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鳳条碧人は、昔から人より何倍も秀でていた。小さい頃から努力しなくても勉強もスポーツも出来た。中学に上がる頃から身長が伸び始め、中学一年の頃には175cmは越えていた。
容姿は整っている自覚はあり、学内だけではなく、外部の女子から好意を寄せられることは多く、体育館裏に呼び出されて告白なんて日常茶飯事だった。
初体験は高校三年生の頃。相手は有名大学に通う女子大生で、当時、家庭教師の先生だった人だ。
碧人の親は世間体を馬鹿みたいに気にする人たちで、なにかと周りと張り合うことが好きだった。碧人を有名大学に入学させたいがために頼んでもいないのに家庭教師をつけた。親同士が知り合いらしく、家庭教師の先生はお金持ちのお嬢様で、親の会社の取引先の娘だった。その娘とは食事会で何度か面識があった。上品で清楚な女性だった。当時からなんとなく好意を寄せられていたことには薄々感づいていた。
碧人の両親は取引先の娘を偉く気に入っていた。「美人だし、清楚で純粋なお嬢様」「趣味はお料理なんですって」「碧人のお嫁さんにぴったりじゃない」と両親とも洗脳する様に毎日のように言う。親の魂胆は見え見えだった。どうせ自分の息子と取引先の娘を結婚させたいのだろう。金稼ぎのために自分の息子を売る親に嫌気が差した。
家庭教師というのは名前だけ。女は毎日露出の高い服を着てくる。胸を押し付けられたり、無駄にボディータッチが多かったりと、積極的にアピールしてくる。
なにが清楚で純粋なお嬢様だ。ただのビッチだろ。初々しい女がタイプの碧人にとって、グイグイ寄ってくる女は論外。むしろ苦手だった。
親がいない日、家庭教師ではない日に女が碧人の家に忍びこみ、ベッドで寝ていた碧人に女が襲いかかった。半ば強引にセックスをさせられ、初体験は苦痛でしかなかった。女のワザとらしい喘ぎ声が耳障りでしかなかった。
その後も関係を求めてくる女だったが、碧人はキッパリと断った。付き合う気もないし、これ以上女と関係を持ちたくないと思ったからだ。拒絶すると女は「私はこんなに好きなのに、なんで碧人は私を好きになってくれないのよ!」と、ヒステリックに泣き叫んだ。
後日、女の両親が碧人の家にやってきた。両親の後ろには女がいて、泣き腫らした目が赤くなっていた。
女は自分の両親に無理やり碧人から襲われたと嘘をついていた。しかも、月経がなく妊娠しているかもしれないと言った。妊娠という言葉に全身の血の気が引いた。結局、妊娠は女の勘違いだったが、この件は揉めに揉めた。相手の親には大切な娘を傷物にしたと罵られ、碧人の両親には碧人が悪いと決めつけた。本当のことを話しても信じて貰えず、この件は親同士が話し合い金で解決した。
それ以来、恋愛は人生を狂わせるものだと確信した。
事件以来、親とは絶縁した。高校を卒業した後、地元から遠く離れた大学へ進学校した。学費を稼ぐため、高校時代に知り合った親友の学を誘い大学在学中に会社を設立した。碧人も学も口がうまく営業トークが得意で頭の回転も早い。あっという間に会社は軌道にのり、利益はどんどん右肩上がり。卒業後は別な事業にも範囲を広げ、収益は倍以上になった。
若くして上場企業のCEOになった若手起業家という肩書きプラスモデル顔負けの容姿。そのハイスペックさが話題となりメディアでも引っ張りだこになった。
会社を設立してから8年。碧人は28歳になった。CEOとして忙しい日々を過ごしている。仕事も順調、一生遊んでも使いきれないほどの金もある。なにもかも順調だと思われる碧人だが、恋愛だけは別だ。大学在学中に自分が女も男もいけると知り、一時期遊んでいた時期があった。現在は悪い遊びは少し落ち着いたが、それでも誘いは絶えない。そして、必ずといっていいほど恋愛トラブルに巻き込まれる。碧人は遊び程度なのに、毎回相手は碧人に本気になってしまう。「結婚してくれないと死んでやる!」と脅しをかけられ警察沙汰になることも過去に数回あった。
