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特別な人
特別な人 第41話
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「―――もる。葵、起きて」
遠くから聞こえる僕を呼ぶ声。その声は虎君のもので、僕はそれを確認するように『虎君?』と口を開いた。
自分的には『虎君』とはっきり発音したつもり。でも、耳に届いたのは「とりゃくん」って呂律の回ってない音。それはまだちゃんと喋れない小さな子どもが口にしたようなもので、恥ずかしいって素直に思った。
ぼんやりする頭にぽんぽんって添えられるのはたぶん虎君の手。寝ぼけすぎって笑ってる声はからかいよりも楽しげで、何故かちょっとだけ甘い気持ちになる。
「ほら、葵。寝ぼけてないで起きて。朝だぞ」
「うぅ……。後5分……」
「だーめ。もうギリギリだから起きないと遅刻する」
まだ寝てたいってお願いするけど、虎君はそれを許してはくれない。これでもギリギリまで寝かせてあげてたんだからな。って。
覚醒を促すために身体を揺さぶってくる虎君に、僕は重い瞼を持ち上げてその姿を探す。
「今、何時……?」
「もうすぐ6時半」
「! 6時半!?」
嘘?! って飛び起きるのは、いつも7時には家を出てるから。
寝惚け眼を一気に覚醒させて飛び起きる僕に、虎君は「漸く起きた」って笑いながら頭を撫でてくれる。
その手に身を任せながら掛け時計に目をやれば、本当に時間は6時半前で、やってしまったと慌てた。
「ごめんっ、すぐ準備するからっ……!」
謝りながらもベッドから降りると、僕は虎君の返事を待たずに一階へと急いだ。途中、急ぎ過ぎて階段を踏み外しそうになったけど、手摺にしがみついたおかげで転げ落ちることは免れた。
「危なかったぁ……」
ドキドキする心臓に胸を押さえながら、深呼吸。でも急がないと遅刻しちゃうから、ドキドキを残したまま階段を降りきって洗面所へと駆けこんだ。
「おはよう。今日は随分ゆっくりだな」
「ぉはようっ! 退いて、茂斗!」
洗面台の前でばっちりセットした髪をまだ弄ってる茂斗を押し退け顔を洗う僕。押し退けられた茂斗は「随分な扱いだな……」って空笑い。
耳に届く物音に、顔を洗い終えた僕の為に茂斗がタオルを準備してくれてるのが分かったから、僕は床を濡らさないように身を屈めたまま茂斗に手を伸ばした。タオルちょうだい。って。
僕の我儘に茂斗は文句を言わずにタオルを手渡してくれて、甘やかされてるなぁって思う。
「早く朝飯食って来いよ」
「! そうだ! 遅刻しちゃう!」
タオルを顔に押し当てたままジッと茂斗を見ていれば、茂斗は「時間やばいぞ」って腕時計を指してくる。
ただでさえ寝坊してるのに、こんな風に呆けてる時間があるわけもなく、僕は我に返ってタオルを持ったまま洗面台を後にする。
足早にリビングに顔を出せば、テーブルには2人分の朝食が並んでいた。
「あ。漸く起きてきた」
「おはよう、母さん」
キッチンで洗い物をする母さんは僕の姿を見つけるや否や目覚ましをかけておかなかったのかと尋ねてくる。
僕の目覚ましは携帯のアラーム。でも、昨日は色々あって帰ってきてから携帯を一回も触ってない。
だから寝坊したんだって言い訳を零しながら椅子に座れば、食べようとする僕にストップがかかった。
「えぇ? なんで食べちゃダメなの? 遅刻しちゃうよぉ」
「分かってるけど、虎が降りてくるの待ってあげなさい。あの子、葵が起きるの待ってたんだから」
時間が無くなるって騒ぐ僕だけど、母さんの声にピタッと口を閉じた。
みんなもう朝ご飯を食べ終えてるのは分かってた。それなのに2人分の朝食が残ってるのは確かに変だとは思ったけど、遅刻しない事の方が先決だから特に気にも留めてなかった。
でも、聞いた理由に僕は大人しく虎君を待つ。遅刻するのは確かに嫌だけど、虎君の好意を無下にするのはもっと嫌だから。
「樹里斗さん、ベッドのシーツと掛け布団ベランダに出しときましたよ」
「ありがとう、虎」
まだかな? って待ってたら、すぐに降りてきた虎君。母さんは僕の学校の時間を気にしてか、「早く食べちゃいなさい」って虎君に朝食を促した。
促されるまま僕の向かいに座る虎君は、僕がまだ朝食に手を付けていない事に気が付いてか「あれ?」って首を傾げる。
「もしかして待っててくれた?」
「待っててくれたのは虎君でしょ?」
先に食べてよかったのに。って笑う虎君に、先に待っててくれたのは虎君だよね? って聞いてみる。そしたら、虎君が「時間がないから食べながら話そう」って言うから、二人で声を合わせて「いただきます」って合掌して朝ご飯を食べ始める。
「虎君、結構前から起きてたんだよね? 皆と一緒に朝ご飯食べててよかったのに、ごめんね? 待っててもらって……」
「なんで葵が謝るんだよ。俺が勝手に待ってただけなのに」
「でも―――」
「いいんだよ。それに一人で食べても味気ないだろ?」
お味噌汁に口を付けながら薄く笑う虎君の言葉は、きっと何気ないもの。でも、きっとそれは自分の経験なんだろうな。
そしてその経験があるから、虎君は僕が同じ想いをしない様に気遣ってくれる。
(虎君って本当、優しいんだから……)
