が指を鳴らすと、周囲の景色が一変した。さっきまでの荒地が、豪華な城の最上階にある屋上広場へと変わっている。毛玉の小さな体には不釣り合いな巨大な玉座に、彼はゆっくりと腰を下ろした。
一方のダークソウルは、短時間に起こりすぎた出来事に全くついていけていない。ただ呼吸を荒くし、その小さな毛玉から放たれる気迫に押し潰されそうになりながら、息もままならない。
「貴様は…何者だ…」それでも高い誇りが、彼にわずかな勇気のようなものをもたらした。本当は薄々、答えに気づいていた。
「さあね、どうだろう。他の者に聞いてみるか」
毛玉は呼びかけた。
「海の悪魔、傲慢の王、リバエルよ。私は何者か?」
空に巨大な門が現れる。三重の円環が王冠のように重なり、中心に短い横線が刻まれた古王のシジルが輝く。門が開く。
全長千メートルを超える鯨が門から現れ、ゆったりと泳ぎながら、低くも天地に響く声で答えた。
「あなた様は、我らが王。無上の君、魔王様」
「なるほど。でも一人だけでは説得力に欠けるね。ダークソウル君も納得できないだろう。他の者にも聞いてみよう」
「刃の悪魔、憤怒の王、ザベルトよ。私は何者か?」
二本の刃が円を切り裂くような直線が交差した、緊張を孕んだシジルが輝く。雄獅子の頭を持つ真紅の甲冑の侍が門から現れた。
「我ら七十二柱の、唯一無二の主。魔王様」
「価値の悪魔、強欲の王、マムブスよ。私は何者か?」
歪んだ星形から角状の曲線が伸び、外縁へ螺旋する観測のシジルが光る。商人装束のフクロウが飛来した。
「お戯れを。魔王様以外に、誰がありましょうや」
「芸術の悪魔、憂鬱の王、バラムよ。私は何者か?」
円陣の中に蛇の目の形が描かれ、周囲に細かな刻線が巡る知略のシジルが輝く。人と牛と羊の三つの頭を持ち、蛇の下半身をした存在が現れた。
「魔王様~♪ 地獄で一番~偉い~お方~♫」
「真実の悪魔、虚栄の王、ザガンよ。私は何者か?」
十字を基軸に形状が崩れ、別の図形へ移行しかけた変成のシジルが光る。紫の髪に竜の角、ゴスロリ調の制服を着て、ピンクのウサギのぬいぐるみを抱えた少女が飛び出した。
「あたしの可愛い魔王様!ああ~もふもふしたい!」
「妄想の悪魔、怠惰の王、ヴェネゴールよ。私は何者か?」
円環を覆う蔦状の曲線が絡み合い、内側に静かな隙間を残すシジルが輝く。しかし何も現れない。毛玉魔王の指示でザガンが門に入り、シロクマのパジャマを着た青色の髪の少女を引きずり出した。
「あれ?魔王様、呼んだ?ごめん、ちょっと寝てた…」
「腐敗の悪魔、暴食の王、ベリアルよ。私は何者か?」
均整を失った王紋のような線構成で、中央が意図的に空白となったシジルが光る。赤髪に黒いローブの少女が大鎌を持って現れた。
「魔王様デース。ボケてるデースか?」
「幻惑の悪魔、色欲の王、アスモデウスよ。私は何者か?」
三叉に分かれた符線が一点に収束し、封印と衝動を同時に示すシジルが輝く。誰もが知る金髪のギャル、アスにゃんが飛び出してきた。
「魔王様、にゃんハロー♪ アスにゃんだよ~♡」
「全知の悪魔、嫉妬の王、パイモンよ。私は何者か?」
逆向きの三日月と波打つ線が連なり、音叉のような左右対称を成すシジルが光る。執事服に身を包み仕事モードのモリアが恭しく現れた。
「魔王様。私の最愛なる方」
九人の王が玉座の前に集い、毛玉を魔王として奉じる。それを見届けた毛玉は、ようやく満足げに口を開いた。
「どうやら──私は魔王だったらしい」
玉座に座る小さな毛玉の背後には、地獄の門がまだ微かに輝き、地獄の全権威が彼に集っていることを静かに宣言していた。
*
ダークソウルは、毛玉魔王と九柱の王を前にして、ようやく自らの立場を理解した。
(なるほど…今まで余が戦い、圧倒してきた者たちは、まさに今の余の心情だったのか。井の中の蛙、大海を知らず。余もまた、この小さな世界に閉じこもっていたヒヨコに過ぎなかった。)
勝算のない絶望と無力感。ならばせめて、最後は華々しく散ろう。
ダークソウルは再び宝剣を握りしめた。
「余はダークソウル。貴殿には、最後まで付き合ってもらう。」
「残念だが、今日の主役も、この舞台も君のためのものではない。これ以上君にかける時間はない。これで終わろう。」
毛玉魔王が片手を軽く振ると、ダークソウルの足元に漆黒の円が現れた。空間そのものが歪み、捻じ曲げられて生じたブラックホールだ。
「な、なにこれっ……引き剥がせないっ!」ブラックホールはあらゆるものを飲み込む絶大な引力を放つ。光さえ逃れられないその力に、太陽の子たるダークソウルも例外ではなかった。
「ちっ……畜生!」最後の信念を込め、ダークソウルは宝剣を毛玉魔王目がけて投げつけた。しかし剣すらブラックホールの引力から逃れられず、吸い込まれていく。ブラックホールは次第に縮小し、ダークソウルもまた、いくら足掻こうとも剣と同じ運命を辿り、漆黒の渦に吞まれて消えた。
「ダークソウル君には悪いが、これも戦争だ。できる限り尊厳ある終わり方をさせたかったが、神格の不死性ゆえに叶わなかった。残念だ。では──いよいよ真打ちを迎えよう。」
毛玉魔王が再び指を鳴らす。
空間が微かに波打ち、光の粒子が一点に集まる。
パリンと、ガラスの割れるような微かな音。
「あれ……?」
ダークソウルが消えた場所に、一人のメイドが転移させられていた。揺れる銀髪、整えられた制服、そして握り締めた聖剣。
「ようこそ、勇者セリナ。今こそ、勇者の責務を果たす時だ。魔王戦の始まりだ。」
セリナの瞳に映ったのは、玉座に座る小さな魔王と、彼に仕える九柱の王たち──そして、七十二の門から覗く無数の悪魔の視線だった。
*
「マオウさん……ですよね?」
「そんな偽名を使っていたのか。まあいい。『マオウ』も『ドクター』も、今となっては過去の存在に過ぎない。これらすべては、今この時、君を完膚なきまでに打ちのめすための策略だ。どうだ? 信頼していた者に裏切られた気分は? 罵りの言葉くらいは甘んじて受けよう。」
セリナはどう動くか?