「……うわぁ…。これ、脅迫状じゃん…」
今回も碧人を本気に好きになった女から嫌がらせを受けていた。バーで逆ナンされた相手で、女もワンナイトの相手を探していた。その女を家に連れ込んだことが間違いだった。女は碧人の住所を調べて、脅迫紛いの手紙を毎日送りつけてくるようになった。
『あなたがすき』『あなたと結婚するために私は生まれてきたの』『あなたと私は運命の赤い糸で繋がれていて、結婚する運命なの』『結婚してくれないなら、死んでやる』『裏切ったらこれを週刊誌にばら撒いてやる』と封筒の中にはベッドで寝そべる女と碧人の姿の写真。その写真に写っている碧人に口紅でわざとつけたのであろうキスマークがついている。写真を撮ろう、と言われて気軽にOKしてしまった自分が悪い。まさか、揺さぶりに使われるなんて思ってもみなかった。
「この女ガチでヤバい奴じゃん」
小百合といった女に手を出した自分が一番ダメなのは分かっている。碧人はいつもヤバイ相手に捕まるのだ。恋愛運が悪すぎてゆきずりの女の呪縛霊にでも呪われてるのではないかと疑いたくなる。
(また引越し先探さないとな…。結構、ここ気に入ってたのに…)
恋愛自体する気はないが、溜まるものは溜まる。適当な相手に声をかけて性欲処理する程度の浅い付き合いが自分には性に合っていた。結婚する気なんてさらさらないし、子どもがほしいとも思わない。子どもの頃からそれなりに裕福な暮らしをしていた。他人から見たら幸せそうな家族として映っていたのだろう。幸せそうに見えるのは表面だけ。父親には愛人が何人もいて、母親は愛人に嫉妬しつつも父親に捨てられたら地位も金も失ってしまうため、常に父親の機嫌をとっていた。両親とも出来のいい息子の碧人を金儲けの道具くらいしか思っていなかった。両親からの愛情なんて感じたことは一度もない。家族との絆は紙のように薄かった。碧人が事件を起こしてから、両親は碧人を悪者扱いし、「役立たず」「親の顔に泥を塗った」「お前のせいで取引先を失った」と暴言を吐かれた。人前では理想の家族を演じる両親だが、家の中では理想とはほぼ遠い冷えきった関係。家族との生活は胃に穴が開きそうなほどストレスが溜まる日々だった。碧人にとって家族は苦痛を与えてくる存在で、絶縁してから何年経ったが、今でもその考えは変わらない。
碧人はスマートフォンを取り出し、榊の名前をタップする。すぐ榊は電話に出たが、時間外だからか声は不機嫌だ。
「榊、悪いけど大至急新しい家探して」
『……またですか? その家もまだ半年も経ってないでしょ』
「だって、バレちゃったんだもん」
『常日頃から気をつけろと言っているのに、学びませんね。馬鹿なんですか?』
「口の悪い秘書だね」
『あなたが粗相をするたびに処理をする私の身にもなって下さい。残業代請求しますからね』
一方的にプチっと切られた電話。労働嫌いだが、有能な秘書である榊は甘い仕事などしない。明日には新しい家の手配が済んでるだろう。
「榊には悪いけど、粗相でもしようかな」
遊び相手に住所がバレたとしても、明日には引越しなのだから関係ない。我ながら性格が悪いと思う。
腰を上げてスクエアのサングラスをかけた。
今日出向いたのは、いつも通うバーではなく前々から気になっていたゲイバーだ。女はヒステリックで嫌になるからイヤになる。でも、男は割り切っている相手が多く、結婚してくれとせがむ者も、妊娠したと嘘をつく者もいない。
開き戸を開くとりんりんと鈴がなった。店内は茶色と白をモチーフにした落ち着いた空間。天井にはシーリングファンが設置されており、ゆっくりと回っている。
店内には既に数人の客がいた。碧人が入ってくるなり、店内はざわめいた。熱い視線が碧人に集まる。カウンター席に座り、適当に酒を注文した。碧人は横目で客を物色し、好みを探す。
(うーん…いないな…)
今日はハズレかも、など考えていた時だった。りんりん、と客が入る音がした。コツコツと、歩み寄る音がしてピタリと止まる。
「隣、いいですか?」
振り向くとなかなかの美男がいた。
