特別な人

鏡由良

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特別な人

特別な人 第45話

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「葵さ、来須先輩と何かあった?」
 午前中最後の授業が終わってお昼休みが始まるや否や、僕の前に座っていた初等部からの幼馴染である慶史が振り返って尋ねてきた。
 お弁当をカバンから出そうと身を屈めていた僕は慶史の声にその動きを止めて「何もないよ? なんで?」って尋ね返した。慶史の顔は神妙なもので、いつもみたいにからかってる様子はなかったから。
「本当に? 隠してない?」
「隠してないよ? 僕が慶史に隠し事するわけないでしょ?」
 本当の本当に? って疑ってくる慶史。なんでそんな疑り深く聞いてくるのか分からないけど、でも本当に隠し事してない僕は苦笑いを浮かべながらも頷いた。
「そもそも僕の嘘は慶史にはすぐバレるでしょ」
「まぁ、そうだけど」
 伊達に初等部から一緒にいるわけじゃないってことなのか、僕は慶史に隠し事はできない。しようと思っても、すぐに全部ばれてしまうから。
(あ。でも初めて会った時から慶史って鋭かったっけ)
 きっと幼馴染だからバレちゃうってわけじゃないよね。慶史だから気づくんだろうな。きっと。
 付き合いが長いから隠し事できないとか嘘がつけないとか言うんだったら、凪ちゃんも僕の嘘とか全部見抜いてることになってしまう。僕達は凪ちゃんが赤ちゃんの頃から知り合いだから。
 でも流石にそれはないって思う。凪ちゃんは純粋だから人の嘘とか気づかないと思うし。
(まぁそもそも凪ちゃんに嘘吐いたりしないけど)
 凪ちゃんに隠し事なんてしたことないし、嘘だって吐いたことない。だってそんなことをしたら凪ちゃんの信頼を失っちゃうしね。
「来須先輩とは何もない、か。……なら、何があった?」
「何かって何? 何でそう思うの?」
「何があったか聞いてるのは俺なんだからそんなの知らないよ。ただ、今朝いつもより遅かっただろ?」
 僕、何か変?
 そう尋ねたら慶史は「変だよ」って頷いた。そして、様子がおかしいと思った根源を教えてくれた。いつもの時間に正門に居なかった。って。
「今日は久々に来須先輩に『挨拶』しようと思って時間合わせて登校したのに二人ともいないしさー。仕方ないから廊下で待ってたらギリギリに登校してくるし、あんまり喋ってなかったし、喧嘩でもしたのかなー? って」
「え、慶史怖い」
 凄く僕達の事見てるね?!
 見張られてるみたいだよ。って思わず身を引いたら、慶史は眉を顰めてみせた。何かに気づいたように。
「葵、『何』があった?」
 さっきよりもトーンの下がった声に、真面目な表情。それに僕はすぐに分かった。慶史は昨日の放課後から今日の朝までの間に僕に『何か』が起こったって事に気が付いたって。
「その反応、葵らしくない」
 僕の反応が遅かったせいかな。慶史は『もうバレてるから隠しても無駄だからな』って言わんばかりに僕に詰め寄ってきた。
「いつもなら『虎君と喧嘩なんてしないよ!』って返事してるところだよ。今の」
「……今の、僕の真似?」
「そうだけど? 似てるだろ?」
 話を逸らすなって睨んでくる慶史に、僕は逸らしてないよって苦笑い。そして確かに昨日までの僕なら慶史の言葉にそう返してそうだって納得して笑えた。
 人は毎日成長してるって、誰かが言ってた。それは子供も大人も一緒で、誰一人昨日までの自分と同じ自分はいない。って。
(本当、その通りだ……)
 昨日までの僕は、もういない。
 それは当たり前のこと。でも、僕にはとても悲しい事……。
「実はね、昨日ちょっとショックなことがあったんだ……」
 僕をジッと見つめてくる慶史の視線から逃げるように俯くと、喋り始めた。どうして僕が昨日までの僕じゃないのか。
 他の人に聞かれても大丈夫なように所々ぼかして喋るけど、慶史は全部理解してくれてるみたい。顔がどんどん険しくなっていってるから。
(慶史、大丈夫かな……)
 喋りながらも意識を切り離そうと必死な僕は、女の子みたいに可愛い慶史の顔が殺人犯みたいな形相に変わってしまってるのを心配する。僕が喋るこの話が、慶史が持つ誰にも触れられたくない傷に塩を塗り込んでる気がして。
「なるほど、ね」
「びっくりした?」
 喋るとどうしても思い出してしまうから、結構掻い摘んで喋っちゃった気がする。それでも恐怖が蘇ってしまってるのか、机の上で組んでいた手には力が篭ってて、震えていた……。
 自分の為に、慶史の為に、僕は無理にでも明るく笑う。そしたら慶史は大きなため息を吐いて、「俺の前で強がってどうすんの」って呆れ顔を見せた。
「ごめん……」
「なんで葵が謝るんだよ。……って、そうさせたのは俺か」
 空笑いの謝罪の言葉に慶史は睨んでくる。でもすぐに「ごめん」ってキレイな髪を掻き乱して謝ってくる。
「葵、いいか。物静かな奴程ヤバいって言うけどその西って人はたぶん相当ヤバいし、見かけてももう絶対近づかない事! 約束できる?」
「あ、うん。それは大丈夫」
 そもそも二度と僕の前に姿を見せることはない。それが父さんが西さんと西さんの職場に出した警察沙汰にしない条件だから。
 心配してくれてありがとうってお礼を言いながらも笑うのは、僕の周りはやっぱり優しい人ばかりだと思ったから。
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