裏切られたショックで泣き崩れるか?
騙された怒りで聖剣を振るうか?
どちらも既に対策済みだ。心は痛むが、これも勇者としての信仰を崩し、私の永遠の安寧を得るためだ。
しかし、真実を告げられたセリナの顔には、そんな感情は微塵もなかった。むしろ、安心したようにほっとしたような表情を浮かべている。なぜだ?
「知っていました。マオウさんは、セリナを甘く見過ぎです。」
「はったりはよせ。そんな素振りは一度も見せたことがない。嘘なら、もっと上手いやり方を教えてやったはずだ。」
知っていた? ありえない。彼女がどうやって──いや、きっと私が教えた心理戦で、私を動揺させようとしているのだ。
「マオウさんは、あえて『マオウ』という、『魔王』と同じ読みの名を使い、人の認識の盲点を突きました。セリナも最初は同じように引っかかりましたが……マオウさんに教わったセリナなら、そのくらい見破れます。魔王ダークソウルがあんなに早く現れなければ、もっと早くに特定できたかもしれませんけど。」
あの、人を疑うことを知らぬ純真無垢な娘が、ここまで読めるようになるとは。教育が成功しすぎるのも問題だ。
「いい出来だ。それなら、私を憎むだろう。君を騙し、我が計画のために育てた。今まですべては、嘘で塗り固めた虚像に過ぎない。」
「いいえ。セリナはマオウさんのことが好きです。マオウさんが魔王だと知って、マオウさんがセリナを利用したいと知って、マオウさんがセリナに嘘をついていたと知って。それでも、セリナはマオウさんのことが好きです。」
「狂ったか? そんな悪い男に騙されて、今でも好きだだと? それで私が心を動かされて、君を殺せないと思っているのか?」
「では、セリナを殺してください。」セリナは聖剣を地面に刺し、両手を広げた。
「戦いを放棄するのか? 勇者だろう。戦わずして諦めるとは。」
「だって、セリナはマオウさんに勝てません。マオウさんはセリナのすべてのスキルと能力、そして弱点と切り札を知るために、ずっとセリナを育ててきたでしょ? ならば、マオウさんは既にセリナの攻略法をすべて用意しています。違いますか?」
合っている。セリナの剣術、天使化、スキル、さらに二段階の力天使化に至るまで、すべてに対策を立てている。彼女がどんな手を使おうと、勝てるようにしてある。さらに地獄の九柱の王を呼び、あらゆる例外さえも封じた。
「私の教えで、互いの力量を測れるようになったか。まあいい。では投降しろ。勇者の敗北を、世界に知らしめよ。」
「いやです。」
「は? 君は先ほど、私に勝てないと自覚したはずだ。なのになぜ投降しない? 勇者として殉じたいのか?」
「いいえ。だって……セリナがマオウさんに攻撃できないように、マオウさんもセリナに攻撃できないからです。だから先ほどから話だけして、攻撃してこない。それはマオウさんの戦い方ではありません。」
心臓が強く一拍した。読まれていた。セリナの成長は分かっていたつもりだったが、まさかここまでとは。
「心理戦……マオウさんは、言葉と力を見せつけることでセリナの心を折ろうとしています。いつものマオウさんなら、セリナを転移させた時点で何も言わず、魔法でセリナを撃ち殺すはずです。それをしないのは、『できない』ではなく、『したくない』からです。」
「でたらめを。戦闘で勝てないから、口先の勝負に持ち込むのか? 私の気が変われば、次の瞬間、君はあの自称魔王と同じく、この世界から消される。今、君が立っている場所は、彼が最後にこの世界にいた場所だ。私が気が変わる前に、投降しろ。」
「いやです! セリナは勇者です。幾度も生死をかけたセリナは、投降しません!」
「ならば、剣を取り、私と戦え。」
「それもいやです!」
「わがままな娘だ。」手を振れば、千の鎖が彼女を強く縛り付ける。セリナは息もできないほど苦しんでいる。しかし、その瞳に宿る闘志は消えない。厄介な勇者だ。
「もう一度言う。剣を捨てて投降するか、剣を取って戦うか、どちらかを選べ。さもなければ、このまま死ね。」
「セリ…ナは…剣を捨てて…マオ…ウさんの…手を取る…ほうを…選びます!」
セリナが渾身の力を振り絞って発した言葉は、私が示した二つの道の、どちらでもなかった。
「剣を捨てて、私の手を取るだと? 魔王である私が、人間を支配し、家畜のように使役し、殺すかもしれない。君の決断は、人類を売り渡すことになるぞ。」
「マオウさんは、そんなことしません!」セリナの背中から四枚の翼が広がり、髪も黄金に染まった。力天使化! そんな馬鹿な。聖剣を握っていないし、力天使化の条件も満たしていない。しかし今はそんなことはどうでもいい。つまり、ようやく戦う意思を見せたということか。
「君はなぜそれが言える? 嘘で作られた『マオウ』が、実は残虐な魔王で、世界の敵かもしれないのだぞ?」
「セリナは知っています。本の中の魔王より、伝説の中の魔王より、セリナはずっと傍にいるマオウさんのことを知っています。マオウさんはそんなことをしない魔王です。」