「どうぞ」
そういうと男は碧人の隣に座った。髪の毛は整えられていて、着ているスーツと腕時計から中々の高給取りであることがわかる。
「スコッチですか?」
男は碧人のグラスを見て言った。
「よくわかったね」
「匂いでなんとなく」
「ウイスキー好きなの?」
「嗜む程度ですけど」
「なにか好きなの頼みなよ。奢ってあげる」
「じゃあ、同じくスコッチで」
酒を飲みながら話をする。男は最近恋人と別れたらしく、新たな出会いを求めてここへ来たらしい。見た目も悪くないし、今日はこの男でいいかとターゲットを決めたときだった。突然、スマートフォンが鳴った。スマートフォンを覗くと榊の文字。心の中でウゲェ…と嘆く。
「ちょっと席外すね」
「どうぞ」
碧人は店の外へ出て、スマートフォンの通話ボタンを押した。
「なんだよ」
『トラブルが発生しました。至急、オフィスに来て下さい』
「やだよ。僕、今日休みだし」
『社長のくせになに言ってるんですか。残業なんて嫌ですが、私も行くので絶対に来てくださいね』
一方的に切られた電話。「あの堅物め」と小さな声で文句を言う。トラブル発生とか面倒くさい。今夜は楽しめると思ったのに。店内に戻り、再び男の隣に座った。
「お仕事の電話ですか?」
「うん、まあ…」
「大変ですね」
「今夜は楽しもうと思ってたのに残念だよ」
碧人は残りのスコッチを飲み干す。
「また、後日会ってくれませんか?」
「いいよ」
「連絡先交換しませんか?」
「LINEでいい?」
「ええ。いいですよ」
男はスーツのポケットからスマートフォンを取り出した。その受付画面を見て碧人は固まり、血の気がひいた。男のスマートフォンの待ち受け画面には碧人に執拗につきまとう小百合が写っていた。
「……………やっぱりやめる」
ヤバい予感しかしない。
「可愛いでしょ? 俺の元恋人です」
男は碧人にスマートフォンに写る小百合を見せた。
「小百合、お元気ですか?」
「…………」
悪い予感が的中した。
「ちょっと話しませんか?」
「急用があるので……」
碧人は勢いよく椅子から立ち上がった。その時、目の前がふらついた。
(やばい…。クスリ盛られたかも…)
思い当たるのはさっき電話で席を離れた数分。その間に睡眠薬を仕込まれたようだ。それも相当な量をもられ、目の前の男が2重にも3重にも見える。
「外でお話ししましょうか」
男に支えられながら店の外へ出る。店から少し離れた路地裏に連れ込まれた。人目がつかないところに着いた途端、胸ぐらを掴まれ、思いっきり壁に押しつけられた。
背中と頭を思いきり壁にぶつけられ、痛みが走る。
「お前のせいで小百合は俺と別れたんだ」
「僕のせい? 小百合ちゃん彼氏いないって言ってたけど」
「嘘つくな。小百合と俺は婚約してたんだ。結婚する予定だったのに、お前が奪いとったんだ……!」
「あっちから僕に迫ってきたけど」
「小百合はそんな子じゃない。小百合は、純粋で無垢で、いい子なんだよ」
見た目は清楚だったが、あの女は相当遊び慣れてた。ブランド物で着飾ってたあたり、相当な額を貢がせてたんだろうな。多分、この男と結婚する気なんてなかったんだろう。
ワルイ女に引っかかって可哀想な男だ。
「わざわざ俺にこんなことするために後着いてきたわけ?」
「だったらどうした」
碧人はこの男も被害者なのだと思った。やはり恋愛は人を狂わせる。
「悪いことは言わないから、あんなビッチ忘れて新しい相手でも探したら?」
「小百合を馬鹿にするな!」
ぐらっと目眩がする。
(そろそろ、ヤバイかも…)
目の前がゆらゆらと揺れ、気を抜くと一瞬で意識を失いそうだった。
男はナイフを取り出した。
「この無駄に整った顔が悪いんだよな…。その顔で小百合を仄かしたんだろ? ぐちゃぐちゃにしてやろうか…」
(やば…。サイコパスかよ)
頭狂ってやがる。
男は碧人の髪を掴み、反対側の手でナイフを振り上げ、思いっきり振り下ろした。
マジで死ぬかも。
そう思ったときだった。「ぐわっ!」男の叫ぶ声がし、髪から手が離れた。その瞬間、目の前が一気に真っ暗になった。