早く食べろよって笑う虎君の笑顔は、僕の心を温かくして幸せにしてくれる。
遠くから聞こえる僕を呼ぶ声。その声は虎君のもので、僕はそれを確認するように『虎君?』と口を開いた。
自分的には『虎君』とはっきり発音したつもり。でも、耳に届いたのは「とりゃくん」って呂律の回ってない音。それはまだちゃんと喋れない小さな子どもが口にしたようなもので、恥ずかしいって素直に思った。
ぼんやりする頭にぽんぽんって添えられるのはたぶん虎君の手。寝ぼけすぎって笑ってる声はからかいよりも楽しげで、何故かちょっとだけ甘い気持ちになる。
「ほら、葵。寝ぼけてないで起きて。朝だぞ」
「うぅ……。後5分……」
「だーめ。もうギリギリだから起きないと遅刻する」
まだ寝てたいってお願いするけど、虎君はそれを許してはくれない。これでもギリギリまで寝かせてあげてたんだからな。って。
覚醒を促すために身体を揺さぶってくる虎君に、僕は重い瞼を持ち上げてその姿を探す。
「今、何時……?」
「もうすぐ6時半」
「! 6時半!?」
嘘?! って飛び起きるのは、いつも7時には家を出てるから。
寝惚け眼を一気に覚醒させて飛び起きる僕に、虎君は「漸く起きた」って笑いながら頭を撫でてくれる。
その手に身を任せながら掛け時計に目をやれば、本当に時間は6時半前で、やってしまったと慌てた。
「ごめんっ、すぐ準備するからっ……!」
謝りながらもベッドから降りると、僕は虎君の返事を待たずに一階へと急いだ。途中、急ぎ過ぎて階段を踏み外しそうになったけど、手摺にしがみついたおかげで転げ落ちることは免れた。
「危なかったぁ……」
ドキドキする心臓に胸を押さえながら、深呼吸。でも急がないと遅刻しちゃうから、ドキドキを残したまま階段を降りきって洗面所へと駆けこんだ。
「おはよう。今日は随分ゆっくりだな」
「ぉはようっ! 退いて、茂斗!」
洗面台の前でばっちりセットした髪をまだ弄ってる茂斗を押し退け顔を洗う僕。押し退けられた茂斗は「随分な扱いだな……」って空笑い。
耳に届く物音に、顔を洗い終えた僕の為に茂斗がタオルを準備してくれてるのが分かったから、僕は床を濡らさないように身を屈めたまま茂斗に手を伸ばした。タオルちょうだい。って。
僕の我儘に茂斗は文句を言わずにタオルを手渡してくれて、甘やかされてるなぁって思う。
「早く朝飯食って来いよ」
「! そうだ! 遅刻しちゃう!」
タオルを顔に押し当てたままジッと茂斗を見ていれば、茂斗は「時間やばいぞ」って腕時計を指してくる。
ただでさえ寝坊してるのに、こんな風に呆けてる時間があるわけもなく、僕は我に返ってタオルを持ったまま洗面台を後にする。
足早にリビングに顔を出せば、テーブルには2人分の朝食が並んでいた。
「あ。漸く起きてきた」
「おはよう、母さん」
キッチンで洗い物をする母さんは僕の姿を見つけるや否や目覚ましをかけておかなかったのかと尋ねてくる。
僕の目覚ましは携帯のアラーム。でも、昨日は色々あって帰ってきてから携帯を一回も触ってない。
だから寝坊したんだって言い訳を零しながら椅子に座れば、食べようとする僕にストップがかかった。
「えぇ? なんで食べちゃダメなの? 遅刻しちゃうよぉ」
「分かってるけど、虎が降りてくるの待ってあげなさい。あの子、葵が起きるの待ってたんだから」
時間が無くなるって騒ぐ僕だけど、母さんの声にピタッと口を閉じた。
みんなもう朝ご飯を食べ終えてるのは分かってた。それなのに2人分の朝食が残ってるのは確かに変だとは思ったけど、遅刻しない事の方が先決だから特に気にも留めてなかった。
でも、聞いた理由に僕は大人しく虎君を待つ。遅刻するのは確かに嫌だけど、虎君の好意を無下にするのはもっと嫌だから。
「樹里斗さん、ベッドのシーツと掛け布団ベランダに出しときましたよ」
「ありがとう、虎」
まだかな? って待ってたら、すぐに降りてきた虎君。母さんは僕の学校の時間を気にしてか、「早く食べちゃいなさい」って虎君に朝食を促した。
促されるまま僕の向かいに座る虎君は、僕がまだ朝食に手を付けていない事に気が付いてか「あれ?」って首を傾げる。
「もしかして待っててくれた?」
「待っててくれたのは虎君でしょ?」
先に食べてよかったのに。って笑う虎君に、先に待っててくれたのは虎君だよね? って聞いてみる。そしたら、虎君が「時間がないから食べながら話そう」って言うから、二人で声を合わせて「いただきます」って合掌して朝ご飯を食べ始める。
「虎君、結構前から起きてたんだよね? 皆と一緒に朝ご飯食べててよかったのに、ごめんね? 待っててもらって……」
「なんで葵が謝るんだよ。俺が勝手に待ってただけなのに」
「でも―――」
「いいんだよ。それに一人で食べても味気ないだろ?」
お味噌汁に口を付けながら薄く笑う虎君の言葉は、きっと何気ないもの。でも、きっとそれは自分の経験なんだろうな。
そしてその経験があるから、虎君は僕が同じ想いをしない様に気遣ってくれる。
(虎君って本当、優しいんだから……)
早く食べろよって笑う虎君の笑顔は、僕の心を温かくして幸せにしてくれる。
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