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戦士島編
第15話 警備戦士の長
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リーシが長の部屋の扉をノックする。
「長、リーシです」
「おう、お入り」
中から声が聞こえるのを確認して、リーシは扉を開く。
ギイィと重たい扉の開く音がして、部屋の奥へと続く長い真紅の絨毯が目に入る。絨毯の続く先へ目をやると、そこには金の台座に真紅のふかふかとした背もたれ、そして竜と蛇の装飾のある豪華な雰囲気の椅子が一つ置いてあり、そこに一人の男が座っている。
他の警備戦士と似たような紅の、首元の大きく空いた袖なしの衣服を着て、胸にサラシを巻いている黒髪のその男は、リーシが入ってきたのを見て顔を上げる。
アイラはその顔を見て……ギョロリとした大きめの目が、サルマの目と少し似ているように思った。
「リーシ、そんなにかしこまらなくていいんだよ。顔を上げなさい」
扉の傍で右膝を床につけ、かがんで頭を下げているリーシを見て、長は困ったような笑顔を見せる。
「おまえは父さんの一人娘じゃないか」
リーシはかがんだまま、顔だけを上げて長の方を見る。
「そういうわけにはいかないわよ……父さん。私だって警備戦士の一員なのよ。戦士は、長に対しては常に礼儀と忠義を尽くすものだわ」
「だが、親子二人だけの時くらいは……」
長はそう言いかけたところで、扉の後ろに隠れてもじもじしているアイラを見つける。
「ん? その後ろの子は……誰だい?」
リーシは再びかしこまった様子で顔を下げる。
「長、この子は……」
長はリーシの言葉を遮り手をひらひらとさせて言う。
「おいおい。長と呼ぶのはやめてくれ。今は正式な会議や儀式の場でも何でもないんだ。一人娘にまで長と呼ばれ敬語を使われていては、堅苦しくて、心休まる時間がないじゃないか」
「でも……今はこの子もいるんだし」
リーシが困ったように言うと、長はアイラの方を覗き込んでにっこりと笑う。
「いや、いや。まだこの子は子供なんだし、むしろいかにも長だって雰囲気を出してちゃこの子が緊張してしまいそうだから、堅苦しくなく普段通りの方がいいんじゃないか? なぁ、嬢ちゃん」
「う、うん」
「よーしいい子だ。さあさあ二人とも、そんなところでかがんでいないでもっと近くに来なさい」
「全くもう……しょうがないわね」
リーシはやれやれと軽くため息をついて立ち上がり、アイラを促して長の近くまで寄る。
「そうだ、それでいい。そんな感じで普段からかしこまらずに父さんに接してくれよ。ほら……サルマだって長とか関係ないって感じで、昔っから父さんに言いたい放題だったろ?」
「アイツはただの礼儀知らずよ」
リーシは少し機嫌を悪くして、ぴしゃりとそう言い放つ。
「……すまん、彼の話題は嫌いだったな」
長はリーシの顔色をうかがいながら言う。
「……いいわよ。どうせ今日はアイツのこと話さないといけなくなるんだから」
「サルマの話……だって? 何かあったのかい?」
長は不思議そうにリーシを見る。リーシは長の方に向き直り言う。
「ついに捕らえたの……アイツを。アルゴ海賊団と一緒にいるところをね」
「……‼ そうなのか⁉」
長が椅子から身を乗り出す。リーシはにやりと笑って頷く。
「ええ。やっとヤツを牢に入れる事ができたわ」
リーシはサルマの持っていた荷物……いつも背にしょっていた布袋と腰に巻いていた布を、長の座っている傍らの小机に置く。長はその荷物をじっと見つめた後、立っているリーシを見上げて言う。
「そうか。リーシ、後でサルマをここに連れてきてくれないか。ヤツには聞きたいことが色々あってな……」
「な……何言ってんのよ! アイツは、裏切り者なのよ⁉ 父さん直々に話を聞くなんてことしなくていいわ……戦士会議の場だけでいいじゃない!」
リーシは声を荒げて長に詰め寄る。長は少し困ったように笑う。
「そう言ってやるなよ。サルマのヤツも、色々思うことがあって家を飛び出したんだろう。あいつには、兄貴……死んだサルマの父親のせいで、戦士島では肩身の狭い思いをさせていたのかもしれない。とりあえず、この島を出た理由を聞いてみたくてな」
