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特別な人
特別な人 第174話
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車の窓を流れる景色を眺めながら、僕はパーティー会場を出てから今この瞬間までの記憶があやふやだと思った。
目に入る風景に恐らく僕の家に向かっていることは分かる。でも、慶史達を寮に送って行ったっけ? と視線だけサイドミラーに向けてしまう位に意識は曖昧だった。
(後ろに誰も居ない……)
僕はあの後、慶史達と合流できたんだっけ?
合流して三人をちゃんと寮まで送って行ったっけ?
ぼんやりと断片的な記憶を手繰り寄せ、薄靄のかかった十数分前の出来事を反芻する。
すると、後部座席でパーティーの余韻に騒いでいた友達の笑い声が脳内に響いた。
会話の内容も笑い顔も全然思い出せないけど、きっとこれはホテルから寮に向かう車中の出来事だと思う。
僅かな記憶は一貫性が無くて、ツギハギした映画のフィルムみたいだ。
僕はすぐにエンドロールを迎えた記憶に瞳を閉ざし、慶史達に不審がられてないか少しだけ心配になった。
(僕、ちゃんと相槌を返してたよね……? 大丈夫、だったよね……?)
反芻した記憶には自分の笑い声も入っていたし、軽口だってそうだ。
だからきっと大丈夫。僕は変な態度はとっていないはず。たとえ自分が何を喋ったか覚えていなくとも。
(……何も考えたくない……)
あやふやだった記憶を辿っていれば、それは徐々に鮮明になる。
僕は胸に重く圧し掛かる何かを感じて直ぐに考えることを止めた。
きっとこの瞬間の記憶も数分後にはあやふやになる気がすると思いながらゆっくりと瞼を持ち上げ、意識を逸らすために景色を眺めた。
と、心地よい揺れを感じていればそれがピタッと止まる。まだ家に着いてないからきっと信号に捕まったんだろう。
僕は考えることを拒否した頭で再び車が走り出すのを待った。
「……葵、起きてる?」
耳に届く遠慮がちな虎君の声。僕は寝た振りをしてやり過ごそうと思った。虎君の声をどうしても聞きたくなくて。
(ごめんね……虎君……)
窓越しに起きていることを悟られないように目を閉ざす僕は、放っておいて欲しいけど気づいてほしいという相反する気持ちに自分の心が分からなくなる。
もう一度僕を呼ぶ虎君の声にギュっと目を瞑ると、ため息交じりに「寝ちゃったか」と言葉が零された。
よかった。これで放っておいてもらえる。
そう安堵すると、再び走り出す車に身体を揺られながら閉ざしていた目を開いた。
冬真っ只中ということもあって、日の入りは早い。夏場ならまだ明るいだろう空は漆黒の闇に閉ざされていて、まるで自分の行く末を暗示しているようだと感じて泣きたくなった。
(姉さん、もう帰ってるのかな……)
願わくばまだ帰宅していないで欲しい。欲を言うなら、僕が眠るまで帰ってこないで欲しい。
今日逃げたところで家族だから翌朝には顔を合わせると分かってる。分かってるけど、逃げずに向き合おうとはどうしても思えなかった。
問題を先送りにしているだけだと理解していても、どうしても真実を知りたくなかった……。
限りなく真実に近い答えに辿り着いてしまった僕は、ほんの僅かな可能性に縋るしかない。いつかは向き合わなくちゃダメだって事は分かってるけど、今はまだ夢を見ていたい……。
(なんで『今日』なんだろ……。もっと前に、虎君を好きになる前に知りたかったよ……)
涙が零れそうだと目を閉じれば、瞼に浮かぶのは虎君と姉さんの姿。二人は今の姿のまま昔のように笑い合っていて、とてもお似合いだと思う。
誰の目から見ても文句なしの美男美女カップル。僕はそれを羨ましいと思うよりも先に、慈しむ虎君の眼差しを受け取る姉さんを憎いと思ってしまった。
(虎君の隣は僕の場所なのに……)
今はまだ、僕の場所。でも姉さんが望めば、此処は瞬く間に姉さんのものになるだろう。
それが堪らなく辛くて、僕は姉さんが好きな人と上手くいけばいいのにと思った。
(やだな……。僕、こんな嫌な人間だったんだ……)
知りたくなかったと額を窓に押し付ける。
姉さんの恋が成就することを願うものの、姉さんの幸せを願う気持ちはこれっぽっちも湧いてこない。
大好きな姉さん。大好きな家族。それなのに、僕はどうして―――。
(苦しい……)
自覚してしまった虎君への想いはもう引き返せない程大きくなっていたようだ。
どうすれば楽になるのか分からなくて、ただ堪えるしかない現実に絶望を覚えた。
(早く一人になりたい。一人になって、思い切り泣きたい……)
込み上げてくる熱いモノを耐え、虎君に気づかれないように息を吐く。
ちっとも楽にならない心は鉛のように重く、永遠に浮上できない気がした。
でも、それはあながち間違いじゃないかもしれない。
僕の心を浮上させるためには、虎君への想いを断ち切るしかないのだから。
目に入る風景に恐らく僕の家に向かっていることは分かる。でも、慶史達を寮に送って行ったっけ? と視線だけサイドミラーに向けてしまう位に意識は曖昧だった。
(後ろに誰も居ない……)
僕はあの後、慶史達と合流できたんだっけ?