容姿は整っている自覚はあり、学内だけではなく、外部の女子から好意を寄せられることは多く、体育館裏に呼び出されて告白なんて日常茶飯事だった。
初体験は高校三年生の頃。相手は有名大学に通う女子大生で、当時、家庭教師の先生だった人だ。
碧人の親は世間体を馬鹿みたいに気にする人たちで、なにかと周りと張り合うことが好きだった。碧人を有名大学に入学させたいがために頼んでもいないのに家庭教師をつけた。親同士が知り合いらしく、家庭教師の先生はお金持ちのお嬢様で、親の会社の取引先の娘だった。その娘とは食事会で何度か面識があった。上品で清楚な女性だった。当時からなんとなく好意を寄せられていたことには薄々感づいていた。
碧人の両親は取引先の娘を偉く気に入っていた。「美人だし、清楚で純粋なお嬢様」「趣味はお料理なんですって」「碧人のお嫁さんにぴったりじゃない」と両親とも洗脳する様に毎日のように言う。親の魂胆は見え見えだった。どうせ自分の息子と取引先の娘を結婚させたいのだろう。金稼ぎのために自分の息子を売る親に嫌気が差した。
家庭教師というのは名前だけ。女は毎日露出の高い服を着てくる。胸を押し付けられたり、無駄にボディータッチが多かったりと、積極的にアピールしてくる。
なにが清楚で純粋なお嬢様だ。ただのビッチだろ。初々しい女がタイプの碧人にとって、グイグイ寄ってくる女は論外。むしろ苦手だった。
親がいない日、家庭教師ではない日に女が碧人の家に忍びこみ、ベッドで寝ていた碧人に女が襲いかかった。半ば強引にセックスをさせられ、初体験は苦痛でしかなかった。女のワザとらしい喘ぎ声が耳障りでしかなかった。
その後も関係を求めてくる女だったが、碧人はキッパリと断った。付き合う気もないし、これ以上女と関係を持ちたくないと思ったからだ。拒絶すると女は「私はこんなに好きなのに、なんで碧人は私を好きになってくれないのよ!」と、ヒステリックに泣き叫んだ。
後日、女の両親が碧人の家にやってきた。両親の後ろには女がいて、泣き腫らした目が赤くなっていた。
女は自分の両親に無理やり碧人から襲われたと嘘をついていた。しかも、月経がなく妊娠しているかもしれないと言った。妊娠という言葉に全身の血の気が引いた。結局、妊娠は女の勘違いだったが、この件は揉めに揉めた。相手の親には大切な娘を傷物にしたと罵られ、碧人の両親には碧人が悪いと決めつけた。本当のことを話しても信じて貰えず、この件は親同士が話し合い金で解決した。
それ以来、恋愛は人生を狂わせるものだと確信した。
事件以来、親とは絶縁した。高校を卒業した後、地元から遠く離れた大学へ進学校した。学費を稼ぐため、高校時代に知り合った親友の学を誘い大学在学中に会社を設立した。碧人も学も口がうまく営業トークが得意で頭の回転も早い。あっという間に会社は軌道にのり、利益はどんどん右肩上がり。卒業後は別な事業にも範囲を広げ、収益は倍以上になった。
若くして上場企業のCEOになった若手起業家という肩書きプラスモデル顔負けの容姿。そのハイスペックさが話題となりメディアでも引っ張りだこになった。
会社を設立してから8年。碧人は28歳になった。CEOとして忙しい日々を過ごしている。仕事も順調、一生遊んでも使いきれないほどの金もある。なにもかも順調だと思われる碧人だが、恋愛だけは別だ。大学在学中に自分が女も男もいけると知り、一時期遊んでいた時期があった。現在は悪い遊びは少し落ち着いたが、それでも誘いは絶えない。そして、必ずといっていいほど恋愛トラブルに巻き込まれる。碧人は遊び程度なのに、毎回相手は碧人に本気になってしまう。「結婚してくれないと死んでやる!」と脅しをかけられ警察沙汰になることも過去に数回あった。
「……うわぁ…。これ、脅迫状じゃん…」
今回も碧人を本気に好きになった女から嫌がらせを受けていた。バーで逆ナンされた相手で、女もワンナイトの相手を探していた。その女を家に連れ込んだことが間違いだった。女は碧人の住所を調べて、脅迫紛いの手紙を毎日送りつけてくるようになった。