「父さんは……怒ってないの⁉ ブレイズ家や警備戦士の名を、アイツに汚されたこと……」
「………………」
長は腕を組んだまま少しの間黙り込むが、ふとリーシの後ろにいるアイラに目をとめる。
「そうだ、リーシ。ところでその子は……どうしてここに連れて来たんだい?」
「そ、そうだわ。アイツのことなんかより先に、この子の話を聞いてあげて」
「ああ、わかったよ。嬢ちゃん、名前は?」
長はリーシの後ろを覗き込んでアイラの顔を見る。アイラはリーシの後ろから前に進み出て言う。
「わたしは、アイラ……です」
「アイラちゃんか。私は警備戦士の長をやっている、サダカだ。よろしくな」
「うん!」
「この子はね、アルゴ海賊団の船にいて……サルマの手で木箱に閉じ込められていたの。その前にサルマと一緒に旅をしていたみたいなんだけど……」
リーシがそう説明すると、長…サダカは首をかしげる。
「サルマと……? またどうしてだい?」
「そこから先はまだ私も聞いていなくて。アイラちゃん、話してくれる?」
「うん。あのね、わたしの住むメリス島にサルマさんが来て……難破して船を壊したところを助けてあげたら、そのお礼に島の外に連れてってくれるって……それで一緒に旅をすることになって……」
「……サルマがお礼をさせてくれなんて、言いそうにもないけど。どうにも胡散臭いわね……」
「……うん。はじめは船のお礼のために連れてってくれたんだと思ってたんだけど……実は、わたしからお宝の匂いがするから連れてったみたい。メリス島に来たのも匂いを辿って来たって言ってた」
「……バカバカしい。アイツ、まだそんなこと言ってたの。お宝のニオイなんて……そんなものあるはずないのに。でも、なるほどね。これでアイツがアイラちゃんに執着する理由がわかったわ」
リーシは呆れた様子で言う。
「うん……。でも、もしかしてそのニオイっていうの、ちょっとだけ当たってるかもしれないよ。わたしのコンパスからもニオイがするみたいだし……」
「……コンパス?」
「うん。これなんだけど……」
アイラはコンパスを手に持って二人に見せる。コンパスの針はくるくると勢いよく回っている。
「なあにこれ。針が回って……壊れているのかしら?」
「ううん。このコンパスは、わたしを育ててくれたミンスさんって人にもらったんだけど、特別なコンパスで……持つ人の行くべき場所を示すものだって聞いたの。だから島を出て、針の示す方に旅をすることになったの」
「ええっ⁉ そんなコンパスがあるなんて、聞いたことがないわ。それ本当なの?」
「うん。その証拠にほら、針がくるくる回ってるでしょ? これはここに居るべきだって示してるの。それに、針はメリス島出身の、一部の人が手に持たないと見えないんだって。試しに持ってみてよ」
アイラから手渡されてリーシがコンパスを持つと、くるくると回っていた針はすうっと消えてゆき、針が見えなくなる。リーシは目を丸くする。
「本当だわ! これは一体……」
そこへ扉をノックする音がし、扉の向こうから男の声が聞こえる。
「長、シルロです」
「シルロか。お入り」
サダカがそう言うと、扉が開き、戦士の格好をした黒髪の青年が入ってきて、扉の傍で右膝をついてかがみ込み、頭を下げる。青年の腰には、今まで見た中で一番大きな三日月剣の――大剣の鞘がついている。
「長……緊急事態です」
「なんだ、一体どうしたんだ?」
サダカがそう言うと、その青年――シルロが顔を上げる。その顔は整った凛々しい顔立ちをしており、リーシの顔と似ているように思いながらアイラはシルロを見ていたが……次の言葉を聞いて思わず顔が曇る。
「賊が……闇の賊が現れて、メリス島が……壊滅しました」
「なに⁉ 闇の賊だと⁉ ここ百年ほどの間、姿も見せていなかったじゃないか!」
サダカは思わず立ち上がる。リーシははっとしてアイラの方を見る。
「メリス島……! アイラちゃん、もしかして……!」
アイラは涙をこらえるように俯いて、床をじっと見つめている。
「我々の船がメリス島の付近を通って、異変に気づいた際には、もう島の住人は一人もおらず……島中全てのものが焼き尽くされ、そこには闇の賊の姿しかありませんでした」
「で、そこにいた闇の賊は……?」
