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特別な人
特別な人 第109話
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「分かった分かった。そうだな……。びっくりしたら案外すぐに止まるかもしれないぞ?」
「そんなこと言われてもびっくりすることなんてなーーー」
意思に反して流れる涙を止める方法を提案してくれる虎君だけど、びっくりすることってなに? って思ってしまう。
きっと虎君はびっくりさせようとしてくれるのかもしれないけど、びっくりさせられるって分かってるのにびっくりなんてしないよ?
なんて、数秒前まで思ってた。
でも、僕を見る虎君の目がいっそう優しげなものに変わったと思った次の瞬間、僕の頭は真っ白になってしまった。
だって虎君、僕のほっぺたを両手で包み込むと、そのまま顔を近づけてきたから……。
(な、なに? 虎君、なにする気なの……?)
時間にしたら数秒。長くても十数秒ぐらいだと思う。けど、僕にはとても長い時間のように感じた。
近づいてくる虎君の表情は優しい笑顔。でも、優しいだけじゃなくて、もっと色っぽい何かを感じて僕の心臓の鼓動はものすごく早くなる。
(なんで? なんでなんで? 何が起こってるの?)
近づいてくる虎君の顔が、何故か父さんが重なった。
二人の容姿は全然似てない。それなのに父さんを思い出してしまうのは、その眼差しと表情のせいだ。
そして父さんを思い出して、僕の頬は一気に高揚した。だって、僕が思い出した父さんの顔は、母さんの唇にキスを贈る時のそれだったから……。
(ち、違うよね……? キス、じゃないよね……?)
いつもの挨拶代わりのキスとは別の意味のキスを、まさか虎君は僕にしてくれるの?
どうして? とか、本気なの? とか、頭の中でいろんな疑問がぐちゃぐちゃになって、目が回りそう。
「と、とらくーーー」
落ち着いて!? って言いたかったのに、もう鼻の先が触れあいそうなほど近くなった距離に訳がわからなくなって僕は反射的にぎゅっと目を閉じた。
(唇へのキスは特別な人とじゃないとダメなのに)
いつか出会う虎君の『特別な人』のためにとっておかなくていいのかな……?
(ファーストキスが幼馴染みの涙を止めるためとか、絶対怒られちゃうよ……)
将来怒られても僕は知らないからって釘指しとかないと。
混乱しながらもそんなことを考えてたら、虎君がくすって笑った。目は閉じたままだったけど、空気でわかった。触れ合ってこそいないけど、虎君の熱を肌で感じるぐらい近い距離だから。
(なんで笑ったの……?)
すぐ傍に感じる虎君の息遣いにドキドキする。
でも、予想してたキスは唇には落ちてこなかった。
「ほら、止まった」
目尻に触れる指とは違うぬくもり。ちゅって音が聞こえて、それが虎君の唇だってわかった。
楽しそうな声にゆっくりと瞼を持ち上げたら、「びっくりしただろ?」って得意気な笑い顔が飛び込んできた。
「び、びっくりしたどころの騒ぎじゃないよっ……! 心臓止まりそうになったじゃないっ!!」
「ごめんごめん。でも、涙を止めてくれって言ったのは葵だろ?」
「そうだけど、もっと他にやり方あったでしょっ……!」
クスクスと笑う虎君に、絶対わざと意地悪なやり方を選んだでしょ? って怒ったら、虎君は心外だなってまた笑った。
「俺はいつだって真剣なのに」
「ならもっと悪いよ! もし僕が暴れたりしたら本当にキスしちゃってたかもしれないんだよ?」
真剣って言うなら、もっとちゃんと考えてよね!
僕が動かなかったからよかったものの……って唇を尖らせて不満を露にして見せたら、虎君は笑い顔を苦笑に変えて、嫌だった? って聞いてくる。
「嫌だったって言うか、虎君の『恋人』になる人に申し訳ないって思ったの!」
「! なんだそれ」
「だって、唇へのキスって特別なんだよ? 一番大切で大好きな人とじゃないとしちゃダメなんだよ?」
昔、僕がまだ幼かった頃、父さんが母さんに贈ったキスを見て僕にもしてほしいってねだったことがあった。母さんがすごく嬉しそうに笑っていたから。その時、父さんと母さんから教えてもらった。唇へのキスは、特別。だからいつか出会う特別な人のために残しておきなさい。って。
一緒にその話を聞いていた姉さんは父さん達を『ロマンチストなんだから』って笑ってた。けど、僕はそういうものなんだって納得したから、だから虎君にも同じように大切にしてほしいって思った。
「えーっと……、つまり、『俺のため』ってこと?」
「そうだよ。それ以外の理由、あるの?」
唇へのキスが如何に特別か説明したら、目を瞬かす虎君。何をそんなに驚いてるんだろう? って首をかしげて見せたら、「これだから天然は……」って咳払いをこぼした。
僅かに赤くなってるほっぺたに、照れてるってことだけはわかった。
「なんで照れてるの? 僕、変なこと言った?」
「変って言うか、誤解を生むって言うか……」
「? 何が?」
今の話で誤解が生まれるところってあったっけ?