『あなたがすき』『あなたと結婚するために私は生まれてきたの』『あなたと私は運命の赤い糸で繋がれていて、結婚する運命なの』『結婚してくれないなら、死んでやる』『裏切ったらこれを週刊誌にばら撒いてやる』と封筒の中にはベッドで寝そべる女と碧人の姿の写真。その写真に写っている碧人に口紅でわざとつけたのであろうキスマークがついている。写真を撮ろう、と言われて気軽にOKしてしまった自分が悪い。まさか、揺さぶりに使われるなんて思ってもみなかった。
「この女ガチでヤバい奴じゃん」
小百合といった女に手を出した自分が一番ダメなのは分かっている。碧人はいつもヤバイ相手に捕まるのだ。恋愛運が悪すぎてゆきずりの女の呪縛霊にでも呪われてるのではないかと疑いたくなる。
(また引越し先探さないとな…。結構、ここ気に入ってたのに…)
恋愛自体する気はないが、溜まるものは溜まる。適当な相手に声をかけて性欲処理する程度の浅い付き合いが自分には性に合っていた。結婚する気なんてさらさらないし、子どもがほしいとも思わない。子どもの頃からそれなりに裕福な暮らしをしていた。他人から見たら幸せそうな家族として映っていたのだろう。幸せそうに見えるのは表面だけ。父親には愛人が何人もいて、母親は愛人に嫉妬しつつも父親に捨てられたら地位も金も失ってしまうため、常に父親の機嫌をとっていた。両親とも出来のいい息子の碧人を金儲けの道具くらいしか思っていなかった。両親からの愛情なんて感じたことは一度もない。家族との絆は紙のように薄かった。碧人が事件を起こしてから、両親は碧人を悪者扱いし、「役立たず」「親の顔に泥を塗った」「お前のせいで取引先を失った」と暴言を吐かれた。人前では理想の家族を演じる両親だが、家の中では理想とはほぼ遠い冷えきった関係。家族との生活は胃に穴が開きそうなほどストレスが溜まる日々だった。碧人にとって家族は苦痛を与えてくる存在で、絶縁してから何年経ったが、今でもその考えは変わらない。
碧人はスマートフォンを取り出し、榊の名前をタップする。すぐ榊は電話に出たが、時間外だからか声は不機嫌だ。
「榊、悪いけど大至急新しい家探して」
『……またですか? その家もまだ半年も経ってないでしょ』
「だって、バレちゃったんだもん」
『常日頃から気をつけろと言っているのに、学びませんね。馬鹿なんですか?』
「口の悪い秘書だね」
『あなたが粗相をするたびに処理をする私の身にもなって下さい。残業代請求しますからね』
一方的にプチっと切られた電話。労働嫌いだが、有能な秘書である榊は甘い仕事などしない。明日には新しい家の手配が済んでるだろう。
「榊には悪いけど、粗相でもしようかな」
遊び相手に住所がバレたとしても、明日には引越しなのだから関係ない。我ながら性格が悪いと思う。
腰を上げてスクエアのサングラスをかけた。
今日出向いたのは、いつも通うバーではなく前々から気になっていたゲイバーだ。女はヒステリックで嫌になるからイヤになる。でも、男は割り切っている相手が多く、結婚してくれとせがむ者も、妊娠したと嘘をつく者もいない。
開き戸を開くとりんりんと鈴がなった。店内は茶色と白をモチーフにした落ち着いた空間。天井にはシーリングファンが設置されており、ゆっくりと回っている。
店内には既に数人の客がいた。碧人が入ってくるなり、店内はざわめいた。熱い視線が碧人に集まる。カウンター席に座り、適当に酒を注文した。碧人は横目で客を物色し、好みを探す。
(うーん…いないな…)
今日はハズレかも、など考えていた時だった。りんりん、と客が入る音がした。コツコツと、歩み寄る音がしてピタリと止まる。
「隣、いいですか?」
振り向くとなかなかの美男がいた。
「どうぞ」
そういうと男は碧人の隣に座った。髪の毛は整えられていて、着ているスーツと腕時計から中々の高給取りであることがわかる。
「スコッチですか?」
男は碧人のグラスを見て言った。
「よくわかったね」