「……我らの一隊がメリス島に上陸して戦い、一部の賊は倒しましたが……島にはまだ賊が残っています。また、島の外に出た賊もいるようです。奴らの攻撃力はなかなかのもので、我々だけでは太刀打ちできないと考え……一旦引き上げ、長に報告しようと、戦士島に戻ってまいりました」
「そうか。ご苦労だった。残った賊を放ってはおけない。直ちに対策を立てるため戦士会議を開こう。その時は敵の戦力や持っている武器など、情報を頼むよ、シルロ」
「はッ!」
シルロは長をまっすぐに見てそう言うと、横にいるリーシとアイラをちらりと見て、ふとアイラの存在に気づいた様子で尋ねる。
「ところで、その女の子は……?」
「……また後で話すわ。シルロ」
リーシがそう言うと、シルロは頷いて、立ち上がる。
「わかったよ、リーシ。では……長、失礼します」
シルロは長に一礼すると、扉を閉めて、部屋から出ていく。
リーシはアイラの方に向き直る。アイラはまだ下を向いている。
「アイラちゃん……」
「……そうか、嬢ちゃんはメリス島の出身だったな。ということは……闇の賊の姿も見たのかい?」
「と、父さん……そんな辛いこと無理に思い出させなくても……」
リーシがサダカを遮って言うが、アイラは顔を上げてリーシに笑いかける。
「大丈夫……話せるよ。メリス島が闇の賊に襲われてるのは……確かに見たよ。でも、その時わたしは島にはいなかったの。コンパスの示す先を目指して既に旅に出てて……船がメリス島の横を通り過ぎる時に、ちょうど襲われてるのを見たの」
アイラはそこまで話すとハッとして、サダカの顔を見る。
「そうだ、わたし、実は警備戦士の長に……サダカさんに、お願いがあって来たの」
「なんだい。言ってみな」
「戦士の人達に……こっち側に出てきてしまった闇の賊を抑えて欲しいの。でないと他の島も、メリス島みたいに、大変なことになるから……!」
サダカは必死でそう訴えるアイラの頭にぽんと手を置き、大きく頷いて言う。
「わかっているよ。平和を脅かすもの……賊に対抗するのは我々警備戦士の役目だ。奴らはひとり残らず、必ず抑えてみせる」
「ありがとう! あ、あの、それともう一つ……」
「なんだい?」
「わたしを……船に乗せて、コンパスの示す方向に連れて行って欲しいの。このコンパスがあれば、闇の賊の勢力を抑えることができて、世界を救えるから……」
「……どういうこと? このコンパス……何か闇の賊と関係が?」
「あ、あのね」
アイラは背中にしょっている袋から布にくるまれた細長いものを取り出し、布を広げて中身を見せる。中にはぼろぼろの、真っ黒に錆びた剣らしきものが入っている。
「この剣……オルクさんっていう物知りなおじいさんに貰ったんだけど、この剣は神様の落し物で……今は錆びてて使えないけど、本当は闇の賊を倒す力を持つ剣なんだって。これを持って行くべき場所を示すコンパスの方向に旅をすれば、この剣が使える方法もわかるかもしれないって。だから……」
「そ、それは本当なの⁉ 神の落し物……って……」
リーシが驚いた様子で言うと、アイラは少し考えてから小さく頷く。
「本当なのかは……わたしにもよくわからないけど、もしその方法で闇の賊を倒せるんだとしたら……行ってみたいと思うんだ。この剣を持って、コンパスの示す方向へ」
しばらく黙って話を聞いていたサダカも、その言葉を聞いて大きく頷く。
「……なるほど。試しにやってみる価値はありそうだ。いいよ、早速船を手配しよう。そして……闇の賊に遭遇しても大丈夫なように、お供に優秀な戦士の一隊もつけよう」
「父さん、その役目……私に任せて。アイラちゃんを必ず守ってみせるから」
リーシがそう申し出ると、サダカは少しの間考えていたが、頷いて言う。
「そうだな。アイラちゃんもいきなり知らない船に乗るよりは、見知っているリーシの船に乗る方が心強いだろうし。リーシに任せることにするよ」
「あ、ありがとう……! サダカさん、リーシさん!」
それを聞いてぱっとアイラの顔が輝く。サダカはその様子を見てにっこりと笑みを見せる。
「では、今日のところはこの島でゆっくり休むといい。できれば明日中には出発できるように、準備を整えておくから」
「うん!」
アイラは大きく頷いて、リーシに促されてサダカの部屋から出ていく。
その夜――――。アイラは自分のために用意された部屋の寝床でごろんと横になり、天井を見つめて物思いにふけっていた。
