172 / 552
特別な人
特別な人 第171話
しおりを挟む
パーティーの会場から出て慶史達の姿を探して辺りを見渡すも、慶史も悠栖も朋喜もどうやら近くにはいないみたいだ。
フロアに居ないだけでロビーか何処かにはいるはず。だって三人が僕に一言もなくホテルから出ていくとは思えないから。
僕はグループチャットで何処にいるのか聞こうと携帯に手を伸ばす。とその時、隣から虎君の短い声が聞こえた。
「虎君? どうしたの?」
僕は視線を虎君へと向け、尋ねる。驚きを含んだような声はどうして? と。
「! あ、いや、なんでもないよ」
「え? でも今何かあったんでしょ?」
「なんでもないよ。本当、なんでもない」
絶対に何かあったって食い下がる僕だけど、虎君は何もないからって僕の手を引いてその場を離れようとする。藤原達を探そう。って。
それが凄く不自然で、僕は虎君が驚いた『何か』がこの場にあるに違いないって足を止め、もう一度フロアを見渡した。
虎君は僕の名前を呼んで早く行こうと手を引いてくる。その手はいつもよりもずっと強引で、痛い。
今まで虎君からこんな風に力任せに扱われたことなんてなかった。だから、この『初めて』は僕の胸をざわつかせるには十分なものだった。
(何……? 何が起こってるの……?)
さっきまで喜びに満ちて穏やかだった心がゆっくりと荒れだしているように感じた。
僕は声を荒げ、説明を求めて虎君の名を呼ぼうとした。
でも―――。
「とらく――――」
「! 静かにっ」
僕の声量に驚いたのか、虎君は慌てて僕の口を塞いできた。口元に押し付けられた掌からは『優しさ』を感じられない……。
(なんで……? どうして……?)
さっきまで感じていた虎君の『想い』が、今また分からなくなる。僕達は同じ想いのはずなのに、どうしてこんな風に感じるのか分からない……。
吹き出してくるのは不安と疑心。
僕は消えたはずの感情が自分を飲み込んでいくのを感じながら、混み上がってくる熱いものを耐えて虎君を見つめる。
きっとその目は潤んでしまっていたのだろう。虎君は慌てて僕から手を放し、謝ってきたから。
「ご、ごめん、葵っ」
我に返ったような振る舞いに、心臓が締め付けられる。だって虎君の動揺が手に取るように分かるから……。
(なんで抱きしめてくれないの……? いつもみたいに、どうして……?)
僕が知ってる虎君なら、こんな時はいつもまず僕の心を優先してくれたはず。僕が取り乱したら、何よりも先に抱きしめて僕を宥めてくれたはず。
でも、今僕の目の前にいる虎君は何故か周囲を気にするように辺りを警戒していて……。
僕は涙を堪え、虎君から平静を奪う『何か』を知りたいと思った。思って、虎君が気にしている方向へと視線を巡らせた。そしてそこで見たものは、予想外の人物だった。
「……姉さん……?」
思わず声が出てしまった。
でも、それは仕方ないこと。だってそこには、たくさんの人がいるホテルの一角には、一際目立つ一人の女の人の姿が、姉さんの姿があったから……。
(なんで姉さんがここに……?)
ドレスアップした姉さんは此方に気づいていない様子で、遠目から見ても浮かれているような感じがした。
僕はそんな姉さんの姿に状況を理解するどころか混乱を深めてしまい、思わず説明を求めるように虎君へと視線を向けた。虎君は、頭を抱え困った様子だった。
「虎君……? どうしたの……?」
「! いや、なんでもないよ。……それより、早く藤原達と合流しよう?」
虎君の様子が心配で、姉さんの事を一瞬忘れた。でも虎君は僕の心配を余所に、笑って慶史達を探そうって言ってくる。姉さんのことをはぐらかしたいんだって、すぐに分かった。
僕が反応できずにいたら、虎君は僕を促す様に手を差し出してきた。『行こう』ってことみたい。
でも僕はその手を取ることができない。だって、不自然すぎるから……。
「……葵?」
「姉さん……」
どうしたの? って聞きたげな虎君に、その質問は僕がしたいものだと思った。
説明を求めるように言葉を零したら、虎君は最初、聞こえない振りをした。でも僕がもう一度姉さんが何故ここにいるのか尋ねたら、虎君ははぐらかせないと悟ったのか場所を移して話そうって言ってきた。
はぐらかせるつもりだと思った。でも、虎君は「桔梗に見えないところまで」って苦笑いを見せた。
(どういうこと? 全然分かんない……。僕、虎君の考えてる事、全然わからないよ……)
今までこんなことなかった。こんな風に、虎君のことが全く分からないなんてことなかった……。
確かに、今までも分からないところとか理解できないところはあったけど、でも、こんな風に、何も分からないなんてことなかった……。
(虎君、何を考えてるの……?)
