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特別な人
特別な人 第122話
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『分かったよ……。傍に行きたいけど、我慢する』
「ありがとう、虎君」
『ああ、電話は切らないで。葵が眠るまで、話をしよう?』
僕の意思を尊重するって言ってくれる虎君。でも、僕が眠れるまでは電話を切りたくないって言ってこれは絶対に譲れないって言われた。
いつも僕よりも早起きな虎君だから、少しでも早く眠って欲しいって思う。でも絶対に折れない意思を含んだ言葉に、僕は涙を拭いながら笑った。
「虎君って本当に優しいね」
『優しいわけじゃないよ。……これは自分のためだからな』
虎君は僕にベッドに入るよう促してくる。携帯はスピーカーモードで枕元に置いて、眠くなったらいつでも寝落ちることができるように。って。
寝落ちする前にちゃんと電話は切るつもりの僕だったけど、虎君は僕が眠ったと確証が持てるまで今日は起きてるって言うから、どうやらそれに従うしかないみたい。
僕は虎君に言われるがまま布団に潜り込むと携帯をスピーカーモードにして枕元においた。
「聞こえる?」
『ああ、ちゃんと聞こえてる』
携帯から聞こえる虎君の声は、静かな部屋によく響いた。
僕は仰向けだった身体を横に向け、光を放つ携帯のディスプレイを見つめる。映像は繋いでいないから、僕が感じるのは虎君の声だけ。
でもさっきよりもずっとずっと心は穏やかで、不思議。
(なんでだろう……虎君にはまだ何も話してないし、虎君が傍にいるわけでもないのに……)
虎君に大事に想われてる。
そう実感したから、こんな風に安心できてるのかな……?
ぼんやりと携帯が発している光を眺めていれば、次の瞬間ディスプレイが消灯して真っ暗な世界が広がった。
いつもなら、明かりのない空間を怖いと感じたはず。みんなから小さな子供みたいだってからかわれるぐらい暗い場所が僕は苦手だから。
でも、何故か分からないけど、今から全然怖くなかった。それどころか、自分でも驚くほど穏やかな気持ちだった。
(虎君の声のおかげかな……。虎君が傍にいてくれてるみたい……)
「虎君ってすごいね……。声だけで僕のこと安心させちゃうんだもん……」
『そりゃ昔は俺が葵を寝かしつけてたからな』
「そうだね。昔から僕、母さんの子守唄よりも虎君の子守唄の方が好きだったなぁ……」
心にはまだ不安も焦りも存在してる。でも、虎君は僕がそれらに意識を落とさないように話をしてくれる。
楽しかった思い出やこれから二人でやりたいことをとりとめなく喋る虎君。僕はその声に相槌を返して、時折笑って、気がつけば意識が微睡みを覚えていた。
高ぶっていた心はいつしか穏やかに凪いでいて、虎君の優しい声に返す言葉は舌足らずなものになる。
虎君も僕が眠りにつきそうだってわかってるはず。でも、お喋りは終わらない。虎君は本当に僕が眠るまで僕を見守っててくれるつもりみたいだ。
『そういえば後一週間ちょっとで冬休みか。今年はクリスマスにバイト休むし、年末年始以外はバイト漬けだ』
「そー、なの……?」
『ああ。クリスマスもイブも休み申請したせいで恋人と別れたばっかりのリーダーにめちゃくちゃやっかまれてさ。恋人はいないって言っても信じてもらえなくて、シフト詰め込まれた』
酷い話だろ?
そう笑う虎君。僕は酷いって思うよりも先に、折角の冬休みにほとんど虎君に会えない事が寂しいと思った。
『葵は俺に会えないと寂しいって思ってくれるんだ?』
「う、ん……。とらくんに、あえないの……やだ……」
虎君と会わなかった日なんて今までなかったと思うし、会うのが僕の当たり前。それなのに会えないって言われたら、会いたいって思うに決まってる。
眠気に思考力が低下してる僕は、望むまま言葉を口にする。虎君は『バイト』なのに、『仕事』なのに、仕方がない事なのに、それでも僕は虎君に『会いたい』って……。
『そっか……。なら、何とかするよ。……俺も葵に会いたいしな』
「うれしぃ……」
虎君からもらった『会いたい』の言葉に、心がふわふわする。
僕を支配するのは心地よい浮遊感。
虎君が傍にいてくれるような、抱きしめてくれているような、そんな錯覚に陥った僕は驚くほど幸せな気持ちになった。
「とら、くん……」
『ん……? 何……?』
「ぼくね……いま、とらくんといっしょ……」
『! ……そうだな、一緒だな……』
枕に顔を埋めるように身を捩ったら、満たされる。虎君の匂いで。
(とらくん……)
昨日まで虎君がいてくれてたから、僕の傍にいてくれたから、虎君の匂いがするのは当然。だから、息を吸い込むと虎君で満たされるのも、当然……。
「ぼく、ね……、とらくんのにおい、だいすき……」
『そ、そう、なのか……?』
「いま、ね……とらくんにぎゅってされてるみたい……」
ようやくわかった。どうしてこんなに安心できているのか。どうしてこんなに穏やかな気持ちでいられるのか。そして、どうしてこんなに幸せで満たされているか……。