(なんでだろう。今日はなんだか色々考えてしまってすぐに寝付けないなぁ。いつもは寝床に入ったらあっという間に眠ってしまうのに……)
アイラは寝返りをうって毛布にくるまる。
(とりあえず……今日は警備戦士の長のサダカさんに会って、戦士の人たちが賊を抑えてくれることになって、本当に良かったな。それに、リーシさんの船でコンパスの示す方に連れて行ってくれることにもなったし……。これで、この戦士島でやるべきことは果たせたよね。あとは明日の朝になったら、この島を出てコンパスの示すとおりに……)
アイラは枕元に置いてあったコンパスを手に取って見るが、首をかしげる。
(あれ? まだくるくる回ってる。変だなぁ、やるべきことはもう全部やったと思うんだけど……。今のタイミングで出発しても駄目なのかな? でもこうしてる間にも、闇の大穴が広がっているかもしれないのに……どういうことなんだろう)
アイラはしばらくコンパスをじーっと見つめて考え込んでいたが、突然何かを思いついたように、ハッとして起き上がる。
(……‼ もしかして……!)
アイラは寝床から出ると、荷物を持って、勢いよく部屋の扉を開けて駆け出してゆく。
「長、リーシです」
「おう、お入り」
中から声が聞こえるのを確認して、リーシは扉を開く。
ギイィと重たい扉の開く音がして、部屋の奥へと続く長い真紅の絨毯が目に入る。絨毯の続く先へ目をやると、そこには金の台座に真紅のふかふかとした背もたれ、そして竜と蛇の装飾のある豪華な雰囲気の椅子が一つ置いてあり、そこに一人の男が座っている。
他の警備戦士と似たような紅の、首元の大きく空いた袖なしの衣服を着て、胸にサラシを巻いている黒髪のその男は、リーシが入ってきたのを見て顔を上げる。
アイラはその顔を見て……ギョロリとした大きめの目が、サルマの目と少し似ているように思った。
「リーシ、そんなにかしこまらなくていいんだよ。顔を上げなさい」
扉の傍で右膝を床につけ、かがんで頭を下げているリーシを見て、長は困ったような笑顔を見せる。
「おまえは父さんの一人娘じゃないか」
リーシはかがんだまま、顔だけを上げて長の方を見る。
「そういうわけにはいかないわよ……父さん。私だって警備戦士の一員なのよ。戦士は、長に対しては常に礼儀と忠義を尽くすものだわ」
「だが、親子二人だけの時くらいは……」
長はそう言いかけたところで、扉の後ろに隠れてもじもじしているアイラを見つける。
「ん? その後ろの子は……誰だい?」
リーシは再びかしこまった様子で顔を下げる。
「長、この子は……」
長はリーシの言葉を遮り手をひらひらとさせて言う。
「おいおい。長と呼ぶのはやめてくれ。今は正式な会議や儀式の場でも何でもないんだ。一人娘にまで長と呼ばれ敬語を使われていては、堅苦しくて、心休まる時間がないじゃないか」
「でも……今はこの子もいるんだし」
リーシが困ったように言うと、長はアイラの方を覗き込んでにっこりと笑う。
「いや、いや。まだこの子は子供なんだし、むしろいかにも長だって雰囲気を出してちゃこの子が緊張してしまいそうだから、堅苦しくなく普段通りの方がいいんじゃないか? なぁ、嬢ちゃん」
「う、うん」
「よーしいい子だ。さあさあ二人とも、そんなところでかがんでいないでもっと近くに来なさい」
「全くもう……しょうがないわね」
リーシはやれやれと軽くため息をついて立ち上がり、アイラを促して長の近くまで寄る。
「そうだ、それでいい。そんな感じで普段からかしこまらずに父さんに接してくれよ。ほら……サルマだって長とか関係ないって感じで、昔っから父さんに言いたい放題だったろ?」
「アイツはただの礼儀知らずよ」
リーシは少し機嫌を悪くして、ぴしゃりとそう言い放つ。
「……すまん、彼の話題は嫌いだったな」
長はリーシの顔色をうかがいながら言う。
「……いいわよ。どうせ今日はアイツのこと話さないといけなくなるんだから」
「サルマの話……だって? 何かあったのかい?」
長は不思議そうにリーシを見る。リーシは長の方に向き直り言う。
「ついに捕らえたの……アイツを。アルゴ海賊団と一緒にいるところをね」
「……‼ そうなのか⁉」
長が椅子から身を乗り出す。リーシはにやりと笑って頷く。
