特別な人

鏡由良

文字の大きさ
60 / 552
特別な人

特別な人 第59話

しおりを挟む
「葵、悪いけどもうちょっと我慢できる?」
 恐怖に引き攣っているだろう僕の顔。慶史は苦笑交じりに「酷い顔」って僕の頭を撫でてきた。
(慶史……?)
 優しさのこもった表情に、嫌な予感がした。そして、その予感は的中してしまった。
「葵、体調悪いから保健室連れて行かせて。その後なら相手してやるから」
「! け、慶史っ……!」
 慶史は優しい顔から一転、感情が伺えない表情で軽音部の人たちに向き直った。葵相手に無理矢理する気なんて初めからないよな? って。
 静かな声で尋ねる慶史に、軽音部の人たちはお互いの顔を見合わせて肩を竦ませて見せた。
「俺は結構そのつもりだったけど、まぁ藤原がサービスしてくれるなら三谷は見逃してやってもいいぜ?」
 口を開いたのは、たぶんリーダー的存在の人。僕のつま先から嘗め回す様に嫌な視線を向けてくるその人に、僕は蛇に睨まれた蛙状態。こんな風に絡まれたことなんて今まで一度もなかったからどうしていいか分からなかった。
 でも、そんな僕を助けてくれるのはやっぱり慶史で、僕と軽音部の人たちの間に割って入ると、
「そっちの希望は全部叶えてやるって言ってるだろうが。やめろよ」
 約束できないなら、こっちにも考えがあるけど? って凄んだ。僕を守るために、慶史はこの人たちとしたくない事をしようとしてる。
(そんなの、絶対ダメっ……!)
 慶史が僕の事を守ってくれてるように、僕だって慶史の事を守りたい。
 だから、僕は慶史を止めるために手を伸ばしてその背中を掴んだ。でも……。
「大丈夫大丈夫。どうせやることなんていつもと変わんないし」
 慶史は笑って、一人でトイレ行って保健室で休んでるよう言ってくる。
 笑顔の慶史。そしてその後ろには、にやりと笑ってる軽音部の人たちの姿。僕は、『ダメだよ!』って、言いたいのに言えなかった……。
「藤原、早くしろよ。昼休み終わっちまうだろ?」
「お前何真面目ぶってんの? どうせ午後の授業出る気ないくせにマジうけるんだけど」
「あのなぁ、藤原への配慮だろ? 俺は、三谷が気を病まないようにしてやってんだよ。優しさよ、優しさ!」
「『優しさ』って、今からヤる気満々の男が何言ってんだか」
 ゲラゲラと笑う声は、凄く不快で、そして怖い。
 嫌な視線で見てくる三人に僕が身を強張らせていたら、一人が慶史の肩に腕を回して抱き寄せる。そして、僕に見せつける様に慶史の頬を舐めると、
「明日まで藤原借りるな? 三谷」
 って笑った。慶史は表情のない人形みたいな顔で「ここ廊下なんだけど」って不愉快を露わにする。
 でも慶史は「さっさと移動しよ」って三人を促す様に声を掛けると歩き出してしまって、僕は助けを求める様に周りを見た。
 視界には何人か入ったけど、誰もこちらを見ていない。『関わりたくない』ってことなんだろう。
 僕だって立場が逆なら絶対に見ないようにしてたと思うから、それを責めるつもりはない。でも、それでも誰か助けてって思ってしまうのは、慶史を守りたいから。
(どうしようっ……、また慶史が傷ついちゃうっ……)
 脳裏によぎるのは泣きじゃくる幼い慶史の姿。それはいつも笑ってる慶史が背負う心の傷跡。
(ダメ……、絶対、ダメっ……!)
 恐怖に呼吸が乱れてるって分かってる。でも、僕はこのまま慶史を行かせちゃダメだって勇気を振り絞った。
「慶史、まっ――――」
「オイ、お前ら何してんだよ」
 誰も助けてくれないなら、僕が慶史を助けないとっ!
 恐怖に震える身体を無視して慶史達を振り返った僕。でも、慶史を守るために発した言葉は別の声にかき消された。
「え、いた……」
「あぁ? なんだよ、結城」
 声の主を探して視線を巡らせたら、そこにいたのは瑛大だった。
 バスケ部のエースとして活躍してた瑛大は身長もあって体格もよくて、僕や慶史とは正反対の容姿をしてる。
 だから、睨みを利かす軽音部の人たちだけど、その表情からはさっきまでの余裕が感じられなかった。
「……藤原、何処行く気だ。昼休みはもうすぐ終わるぞ」
 威嚇する軽音部の人たちの視線も声も全部無視して歩み寄る瑛大は、そのまま慶史の腕を掴むと簡単に三人から慶史を奪い返してみせた。
 驚きが隠せない慶史は目を丸くして固まってる。でも、瑛大はそれも無視して慶史の腕を掴んだまま僕の方に歩いてきて……。
「あんまりこいつを甘やかすな。ってか、授業をサボらせるなんて論外だぞ」
「ご、ごめん……」
 僕の前に慶史を突き出すと「ちゃんと首輪で繋いどけ」って犬猫扱い。
 いつもならそれを窘めるところだけど、でも今はただただ感謝の言葉しか出てこなかった。
「ありがとうっ、瑛大」
「別に。たまたま通りかかっただけだ」
 まだ呆然としてる慶史を抱きしめて「よかった」って心の底から安堵する僕に、瑛大は購買で買ってきたであろうパンの入ったビニール袋を掲げて見せた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...