虎君が何を言いたいのかわからなくて、説明してよってせっつく。けど、虎君は教えてくれない。
「そんなこと言われてもびっくりすることなんてなーーー」
意思に反して流れる涙を止める方法を提案してくれる虎君だけど、びっくりすることってなに? って思ってしまう。
きっと虎君はびっくりさせようとしてくれるのかもしれないけど、びっくりさせられるって分かってるのにびっくりなんてしないよ?
なんて、数秒前まで思ってた。
でも、僕を見る虎君の目がいっそう優しげなものに変わったと思った次の瞬間、僕の頭は真っ白になってしまった。
だって虎君、僕のほっぺたを両手で包み込むと、そのまま顔を近づけてきたから……。
(な、なに? 虎君、なにする気なの……?)
時間にしたら数秒。長くても十数秒ぐらいだと思う。けど、僕にはとても長い時間のように感じた。
近づいてくる虎君の表情は優しい笑顔。でも、優しいだけじゃなくて、もっと色っぽい何かを感じて僕の心臓の鼓動はものすごく早くなる。
(なんで? なんでなんで? 何が起こってるの?)
近づいてくる虎君の顔が、何故か父さんが重なった。
二人の容姿は全然似てない。それなのに父さんを思い出してしまうのは、その眼差しと表情のせいだ。
そして父さんを思い出して、僕の頬は一気に高揚した。だって、僕が思い出した父さんの顔は、母さんの唇にキスを贈る時のそれだったから……。
(ち、違うよね……? キス、じゃないよね……?)
いつもの挨拶代わりのキスとは別の意味のキスを、まさか虎君は僕にしてくれるの?
どうして? とか、本気なの? とか、頭の中でいろんな疑問がぐちゃぐちゃになって、目が回りそう。
「と、とらくーーー」
落ち着いて!? って言いたかったのに、もう鼻の先が触れあいそうなほど近くなった距離に訳がわからなくなって僕は反射的にぎゅっと目を閉じた。
(唇へのキスは特別な人とじゃないとダメなのに)
いつか出会う虎君の『特別な人』のためにとっておかなくていいのかな……?
(ファーストキスが幼馴染みの涙を止めるためとか、絶対怒られちゃうよ……)
将来怒られても僕は知らないからって釘指しとかないと。
混乱しながらもそんなことを考えてたら、虎君がくすって笑った。目は閉じたままだったけど、空気でわかった。触れ合ってこそいないけど、虎君の熱を肌で感じるぐらい近い距離だから。
(なんで笑ったの……?)
すぐ傍に感じる虎君の息遣いにドキドキする。
でも、予想してたキスは唇には落ちてこなかった。
「ほら、止まった」
目尻に触れる指とは違うぬくもり。ちゅって音が聞こえて、それが虎君の唇だってわかった。
楽しそうな声にゆっくりと瞼を持ち上げたら、「びっくりしただろ?」って得意気な笑い顔が飛び込んできた。
「び、びっくりしたどころの騒ぎじゃないよっ……! 心臓止まりそうになったじゃないっ!!」
「ごめんごめん。でも、涙を止めてくれって言ったのは葵だろ?」
「そうだけど、もっと他にやり方あったでしょっ……!」
クスクスと笑う虎君に、絶対わざと意地悪なやり方を選んだでしょ? って怒ったら、虎君は心外だなってまた笑った。
「俺はいつだって真剣なのに」
「ならもっと悪いよ! もし僕が暴れたりしたら本当にキスしちゃってたかもしれないんだよ?」
真剣って言うなら、もっとちゃんと考えてよね!
僕が動かなかったからよかったものの……って唇を尖らせて不満を露にして見せたら、虎君は笑い顔を苦笑に変えて、嫌だった? って聞いてくる。
「嫌だったって言うか、虎君の『恋人』になる人に申し訳ないって思ったの!」
「! なんだそれ」
「だって、唇へのキスって特別なんだよ? 一番大切で大好きな人とじゃないとしちゃダメなんだよ?」
昔、僕がまだ幼かった頃、父さんが母さんに贈ったキスを見て僕にもしてほしいってねだったことがあった。母さんがすごく嬉しそうに笑っていたから。その時、父さんと母さんから教えてもらった。唇へのキスは、特別。だからいつか出会う特別な人のために残しておきなさい。って。
一緒にその話を聞いていた姉さんは父さん達を『ロマンチストなんだから』って笑ってた。けど、僕はそういうものなんだって納得したから、だから虎君にも同じように大切にしてほしいって思った。
「えーっと……、つまり、『俺のため』ってこと?」
「そうだよ。それ以外の理由、あるの?」
唇へのキスが如何に特別か説明したら、目を瞬かす虎君。何をそんなに驚いてるんだろう? って首をかしげて見せたら、「これだから天然は……」って咳払いをこぼした。
僅かに赤くなってるほっぺたに、照れてるってことだけはわかった。
「なんで照れてるの? 僕、変なこと言った?」
「変って言うか、誤解を生むって言うか……」
「? 何が?」
今の話で誤解が生まれるところってあったっけ?
虎君が何を言いたいのかわからなくて、説明してよってせっつく。けど、虎君は教えてくれない。
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