僕は今、虎君の匂いに包まれてるからこんなにも満たされているんだ……。
「ありがとう、虎君」
『ああ、電話は切らないで。葵が眠るまで、話をしよう?』
僕の意思を尊重するって言ってくれる虎君。でも、僕が眠れるまでは電話を切りたくないって言ってこれは絶対に譲れないって言われた。
いつも僕よりも早起きな虎君だから、少しでも早く眠って欲しいって思う。でも絶対に折れない意思を含んだ言葉に、僕は涙を拭いながら笑った。
「虎君って本当に優しいね」
『優しいわけじゃないよ。……これは自分のためだからな』
虎君は僕にベッドに入るよう促してくる。携帯はスピーカーモードで枕元に置いて、眠くなったらいつでも寝落ちることができるように。って。
寝落ちする前にちゃんと電話は切るつもりの僕だったけど、虎君は僕が眠ったと確証が持てるまで今日は起きてるって言うから、どうやらそれに従うしかないみたい。
僕は虎君に言われるがまま布団に潜り込むと携帯をスピーカーモードにして枕元においた。
「聞こえる?」
『ああ、ちゃんと聞こえてる』
携帯から聞こえる虎君の声は、静かな部屋によく響いた。
僕は仰向けだった身体を横に向け、光を放つ携帯のディスプレイを見つめる。映像は繋いでいないから、僕が感じるのは虎君の声だけ。
でもさっきよりもずっとずっと心は穏やかで、不思議。
(なんでだろう……虎君にはまだ何も話してないし、虎君が傍にいるわけでもないのに……)
虎君に大事に想われてる。
そう実感したから、こんな風に安心できてるのかな……?
ぼんやりと携帯が発している光を眺めていれば、次の瞬間ディスプレイが消灯して真っ暗な世界が広がった。
いつもなら、明かりのない空間を怖いと感じたはず。みんなから小さな子供みたいだってからかわれるぐらい暗い場所が僕は苦手だから。
でも、何故か分からないけど、今から全然怖くなかった。それどころか、自分でも驚くほど穏やかな気持ちだった。
(虎君の声のおかげかな……。虎君が傍にいてくれてるみたい……)
「虎君ってすごいね……。声だけで僕のこと安心させちゃうんだもん……」
『そりゃ昔は俺が葵を寝かしつけてたからな』
「そうだね。昔から僕、母さんの子守唄よりも虎君の子守唄の方が好きだったなぁ……」
心にはまだ不安も焦りも存在してる。でも、虎君は僕がそれらに意識を落とさないように話をしてくれる。
楽しかった思い出やこれから二人でやりたいことをとりとめなく喋る虎君。僕はその声に相槌を返して、時折笑って、気がつけば意識が微睡みを覚えていた。
高ぶっていた心はいつしか穏やかに凪いでいて、虎君の優しい声に返す言葉は舌足らずなものになる。
虎君も僕が眠りにつきそうだってわかってるはず。でも、お喋りは終わらない。虎君は本当に僕が眠るまで僕を見守っててくれるつもりみたいだ。
『そういえば後一週間ちょっとで冬休みか。今年はクリスマスにバイト休むし、年末年始以外はバイト漬けだ』
「そー、なの……?」
『ああ。クリスマスもイブも休み申請したせいで恋人と別れたばっかりのリーダーにめちゃくちゃやっかまれてさ。恋人はいないって言っても信じてもらえなくて、シフト詰め込まれた』
酷い話だろ?
そう笑う虎君。僕は酷いって思うよりも先に、折角の冬休みにほとんど虎君に会えない事が寂しいと思った。
『葵は俺に会えないと寂しいって思ってくれるんだ?』
「う、ん……。とらくんに、あえないの……やだ……」
虎君と会わなかった日なんて今までなかったと思うし、会うのが僕の当たり前。それなのに会えないって言われたら、会いたいって思うに決まってる。
眠気に思考力が低下してる僕は、望むまま言葉を口にする。虎君は『バイト』なのに、『仕事』なのに、仕方がない事なのに、それでも僕は虎君に『会いたい』って……。
『そっか……。なら、何とかするよ。……俺も葵に会いたいしな』
「うれしぃ……」
虎君からもらった『会いたい』の言葉に、心がふわふわする。
僕を支配するのは心地よい浮遊感。
虎君が傍にいてくれるような、抱きしめてくれているような、そんな錯覚に陥った僕は驚くほど幸せな気持ちになった。
「とら、くん……」
『ん……? 何……?』
「ぼくね……いま、とらくんといっしょ……」
『! ……そうだな、一緒だな……』
枕に顔を埋めるように身を捩ったら、満たされる。虎君の匂いで。
(とらくん……)
昨日まで虎君がいてくれてたから、僕の傍にいてくれたから、虎君の匂いがするのは当然。だから、息を吸い込むと虎君で満たされるのも、当然……。
「ぼく、ね……、とらくんのにおい、だいすき……」
『そ、そう、なのか……?』
「いま、ね……とらくんにぎゅってされてるみたい……」
ようやくわかった。どうしてこんなに安心できているのか。どうしてこんなに穏やかな気持ちでいられるのか。そして、どうしてこんなに幸せで満たされているか……。
僕は今、虎君の匂いに包まれてるからこんなにも満たされているんだ……。
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