死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

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第十二章【鎮魂歌】

第六十二節 悲しき再会

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 突如としてかたわらに倒れ込んだ男を、ビアンカは普段の彼女らしからぬ冷めた眼差しで、静かに見つめていた――。

 倒れたまま動かなくなった男を見つめ――、ビアンカは自らの左手の甲を右手で撫でる。

 ――まだ、は歓喜の声を上げるの……?

 左手の甲を撫でていた右手で左手を強く握りしめ、ビアンカは心の中でに語り掛ける。

 ビアンカの左手の甲に刻まれた“喰神くいがみの烙印”の痣は、未だにうずくような――、まるで魂を喰える喜びに打ち震える感覚をビアンカに与えていた。

 ビアンカは倒れた男に向けていた視線を外し、「はぁ……」――っと、溜息を零す。

 ビアンカの瞳は――未だに冷めきっており、その奥底に深い闇を抱いたままだった。
 その仄暗い闇を抱えた瞳を、リベリア王城へ向ける――。

(お父様に……、会いに行かないと……)

 ビアンカは無意識の内に、リベリア王城の方に自らの父親――ミハイルがいると、
 ミハイルがどのような状況に置かれているかも――、“喰神くいがみの烙印”から与えられる感覚を通し、ビアンカは察する。

 ――迎えに……、行こう……。

 ビアンカはふらりとした足取りで、中央広場を後にしていった。


 中央広場からリベリア王城前までは、然程さほど時間もかからずに歩いて行ける。

 ビアンカは、リベリア王城前で――あるものを目にしていた。

 それは、木でできた二本脚のテーブルのような台座だった。
 その台座はリベリア王城の出入り口前に、数台置かれており――、台座の上にはいくつかのが乗せられていた。

 ビアンカは台座に向かい歩みを進め――、台座に乗せられているものが何かを見い出した。

と……、……)

 ビアンカは冷え切った心で驚くこともなく――、台座の上に乗せられているの、元の正体を悟る。

 ビアンカの目にしたもの――。
 それの正体は、梟首きょうしゅ刑――晒し首にされたリベリア国王と、新しいリベリア王妃であった。

 恐らくは――、先ほどビアンカが見た噴水に晒されていた少女の遺骸と同じよう、見せしめとして“リベリア解放軍”の行った所業なのだろうと、ビアンカは推しはかる。

 何台か存在している台座――晒し台の上に乗せられている、他のいくつかの晒し首にもビアンカは目を向けていた。
 晒し台の上には、見知った貴族や騎士の家柄の家督に就いていた者たち――、国王派であった者たちの晒し首が多く見受けられた。

 そんな中――、ビアンカは一つの晒し首を目にして、微かに笑みを零していた。

 ビアンカはゆっくりとした動きで、その一つの晒し首の元へ歩み寄る。
 そうして、その晒し首をそっと手に持ち、優しく抱きしめた――。

「お帰りなさい。――……」

 ビアンカは手に取った自らの父親――晒し首を抱きしめ、呟いた。

 数か月ぶりに再会した父親――ミハイルは、物言わぬ悲しい姿となり、ビアンカの元に帰ってきた。

 ビアンカが思うに――、リベリア公国が“リベリア解放軍”に襲撃された知らせを受け、ビアンカやウェーバー邸に仕えていた者たち、リベリア公国の国民たちの心配をし――、急ぎ戻ってきたところを“リベリア解放軍”に襲われ、応戦して命を落としたのであろう。

 ――悲しい気持ちはあるのに……、涙が、出て来ないな……。

 ビアンカの中にはミハイルとの悲しい再会に対し、悲壮する気持ちはあるのだが、不思議と涙が零れ落ちることがなかった。

(きっと、ハルが死んでしまって……、泣きすぎたからなんだろうな……)

 ハルの死を眼前にし、ビアンカは涙と声が枯れるまで号泣した。
 そのせいなのだろう――と、ビアンカは心の片隅で思う。

「お家に帰ろう、お父様……」

 ビアンカは言葉を小さく零すと、ミハイルの頭を大事そうに抱え――、ウェーバー邸へ向かうためにきびすを返すのだった。


   ◇◇◇


 ビアンカは、晒し首となり頭だけになってしまった父親――ミハイルを抱きかかえ、ウェーバー邸に歩みを進める。

 道行く者たちが――、訝しげな不気味なものを見るような目を、そんなビアンカに向けていた。

「――永遠の安息を、彼の人に与えたもう。我が信仰するあるじよ」

 道行く人々に恐ろしいものを見るような視線を向けられるビアンカは、歌を口ずさんでいたのだった。

「決して絶えることのない光が、彼に輝き、届きますように――」

 ウェーバー邸のあった高級住宅街に足を運びながらビアンカが歌う唄。
 その歌は――、ハルにも歌ってやっていたリベリア公国の鎮魂歌レクイエム――。

「悲しみの無い世界へ――、我が信仰するあるじよ。彼を導きたもう……」

 ビアンカは鎮魂歌レクイエムを今度は父親――ミハイルや、ウェーバー邸に仕えていた者たちのために唄っていた。

 ビアンカはミハイルの死を感じていたように、無意識の中で察していた――。
 ウェーバー邸に仕えていた使用人たちの誰もが――、その命を落としていることを。

 その理由は――、“喰神くいがみの烙印”から感じる、身近な者の“死”の気配を聡くビアンカが知覚していたためだった。

 ビアンカは今まさに“喰神くいがみの烙印”の意思に、自らの意思を飲み込まれようとしていた。
 それ故に、深く“喰神くいがみの烙印”からの“感情”を、切々と感じ取ることができていたのである。

