死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

文字の大きさ
70 / 92
第十四章【全ての始まりの地】

第七十節 束の間の休息

しおりを挟む
 ルシトが立ち去った後――。
 たった一人――、静かな室内に残される形になったビアンカは、深く溜息を吐き出した。

 ビアンカは愁いを宿した眼差しで、あかりに照らされる室内を一巡見渡す。


 目に付くのは――、必要最低限に置かれた家具のみ。

 玄関を入ってすぐに、大きめのテーブルと二脚置かれた椅子。
 そして、室内の隅に置かれた大きな本棚いっぱいに並べられた大量の書籍の数々――。

 奥には小さいながらも、調理場と思しき場所が目に入った。

 室内には扉が二部屋分あり、ビアンカは足を運び各々の部屋を覗き見してみる。
 一つは寝室で、もう一つは湯浴みなどのできる浴室兼用の、多目的に使用する部屋になっていた。

 どの部屋を見て周ってもビアンカは、この家屋でハルが暮らしていたという気配を察する。
 その理由は、ウェーバー邸にあったハルの部屋の雰囲気と、この家屋の中の雰囲気が一致すること。そうして――、ビアンカが室内にハルの匂いを見出みいだしていたからであった。


「ハルの暮らしていた家に来ることになるなんて……、不思議な巡り合わせね……」

 ビアンカは、自身の左手の甲に刻まれる“喰神くいがみの烙印”の痣に目を向け、独り言ちる。

「“喰神くいがみの烙印”の継承者が――、この里の里長にならなければいけないだなんて……、私、思ってもいなかったわ……」

 ルシトから言われた言葉を思い返し――、ビアンカは“喰神くいがみの烙印”の内に存在するハルに語り掛けるように言葉を零す。

 “喰神くいがみの烙印”に自らの魂を差し出したハルには、多くを語る時間がなかった――。
 だが恐らく、ハルがもっと“喰神くいがみの烙印”の呪いに関する事由を、ビアンカに教えてやりたかったであろうことは――、ビアンカにも分かってはいた。

 ――きっとハルは、何もについて教えられなかったことを、悔いている……。

 “喰神くいがみの烙印”の痣を見つめながら、ビアンカは思う。
 それは、ハルが死の間際に『もっと色々と“喰神くいがみの烙印”の呪いのこと、教えてやりたいんだが』――、と口にしていたことからも、し量ることができた。

 ビアンカは口を閉ざし、これから自身が行おうとしていることに思いを馳せる。

「私は、これから……、ここに暮らす人々の期待を裏切ることを行うわ。ハルと――、あなたと再び出会うために……」

 小さく呟きながらビアンカは、“喰神くいがみの烙印”の刻まれた左手の甲を、慈しむように撫でる。

「……初めて、大人たちの言うことに逆らって。自分の決めた道を歩もうと思う――」

 幼い頃から父親――ミハイルや、ウェーバー邸に仕えていた大人たちの言うことに従い、“決められた道”という人生を歩んできたビアンカ。
 だが――、ビアンカは、“自分自身で決めた道”を歩んでいこうという決意を、その翡翠色の瞳に宿していた。

(――でも、それには……きっと、多くの困難が立ち塞がると思う。私の心は弱いから……、上手く乗り越えていけるかは分からない……)

 ビアンカは自分自身の心の弱さを自覚していた――。
 それ故に――、“喰神くいがみの烙印”の導きや囁きに惑わされ、リベリア公国を滅亡に追いやってしまったと考えていた。

 勿論、リベリア公国を滅亡に追いやったことに――、“喰神くいがみの烙印”からの惑わしを受けただけで、ビアンカ自身の私怨が全く無かったのかと言われれば嘘になるだろう。

(あの時、確かに私は……、自分の想い出の地ではなくなってしまった国なんて――、滅びてしまえば良いと思った……)

