死ニ至ル呪イ~望郷の想い出~

那周 ノン

文字の大きさ
84 / 92
第十六章【ハルの想い出】

第八十四節 願い

しおりを挟む
「――父さん、母さんっ!!」

「ハル……っ!! 無事で良かった……っ!!」

 “喰神くいがみの烙印”を伝承する隠れ里へと、ビアンカと共に帰り付いたハルは、里の出入り口で二人が戻るのを待ち侘びていた里の者たちに出迎えられた。
 そんな中で、ハルは自身の両親を見つけて早々に駆け寄っていき、両親との無事な再会を喜んでいた。

「ハルを見つけてくださり、ありがとうございました。里の者一同、感謝致します――」

「いえ。私はただ……、困っている方たちを助けたかっただけですので……」

 里の者たちに深々と頭を下げられ、礼の言葉を掛けられたビアンカは、眉根を落とし困ったような表情を見せて謙遜けんそんの言葉を返す。

 そして――、里の者たちに囲まれながら、ビアンカは辺りを見回し、ルシトの姿を探した。しかし、どれだけ探してもルシトの姿はどこにも見当たらず、ビアンカは首を傾げる。

「あの……。ルシト――、私と一緒に来ていた『調停者コンチリアトーレ』様は……?」

 ビアンカはルシトの不在を疑問に思い、里の者たちに問い掛ける。
 そのビアンカの問い掛けを聞いた、自身の子供を探していた女性――、ハルの母親がビアンカに顔を向け、思い出したように口を開く。

「あの『調停者コンチリアトーレ』様でしたら、『』と。そのように貴女にお伝えすれば、通じるはずだとおっしゃっていらっしゃいましたが……」

 ハルの母親の話を聞き、ビアンカはルシトの行方を察した。

(――先に現実そとの世界に戻ったのね……)

 魔法の使い手という者は神出鬼没で便利な力の持ち主だ――、とビアンカは心中で思う。

「分かりました。言伝ことづてしてくださって、ありがとうございます」

「いいえ。こちらこそ……、ハルを見つけてくださって。なんて感謝をしたら良いのか……」

 ビアンカからの返礼に、ハルの母親は至極恐縮した様子で言葉を返す。
 だが、ビアンカは――、そんなハルの母親の言葉に対して、かぶりを振った。

「良いんですよ。私自身も……、ハルを助けられて。自分自身のためになったんですから……」

 母親に抱きつき、喜んでいるハルを目にして、ビアンカは小さく呟いた。
 ビアンカの発した言葉は、ハルの母親には意味が通じないようで不思議そうな表情を彼女に浮かべさせていたが、ビアンカは微かに笑みを見せるだけに止まった。

「――ハルを助けてくださった御仁ごじんは、貴女ですかな……?」

 不意に――、里の者たちに取り囲まれていたビアンカに向かって、声が掛けられた。
 その声の主を目にして里の者たちが、にわかにざわついた様子を見せる。

「“始祖”様――」

 ざわつきを見せる里の者が、声の主の正体を口にした。

 “始祖”という言葉を聞いたビアンカは驚き――、その声の主に目を向ける。

 ビアンカの目を向けた先――。
 そこには、ビアンカと然程さほどと歳の変わらない見た目の、柔らかな印象を抱かせる微笑みを浮かべた少年が佇んでいた。

 少年は――、黒い法衣を身にまとい、そして両手に革のグローブを嵌めていることがビアンカの目に止まった。
 それを認めたビアンカは、その少年が“喰神くいがみの烙印”を継承し、この過去の世界で、“喰神くいがみの烙印”を伝承する隠れ里の“始祖”の立場に立つ存在だと悟る。

っ!!」

 少年が現れたことを見とめたハルが、嬉々とした様子で駆けて来て少年に抱きつく。
 自らに抱きついてきたハルを、少年は優しげな眼差しで見つめ、頭を撫でてやっていた。

「聞いて、爺ちゃん。このお姉ちゃん、凄く強いんだよっ!!」

「そうかい、ハル。おんしは――、珍しい武術を、御仁ごじんに見せていただいたようだねえ……」

 少年はハルの頭を撫でながら、ビアンカが肩に担ぐ棍に目を向ける。

「うんっ!! 凄かったよ、沢山の魔物相手にさ――」

「――ハルや。おんしは一度、向こうに行っていてもらって良いか?」

 ビアンカの武勇伝を、目を輝かせて語ろうとするハルの言葉に被せるように、少年は言葉を発する。
 話を遮られたハルは一瞬、不服そうな表情を見せるも「はーい……」――と、大人しく返事をすると再び両親の元へと歩みを進めていった。

「済まぬが、里の者たちも一度この場を外してくれまいか。この御仁ごじんと――、二人で話をしたいことがあるでな」

「了承いたしました。“始祖”様――」

 “始祖”である少年のめいは絶対的なものなのであろう。少年の言葉を聞き、里の者たちは頭を深く下げると、早々にその場を後にしていく。
 全ての里の者たちが引き上げていったことを認めた“始祖”である少年は、ビアンカに目を向けて微笑みかける。