 そんな自身の状態をビアンカが自覚することなく――、ビアンカは歩を進めていき、ウェーバー邸に辿り着いていた。


 ビアンカの生家であったウェーバー邸は――、高級住宅街の中にある騎士の家系や貴族の家系、そのどの屋敷よりも、酷く荒廃していた――。
 リベリア公国の将軍――ミハイルの屋敷という理由で、“リベリア解放軍”の反王政派の者たちが容赦なく襲ったのであろうことを――、屋敷の様子が物語る。

 火を付けられ燃やされたのであろう。屋敷は見るも無残に焼け落ち――、崩れ果てている。
 歩みを進めている中庭の芝生には所々に、血痕だと思しき茶色い沁みが滲み込んでいた――。

 だが――、ビアンカは屋敷の様子に感傷に浸るわけでもなく、全く目もくれずに無言のまま、崩れ落ちた屋敷の中から焼け朽ちていない木板を引っ張り出した。

 ミハイルの頭を抱えたまま――、ビアンカは中庭で焼けずに残されていた一本の樹木の元へと向かって行った。
 ビアンカの向かった樹木は――、春になると赤い美しい花を咲かせる木だった。

 ――良く、この木に登って……、お父様やハルに怒られたっけ……。

 樹木を見上げ、過去の出来事を思い出しながらビアンカは、ミハイルの頭を静かに地面に降ろし――、手にした木板で樹木の根元近くに穴を掘り始める。

 ビアンカの行動ははたから見ると、狂気すら感じさせるであろうものだった。
 手が汚れようが――、木板のささくれで手が傷付こうが――。
 ビアンカは一向に――、それらを気にすることなく、無心で穴を掘り進める。

 ただ、その行動には、一切の迷いのようなものは存在しなかった。

 ――お父様を静かな場所に埋葬してあげたい。

 ビアンカの考えは――、その思いだけに集中していた。

「――これくらい掘れれば……、大丈夫、かな……」

 溜息を零しながら、ビアンカは静かに独り言ちる。

 ビアンカの掘り進めた穴は、ミハイルの頭が入るより少し深い程度に掘られ――、樹木の根元なのにも関わらず上手く木の根を避けて掘られていた。

「お父様……、ここなら春になれば……お母様の大好きだった綺麗な花が咲いて、寂しくないわ……」

 ビアンカはかたわらに置いたミハイルの頭に語り掛けながら、それを再度そっと抱え持ち、静かに穴の中に入れる。
 そうして――、次には掘った穴を埋めるために、手で優しく掘り返した土を掛けてやった。

 ミハイルの頭が徐々に土に覆い隠され――、完全に見えなくなり、ビアンカはその場を無感情とも虚無とも言える表情で静かに見つめていた。

 暫しの間、無言のままで土が盛り上がった場所を見つめていたビアンカだったが――、フッと自身が外套がいとうのフードを被ったままなのに気が付き、そのフードを頭から外した。
 そして、ビアンカは埋葬した自らの父親――ミハイルに、弔いの祈りを捧げる。

 無言で弔いの祈りと来世での祝福の願いを――、ビアンカは心中で立願りつがんしていた。

 ――来世など、存在しないんだろうな……。

 ビアンカはハルから教えられたわけでもなく――、“喰神くいがみの烙印”の呪いの本質を察していた。

 ミハイルの魂も、“喰神くいがみの烙印”に喰われたのであろうことを――。
 ウェーバー邸に仕えている使用人たちも、身近な者を死に至らしめる呪いが魂を貪るために犠牲になったのであろうことも――。

 そんな考え事に思いを巡らせていたビアンカだったが――、ウェーバー邸の門の方に複数の足音が聞こえてくることに気付いた。

「ミハイル将軍の首だけが無くなったと思ったら――」

 不意にビアンカに投げ掛けられる言葉。

「まさか、あなたが戻って来ているとは。思いもしませんでしたね」

 ビアンカへと投げ掛けられた言葉の声――。
 その声は――、ビアンカに聞き覚えのある声だった。

 ビアンカは祈りを捧げるためにこうべを垂れていた頭を上げ、深い闇を湛えた虚ろな瞳で――、その人物に目を向けるのだった。
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