「詭弁だ。所詮、人は信じたいものを信じる。君もそれにすがっているだけだ。」
「はい! でも、それはセリナの決断です! 世間からも、神様からも、マオウさんからもなく、セリナ自身の判断です! セリナは道具じゃありません。誰かに『魔王が悪いから退治しろ』と言われる道具じゃありません! だから、セリナの決断は変わりません!」
力天使化したセリナは、聖剣ではなく、手を私に差し伸べた。
全く、強い娘になったな。私の言うことだけを聞いていた、あの頃のセリナではない。人間の成長は、やはり速いものだ。
(あなたは、あの娘を殺せますか?)
ゴーストタウンでモリアが言った言葉を思い出す。
そうだな。
(ごめん、やっぱりできないな。だって……愛しているこの娘を、殺せるほどに、今の私も昔のように冷酷にはなれないや。)
「負けた……負けだ。セリナ君、強くなったね。私を言い負かすほどに。」
私は、彼女の差し出した手を取った。
*
「勇者セリナ、なかなかよい目をした武人であった。いずれお手合わせ願おう。」ザベルトはセリナに一礼し、門へと消えた。
「いやはや、よいものを見た。式を挙げる際は是非お声かけください。九割引きいたします。」マムブスは名刺を渡すと、門へ消えた。
「勇者セリナ~♪ 世界で初めて~魔王様に~勝った~お方~♫」バラムは歌いながら門の向こうへ消えていった。
「なかなか、よかったわ。ね、ザガンちゃん? あ、これは言っちゃまずかったね。まあいいか。実は、あたしは悪魔公爵アスタロト。ザガンちゃんはこの子よ。」ザガン(?)が抱えるピンクのウサギのぬいぐるみが「ザガンです」と言った。ウサギは怒ってふわふわパンチを繰り出したが、痛そうには見えなかった。
「ヴェネちゃん、起きるデース。こいつ、さっきからずっと寝てやがるデース。店長、店員三号を先にパイセンのところに戻すデース。」
「羊焼き一つ……羊焼き二つ……じゅるり……」ベリアルはまだ眠るヴェネゴールを引きずり、門の向こうへ消えた。
「はいはい♪ アスにゃんは、これからモリリンとリリバに乗ってドライブに行くよ~♪」
「変なあだ名を付けるな、殺すぞ。」
「ああ、怖い~♪ アスにゃん、リリバに食べられちゃう♡」
「馬鹿をやってないでください、ミリアムに言いつけますわ。よろしく、リバエル。今日はあの二人に時間をあげますわ。ふふふ」モリアはいつの間にか普段のドレスに着替え、アスモデウスと共にリヴァイアサンの背に乗り、門の向こうへ消えた。
他の七十二柱の悪魔たちも、それぞれの門をくぐり、地獄へと帰っていった。
まあ、ルーが里帰りで不在の時間を利用して、ここまでできたからよかったものの、でなければ新たな神魔大戦が始まっていたかもしれない。明日には彼が戻ってくるので、かなりギリギリの作戦だった。
今、この計画のためだけに作られた世界には、私とセリナしかいない。
力天使化した彼女の手を握ったまま、背中合わせに倒れ込み、私たちはこれまでの思い出を語り合った。
「初めて会ったのは図書館だったな。あの時は君を、王国を探るための駒としか見ていなかった。まさか聖剣を抜くとはな。お陰で計画が狂ったよ。」
「あああ、マオウさん、セリナの大事な思い出を汚さないでください。あの時は優しい紳士だと思ったのに。でも今考えれば、セリナに学問を教える変な人がいるわけないですよね。」
「そうだぞ。君が王都の人々から避けられ、一番落ち込んでいた時、うまいことを言ってそのまま言いなりにさせるつもりだった。まさか、元気づけることになるとはな。」
「そんなこと考えていたんですか? マオウさん、酷いです。でも、あの時マオウさんだけがまだセリナを信じてくれていると思って、セリナは勇者として頑張ろうと思えました。はは。」
「山賊をゴブリンと間違えたこともあったな。」
「え? 違うんですか?」
「いや、あながち間違ってはいないかも。それからレンにも会ったな。セリナ君の剣の師匠として、いい働きをしてくれた。」
「レン君、前からマオウさんの正体を知っていましたね。二人してセリナを騙すなんて酷いです。帰ったらレン君にも説明させてもらいます。」
「私が黙っていてくれと頼んだから、そこは勘弁してやってくれ。それからゴーストタウンで、セリナ君が幽霊に憑依されて大変だったぞ。」
「はい。ユキナに会って、聖剣と勇者の裏の話を知りました。セリナも初めて天使化できました。みんな、あの世で元気でいられたでしょうか。」
「それから不夜城に行った。レンと二人でアスモデウスとミリアムと戦った。アスモデウスが初めて人のために私にお願いするのを見て驚いた。彼女も成長したものだ。」
「セリナは女の子だから、男しか入れない不夜城に入れませんでした。こういう時、レン君が羨ましいです。」