「ええ。やっとヤツを牢に入れる事ができたわ」
リーシはサルマの持っていた荷物……いつも背にしょっていた布袋と腰に巻いていた布を、長の座っている傍らの小机に置く。長はその荷物をじっと見つめた後、立っているリーシを見上げて言う。
「そうか。リーシ、後でサルマをここに連れてきてくれないか。ヤツには聞きたいことが色々あってな……」
「な……何言ってんのよ! アイツは、裏切り者なのよ⁉ 父さん直々に話を聞くなんてことしなくていいわ……戦士会議の場だけでいいじゃない!」
リーシは声を荒げて長に詰め寄る。長は少し困ったように笑う。
「そう言ってやるなよ。サルマのヤツも、色々思うことがあって家を飛び出したんだろう。あいつには、兄貴……死んだサルマの父親のせいで、戦士島では肩身の狭い思いをさせていたのかもしれない。とりあえず、この島を出た理由を聞いてみたくてな」
「父さんは……怒ってないの⁉ ブレイズ家や警備戦士の名を、アイツに汚されたこと……」
「………………」
長は腕を組んだまま少しの間黙り込むが、ふとリーシの後ろにいるアイラに目をとめる。
「そうだ、リーシ。ところでその子は……どうしてここに連れて来たんだい?」
「そ、そうだわ。アイツのことなんかより先に、この子の話を聞いてあげて」
「ああ、わかったよ。嬢ちゃん、名前は?」
長はリーシの後ろを覗き込んでアイラの顔を見る。アイラはリーシの後ろから前に進み出て言う。
「わたしは、アイラ……です」
「アイラちゃんか。私は警備戦士の長をやっている、サダカだ。よろしくな」
「うん!」
「この子はね、アルゴ海賊団の船にいて……サルマの手で木箱に閉じ込められていたの。その前にサルマと一緒に旅をしていたみたいなんだけど……」
リーシがそう説明すると、長…サダカは首をかしげる。
「サルマと……? またどうしてだい?」
「そこから先はまだ私も聞いていなくて。アイラちゃん、話してくれる?」
「うん。あのね、わたしの住むメリス島にサルマさんが来て……難破して船を壊したところを助けてあげたら、そのお礼に島の外に連れてってくれるって……それで一緒に旅をすることになって……」
「……サルマがお礼をさせてくれなんて、言いそうにもないけど。どうにも胡散臭いわね……」
「……うん。はじめは船のお礼のために連れてってくれたんだと思ってたんだけど……実は、わたしからお宝の匂いがするから連れてったみたい。メリス島に来たのも匂いを辿って来たって言ってた」
「……バカバカしい。アイツ、まだそんなこと言ってたの。お宝のニオイなんて……そんなものあるはずないのに。でも、なるほどね。これでアイツがアイラちゃんに執着する理由がわかったわ」
リーシは呆れた様子で言う。
「うん……。でも、もしかしてそのニオイっていうの、ちょっとだけ当たってるかもしれないよ。わたしのコンパスからもニオイがするみたいだし……」
「……コンパス?」
「うん。これなんだけど……」
アイラはコンパスを手に持って二人に見せる。コンパスの針はくるくると勢いよく回っている。
「なあにこれ。針が回って……壊れているのかしら?」
「ううん。このコンパスは、わたしを育ててくれたミンスさんって人にもらったんだけど、特別なコンパスで……持つ人の行くべき場所を示すものだって聞いたの。だから島を出て、針の示す方に旅をすることになったの」
「ええっ⁉ そんなコンパスがあるなんて、聞いたことがないわ。それ本当なの?」
「うん。その証拠にほら、針がくるくる回ってるでしょ? これはここに居るべきだって示してるの。それに、針はメリス島出身の、一部の人が手に持たないと見えないんだって。試しに持ってみてよ」
アイラから手渡されてリーシがコンパスを持つと、くるくると回っていた針はすうっと消えてゆき、針が見えなくなる。リーシは目を丸くする。
「本当だわ! これは一体……」
そこへ扉をノックする音がし、扉の向こうから男の声が聞こえる。
「長、シルロです」
「シルロか。お入り」
サダカがそう言うと、扉が開き、戦士の格好をした黒髪の青年が入ってきて、扉の傍で右膝をついてかがみ込み、頭を下げる。青年の腰には、今まで見た中で一番大きな三日月剣の――大剣の鞘がついている。
「長……緊急事態です」
「なんだ、一体どうしたんだ?」