合流して三人をちゃんと寮まで送って行ったっけ?
ぼんやりと断片的な記憶を手繰り寄せ、薄靄のかかった十数分前の出来事を反芻する。
すると、後部座席でパーティーの余韻に騒いでいた友達の笑い声が脳内に響いた。
会話の内容も笑い顔も全然思い出せないけど、きっとこれはホテルから寮に向かう車中の出来事だと思う。
僅かな記憶は一貫性が無くて、ツギハギした映画のフィルムみたいだ。
僕はすぐにエンドロールを迎えた記憶に瞳を閉ざし、慶史達に不審がられてないか少しだけ心配になった。
(僕、ちゃんと相槌を返してたよね……? 大丈夫、だったよね……?)
反芻した記憶には自分の笑い声も入っていたし、軽口だってそうだ。
だからきっと大丈夫。僕は変な態度はとっていないはず。たとえ自分が何を喋ったか覚えていなくとも。
(……何も考えたくない……)
あやふやだった記憶を辿っていれば、それは徐々に鮮明になる。
僕は胸に重く圧し掛かる何かを感じて直ぐに考えることを止めた。
きっとこの瞬間の記憶も数分後にはあやふやになる気がすると思いながらゆっくりと瞼を持ち上げ、意識を逸らすために景色を眺めた。
と、心地よい揺れを感じていればそれがピタッと止まる。まだ家に着いてないからきっと信号に捕まったんだろう。
僕は考えることを拒否した頭で再び車が走り出すのを待った。
「……葵、起きてる?」
耳に届く遠慮がちな虎君の声。僕は寝た振りをしてやり過ごそうと思った。虎君の声をどうしても聞きたくなくて。
(ごめんね……虎君……)
窓越しに起きていることを悟られないように目を閉ざす僕は、放っておいて欲しいけど気づいてほしいという相反する気持ちに自分の心が分からなくなる。
もう一度僕を呼ぶ虎君の声にギュっと目を瞑ると、ため息交じりに「寝ちゃったか」と言葉が零された。
よかった。これで放っておいてもらえる。
そう安堵すると、再び走り出す車に身体を揺られながら閉ざしていた目を開いた。
冬真っ只中ということもあって、日の入りは早い。夏場ならまだ明るいだろう空は漆黒の闇に閉ざされていて、まるで自分の行く末を暗示しているようだと感じて泣きたくなった。
(姉さん、もう帰ってるのかな……)
願わくばまだ帰宅していないで欲しい。欲を言うなら、僕が眠るまで帰ってこないで欲しい。
今日逃げたところで家族だから翌朝には顔を合わせると分かってる。分かってるけど、逃げずに向き合おうとはどうしても思えなかった。
問題を先送りにしているだけだと理解していても、どうしても真実を知りたくなかった……。
限りなく真実に近い答えに辿り着いてしまった僕は、ほんの僅かな可能性に縋るしかない。いつかは向き合わなくちゃダメだって事は分かってるけど、今はまだ夢を見ていたい……。
(なんで『今日』なんだろ……。もっと前に、虎君を好きになる前に知りたかったよ……)
涙が零れそうだと目を閉じれば、瞼に浮かぶのは虎君と姉さんの姿。二人は今の姿のまま昔のように笑い合っていて、とてもお似合いだと思う。
誰の目から見ても文句なしの美男美女カップル。僕はそれを羨ましいと思うよりも先に、慈しむ虎君の眼差しを受け取る姉さんを憎いと思ってしまった。
(虎君の隣は僕の場所なのに……)
今はまだ、僕の場所。でも姉さんが望めば、此処は瞬く間に姉さんのものになるだろう。
それが堪らなく辛くて、僕は姉さんが好きな人と上手くいけばいいのにと思った。
(やだな……。僕、こんな嫌な人間だったんだ……)
知りたくなかったと額を窓に押し付ける。
姉さんの恋が成就することを願うものの、姉さんの幸せを願う気持ちはこれっぽっちも湧いてこない。
大好きな姉さん。大好きな家族。それなのに、僕はどうして―――。
(苦しい……)
自覚してしまった虎君への想いはもう引き返せない程大きくなっていたようだ。
どうすれば楽になるのか分からなくて、ただ堪えるしかない現実に絶望を覚えた。
(早く一人になりたい。一人になって、思い切り泣きたい……)
込み上げてくる熱いモノを耐え、虎君に気づかれないように息を吐く。
ちっとも楽にならない心は鉛のように重く、永遠に浮上できない気がした。
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僕の心を浮上させるためには、虎君への想いを断ち切るしかないのだから。
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