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第三章 -失われた光-

第14話 11月21日

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 始業のチャイムが鳴る頃、蓮たちは廃トンネルに集った。

 大雅の姿がない代わりに、うららがいた。

「うらら……!」

 驚いたように目を見張った紗夜が、うららに駆け寄る。少し躊躇いがちに触れた。存在を確かめるように。

「心配かけましたわね」

「どういうことだ? どうやって冬真から逃げて来たんだよ?」

 戸惑いを顕に蓮は問うた。

「桐生さんからは何も……?」

「聞いてねぇ。何かあったのか?」

「もしかして、今日いないこととも関係あるのかな」

 奏汰は眉を下げる。昨日、顔色の悪かった大雅の様子が過ぎった。嫌な予感がする。

「取り引きのことはご存知?」

「取り引き……?」

 蓮たちは何も知らないようだ。そう察したうららは、冬真の持ち掛けた取り引きの全容を明かした。

 うららと大雅の交換────それに応じ、大雅が身代わりとなってしまったこと。

「わたくし、実は消音魔法を使って少しその場に留まっていましたの」

 踊り場の死角に身を潜め、一部始終を見聞きしていた。

 陽斗が冬真に傀儡にされていたこと。小春は冬真たちとは無関係に音信不通になったこと。

 さらに、至とその仲間である姿の見えない謎の魔術師の存在や、至が冬真を眠らせたことを告げる。

「マジかよ……。何か色々起こり過ぎて理解が追いつかねぇ」

「大雅の奴はどうなったん?」

「ごめんなさい。わたくし、何だか怖くなって……その八雲さんたちが消えてからすぐに帰りましたの」

 つまり、大雅がその後どうなったのかは分からない、ということだ。

「ただ、如月さんがああなった以上、絶対服従させられていることはありませんわ。佐久間さんが独断で記憶操作を行った可能性はあるけれど……」

 大雅が反動で倒れた時点で、いや、その前から、助けに入っていれば良かった。

 また自分が絶対服従させられ、彼の邪魔になってしまうことを危惧し、躊躇ってしまった。

 夜が明けた今も連絡がつかない以上、何かあったに違いない。

 ヨルに襲われたか、他の魔術師に襲われたか。あるいは、祈祷師が現れたのかもしれない。

「何にしても、無事を確認してから離れるべきでしたわ」

「いや、そこまでの情報を掴んできてくれただけでもありがてぇよ。でも、一人で冬真のとこへ犠牲になりに行くなんていう大雅の判断は許せねぇな……」

 危険な目に遭うことは分かり切っているのに。

 何故、一人で背負ってしまうのだろう。仲間なのだから頼って欲しいところだ。

「あのさ、僕……」

 おずおずと瑚太郎が口を開く。

「最近はヨルが暴れられないように、夜は手足を縛ってるんだ。今朝、そのロープは夕方に縛ったときと同じ状態だった。だから今回は、ヨルは何もしてないと思う」

「ヨルが縛り直したんとちゃうん?」

「ヨルにそんな脳はないよ……。ていうか、ヨルはそういう小細工をするようなタイプじゃない。例えば拘束を解いて夜間に暴れたら、朝目覚めて衝撃を受ける僕を嘲笑うような奴だから」