「彼女はただアスモデウスに招待されただけで、別に男に似ているからじゃない。本人は結構気にしているから、言わないでやってくれ。それを言うと、私がクセリオス公爵に会った時、君も頑張ったじゃないか。」
「セリナは何もしていません。マリさんが自分で頑張っただけです。」
「そのお陰で、せっかくの10ゴルドの旅費がゼロになったけどな。でも、それで武闘会に参加することになり、海賊王の宝探しをするようになった。」
「セリナ、武闘会でチャンピオン獲りましたよ。えへん。」
「ブラックセリナになってみんなを心配させたけどな。確か、レンに嫉妬したからで。」
「あの時のセリナは、何もかもレン君に劣ると思い、マオウさんが取られてしまうことが怖かった。今は、セリナの方が勝つ自信があります。」
「そうだな。でも、クセリオス公爵がクーデターを起こした時、王都に行こうとしたレンに負けたぞ。」
「あれは……セリナが女の子の日でしたから! あ! 思い出した。あの頃からレン君がおかしくなりました。その時ですね、マオウさんがレン君に秘密を教えたのは。」
「正解。あの娘はあの時、限界状態だった。壊れないために、そうするのが一番だと思った。」
「レン君には優しいんですね~。マオウさんのホモ~。」
「君にも十分甘いと思うが。クセリオスがゾンビドラゴンになって君を飲み込んだ時、私だけは最後まで君が勝てると信じていたと思うが。」
「はい、お陰様で、歴代の勇者様たちに会えました。セリナも今の姿に変身できるようになりました。」
「あの段階でもう計画を終了し、セリナ君に最終試験をするつもりだったが、女帝がダークソウルの話をしなければな。」
「まだ見たことのないダークソウルさん、ありがとうございます。」
「まあ、お陰で死んだと思い込んでいたCVN-6と再会できたから、儲けたかもな。」
「あのロボットの娘から、セリナと同じような雰囲気を感じます。」
「まあ、あの娘を育てた経験がなければ、セリナ君を育てる発想はなかったな。セリナ君はここまで立派になったのに、あのポンコツはまだバカをやっている。帰ったら補習を追加させようか。」
「ダークソウルとの戦争で、たくさんの人が死にました。」
「そうだ。それが天界が行った代理戦争の代償だ。私は人間界の支配に興味はないが、天界はそうは思っていない。今考えれば、魔族の王と悪魔の王を両方『魔王』と略すから、紛らわしいことになる。私がそれを気づいてなかったのは、モリアに誘導されたからかもしれない。彼女には勝てないな。」
「つまり、セリナが倒すべき魔王は、マオウさんが倒したことになっています。」
「本当だな……まあ、セリナ君はあいつを倒せないから、別にいいか。」
「むむっ。セリナは勝ちました。四天王の一人、ノックターンにも勝てました。」
「偉い偉い。神格を持つ者は聖剣では殺せない。セリナ君がいくら頑張っても無理だぞ。でも、セリナなら殺せなくても、あいつに敗北を認めさせたかもしれないな。だが、彼が魔王を名乗った以上、私が倒すしかなかった。真の魔王として。」
「そして、セリナがマオウさんに勝ちます。」
「そうね。これで勇者育成計画は失敗だな。自分で育てた勇者に負けるとは、策士策に溺れるとはこのことか。まあ、セリナ君なら負けてあげてもいいか。でも、次はないぞ。」
一年に渡った『まおうさまの勇者育成計画』は、失敗を持って幕を閉じた。魔王は勇者セリナの聖剣に敗れたのではなく、彼女の愛と信念に敗れた。勇者セリナも魔王を殺すことなく、その手を取ることで、この終わらない神々の代理戦争に終止符を打った。そういう意味で、勇者育成計画は成功したかもしれない。
しかし、物語はまだ終わらない。
代理戦争の終結は、天界と地獄、天使と悪魔の新たな戦争の始まりを意味する。
第二回神魔大戦のカウントダウンは、既に始まっている。
数万年前、神に反旗を翻し堕ちた智天使(ケルビム)と座天使(スローンズ)。
その最初の七十二名が、今の地獄七十二柱の悪魔となりし者たちである。
彼らは熾天使(セラフィム)にも劣らぬ力を以って、爵位を授けられた。
君主(プリンス)二名、伯爵(アール)三名、侯爵(マーキス)二十二名、公爵(デューク)三十六名。
そして、王(キング)九名。
この七十二の眼(まなこ)を統べる者こそが、悪魔たちの王——
“魔王”(あくまおう)。
されど古の神魔大戦により、悪魔のほぼすべては地獄へと封じられ、
その名と存在は現世から次第に忘れ去られ、幻想の生き物とされてきた。
しかし今、古き支配者たちは再び世界にその存在を刻みつけようとしている。
彼らを、誰もが思い知る刻(とき)が来たのだ。
*
詠唱を終えた毛玉魔王は、改めてダークソウルを見据えた。
「ダークソウル君、君は知っているか?古来の帝王たちは自らを『天子』と称し、その王位の正統性を主張した。その気持ちは理解できるが、本物の『天子』にとってはいい迷惑なんだよ。」
毛玉魔王が指を鳴らすと、周囲の景色が一変した。さっきまでの荒地が、豪華な城の最上階にある屋上広場へと変わっている。毛玉の小さな体には不釣り合いな巨大な玉座に、彼はゆっくりと腰を下ろした。
一方のダークソウルは、短時間に起こりすぎた出来事に全くついていけていない。ただ呼吸を荒くし、その小さな毛玉から放たれる気迫に押し潰されそうになりながら、息もままならない。
「貴様は…何者だ…」それでも高い誇りが、彼にわずかな勇気のようなものをもたらした。本当は薄々、答えに気づいていた。
「さあね、どうだろう。他の者に聞いてみるか」
毛玉は呼びかけた。
「海の悪魔、傲慢の王、リバエルよ。私は何者か?」
空に巨大な門が現れる。三重の円環が王冠のように重なり、中心に短い横線が刻まれた古王のシジルが輝く。門が開く。
全長千メートルを超える鯨が門から現れ、ゆったりと泳ぎながら、低くも天地に響く声で答えた。
「あなた様は、我らが王。無上の君、魔王様」
「なるほど。でも一人だけでは説得力に欠けるね。ダークソウル君も納得できないだろう。他の者にも聞いてみよう」
「刃の悪魔、憤怒の王、ザベルトよ。私は何者か?」
二本の刃が円を切り裂くような直線が交差した、緊張を孕んだシジルが輝く。雄獅子の頭を持つ真紅の甲冑の侍が門から現れた。
「我ら七十二柱の、唯一無二の主。魔王様」
「価値の悪魔、強欲の王、マムブスよ。私は何者か?」
歪んだ星形から角状の曲線が伸び、外縁へ螺旋する観測のシジルが光る。商人装束のフクロウが飛来した。
「お戯れを。魔王様以外に、誰がありましょうや」
「芸術の悪魔、憂鬱の王、バラムよ。私は何者か?」
円陣の中に蛇の目の形が描かれ、周囲に細かな刻線が巡る知略のシジルが輝く。人と牛と羊の三つの頭を持ち、蛇の下半身をした存在が現れた。
「魔王様~♪ 地獄で一番~偉い~お方~♫」
「真実の悪魔、虚栄の王、ザガンよ。私は何者か?」
十字を基軸に形状が崩れ、別の図形へ移行しかけた変成のシジルが光る。紫の髪に竜の角、ゴスロリ調の制服を着て、ピンクのウサギのぬいぐるみを抱えた少女が飛び出した。
「あたしの可愛い魔王様!ああ~もふもふしたい!」
「妄想の悪魔、怠惰の王、ヴェネゴールよ。私は何者か?」
円環を覆う蔦状の曲線が絡み合い、内側に静かな隙間を残すシジルが輝く。しかし何も現れない。毛玉魔王の指示でザガンが門に入り、シロクマのパジャマを着た青色の髪の少女を引きずり出した。
「あれ?魔王様、呼んだ?ごめん、ちょっと寝てた…」
「腐敗の悪魔、暴食の王、ベリアルよ。私は何者か?」
均整を失った王紋のような線構成で、中央が意図的に空白となったシジルが光る。赤髪に黒いローブの少女が大鎌を持って現れた。
「魔王様デース。ボケてるデースか?」
「幻惑の悪魔、色欲の王、アスモデウスよ。私は何者か?」
三叉に分かれた符線が一点に収束し、封印と衝動を同時に示すシジルが輝く。誰もが知る金髪のギャル、アスにゃんが飛び出してきた。
「魔王様、にゃんハロー♪ アスにゃんだよ~♡」
「全知の悪魔、嫉妬の王、パイモンよ。私は何者か?」
逆向きの三日月と波打つ線が連なり、音叉のような左右対称を成すシジルが光る。執事服に身を包み仕事モードのモリアが恭しく現れた。
「魔王様。私の最愛なる方」
九人の王が玉座の前に集い、毛玉を魔王として奉じる。それを見届けた毛玉は、ようやく満足げに口を開いた。
「どうやら──私は魔王だったらしい」
玉座に座る小さな毛玉の背後には、地獄の門がまだ微かに輝き、地獄の全権威が彼に集っていることを静かに宣言していた。
*
ダークソウルは、毛玉魔王と九柱の王を前にして、ようやく自らの立場を理解した。
(なるほど…今まで余が戦い、圧倒してきた者たちは、まさに今の余の心情だったのか。井の中の蛙、大海を知らず。余もまた、この小さな世界に閉じこもっていたヒヨコに過ぎなかった。)
勝算のない絶望と無力感。ならばせめて、最後は華々しく散ろう。
ダークソウルは再び宝剣を握りしめた。
「余はダークソウル。貴殿には、最後まで付き合ってもらう。」
「残念だが、今日の主役も、この舞台も君のためのものではない。これ以上君にかける時間はない。これで終わろう。」
毛玉魔王が片手を軽く振ると、ダークソウルの足元に漆黒の円が現れた。空間そのものが歪み、捻じ曲げられて生じたブラックホールだ。
「な、なにこれっ……引き剥がせないっ!」ブラックホールはあらゆるものを飲み込む絶大な引力を放つ。光さえ逃れられないその力に、太陽の子たるダークソウルも例外ではなかった。
「ちっ……畜生!」最後の信念を込め、ダークソウルは宝剣を毛玉魔王目がけて投げつけた。しかし剣すらブラックホールの引力から逃れられず、吸い込まれていく。ブラックホールは次第に縮小し、ダークソウルもまた、いくら足掻こうとも剣と同じ運命を辿り、漆黒の渦に吞まれて消えた。
「ダークソウル君には悪いが、これも戦争だ。できる限り尊厳ある終わり方をさせたかったが、神格の不死性ゆえに叶わなかった。残念だ。では──いよいよ真打ちを迎えよう。」
毛玉魔王が再び指を鳴らす。
空間が微かに波打ち、光の粒子が一点に集まる。
パリンと、ガラスの割れるような微かな音。
「あれ……?」
ダークソウルが消えた場所に、一人のメイドが転移させられていた。揺れる銀髪、整えられた制服、そして握り締めた聖剣。
「ようこそ、勇者セリナ。今こそ、勇者の責務を果たす時だ。魔王戦の始まりだ。」
セリナの瞳に映ったのは、玉座に座る小さな魔王と、彼に仕える九柱の王たち──そして、七十二の門から覗く無数の悪魔の視線だった。
*
「マオウさん……ですよね?」
「そんな偽名を使っていたのか。まあいい。『マオウ』も『ドクター』も、今となっては過去の存在に過ぎない。これらすべては、今この時、君を完膚なきまでに打ちのめすための策略だ。どうだ? 信頼していた者に裏切られた気分は? 罵りの言葉くらいは甘んじて受けよう。」
セリナはどう動くか?
裏切られたショックで泣き崩れるか?
騙された怒りで聖剣を振るうか?
どちらも既に対策済みだ。心は痛むが、これも勇者としての信仰を崩し、私の永遠の安寧を得るためだ。
しかし、真実を告げられたセリナの顔には、そんな感情は微塵もなかった。むしろ、安心したようにほっとしたような表情を浮かべている。なぜだ?
「知っていました。マオウさんは、セリナを甘く見過ぎです。」
「はったりはよせ。そんな素振りは一度も見せたことがない。嘘なら、もっと上手いやり方を教えてやったはずだ。」
知っていた? ありえない。彼女がどうやって──いや、きっと私が教えた心理戦で、私を動揺させようとしているのだ。
「マオウさんは、あえて『マオウ』という、『魔王』と同じ読みの名を使い、人の認識の盲点を突きました。セリナも最初は同じように引っかかりましたが……マオウさんに教わったセリナなら、そのくらい見破れます。魔王ダークソウルがあんなに早く現れなければ、もっと早くに特定できたかもしれませんけど。」
あの、人を疑うことを知らぬ純真無垢な娘が、ここまで読めるようになるとは。教育が成功しすぎるのも問題だ。
「いい出来だ。それなら、私を憎むだろう。君を騙し、我が計画のために育てた。今まですべては、嘘で塗り固めた虚像に過ぎない。」
「いいえ。セリナはマオウさんのことが好きです。マオウさんが魔王だと知って、マオウさんがセリナを利用したいと知って、マオウさんがセリナに嘘をついていたと知って。それでも、セリナはマオウさんのことが好きです。」
「狂ったか? そんな悪い男に騙されて、今でも好きだだと? それで私が心を動かされて、君を殺せないと思っているのか?」
「では、セリナを殺してください。」セリナは聖剣を地面に刺し、両手を広げた。
「戦いを放棄するのか? 勇者だろう。戦わずして諦めるとは。」
「だって、セリナはマオウさんに勝てません。マオウさんはセリナのすべてのスキルと能力、そして弱点と切り札を知るために、ずっとセリナを育ててきたでしょ? ならば、マオウさんは既にセリナの攻略法をすべて用意しています。違いますか?」
合っている。セリナの剣術、天使化、スキル、さらに二段階の力天使化に至るまで、すべてに対策を立てている。彼女がどんな手を使おうと、勝てるようにしてある。さらに地獄の九柱の王を呼び、あらゆる例外さえも封じた。
「私の教えで、互いの力量を測れるようになったか。まあいい。では投降しろ。勇者の敗北を、世界に知らしめよ。」
「いやです。」
「は? 君は先ほど、私に勝てないと自覚したはずだ。なのになぜ投降しない? 勇者として殉じたいのか?」
「いいえ。だって……セリナがマオウさんに攻撃できないように、マオウさんもセリナに攻撃できないからです。だから先ほどから話だけして、攻撃してこない。それはマオウさんの戦い方ではありません。」
心臓が強く一拍した。読まれていた。セリナの成長は分かっていたつもりだったが、まさかここまでとは。
「心理戦……マオウさんは、言葉と力を見せつけることでセリナの心を折ろうとしています。いつものマオウさんなら、セリナを転移させた時点で何も言わず、魔法でセリナを撃ち殺すはずです。それをしないのは、『できない』ではなく、『したくない』からです。」
「でたらめを。戦闘で勝てないから、口先の勝負に持ち込むのか? 私の気が変われば、次の瞬間、君はあの自称魔王と同じく、この世界から消される。今、君が立っている場所は、彼が最後にこの世界にいた場所だ。私が気が変わる前に、投降しろ。」
「いやです! セリナは勇者です。幾度も生死をかけたセリナは、投降しません!」
「ならば、剣を取り、私と戦え。」
「それもいやです!」
「わがままな娘だ。」手を振れば、千の鎖が彼女を強く縛り付ける。セリナは息もできないほど苦しんでいる。しかし、その瞳に宿る闘志は消えない。厄介な勇者だ。
