特別な人

鏡由良

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特別な人

特別な人 第171話

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 パーティーの会場から出て慶史達の姿を探して辺りを見渡すも、慶史も悠栖も朋喜もどうやら近くにはいないみたいだ。
 フロアに居ないだけでロビーか何処かにはいるはず。だって三人が僕に一言もなくホテルから出ていくとは思えないから。
 僕はグループチャットで何処にいるのか聞こうと携帯に手を伸ばす。とその時、隣から虎君の短い声が聞こえた。
「虎君? どうしたの?」
 僕は視線を虎君へと向け、尋ねる。驚きを含んだような声はどうして? と。
「! あ、いや、なんでもないよ」
「え? でも今何かあったんでしょ?」
「なんでもないよ。本当、なんでもない」
 絶対に何かあったって食い下がる僕だけど、虎君は何もないからって僕の手を引いてその場を離れようとする。藤原達を探そう。って。
 それが凄く不自然で、僕は虎君が驚いた『何か』がこの場にあるに違いないって足を止め、もう一度フロアを見渡した。
 虎君は僕の名前を呼んで早く行こうと手を引いてくる。その手はいつもよりもずっと強引で、痛い。
 今まで虎君からこんな風に力任せに扱われたことなんてなかった。だから、この『初めて』は僕の胸をざわつかせるには十分なものだった。
(何……? 何が起こってるの……?)
 さっきまで喜びに満ちて穏やかだった心がゆっくりと荒れだしているように感じた。
 僕は声を荒げ、説明を求めて虎君の名を呼ぼうとした。
 でも―――。
「とらく――――」
「! 静かにっ」
 僕の声量に驚いたのか、虎君は慌てて僕の口を塞いできた。口元に押し付けられた掌からは『優しさ』を感じられない……。
(なんで……? どうして……?)
 さっきまで感じていた虎君の『想い』が、今また分からなくなる。僕達は同じ想いのはずなのに、どうしてこんな風に感じるのか分からない……。
 吹き出してくるのは不安と疑心。
 僕は消えたはずの感情が自分を飲み込んでいくのを感じながら、混み上がってくる熱いものを耐えて虎君を見つめる。
 きっとその目は潤んでしまっていたのだろう。虎君は慌てて僕から手を放し、謝ってきたから。
「ご、ごめん、葵っ」
 我に返ったような振る舞いに、心臓が締め付けられる。だって虎君の動揺が手に取るように分かるから……。
(なんで抱きしめてくれないの……? いつもみたいに、どうして……?)
 僕が知ってる虎君なら、こんな時はいつもまず僕の心を優先してくれたはず。僕が取り乱したら、何よりも先に抱きしめて僕を宥めてくれたはず。
 でも、今僕の目の前にいる虎君は何故か周囲を気にするように辺りを警戒していて……。
 僕は涙を堪え、虎君から平静を奪う『何か』を知りたいと思った。思って、虎君が気にしている方向へと視線を巡らせた。そしてそこで見たものは、予想外の人物だった。
「……姉さん……?」
 思わず声が出てしまった。
 でも、それは仕方ないこと。だってそこには、たくさんの人がいるホテルの一角には、一際目立つ一人の女の人の姿が、姉さんの姿があったから……。
(なんで姉さんがここに……?)
 ドレスアップした姉さんは此方に気づいていない様子で、遠目から見ても浮かれているような感じがした。
 僕はそんな姉さんの姿に状況を理解するどころか混乱を深めてしまい、思わず説明を求めるように虎君へと視線を向けた。虎君は、頭を抱え困った様子だった。
「虎君……? どうしたの……?」
「! いや、なんでもないよ。……それより、早く藤原達と合流しよう?」
 虎君の様子が心配で、姉さんの事を一瞬忘れた。でも虎君は僕の心配を余所に、笑って慶史達を探そうって言ってくる。姉さんのことをはぐらかしたいんだって、すぐに分かった。
 僕が反応できずにいたら、虎君は僕を促す様に手を差し出してきた。『行こう』ってことみたい。
 でも僕はその手を取ることができない。だって、不自然すぎるから……。
「……葵?」
「姉さん……」
 どうしたの? って聞きたげな虎君に、その質問は僕がしたいものだと思った。
 説明を求めるように言葉を零したら、虎君は最初、聞こえない振りをした。でも僕がもう一度姉さんが何故ここにいるのか尋ねたら、虎君ははぐらかせないと悟ったのか場所を移して話そうって言ってきた。
 はぐらかせるつもりだと思った。でも、虎君は「桔梗に見えないところまで」って苦笑いを見せた。
(どういうこと? 全然分かんない……。僕、虎君の考えてる事、全然わからないよ……)
 今までこんなことなかった。こんな風に、虎君のことが全く分からないなんてことなかった……。
 確かに、今までも分からないところとか理解できないところはあったけど、でも、こんな風に、何も分からないなんてことなかった……。
(虎君、何を考えてるの……?)
 どうかお願いだから、隠し事、しないで……。
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