 わざわざ縛り直して瑚太郎を騙すことはしない、ということだ。

 話を聞いている限り、確かにヨルはそういう性格の持ち主なのだろう。リアリティのある話だ。

「桐生……」

 紗夜は顳顬に触れながら呼びかけた。応答はない。

 それでも何度か繰り返していると、ややあって大雅の声が返ってきた。

「大丈夫……?」

『ああ、一応平気だ』

「────桐生、平気だって」

 その言葉にひとまず安堵の息をつく蓮。今度は奏汰が顳顬に指先を添えた。

「昨晩のことは概ねうららちゃんから聞いたよ。桐生くんの身に何が起きたの?」

『……背後から誰かにいきなり殴られた。完全に物理攻撃だったけど』

 全員へのテレパシーに切り替え、大雅は答える。

『そいつ、うららを知ってるみてぇだった。しかも、たぶん恨んでる』

 “うららの協力者か”と問う声を思い出す。答えを聞く前から知っていたようだった。何処からかつけられていたのかもしれない。

 恐らく、うらら側の人間だから襲われた。

 皆が思わずうららを見やった。彼女は厳しい表情で目を伏せる。

『お前らも気を付けろ』

「大雅は今、何処にいるんだ?」

『病院。治療も受けたしもう大丈夫だ』

 とはいえ、昨晩受けた反動のこともあり、今日は休養するということで、大雅との合流は明日以降になった。

「ねぇ、うらら。桐生を襲ったのって……」

「ええ、恐らく────」

 紗夜とうららは芳しくない事態を想定してか、浮かない顔をした。

「犯人に心当たりあるん?」

 アリスが単刀直入に尋ねると、うららは頷いた。

結城依織ゆうきいおり という魔術師。……いえ、魔術師と言った方が正確ですわね」

「それって、もしかして君が魔法を奪った相手?」

 奏汰の問いに、うららは再び首肯した。

 ────消音魔法の本来の持ち主は彼女だった。

 以前、ステルスで奇襲をかけて来たのを、磁力魔法で応戦したのだ。そのとき不意に“もしや”と閃いた。

 魔法を引き寄せ奪うことが出来るのではないか、と。その推測は正しかった。

 消音魔法しか持たない依織は、魔法の特性上、魔法のみで相手を殺すことは不可能だった。

 そのため、魔法と組み合わせての物理攻撃で魔術師殺しを続けていた。殺しても当然、相手の魔法を奪うことは出来ないが。

 果てにはうららに消音魔法すらも奪われ、今は無魔法の魔術師となっていた。

 そんな出来事を経たゆえに、ただひたすらにうららを恨み、魔法を取り返すことは出来ないと分かっていながらも、うららを殺すことに執着している。復讐に生きている。

「そんなことしとらんと、素直にガチャ回せばええのに」

「そんな簡単に出来ることじゃねぇだろ……」

 ぼやくアリスに蓮は言い返した。

 ガチャを回せば何を失うか分からない。もしかしたら、次の代償は命かもしれない。

「磁力魔法って、退けることも出来るんだよね。それで譲渡っていうか、返却っていうか……出来ないの?」

「無理よ……」

 瑚太郎が言うと、紗夜はきっぱり断言した。

「ルールノート、見せたでしょ? “如何なる場合も魔法の譲渡は不可”。……とっくに試したわ」

「そっか。じゃあ本当に結城さんには、うららちゃんの魔法を奪還する方法がないんだ」

 奏汰は数度頷く。

 アリスの言うように、依織が覚悟を決めてガチャ回せば、一応可能性はなきにしもあらずだ。そうして会得した魔法でうららを殺せば、取り返すことが出来る。

「心苦しいですわ、皆さまに迷惑をかけてしまって。ごめんなさい」

「自分を守っただけやろ。あんたは何も悪くない」

 しかし、厄介な敵が増えたものだ。当面警戒すべきは、祈祷師、ヨル、結城依織だ。

 至とその仲間の魔術師も含まれるだろうか? 二人は敵か味方か分からない。

 ────自分たちは、何をすればいいのだろう。

 運営側の情報を掴む。小春を捜す。その敵たちを倒す。……何からどう取り掛かればいいだろう?

 どれもなすべきことだが、雲を掴むような感じで、具体的な手法が思い浮かばない。

「…………」

 行き詰まったような各々の表情を見たアリスは、すっと鋭く目を細めた。

「……あたし、ちょっと行ってくるわ。心当たりあるから話聞いてくる」

「え、誰に? 何の?」

「今は、詳しくは言われへん」

「ついて行くよ」

「ええわ。友好的かどうか保証出来んから、先に確かめてくる。じゃ!」



 戸惑う皆を置き去りに、アリスは駆け出した。尾行されないよう、矮小化して走っていく。

 全員の視線が切れる位置まで行くと、通常サイズに戻った。誰もついて来ていないことを確認し、息をつく。

「さてと……」

 腕を組みつつ歩き出した。

「如月冬真は馬鹿踏んだな。桐生大雅なんてさっさと殺しとけば良かったのに。あー、如月のとこ行かんで正解やったわ。でもなぁ、向井んとこおっても“得”ないしな……」

 ぶつぶつと一人呟き、現状を整理していく。

「脳内お花畑の水無瀬が消えれば、魔術師ども殺せるし、もっと色々物事が進むかと思ったのにそうでもないなぁ。結局“考え”とやらも分からず終いか」

『考えてることがある。もう少しだけ待ってくれないかな……? 口だけでは終わらせないから』

 小春のみぞ知るその考えも、彼女が姿を消した今、分かりようがない。

「向井は水無瀬捜しにお熱やし、他の連中もほぼ空気。唯一使えそうなのは桐生やけど、あいつが如月と切れた今、最早向井たちと離れる選択なんかするわけあらへん。……それにどういうわけか、あいつらには敵が多すぎる」

