特別な人

鏡由良

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特別な人

特別な人 第120話

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「……どうした?」
「虎君から、着信があって……。! かかってきたの、ついさっきだ!」
 思わず口から出た言葉に陽琥さんが「悪い知らせか?」って尋ねてきたから、僕は呆然としながらも答えを返す。
 でも、ディスプレイに表示された着信時間に驚いた。だって、本当、つい数分前だったから。
(なんで? この時間に電話って、なんで? ……! まさか虎君に何かあった?)
 いつもなら僕はとっくに眠ってる時間。そんな時間に虎君が電話をかけて来るなんて、今まで一度もなかった。
 それなのに電話をかけてきてるってことは、何か緊急事態が起こってるに決まってる。
 僕はそれまで頭を抱えるぐらい悩んでいた事が全部頭から抜け落ちて、虎君のことで頭がいっぱいになる。
「どうしよう陽琥さん、虎君に何かあったのかもしれない……」
「! 葵、何処行くんだ?」
「虎君の家。こんな時間に電話かけて来るなんて絶対何かあったんだよっ」
 携帯を握り締めたまま踵を返すと、僕は「虎君を助けなくちゃ……」ってうわ言を零して玄関へ急ぐ。
 早く虎君の傍に行かなくちゃ! って気持ちに反して、不安に足が震えて歩くのがやっと。でも、必死に足を踏ん張って前に進んだ。
 でも、あと少しで玄関へのドアに手が届きそうだと思った瞬間、ドアノブに伸ばした手は陽琥さんに掴まれてしまった。
「ひ、こさん……?」
「虎は無事だ。さっき俺が連絡したから連絡してきただけだ」
「! え……?」
 手を離してって抗おうとしたけど、抗う前に陽琥さんが発した言葉に僕の動きは止まった。
(今陽琥さん、『俺が連絡した』って言った? え? いつ?)
 頭が真っ白になりすぎて考える力が欠如したみたい。
 パニックになりそうだけど、何とか気持ちを落ち着けて思い返す。思い返して、さっき陽琥さんが携帯を触っていたのは仕事の為じゃなくて僕の為だったんだって理解した。
「なっ……、ひどいっ」
「悪かった。だが、一人じゃ解決しない事みたいだったから」
 僕が我慢してるのは分かってたくせに!
 そう責めたら、陽琥さんは分かってても問題解決のために最善の手段だと思ったからって困った顔をして見せる。
 陽琥さんはただ僕の心配をしてくれてるだけだし何も悪くないって分かってるのに、混乱してる僕は「でもっ!」って喰ってかかろうとしてしまう。きっとこのまま感情のまま陽琥さんを責めたら、また自分を嫌いになってたと思う。
 けど、口を開いた僕を止めるのは、手の中で震える携帯。そしてそのディスプレイに表示されるのは虎君の名前だった。
「……虎からだ」
「……うん……」
「早く出てやってくれ。極力不安を煽らないようにしたつもりだったが、全くの無駄だったみたいだしな」
 陽琥さんは僕の手を離すと、電話に出るよう促してくる。
 一体虎君に何を話したんだろうって思いながらも、虎君にこれ以上心配をかけたくないから、僕は促されるまま携帯のディスプレイをタップして電話に出た。
「もしも―――」
『葵、大丈夫か?』
 出るのが遅くなってごめん。って謝ろうと思ってたのに、虎君の慌てた声が僕の声を止めてしまう。
(あ、どうしよ……。泣きそう……)
 電話だから声しか聞こえない。でも、その声だけで虎君がどんな顔をしてるか分かってしまう。
 とても心配してるだろう虎君を想ったら、必死に我慢して圧し殺してた感情が溢れて目頭が熱くなった。
 でも今泣き出したら虎君の心配を余計煽るだけだ。だから僕は瞬きを繰り返して涙を引っ込めるよう努力する。
『葵? 葵、返事して?』
 反応を返せずにいたら虎君の声がいっそう焦りを帯びてしまって、僕は慌てて「大丈夫だよ」って声を出す。
 でもその声は涙声で、別の意味で虎君の心配を煽ってしまった。
『葵、何があったんだ?』
 虎君の声のトーンが変わって、喉の奥から絞り出すような声で僕が泣いてる理由を尋ねてくる。
 なんでもない。って答えないとダメだってことは頭ではわかってるし、そう答えるつもりだった。
 でも、虎君の声に、目に浮かぶ表情に、気づいたら僕は「どうしたらいいか分からないよぉ」って泣き言を溢してしまっていた。
『葵、落ち着いて? 後20分我慢できる? 今からそっち行くから』
「! ダメっ! 来ちゃだめ!!」
 電話越しに泣いたら虎君がこう言うってわかってたのに、なんで僕は我慢ができないんだろう。
 携帯の奥で聞こえる物音に虎君が本当に家を出る準備をしてるってわかるから、僕は大慌てでそれを止めた。絶対に来ちゃだめ! って。
『でもーーー』
「お願い、来ないで。……これ以上、僕、自分のこと嫌いになりたくないよ……」
 僕を心配してくれる虎君の声。
 すがりたい。甘えたい。って心が叫んでる。
 でも、心のままに行動したら、僕は絶対に今よりもずっと自分が嫌いになる。
 ほっぺたを濡らす涙を拭いながら訴える僕に、虎君は少し間をおいて『わかった』って言ってくれた。
 聞こえていた物音は途切れて、代わりに椅子を引く音が聞こえた。
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