どうかお願いだから、隠し事、しないで……。
フロアに居ないだけでロビーか何処かにはいるはず。だって三人が僕に一言もなくホテルから出ていくとは思えないから。
僕はグループチャットで何処にいるのか聞こうと携帯に手を伸ばす。とその時、隣から虎君の短い声が聞こえた。
「虎君? どうしたの?」
僕は視線を虎君へと向け、尋ねる。驚きを含んだような声はどうして? と。
「! あ、いや、なんでもないよ」
「え? でも今何かあったんでしょ?」
「なんでもないよ。本当、なんでもない」
絶対に何かあったって食い下がる僕だけど、虎君は何もないからって僕の手を引いてその場を離れようとする。藤原達を探そう。って。
それが凄く不自然で、僕は虎君が驚いた『何か』がこの場にあるに違いないって足を止め、もう一度フロアを見渡した。
虎君は僕の名前を呼んで早く行こうと手を引いてくる。その手はいつもよりもずっと強引で、痛い。
今まで虎君からこんな風に力任せに扱われたことなんてなかった。だから、この『初めて』は僕の胸をざわつかせるには十分なものだった。
(何……? 何が起こってるの……?)
さっきまで喜びに満ちて穏やかだった心がゆっくりと荒れだしているように感じた。
僕は声を荒げ、説明を求めて虎君の名を呼ぼうとした。
でも―――。
「とらく――――」
「! 静かにっ」
僕の声量に驚いたのか、虎君は慌てて僕の口を塞いできた。口元に押し付けられた掌からは『優しさ』を感じられない……。
(なんで……? どうして……?)
さっきまで感じていた虎君の『想い』が、今また分からなくなる。僕達は同じ想いのはずなのに、どうしてこんな風に感じるのか分からない……。
吹き出してくるのは不安と疑心。
僕は消えたはずの感情が自分を飲み込んでいくのを感じながら、混み上がってくる熱いものを耐えて虎君を見つめる。
きっとその目は潤んでしまっていたのだろう。虎君は慌てて僕から手を放し、謝ってきたから。
「ご、ごめん、葵っ」
我に返ったような振る舞いに、心臓が締め付けられる。だって虎君の動揺が手に取るように分かるから……。
(なんで抱きしめてくれないの……? いつもみたいに、どうして……?)
僕が知ってる虎君なら、こんな時はいつもまず僕の心を優先してくれたはず。僕が取り乱したら、何よりも先に抱きしめて僕を宥めてくれたはず。
でも、今僕の目の前にいる虎君は何故か周囲を気にするように辺りを警戒していて……。
僕は涙を堪え、虎君から平静を奪う『何か』を知りたいと思った。思って、虎君が気にしている方向へと視線を巡らせた。そしてそこで見たものは、予想外の人物だった。
「……姉さん……?」
思わず声が出てしまった。
でも、それは仕方ないこと。だってそこには、たくさんの人がいるホテルの一角には、一際目立つ一人の女の人の姿が、姉さんの姿があったから……。
(なんで姉さんがここに……?)
ドレスアップした姉さんは此方に気づいていない様子で、遠目から見ても浮かれているような感じがした。
僕はそんな姉さんの姿に状況を理解するどころか混乱を深めてしまい、思わず説明を求めるように虎君へと視線を向けた。虎君は、頭を抱え困った様子だった。
「虎君……? どうしたの……?」
「! いや、なんでもないよ。……それより、早く藤原達と合流しよう?」
虎君の様子が心配で、姉さんの事を一瞬忘れた。でも虎君は僕の心配を余所に、笑って慶史達を探そうって言ってくる。姉さんのことをはぐらかしたいんだって、すぐに分かった。
僕が反応できずにいたら、虎君は僕を促す様に手を差し出してきた。『行こう』ってことみたい。
でも僕はその手を取ることができない。だって、不自然すぎるから……。
「……葵?」
「姉さん……」
どうしたの? って聞きたげな虎君に、その質問は僕がしたいものだと思った。
説明を求めるように言葉を零したら、虎君は最初、聞こえない振りをした。でも僕がもう一度姉さんが何故ここにいるのか尋ねたら、虎君ははぐらかせないと悟ったのか場所を移して話そうって言ってきた。
はぐらかせるつもりだと思った。でも、虎君は「桔梗に見えないところまで」って苦笑いを見せた。
(どういうこと? 全然分かんない……。僕、虎君の考えてる事、全然わからないよ……)
今までこんなことなかった。こんな風に、虎君のことが全く分からないなんてことなかった……。
確かに、今までも分からないところとか理解できないところはあったけど、でも、こんな風に、何も分からないなんてことなかった……。
(虎君、何を考えてるの……?)
どうかお願いだから、隠し事、しないで……。
0
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい
日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。
たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡
そんなお話。
【攻め】
雨宮千冬(あめみや・ちふゆ)
大学1年。法学部。
淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。
甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。
【受け】
睦月伊織(むつき・いおり)
大学2年。工学部。
黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。
リンドグレーン大佐の提案
高菜あやめ
BL
軍事国家ロイシュベルタの下級士官テオドアは、軍司令部のカリスマ軍師リンドグレーン大佐から持ちかけられた『ある提案』に応じ、一晩その身をゆだねる。
一夜限りの関係かと思いきや、大佐はそれ以降も執拗に彼に構い続け、次第に独占欲をあらわにしていく。
叩き上げの下士官と、支配欲を隠さない上官。上下関係から始まる、甘くて苛烈な攻防戦。
【支配系美形攻×出世欲強めな流され系受】
ずっと好きだった幼馴染の結婚式に出席する話
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる