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かつて私だった僕~闇を照らすヒカリは眩しい~
心の闇を晴らせるのは心だけ
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誰にだって話したことが無い。自らの内に封じ込めた忌まわしい記憶。消して思い出したくない、トラウマ。
「愚弟、母さんは何故離婚したか知ってる?」
「そんなの聞けるわけないだろ。父さんが離婚した理由だって知らないし」
「そう。義父《とう》さんの方はどうでもいいや。母さんが離婚した理由はね、僕さ」
まあ、結果論かもしれないけど。
「どういうことだよ」
「僕はね、襲われたんだよ。実の父親に」
中学に進学して、ちょうど性の目覚めとやらを経験したころだった。
「夜中、僕が寝ているところにやってきて。実の父親は僕を襲ったんだ」
忘れもしない、脳裏に焼き付いている光景。
泣いた。
叫んだ。
喚いた。
懇願した。
助けを求めた。
そのすべては、冷え切った部屋に消えて。母の耳には届かなかった。
「もともと、クソみたいな父親だった。女子供だろうと関係なく殴る男だった。瞼の裏に焼き付いた母の顔はいつも涙を流していた」
愚弟は僕が何を言っているのか理解できずに、目を見開き口をだらしなく開けて呆けていた。
「そしてその母親は、僕を売った。自分の身可愛さに、あの母親は私を売った!」
トラウマを思い出すと同時に、かつて存在していた私が出てくる。
あの時死んでしまった私の残滓が顔を出す。
「何を、言って……」
「あの日、私と言う存在は死んだ。実の父親に裏切られ、実の母親に裏切られ。心に広がったのは、絶望でも、怒りでも、憎しみでもなかった。そんな感情幼かった私は、感じる前に空っぽになった」
真っ白だった心は黒を通り越して、虚無になった。この体に存在していた純粋無垢な、私と言う存在は死んだ。いや自分自身で、苦痛から逃れるために殺した。
そして空になった体に生まれたのが、
「愚弟僕はね、空になった体に生まれた存在。女に生まれた自分自身が大嫌いで、男として生まれ落ちた。醜い化け物なんだよ。僕は愚弟の姉になる資格なんてない。僕は誰かに愛される資格がない。誰かを愛する資格のがない。醜い、化け物なんだよ……」
愚弟の顔に、涙のしずくが零れ落ちる。この涙に意味があるのか。なんで涙は流れるんだろうか。涙って何だろう。なんで僕は泣いているんだろう?
「姉ちゃん、泣いてる」
「なんでだろうね……」
「俺、姉ちゃんの辛さとか分かんねぇけど。今の姉ちゃんがなんだって愛せる自信ある。なんなら、姉ちゃんのくそおやじ殴りに行ってもいい」
「殴りに行けないよ、もう刑務所の中だ」
警察を呼んだのは結局母親だった。裏切られた末に、助けられて。僕は助かってしまった。
「姉ちゃん、泣くなよ。どうせ泣くなら嬉し涙を流せよ。もし悲しい涙を流すなら、俺にその涙くれよ。俺、姉ちゃんのこと好きだから。全部受け止めるからさ」
流れ落ちる涙を、愚弟の指が拭う。
自分が風邪ひいて辛いはずなのに、無理して僕を慰めようとする。本当にどうしようもない愚かな弟。
僕は誰かに愛されていいんだろうか?
僕は誰かを本気で愛していいんだろうか?
僕は、僕で居ていいんだろうか?