(――ああ、この人が……。本当にハルのお爺さん……、五世の祖の人なんだ……)

 ビアンカは――、その少年の微笑みに、ハルと似た面影を見出みいだしていた。

「――驚かれたかな。私のような見目の者が……、“始祖”という立場を担う者だということで……?」

「いいえ――」

 少年が苦笑混じりに発した言葉を聞き、ビアンカは否定と共にかぶりを振る。

 正直を言えば――、ハルから見れば五世の祖に当たり、幼いハルが『爺ちゃん』と呼んでいた人物であったために、老年の者を想像していたビアンカであった。
 だがしかし――、“喰神くいがみの烙印”の呪いを継承者した者は、呪いを継承した時点で不老不死の存在となる。そのため、“始祖”である人物が、少年の見た目をしていてもおかしくないことであると気付いていた。

「このような見目でも――、もう私はよわい百年は優に超えております。そして、貴女も――辿……」

「気付いて、いたのですか……?」

 “始祖”である少年が、物静かな声音で綴る言葉の意味を察したビアンカは、眉を寄せた。

「遠き未来からの来訪者。そして、その時代でを継承したのが貴女だと……」

 少年は言いながら、自身の革のグローブを嵌めた左手の甲を右手で触る。

「――“ネクロディア一族”の血統ではない貴女が、如何いかにして“喰神くいがみの烙印”を継承するに至ったかは聞きませぬ。それを聞いてしまえば、運命により定められた道を、外れてしまう可能性があります故に……」

 少年の言葉を聞き、ビアンカは酷く達観した物言いだと思ってしまう。
 しかし、この先の未来への道筋を思えば――、“始祖”という立場に立つ少年の言葉は、ビアンカにも理解できた。

「この呪いは――、“死”を司る呪い。近しい者たちに不幸を撒き散らし死に至らしめるもの。そのことを努々ゆめゆめと忘れず、己が道を見誤らぬように。何卒お願い申します」

 “喰神くいがみの烙印”の呪いが持つ本質を了知している“始祖”である故に、少年は――、継承の一族ではないビアンカの手に渡った呪いの行く末を案じているのであろう。そのことをし量り、ビアンカは言葉なく頷いた。

「“喰神くいがみの烙印”の呪いは、貴女に多くの悲しみと苦しみの――、困難を与えることとなる……」

 どこか哀れみを含んだ表情と声で、少年は言葉を紡ぐ。

 そうして――、少年はビアンカの革のグローブに覆われた左手を取り、自らの両の手で彼女の左手を包み込むように、その手を重ねた。

「この呪いを宿した貴女の行く末に、幸多からんことを――願います」

「――ありがとうございます。“始祖”様……」

 “始祖”である少年からの願いの言葉――。
 それに対してビアンカは愁いを帯びる瞳で、小さな声で返礼を零すのだった。


   ◇◇◇


「――爺ちゃんっ!!」

 里の出入り口付近でビアンカと話をしていた“始祖”である少年――、自身の五世の祖が里の中に戻ってきたのを目にしてハルは、少年の元へと駆け出していた。

「あれ? お姉ちゃんは……?」

 里の中に戻って来たのが少年だけだと気付いたハルは――、ビアンカの姿を探して辺りを見回す。しかし、ビアンカの姿は既に見当たらなかった。

「あの御仁ごじんは――、行ってしまわれたよ。ハル」

「ええ……、そんなあ……」

 ビアンカの姿を探すハルの頭を撫で、少年は言う。その少年の言葉に、ハルは落胆を窺わせていた。

「俺、お姉ちゃんの名前。まだ聞いてなかったのに……」

 しょぼくれた様子を見せるハルを目にし、少年は内心で苦笑してしまう。
 自身の来孫らいそんであるハルがビアンカに対して抱く感情に、少年は聡く勘付いていたのだった。

「ハルは――、あの御仁ごじんに随分と惹かれたようじゃの……」

 少年が口にしたハルの抱く感情に――、ハルは赤茶色の瞳を驚きで丸くして少年に向け、照れたような笑みを浮かべる。

「うん。俺――、約束したんだ。あのお姉ちゃんと、また逢おうねって」

 ハルは、迷いの森の中で交わしたビアンカとの約束を語る。

「いつか絶対に、あのお姉ちゃんを探し出すんだ。それで、助けになってあげたいって思う」

 ビアンカとの再会を夢見て語るハルの瞳には、強い決意の意思が宿っていた。

「あのお姉ちゃん、凄く悲しそうな目をしていたから。悲しいことから、俺が守ってあげたい」

「――そうかい……。約束が、果たせると良いのう……」

 ハルの決意の色を汲み取った少年は、優しげな眼差しでハルを見据え――、どこか物憂い気持ちを覚えるのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...