特別な人

鏡由良

文字の大きさ
135 / 552
特別な人

特別な人 第134話

しおりを挟む
「えっと……、マジ、で……?」
 茂斗に嫌われるって絶望してた僕の耳に届く、声。
 ビックリしすぎて裏返ったその声に、僕はどう反応してももう無理だと諦めて何も言わず俯いた。
 次に返ってくる反応は、拒絶か罵倒か、どちらにしても辛いことには変わらない。
 僕はせめて虎君には言わないでと口止めだけはしないとと手を握り締めた。茂斗に嫌われてその上虎君までいなくなってしまったら、僕はもう生きていけないって思ったから。
 でも、恐怖と戦い覚悟する僕の耳に届いたのは、僕が想像した感情ではなかった。
「んだよ……。ビビらすなよ……」
「! えっ……?」
「俺はてっきり葵が凪のこと女として意識して俺に後ろめたさ感じてるのかと思ったんだけけど、そっちかぁー……。そっかそっか。よかった。あぁ、マジ焦った」
 安心したって笑いながら息を吐く茂斗は、その場にしゃがみこむと、それならそうと先に言ってくれってはっきり言わなかった僕に苦笑いを見せた。
 僕は茂斗のその反応が理解できなかった。
 僕を好きだと言った西さんには否定的だったのに、どうして男の人のーー虎君の夢を見て夢精した僕を否定しないの?
 茂斗をなんとか理解しようと思って色々理由を考えるんだけど、自分で考えておきながらどれも納得できる理由じゃなかった。
「なんで……?」
「ん? どうした?」
「なんで、そんな風に笑ってるの……? 僕、虎君のそういう夢を見てこんな……。僕、女の子じゃなくて、男の人をそういう意味で好きなんだよ……?」
 それなのに、どうしてそんな風に笑いかけてくれるのかに分からない。
 嫌悪されたわけでも、拒絶されたいわけでもない。ただ、どうして茂斗がそうしないのか、僕はその理由が知りたいだけ。
 僕の問いかけに、茂斗はまた驚いた顔をした。
「葵、お前もしかして、気づいてないわけ?」
「な、何を?」
「『何を』じゃなくて、葵は本当に『男』が好きなのか?」
 言いたいことが分からない。
 僕は虎君の夢を見て精通を迎えたのに、茂斗はどうして『男の人が好き』ってわかってくれないんだろう?
 思わず理解できないって顔をしてしまう僕。すると茂斗は僕を真っ直ぐ見つめると、はっきりした言葉で質問し直してくれた。
「お前が好きなのって、『男』じゃなくて、『虎』じゃねーの?」
「え……?」
 投げ掛けられた質問に、声を失う。だって、そんなこと、考えもしなかったから……。
 呆然とする僕に茂斗は苦笑を濃くすると、無自覚か。って僕の頭を叩く。
「まぁこれは俺の推測だけど、もしこれが他の誰かが相手だったら、葵は『幸せ』とか思わないんじゃねぇーの?」
 想像してみろよ? って茂斗が並べる名前は、自分を筆頭に幼馴染みの瑛大と親友の慶史。
 みんな僕にとって大事な人だし、大切な存在。でも、言われるがまま想像して、僕は気づいた。夢と全然違うってことに。
 誰が相手でも、気恥ずかしさを感じたり変な感じだとか思うだけで、『幸せ』じゃない。けど、その相手が虎君だったら? って想像すると、今度は逆に『幸せ』を感じる。『嬉しい』って感じる。
 それがどういうことか、何を意味するか、僕にだってはっきりと理解できた。
「……な? 葵は『虎が好き』なんだろ?」
 自分の気持ちは理解できたけど、でもだからどうしようって顔をあげたら、茂斗は僕に満面の笑みを見せて「よかったな」って言った。
「『よかった』って、どこが? 全然よくないよね?」
「なんで? 好きな奴できてよかったじゃん。葵、俺のこと羨ましいって言ってただろ?」
 なにも解決してないし、むしろ状況は悪くなってる。虎君も茂斗と同じで男同士の恋愛には否定的なんだから。
 僕は振られるってわかってるのになんで『よかった』なんて無責任に言ってくるんだと茂斗を睨んだ。
「確かに僕は『好きな人』ができたらいいなって思ってたけど、でも想いを伝えられない『好き』は辛いだけだよ!」
「なんで伝えられないんだよ? 言えばいいじゃん?」
「言えるわけないでしょっ! 虎君、西さんのこと軽蔑してたんだよ!?」
 拒絶されるってわかってるのに想いを伝えられるわけがない。想いを伝えて虎君に嫌われたら、僕は本当にどうかなってしまいそうだから。
 だから言えないって声を荒げる僕に、茂斗は顔をしかめて「なんで西がでてくんの?」って聞いてくる。今あいつの話はしてないよな? って。
「だ、だから、西さん、男の僕のこと、好きだって……。それで、虎君は凄く嫌がってたし……。茂斗だって『男が好きとか聞いてない』って前怒ってたし……」
「なんだその勘違い。俺も虎も、別に西が『男が好き』だからキレたわけじゃねぇーぞ? あいつが『犯罪者』で葵が『被害者』だからキレただけだぞ!?」
 僕の言葉に茂斗が声を荒げて反論してくる。俺達は同性が好きだからって差別したりしない。って。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

処理中です...