サダカがそう言うと、その青年――シルロが顔を上げる。その顔は整った凛々しい顔立ちをしており、リーシの顔と似ているように思いながらアイラはシルロを見ていたが……次の言葉を聞いて思わず顔が曇る。
「賊が……闇の賊が現れて、メリス島が……壊滅しました」
「なに⁉ 闇の賊だと⁉ ここ百年ほどの間、姿も見せていなかったじゃないか!」
サダカは思わず立ち上がる。リーシははっとしてアイラの方を見る。
「メリス島……! アイラちゃん、もしかして……!」
アイラは涙をこらえるように俯いて、床をじっと見つめている。
「我々の船がメリス島の付近を通って、異変に気づいた際には、もう島の住人は一人もおらず……島中全てのものが焼き尽くされ、そこには闇の賊の姿しかありませんでした」
「で、そこにいた闇の賊は……?」
「……我らの一隊がメリス島に上陸して戦い、一部の賊は倒しましたが……島にはまだ賊が残っています。また、島の外に出た賊もいるようです。奴らの攻撃力はなかなかのもので、我々だけでは太刀打ちできないと考え……一旦引き上げ、長に報告しようと、戦士島に戻ってまいりました」
「そうか。ご苦労だった。残った賊を放ってはおけない。直ちに対策を立てるため戦士会議を開こう。その時は敵の戦力や持っている武器など、情報を頼むよ、シルロ」
「はッ!」
シルロは長をまっすぐに見てそう言うと、横にいるリーシとアイラをちらりと見て、ふとアイラの存在に気づいた様子で尋ねる。
「ところで、その女の子は……?」
「……また後で話すわ。シルロ」
リーシがそう言うと、シルロは頷いて、立ち上がる。
「わかったよ、リーシ。では……長、失礼します」
シルロは長に一礼すると、扉を閉めて、部屋から出ていく。
リーシはアイラの方に向き直る。アイラはまだ下を向いている。
「アイラちゃん……」
「……そうか、嬢ちゃんはメリス島の出身だったな。ということは……闇の賊の姿も見たのかい?」
「と、父さん……そんな辛いこと無理に思い出させなくても……」
リーシがサダカを遮って言うが、アイラは顔を上げてリーシに笑いかける。
「大丈夫……話せるよ。メリス島が闇の賊に襲われてるのは……確かに見たよ。でも、その時わたしは島にはいなかったの。コンパスの示す先を目指して既に旅に出てて……船がメリス島の横を通り過ぎる時に、ちょうど襲われてるのを見たの」
アイラはそこまで話すとハッとして、サダカの顔を見る。
「そうだ、わたし、実は警備戦士の長に……サダカさんに、お願いがあって来たの」
「なんだい。言ってみな」
「戦士の人達に……こっち側に出てきてしまった闇の賊を抑えて欲しいの。でないと他の島も、メリス島みたいに、大変なことになるから……!」
サダカは必死でそう訴えるアイラの頭にぽんと手を置き、大きく頷いて言う。
「わかっているよ。平和を脅かすもの……賊に対抗するのは我々警備戦士の役目だ。奴らはひとり残らず、必ず抑えてみせる」
「ありがとう! あ、あの、それともう一つ……」
「なんだい?」
「わたしを……船に乗せて、コンパスの示す方向に連れて行って欲しいの。このコンパスがあれば、闇の賊の勢力を抑えることができて、世界を救えるから……」
「……どういうこと? このコンパス……何か闇の賊と関係が?」
「あ、あのね」
アイラは背中にしょっている袋から布にくるまれた細長いものを取り出し、布を広げて中身を見せる。中にはぼろぼろの、真っ黒に錆びた剣らしきものが入っている。
「この剣……オルクさんっていう物知りなおじいさんに貰ったんだけど、この剣は神様の落し物で……今は錆びてて使えないけど、本当は闇の賊を倒す力を持つ剣なんだって。これを持って行くべき場所を示すコンパスの方向に旅をすれば、この剣が使える方法もわかるかもしれないって。だから……」
「そ、それは本当なの⁉ 神の落し物……って……」
リーシが驚いた様子で言うと、アイラは少し考えてから小さく頷く。
「本当なのかは……わたしにもよくわからないけど、もしその方法で闇の賊を倒せるんだとしたら……行ってみたいと思うんだ。この剣を持って、コンパスの示す方向へ」
しばらく黙って話を聞いていたサダカも、その言葉を聞いて大きく頷く。
「……なるほど。試しにやってみる価値はありそうだ。いいよ、早速船を手配しよう。そして……闇の賊に遭遇しても大丈夫なように、お供に優秀な戦士の一隊もつけよう」