 そもそも大雅自身はよこしまな野望など持ち合わせていない。この先、蓮たちと反目することもないだろう。

 また、有能な魔術師が味方にいるとしても、いたずらに敵が多いのも事実だった。

 大それた目的に命を懸けることに、アリスは未だに確かな価値を見出せていない。

「こうなったら、かくなる上は噂の八雲至やな。如月を戦闘不能にした張本人────今のは、間違いなく八雲や」

 かくしてアリスは、蓮たちとは決別することにした。至に取り入れば安泰だろう。

 このまま行方を晦ましてしまえば、くだらない仲間ごっこに付き合う必要もなくなる。

 大雅とのテレパシーを切断すると、弾むような足取りで歩き去って行った。



*



 アリスはそのうち帰ってくるだろう。わざわざ深追いや追求をする必要はない。

 そう判断した面々は廃トンネルに留まった。

「なぁ、陽斗の遺体見たんだよな。どんな感じだった?」

 蓮はうららに遺体の状態を尋ねる。

「火炎での火傷もあったし、脚は撃ち抜かれて風穴だらけでしたわ……。銃弾でなく魔法での傷なら、水や石ではないかしら」

「光かも……」

 補足した紗夜の言葉を受け、奏汰は「光線銃みたいな感じか」と呟く。

 “撃ち抜く”ことが出来るのは、この辺りの魔法だろう。

「恐らく水じゃないかと思いますわ」

「どうして?」

「落雷を受けたようでしたから。水のせいで、余計にダメージが大きくなったのではないかしら」

 そこまでの話を聞き、蓮はずっと抱えていた疑問をぶつけてみることにした。

「同じ魔法が同時期に存在することはねぇのか?」

 紗夜とうららは顔を見合わせ、首を左右に振った。

「わたくしたちが知る限りでは見たことがありませんわ」

「そういう状況がありうるとしたらコピー魔法でしょ……。でも、今回はその持ち主が殺られてる。つまり、考えられるのは────やっぱり祈祷師」

 紗夜のその推測は尤もらしい気がした。やはり彼が陽斗を殺したと考えるのが妥当だろう。

 狙われる理由がよく分からないが、自分たちも警戒するに越したことはない。

「如月さんもそう言ってましたわ。甲斐さんを殺害したのは祈祷師だ、と……」

 しかしそれは、大雅を縛り付けるためのはったりだったかもしれない。

 路上で最初に陽斗を発見したとき、冬真は陽斗のことを知らないようだった。それなのに、彼に手を下したのが誰かを把握していたというのは不自然だ。

 ────祈祷師は、いったい何者なのだろう。

 際限なく多彩な魔法を操り、神出鬼没……目的も不明。

 うららは思い出す。確か“天界”の住人で、リーダーという存在がいるという話だった。人数は不明だが仲間がいる、と。

「天界ねぇ……」

「何か、何となく胡散臭いっていうか、オカルト臭が凄いんだけど」

 怪訝そうな表情の蓮と、苦笑する奏汰。オカルト好きの紗夜以外は、一様に微妙なリアクションをした。

 実際、何だか“バトルロワイヤル”というゲームと“天界”などという異様な響きはなかなか結び付かない。

「まぁ……魔法を使って戦う高校生たち、なんて俺たちの存在も充分現実離れしてるし、厨二病って言われても致し方ない気はするね」

 奏汰は苦く笑ったまま言う。それはそうだ。

 いずれにせよ、祈祷師という異質な存在も、このバトルロワイヤルに深く関わっている。彼に会えば今抱えている大半の疑問は解決しそうだ。

 “捜す”という選択肢もあるだろうか。いや、天界とやらが何処にあるのか分からないが、天界にいるなら見つかる可能性は低い。そもそも今遭遇したら、勝てる気がしない。

 祈祷師はこれまでに琴音を殺害した。

 それから、彼の仕業と言い切れないものの関与が疑われるのは、瑠奈の失踪、陽斗の殺害、小春の失踪……。

 何故、こうも近しい人物たちが狙われたのだろう。共通点は何なのだろう。

 祈祷師は魔術師から魔法を奪えないのに、何故、魔術師を狙うのだろう。

 それらが判明すれば、対策も練られるかもしれない。……全員の結論がそこに落ち着いた。

「その辺は私たちが探ってみる……」

 紗夜が言った。同調するようにうららも頷く。二人は情報収集に注力することとなった。

「俺は────小春を捜すことに集中していいか」

 静かに、だがはっきりと蓮は言う。

 ……もともと魔術師たちを殺すために魔法を使ったことはないし、今後使うつもりもない。

 この嘘みたいな力を得てから、ずっと小春を守るために動いていた。これからもそれは変わらない。それだけは断言出来る。

 運営側を倒すにしても、何にしても、小春の安否を確かめるまでは身が入らないのだ。

「俺も手伝う」

 蓮の本心などとっくに見通している奏汰は、真っ先に協力を申し出た。

「僕も日が出てる間は手伝いたいな」

 控えめながら瑚太郎も名乗り出る。

「……ありがとな」

 蓮は何処か儚げに笑いつつ、彼らの厚意を素直に受け取ることにする。そして、再び大雅とコンタクトを取った。

 現状の報告をすると、小春捜しには大雅も賛同し承諾してくれた。

『至のことは聞いたんだよな?』

「ああ、軽く」

『小春捜すついでにそいつのことも捜したい。仲間に引き込めねぇかな』

「そうだな、分かった。それは俺も賛成だ」

 ────かくして、面々は役割分担の末、別行動を取ることとなった。

 紗夜とうららは祈祷師やゲーム、運営側に関する情報収集。

 蓮、奏汰、瑚太郎、大雅は小春と至の捜索。

 アリスの行動は不明だが、単独で何かを企んでいるのは確かだった。

 それぞれの目的のため、一同は、今日のところは解散の流れとなる。



 紗夜とうららは二人、道を歩いていく。こうして二人になるのは何だか久しぶりのように感じられた。

 不意に、はっとうららは顔を上げる。

「そういえば、如月さんたちと祈祷師の同盟が終わっているという話、言いそびれてしまいましたわ」

「それはまた今度でいいよ……」

 紗夜はいつもの冷淡な調子で返した。

「如月はしばらく脅威じゃないから……」
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