「匂いでなんとなく」
「ウイスキー好きなの?」
「嗜む程度ですけど」
「なにか好きなの頼みなよ。奢ってあげる」
「じゃあ、同じくスコッチで」
酒を飲みながら話をする。男は最近恋人と別れたらしく、新たな出会いを求めてここへ来たらしい。見た目も悪くないし、今日はこの男でいいかとターゲットを決めたときだった。突然、スマートフォンが鳴った。スマートフォンを覗くと榊の文字。心の中でウゲェ…と嘆く。
「ちょっと席外すね」
「どうぞ」
碧人は店の外へ出て、スマートフォンの通話ボタンを押した。
「なんだよ」
『トラブルが発生しました。至急、オフィスに来て下さい』
「やだよ。僕、今日休みだし」
『社長のくせになに言ってるんですか。残業なんて嫌ですが、私も行くので絶対に来てくださいね』
一方的に切られた電話。「あの堅物め」と小さな声で文句を言う。トラブル発生とか面倒くさい。今夜は楽しめると思ったのに。店内に戻り、再び男の隣に座った。
「お仕事の電話ですか?」
「うん、まあ…」
「大変ですね」
「今夜は楽しもうと思ってたのに残念だよ」
碧人は残りのスコッチを飲み干す。
「また、後日会ってくれませんか?」
「いいよ」
「連絡先交換しませんか?」
「LINEでいい?」
「ええ。いいですよ」
男はスーツのポケットからスマートフォンを取り出した。その受付画面を見て碧人は固まり、血の気がひいた。男のスマートフォンの待ち受け画面には碧人に執拗につきまとう小百合が写っていた。
「……………やっぱりやめる」
ヤバい予感しかしない。
「可愛いでしょ? 俺の元恋人です」
男は碧人にスマートフォンに写る小百合を見せた。
「小百合、お元気ですか?」
「…………」
悪い予感が的中した。
「ちょっと話しませんか?」
「急用があるので……」
碧人は勢いよく椅子から立ち上がった。その時、目の前がふらついた。
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思い当たるのはさっき電話で席を離れた数分。その間に睡眠薬を仕込まれたようだ。それも相当な量をもられ、目の前の男が2重にも3重にも見える。
「外でお話ししましょうか」
男に支えられながら店の外へ出る。店から少し離れた路地裏に連れ込まれた。人目がつかないところに着いた途端、胸ぐらを掴まれ、思いっきり壁に押しつけられた。
背中と頭を思いきり壁にぶつけられ、痛みが走る。
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「僕のせい? 小百合ちゃん彼氏いないって言ってたけど」
「嘘つくな。小百合と俺は婚約してたんだ。結婚する予定だったのに、お前が奪いとったんだ……!」
「あっちから僕に迫ってきたけど」
「小百合はそんな子じゃない。小百合は、純粋で無垢で、いい子なんだよ」
見た目は清楚だったが、あの女は相当遊び慣れてた。ブランド物で着飾ってたあたり、相当な額を貢がせてたんだろうな。多分、この男と結婚する気なんてなかったんだろう。
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「わざわざ俺にこんなことするために後着いてきたわけ?」
「だったらどうした」
碧人はこの男も被害者なのだと思った。やはり恋愛は人を狂わせる。
「悪いことは言わないから、あんなビッチ忘れて新しい相手でも探したら?」
「小百合を馬鹿にするな!」
ぐらっと目眩がする。
(そろそろ、ヤバイかも…)
目の前がゆらゆらと揺れ、気を抜くと一瞬で意識を失いそうだった。
男はナイフを取り出した。
「この無駄に整った顔が悪いんだよな…。その顔で小百合を仄かしたんだろ? ぐちゃぐちゃにしてやろうか…」
(やば…。サイコパスかよ)
頭狂ってやがる。
男は碧人の髪を掴み、反対側の手でナイフを振り上げ、思いっきり振り下ろした。
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