「もう一度言う。剣を捨てて投降するか、剣を取って戦うか、どちらかを選べ。さもなければ、このまま死ね。」
「セリ…ナは…剣を捨てて…マオ…ウさんの…手を取る…ほうを…選びます!」
セリナが渾身の力を振り絞って発した言葉は、私が示した二つの道の、どちらでもなかった。
「剣を捨てて、私の手を取るだと? 魔王である私が、人間を支配し、家畜のように使役し、殺すかもしれない。君の決断は、人類を売り渡すことになるぞ。」
「マオウさんは、そんなことしません!」セリナの背中から四枚の翼が広がり、髪も黄金に染まった。力天使化! そんな馬鹿な。聖剣を握っていないし、力天使化の条件も満たしていない。しかし今はそんなことはどうでもいい。つまり、ようやく戦う意思を見せたということか。
「君はなぜそれが言える? 嘘で作られた『マオウ』が、実は残虐な魔王で、世界の敵かもしれないのだぞ?」
「セリナは知っています。本の中の魔王より、伝説の中の魔王より、セリナはずっと傍にいるマオウさんのことを知っています。マオウさんはそんなことをしない魔王です。」
「詭弁だ。所詮、人は信じたいものを信じる。君もそれにすがっているだけだ。」
「はい! でも、それはセリナの決断です! 世間からも、神様からも、マオウさんからもなく、セリナ自身の判断です! セリナは道具じゃありません。誰かに『魔王が悪いから退治しろ』と言われる道具じゃありません! だから、セリナの決断は変わりません!」
力天使化したセリナは、聖剣ではなく、手を私に差し伸べた。
全く、強い娘になったな。私の言うことだけを聞いていた、あの頃のセリナではない。人間の成長は、やはり速いものだ。
(あなたは、あの娘を殺せますか?)
ゴーストタウンでモリアが言った言葉を思い出す。
そうだな。
(ごめん、やっぱりできないな。だって……愛しているこの娘を、殺せるほどに、今の私も昔のように冷酷にはなれないや。)
「負けた……負けだ。セリナ君、強くなったね。私を言い負かすほどに。」
私は、彼女の差し出した手を取った。
*
「勇者セリナ、なかなかよい目をした武人であった。いずれお手合わせ願おう。」ザベルトはセリナに一礼し、門へと消えた。
「いやはや、よいものを見た。式を挙げる際は是非お声かけください。九割引きいたします。」マムブスは名刺を渡すと、門へ消えた。
「勇者セリナ~♪ 世界で初めて~魔王様に~勝った~お方~♫」バラムは歌いながら門の向こうへ消えていった。
「なかなか、よかったわ。ね、ザガンちゃん? あ、これは言っちゃまずかったね。まあいいか。実は、あたしは悪魔公爵アスタロト。ザガンちゃんはこの子よ。」ザガン(?)が抱えるピンクのウサギのぬいぐるみが「ザガンです」と言った。ウサギは怒ってふわふわパンチを繰り出したが、痛そうには見えなかった。
「ヴェネちゃん、起きるデース。こいつ、さっきからずっと寝てやがるデース。店長、店員三号を先にパイセンのところに戻すデース。」
「羊焼き一つ……羊焼き二つ……じゅるり……」ベリアルはまだ眠るヴェネゴールを引きずり、門の向こうへ消えた。
「はいはい♪ アスにゃんは、これからモリリンとリリバに乗ってドライブに行くよ~♪」
「変なあだ名を付けるな、殺すぞ。」
「ああ、怖い~♪ アスにゃん、リリバに食べられちゃう♡」
「馬鹿をやってないでください、ミリアムに言いつけますわ。よろしく、リバエル。今日はあの二人に時間をあげますわ。ふふふ」モリアはいつの間にか普段のドレスに着替え、アスモデウスと共にリヴァイアサンの背に乗り、門の向こうへ消えた。
他の七十二柱の悪魔たちも、それぞれの門をくぐり、地獄へと帰っていった。
まあ、ルーが里帰りで不在の時間を利用して、ここまでできたからよかったものの、でなければ新たな神魔大戦が始まっていたかもしれない。明日には彼が戻ってくるので、かなりギリギリの作戦だった。
今、この計画のためだけに作られた世界には、私とセリナしかいない。
力天使化した彼女の手を握ったまま、背中合わせに倒れ込み、私たちはこれまでの思い出を語り合った。
「初めて会ったのは図書館だったな。あの時は君を、王国を探るための駒としか見ていなかった。まさか聖剣を抜くとはな。お陰で計画が狂ったよ。」
「あああ、マオウさん、セリナの大事な思い出を汚さないでください。あの時は優しい紳士だと思ったのに。でも今考えれば、セリナに学問を教える変な人がいるわけないですよね。」
「そうだぞ。君が王都の人々から避けられ、一番落ち込んでいた時、うまいことを言ってそのまま言いなりにさせるつもりだった。まさか、元気づけることになるとはな。」
「そんなこと考えていたんですか? マオウさん、酷いです。でも、あの時マオウさんだけがまだセリナを信じてくれていると思って、セリナは勇者として頑張ろうと思えました。はは。」
「山賊をゴブリンと間違えたこともあったな。」
