特別な人

鏡由良

文字の大きさ
152 / 552
特別な人

特別な人 第151話

しおりを挟む
 終業式が終わって今から始まるのは冬休み。待ちに待った2週間以上もある連休に、クラスのみんなは大喜びで休み中の予定を喋っていた。
 夏休みと違ってクリスマスや年越し等イベントがたった2週間の中に詰まっている冬休みは、この後市内で行われる三校合同のクリスマスパーティーが終わったらそのまま実家に帰るという人が大多数だ。
 だから、週末のクリスマスにかけて寮でパーティーをすると言っていた慶史達と数名を除いて寮には人が居なくなるらしいから、悠栖はやりたい放題だと悪い顔をしていた。
「そっか。朋喜も今回は家に帰らないんだ?」
 正門前で忘れ物を取りに一度寮に戻った慶史と悠栖を待ちながら、この冬休みは実家に帰らないと言った朋喜に話を振る僕。
 朋喜は僕の質問に、流石にね。と苦笑いを返してきた。
「うちは本家だから遅くともお正月には結婚の報告に来るだろうし、諦めるって決めたけどやっぱりまだ好きだし、二人の幸せそうな姿とか見たくないしね」
 力無く笑う朋喜は、冬休みに家に帰らないなんて初めてだから連絡をいれた時に母親から『何かあったのか』としつこく聞かれたらしい。
 僕は遠慮がちに本当のことを話したのかと尋ねてみる。すると「まさか」と笑われた。『好きな人が従姉妹のお姉さんと結婚するから』なんて理由は口が裂けても言えないよ。と。
「そ、うだよね……。言えないよね……」
「うん。言ったら幸せ真っ只中の二人は気にするだろうし、僕も余計に惨めになるし」
 同情されたくない。憐れまれたくない。
 そう言って笑う朋喜は、この恋心を隠したことは一度もなかったけれど、でも誰も本気だと思ってなかったからって言う。
 朋喜の家の人達は、朋喜の『想い』を『憧れ』だと勘違いしているらしい。だから、きっと本当のことを告げても『大好きなお兄ちゃんを取られて拗ねているだけだ』と思われるだけだろうことは想像できる。って。
 笑顔を絶やさない朋喜は、「だから言わなくて良いの」と僕を見る。僕は、うまく笑い返せてるかな……。
「でも本当、慶史君のおかげで助かった。自分で決めたことだけど、やっぱりお正月に寮に一人きりとか寂しいし!」
「! そうだよね」
「うん。……まぁ慶史君からは『静かな時間を邪魔される』って邪険にされちゃったけど、そこは我慢してもらう」
 極力怒らせないように頑張ると言う朋喜の言葉に、僕が返すのは苦笑い。
 寮の方が居心地が良いとほとんど家に帰らない生徒ですら、実家に帰省する年末年始。でも、慶史はその年末年始にすら実家に帰ることはない。慶史は、寮に一人だけになっても絶対に実家に帰ろうとはしなかった。
 特別休暇の間は寮を閉めたい管理人さんに頼み込んでまで寮に残っていた慶史に、周りは勝手に憶測を広げていろんな噂を口にしていた。でも、それが3年も続けば当たり前のことになっていて、今では慶史が寮にいるのは当然のことになっていたから、僕はそれがせめてもの救いだと思う。
 朋喜は、今回それに救われたと笑っている。
 僕は朋喜の笑顔にほっぺたの筋肉を持ち上げて笑顔を作って笑い返しながらも、家に帰ることのできない慶史が今年は一人で年を越さなくてすんでよかったと思った……。
「……葵君は頑張ってね?」
「! うん。信じてもらえるように頑張って伝えるつもり」
 想いに応えて欲しい。なんて、わがままは言わない。でも、想いを認めて欲しいとは願ってしまう。
「ちゃんと自分が納得するまで認めたくないし」
「そうだね。葵君には僕の分まで頑張ってもらわないと!」
 そしてできれば僕の分まで幸せになってね。
 そう言って笑う朋喜に僕は苦笑いを濃くして、自分の分の幸せは自分のためにとっておいてよって返してしまう。
 今はまだ無理かもしれないけど、朋喜もいつかまた別の恋をするだろう。その時のために『朋喜の幸せ』はとっておいて欲しい。
「葵君って本当、真面目で可愛いよね。そんなに真面目だと、悪い人に騙されちゃうよ?」
「え? なんで?」
 不幸を装って人を騙そうとする人は山ほどいるから気を付けてと言われ、僕は反応を間違えたのかと焦ってしまう。
 おろおろする僕と、そんな僕を見て笑っている朋喜。
 するとそこにようやく慶史と悠栖が戻ってきた。
 2人の姿に僕が話題を変えられると喜んだのも束の間、僕達を見つけるなり慶史はその綺麗な瞳をスッと細めて睨んできた。
(あ、慶史、怒ってる……?)
「朋喜、また葵のこと苛めてるの?」
「! 苛められてないよ!?」
「酷いなぁ。僕、最近慶史君に怒られてばっかりな気がするよ?」
 慶史が睨んでいたのはどうやら朋喜だけのようで、僕が朋喜に苛められて困っていると勘違いしたみたい。
 怒気を含んだ声に僕が止めに入るも、朋喜は苦笑しながらも傷ついた顔をしていて胸がチクッと痛んだ。
「なんか、マモも大変だな……。狂犬みたいな保護者が2人もいて……」
「ちょっと悠栖、聞こえてるよ」
 喧嘩をするわけじゃないけどあまり良い雰囲気じゃない慶史と朋喜にどうしたら良いか戸惑っていたら、悠栖は放っておいていいぞと僕の肩を叩いた。僕に好きな人ができて機嫌が悪いだけだから。って。
 すると慶史は悠栖のことも睨み付けてきて、そのらしくない様子に流石に心配になってしまう。
「慶史、どうしたの? 最近ずっとイライラしてるよね……?」
「! イライラなんてしてないっ!」
「嘘つけ。ここ一週間、明らかに『素行』の悪さが増してるだろうが。昨日も一体何人部屋に連れこーーー」
「それ以上喋ったらどうなるか分かってる?」
 あからさまな嘘をつく慶史に悠栖は呆れたと言いたげに息を吐く。
 でも、慶史はそんな悠栖の言葉を遮るように悠栖の頭を鷲掴むと、僕の目から見ても分かるほどその手に力を籠めて悠栖の頭を締め上げた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

処理中です...