「父さん、その役目……私に任せて。アイラちゃんを必ず守ってみせるから」
リーシがそう申し出ると、サダカは少しの間考えていたが、頷いて言う。
「そうだな。アイラちゃんもいきなり知らない船に乗るよりは、見知っているリーシの船に乗る方が心強いだろうし。リーシに任せることにするよ」
「あ、ありがとう……! サダカさん、リーシさん!」
それを聞いてぱっとアイラの顔が輝く。サダカはその様子を見てにっこりと笑みを見せる。
「では、今日のところはこの島でゆっくり休むといい。できれば明日中には出発できるように、準備を整えておくから」
「うん!」
アイラは大きく頷いて、リーシに促されてサダカの部屋から出ていく。
その夜――――。アイラは自分のために用意された部屋の寝床でごろんと横になり、天井を見つめて物思いにふけっていた。
(なんでだろう。今日はなんだか色々考えてしまってすぐに寝付けないなぁ。いつもは寝床に入ったらあっという間に眠ってしまうのに……)
アイラは寝返りをうって毛布にくるまる。
(とりあえず……今日は警備戦士の長のサダカさんに会って、戦士の人たちが賊を抑えてくれることになって、本当に良かったな。それに、リーシさんの船でコンパスの示す方に連れて行ってくれることにもなったし……。これで、この戦士島でやるべきことは果たせたよね。あとは明日の朝になったら、この島を出てコンパスの示すとおりに……)
アイラは枕元に置いてあったコンパスを手に取って見るが、首をかしげる。
(あれ? まだくるくる回ってる。変だなぁ、やるべきことはもう全部やったと思うんだけど……。今のタイミングで出発しても駄目なのかな? でもこうしてる間にも、闇の大穴が広がっているかもしれないのに……どういうことなんだろう)
アイラはしばらくコンパスをじーっと見つめて考え込んでいたが、突然何かを思いついたように、ハッとして起き上がる。
(……‼ もしかして……!)
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気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
【運命】と言われて困っています
桜 花音
児童書・童話
小6のはじまり。
遠山彩花のクラスである6年1組に転校生がやってきた。
男の子なのに、透き通るようにきれいな肌と、お人形さんみたいに、パッチリした茶色い瞳。
あまりにキレイすぎて、思わず教室のみんな、彼に視線が釘付けになった。
そんな彼が彩花にささやいた。
「やっと会えたね」
初めましてだと思うんだけど?
戸惑う彩花に彼はさらに秘密を教えてくれる。
彼は自らの中に“守護石”というものを宿していて、それがあると精霊と関われるようになるんだとか。
しかも、その彼の守護石の欠片を、なぜか彩花が持っているという。
どういうこと⁉
未来スコープ ―キスした相手がわからないって、どういうこと!?―
米田悠由
児童書・童話
「あのね、すごいもの見つけちゃったの!」
平凡な女子高生・月島彩奈が偶然手にした謎の道具「未来スコープ」。
それは、未来を“見る”だけでなく、“課題を通して導く”装置だった。
恋の予感、見知らぬ男子とのキス、そして次々に提示される不可解な課題──
彩奈は、未来スコープを通して、自分の運命に深く関わる人物と出会っていく。
未来スコープが映し出すのは、甘いだけではない未来。
誰かを想う気持ち、誰かに選ばれない痛み、そしてそれでも誰かを支えたいという願い。
夢と現実が交錯する中で、彩奈は「自分の気持ちを信じること」の意味を知っていく。
この物語は、恋と選択、そしてすれ違う想いの中で、自分の軸を見つけていく少女たちの記録です。
感情の揺らぎと、未来への確信が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第2作。
読後、きっと「誰かを想うとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。
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