 ――『全てのとがは――、私が引き受けるから』

 リベリア公国を滅ぼす直前に、ビアンカが“リベリア解放軍”の真の統率者であったヨシュアに対して紡いだ言葉。

(ヨシュアに……、言った言葉は――、他の誰かにリベリア公国を滅ぼさせて罪を背負わせるくらいならば……、私が咎人とがびとになって、永遠に生きれば良いという思いからだった……)

 その時のビアンカの思いは――、“喰神くいがみの烙印”から聞こえた囁きの声など関係なく、間違いなく彼女の本心だった。

(私は――、咎人とがびとだ。多くの人々を死に追いやったくらった。その自覚だけは、持っていないと……)

 それらを考えてビアンカは、何度目になるか分からない溜息を吐き出す。

「――とりあえず、ルシトに言われた通りに休まないと。そうじゃないと……、明日の朝にルシトが凄く怒りそうな予感がするのよね」

 “喰神くいがみの烙印”を見つめ、ビアンカは微かな笑みを浮かべていた。


   ◇◇◇


 ビアンカは、里の者によって用意されていた食事を久方ぶりに摂り――、たった一人で食べ物を食べるということに、味気のなさと寂しさを感じていた。
 ウェーバー邸での食事の際は、ミハイルが不在であってもハルが常に食事に同席し、給仕係としてメイドたちの姿もあった。

 一人で食事を摂るということは――、ビアンカに望郷の念を強く覚えさせる。

 そうして――、ビアンカは食事を摂りながら、自身の身に起こったに気付いていた。

(――お肉……、食べられなくなっちゃったな……)

 話し相手のいない中、黙々と食事をしていたビアンカであったが――。
 ビアンカは、用意されていた食事の中にあった肉料理だけは、どうしても身体が――、心が受け付けなくなっていた。
 せっかく用意をしてくれた食事なのだから――と、そう思い、意を決して肉を口に運んだものの、それを受け付けることができず吐き出してしまっていたのだった。

(リベリア公国でを見てしまったせい……、かな……)

 切り分けるだけ切り分けた肉料理を、フォークでつつきながらビアンカは思う。

 噴水の支柱に吊るされていた、首から上の存在しない少女の亡骸――。
 リベリア王城前の晒し台に置かれたリベリア国王や、新王妃の晒し首――。
 父親であったミハイルの、頭だけになってしまった姿――。

 ビアンカが目にしたリベリア公国での生々しく凄惨な事柄の数々は、ビアンカの精神を確実にむしばんでいた。
 そのため――、ビアンカは“肉”というものを見て、酷く気分の悪い気持ちをこうむる。

 不意に思い出してしまった荒廃したリベリア公国の情景を振り払うように、ビアンカは小さくかぶりを振った。

「――仕方ないか。勿体ないけど……、お肉は残そう……」

 ビアンカは呟くと――、野菜にのみ手をつけ、食事を終えるのだった。


 その後――、ビアンカは湯浴みを済ませ、ビアンカが里に訪れることを見越し、準備をされていた寝室のベッドに漸く横になった。

 寝室内にも漂うハルの気配と匂い――。
 それらに懐かしさと安堵感を、ビアンカは胸の内に抱いていた。

 ――やっぱり、ハルのことを近くに感じると安心するな……。

 あかりを消し、月明りが窓から差し込むだけの薄暗い部屋で、ビアンカは左手を掲げ上げる。

 仄かな月明りの下でも、ビアンカの掲げ上げた左手の甲に刻まれる“喰神くいがみの烙印”の赤黒い痣は――、はっきりと見て取ることができた。

「ルシトの言っていた『心の安定を図ること』――。ここでなら……、できそうな気がするわ……」

 ビアンカが一番に信頼をし――、想いを寄せ、愛した存在であるハル。

 そんなハルのことを身近に感じられる家屋に案内されたのは――、ビアンカにとって幸運だったのか不運だったのか。ビアンカには分からない。
 ただ、ビアンカはハルの気配と匂いを感じることで、束の間の“安息”と言う名の休息を、取ることができたのだった――。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...