「俺、姉ちゃんのこと本気《マジ》で愛してるんだ」
そんなに真っすぐな澄んだ瞳で僕を見つめないでくれ。
眩しい程の笑顔を僕に見せないでくれ。
僕は、その愛を受け取る資格なんてないはずなのに。
やってくれたな愚弟。
僕の昔のトラウマ引きずり出して、挙句の果てには僕を泣かして。自分で自分を縛り付けていた、片思いの鎖に罅《ひび》まで入れて。
闇い閉ざされていた僕の心に、愛と言う名の光を当てて。
夜に浮かぶ月みたいじゃないか。
僕が愚弟を好きになるはずがないのに。
愚弟の女々しい泣き顔にちょっとキュンとしたのは内緒だ。
愚弟でも女装したら案外行けるかもしれない、そう思ったのは内緒だ。
愚弟なら、僕のすべてを受け止められるかもしれないと思ったのは内緒だ。
全部、全部、内緒だ。
「愚弟には、まだ臭いセリフは似合わないよ。愚弟は女じゃないし、僕の恋愛対象外だ。でも、愚弟のおかげで僕はやっと前に進めるかもしれない」
ベットから降りてドアノブに手をかける。
「姉ちゃん、どこか行くのか」
「ああ、終わりを告げに行ってくるよ」
でもその前に、腫れた目元冷やさなきゃな。心配されちゃうから。
「愚弟、母さんは何故離婚したか知ってる?」
「そんなの聞けるわけないだろ。父さんが離婚した理由だって知らないし」
「そう。義父《とう》さんの方はどうでもいいや。母さんが離婚した理由はね、僕さ」
まあ、結果論かもしれないけど。
「どういうことだよ」
「僕はね、襲われたんだよ。実の父親に」
中学に進学して、ちょうど性の目覚めとやらを経験したころだった。
「夜中、僕が寝ているところにやってきて。実の父親は僕を襲ったんだ」
忘れもしない、脳裏に焼き付いている光景。
泣いた。
叫んだ。
喚いた。
懇願した。
助けを求めた。
そのすべては、冷え切った部屋に消えて。母の耳には届かなかった。
「もともと、クソみたいな父親だった。女子供だろうと関係なく殴る男だった。瞼の裏に焼き付いた母の顔はいつも涙を流していた」
愚弟は僕が何を言っているのか理解できずに、目を見開き口をだらしなく開けて呆けていた。
「そしてその母親は、僕を売った。自分の身可愛さに、あの母親は私を売った!」
トラウマを思い出すと同時に、かつて存在していた私が出てくる。
あの時死んでしまった私の残滓が顔を出す。
「何を、言って……」
「あの日、私と言う存在は死んだ。実の父親に裏切られ、実の母親に裏切られ。心に広がったのは、絶望でも、怒りでも、憎しみでもなかった。そんな感情幼かった私は、感じる前に空っぽになった」
真っ白だった心は黒を通り越して、虚無になった。この体に存在していた純粋無垢な、私と言う存在は死んだ。いや自分自身で、苦痛から逃れるために殺した。
そして空になった体に生まれたのが、
「愚弟僕はね、空になった体に生まれた存在。女に生まれた自分自身が大嫌いで、男として生まれ落ちた。醜い化け物なんだよ。僕は愚弟の姉になる資格なんてない。僕は誰かに愛される資格がない。誰かを愛する資格のがない。醜い、化け物なんだよ……」
愚弟の顔に、涙のしずくが零れ落ちる。この涙に意味があるのか。なんで涙は流れるんだろうか。涙って何だろう。なんで僕は泣いているんだろう?
「姉ちゃん、泣いてる」
「なんでだろうね……」
「俺、姉ちゃんの辛さとか分かんねぇけど。今の姉ちゃんがなんだって愛せる自信ある。なんなら、姉ちゃんのくそおやじ殴りに行ってもいい」
「殴りに行けないよ、もう刑務所の中だ」
警察を呼んだのは結局母親だった。裏切られた末に、助けられて。僕は助かってしまった。
「姉ちゃん、泣くなよ。どうせ泣くなら嬉し涙を流せよ。もし悲しい涙を流すなら、俺にその涙くれよ。俺、姉ちゃんのこと好きだから。全部受け止めるからさ」
流れ落ちる涙を、愚弟の指が拭う。
自分が風邪ひいて辛いはずなのに、無理して僕を慰めようとする。本当にどうしようもない愚かな弟。
僕は誰かに愛されていいんだろうか?
僕は誰かを本気で愛していいんだろうか?
僕は、僕で居ていいんだろうか?
「俺、姉ちゃんのこと本気《マジ》で愛してるんだ」
そんなに真っすぐな澄んだ瞳で僕を見つめないでくれ。
眩しい程の笑顔を僕に見せないでくれ。
僕は、その愛を受け取る資格なんてないはずなのに。
やってくれたな愚弟。
僕の昔のトラウマ引きずり出して、挙句の果てには僕を泣かして。自分で自分を縛り付けていた、片思いの鎖に罅《ひび》まで入れて。
闇い閉ざされていた僕の心に、愛と言う名の光を当てて。
夜に浮かぶ月みたいじゃないか。
僕が愚弟を好きになるはずがないのに。
愚弟の女々しい泣き顔にちょっとキュンとしたのは内緒だ。
愚弟でも女装したら案外行けるかもしれない、そう思ったのは内緒だ。
愚弟なら、僕のすべてを受け止められるかもしれないと思ったのは内緒だ。
全部、全部、内緒だ。
「愚弟には、まだ臭いセリフは似合わないよ。愚弟は女じゃないし、僕の恋愛対象外だ。でも、愚弟のおかげで僕はやっと前に進めるかもしれない」
ベットから降りてドアノブに手をかける。
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