「え? 違うんですか?」
「いや、あながち間違ってはいないかも。それからレンにも会ったな。セリナ君の剣の師匠として、いい働きをしてくれた。」
「レン君、前からマオウさんの正体を知っていましたね。二人してセリナを騙すなんて酷いです。帰ったらレン君にも説明させてもらいます。」
「私が黙っていてくれと頼んだから、そこは勘弁してやってくれ。それからゴーストタウンで、セリナ君が幽霊に憑依されて大変だったぞ。」
「はい。ユキナに会って、聖剣と勇者の裏の話を知りました。セリナも初めて天使化できました。みんな、あの世で元気でいられたでしょうか。」
「それから不夜城に行った。レンと二人でアスモデウスとミリアムと戦った。アスモデウスが初めて人のために私にお願いするのを見て驚いた。彼女も成長したものだ。」
「セリナは女の子だから、男しか入れない不夜城に入れませんでした。こういう時、レン君が羨ましいです。」
「彼女はただアスモデウスに招待されただけで、別に男に似ているからじゃない。本人は結構気にしているから、言わないでやってくれ。それを言うと、私がクセリオス公爵に会った時、君も頑張ったじゃないか。」
「セリナは何もしていません。マリさんが自分で頑張っただけです。」
「そのお陰で、せっかくの10ゴルドの旅費がゼロになったけどな。でも、それで武闘会に参加することになり、海賊王の宝探しをするようになった。」
「セリナ、武闘会でチャンピオン獲りましたよ。えへん。」
「ブラックセリナになってみんなを心配させたけどな。確か、レンに嫉妬したからで。」
「あの時のセリナは、何もかもレン君に劣ると思い、マオウさんが取られてしまうことが怖かった。今は、セリナの方が勝つ自信があります。」
「そうだな。でも、クセリオス公爵がクーデターを起こした時、王都に行こうとしたレンに負けたぞ。」
「あれは……セリナが女の子の日でしたから! あ! 思い出した。あの頃からレン君がおかしくなりました。その時ですね、マオウさんがレン君に秘密を教えたのは。」
「正解。あの娘はあの時、限界状態だった。壊れないために、そうするのが一番だと思った。」
「レン君には優しいんですね~。マオウさんのホモ~。」
「君にも十分甘いと思うが。クセリオスがゾンビドラゴンになって君を飲み込んだ時、私だけは最後まで君が勝てると信じていたと思うが。」
「はい、お陰様で、歴代の勇者様たちに会えました。セリナも今の姿に変身できるようになりました。」
「あの段階でもう計画を終了し、セリナ君に最終試験をするつもりだったが、女帝がダークソウルの話をしなければな。」
「まだ見たことのないダークソウルさん、ありがとうございます。」
「まあ、お陰で死んだと思い込んでいたCVN-6と再会できたから、儲けたかもな。」
「あのロボットの娘から、セリナと同じような雰囲気を感じます。」
「まあ、あの娘を育てた経験がなければ、セリナ君を育てる発想はなかったな。セリナ君はここまで立派になったのに、あのポンコツはまだバカをやっている。帰ったら補習を追加させようか。」
「ダークソウルとの戦争で、たくさんの人が死にました。」
「そうだ。それが天界が行った代理戦争の代償だ。私は人間界の支配に興味はないが、天界はそうは思っていない。今考えれば、魔族の王と悪魔の王を両方『魔王』と略すから、紛らわしいことになる。私がそれを気づいてなかったのは、モリアに誘導されたからかもしれない。彼女には勝てないな。」
「つまり、セリナが倒すべき魔王は、マオウさんが倒したことになっています。」
「本当だな……まあ、セリナ君はあいつを倒せないから、別にいいか。」
「むむっ。セリナは勝ちました。四天王の一人、ノックターンにも勝てました。」
「偉い偉い。神格を持つ者は聖剣では殺せない。セリナ君がいくら頑張っても無理だぞ。でも、セリナなら殺せなくても、あいつに敗北を認めさせたかもしれないな。だが、彼が魔王を名乗った以上、私が倒すしかなかった。真の魔王として。」
「そして、セリナがマオウさんに勝ちます。」
「そうね。これで勇者育成計画は失敗だな。自分で育てた勇者に負けるとは、策士策に溺れるとはこのことか。まあ、セリナ君なら負けてあげてもいいか。でも、次はないぞ。」
一年に渡った『まおうさまの勇者育成計画』は、失敗を持って幕を閉じた。魔王は勇者セリナの聖剣に敗れたのではなく、彼女の愛と信念に敗れた。勇者セリナも魔王を殺すことなく、その手を取ることで、この終わらない神々の代理戦争に終止符を打った。そういう意味で、勇者育成計画は成功したかもしれない。
しかし、物語はまだ終わらない。
代理戦争の終結は、天界と地獄、天使と悪魔の新たな戦争の始まりを意味する。
第二回神魔大戦のカウントダウンは、既に始まっている。
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