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特別な人
特別な人 第207話
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「『この前言った言葉』って何?」
「葵が怒った言葉。先輩が好きなのはーってやつ」
最後まで言わないけど。って慶史は言ったけど、最後まで言ってるようなものだと思う。
でも、それでも僕を気遣ってくれる親友の優しさは伝わったから、突っかかることはせず何が言いたいか改めて尋ねるだけに留めた。
「分かんないの?」
「わ、分からないよっ。僕が人の気持ちに鈍感だってことはもう知ってるでしょ」
笑われると流石にカチンとくる。
僕は慶史が慌てると知りつつも嫌な言い方をして恨めしい眼差しを向けた。
「そんなに卑屈にならないでよ。葵は意地悪だなぁ」
「意地悪なのは慶史でしょ」
僕を困らせて楽しんでるくせに。
そう唇を尖らせ睨めば、慶史は肩を竦めて「でも鈍感なのはその通りだよね」と僕の手を握った。
「俺は先輩が大嫌いで、葵から遠ざけたいって思てる。そんな俺からしたら葵が先輩に振られたなんて、最高の機会だって喜ぶことはあっても先輩のフォローなんて死んでもするわけないでしょ?」
「でも、フォロー、してたじゃない……」
「うん。したね。でも、それは葵のせいなんだけど?」
やっぱり嘘つきだって睨むも、慶史は苦笑いを浮かべて僕の目をじっと見つめてくる。
少し茶色がかった黒目は普通よりもずっと大きくて吸い込まれちゃいそうだって思った。
「僕のせいって、なんで?」
「葵がめちゃくちゃ傷ついて辛いって泣いてるの見て、平気なわけないでしょ? ……葵の笑顔のためなら、俺の気持ちなんてどうでもいいって事だよ」
慶史が見せる笑顔は、少し悲しげ。
でも、それ以上に優しくて、僕のために腹立たしい気持ちを全部抑えて虎君のフォローをしていたんだと分かった。
「慶史……。ごめんね、無理させて……」
「こんなの無理でも何でもないよ。……ねぇ、葵。俺は無責任にああ言ったわけじゃないからね? 本当に、……本当に俺は、ううん、俺も、悠栖も、朋喜も、みんな同じ考えなんだからね?」
ぎゅっと手を握り締めて、言葉で、目で訴えてくる慶史。
僕はその視線を受け止めることができなくて俯いてしまう。
(僕も、そうだって思いたいよ……)
虎君の好きな人は僕だって、思いたかった。
みんなの言葉を信じたかった。
でも、思えない。信じれない。
(だって、相手は姉さん、だよ……? 僕が入り込む隙間なんて、1ミリだってないよ……)
息を呑むぐらい綺麗な姉さん。でも綺麗なだけじゃなくて可愛い一面もあって、その人となりを知れば知る程、きっと誰もが愛さずにはいられないと思うはず。
普段は喧嘩ばかりしている虎君も、本当は姉さんを大切に思っているってことは僕もよく知っている。
僕は、どうしてその大切に思う感情が友愛や家族愛だと思っていたんだろう?
普通に考えれば、恋としての愛情だとすぐに分かりそうなものなのに。
(そうだよ。今までが変だっただけだよ……。虎君と姉さん。すごく、お似合いだもん……)
ああ、ダメだ。自分で言っててダメージを受けてる。しかもかなり致命的なヤツ。
僕は、鼻の奥がツンとして熱くなるのを感じて、涙を堪えるために大きな呼吸を繰り返した。
「葵。ねぇ、お願いだから、俺達の言葉を信じてちょっとだけ勇気を出してみて……?」
「む、り……。できないっ……できないよっ……」
懇願されても、無理だ。
僕は首を振って怖いと涙声を出してしまった。
「葵……」
「もし、信じて、それでもやっぱり変わらなかったら、僕、僕っ……」
もし同じことが起こったら、きっと二度目は絶望なんて言葉じゃ言い表せない程僕の世界は真っ暗になってしまうだろう。
もしかしたら、生きることを止めてしまうかもしれない。
きっと他の人からすれば、たかが失恋で……と鼻で笑ってしまう事だろう。
でも、僕には、僕にとっての虎君は、僕の人生そのものだから、だから……。
「葵、泣かないでよ……」
「まだ、泣いてないっ」
辛そうな慶史の声に、僕の涙声。
居心地の悪い沈黙の中、強まった風に揺れた窓ガラスの音が不穏さを掻き立て、何か良くないことが起こる前触れのような嫌な予感を覚えさせた。
「葵が怒った言葉。先輩が好きなのはーってやつ」
最後まで言わないけど。って慶史は言ったけど、最後まで言ってるようなものだと思う。
でも、それでも僕を気遣ってくれる親友の優しさは伝わったから、突っかかることはせず何が言いたいか改めて尋ねるだけに留めた。
「分かんないの?」
「わ、分からないよっ。僕が人の気持ちに鈍感だってことはもう知ってるでしょ」
笑われると流石にカチンとくる。
僕は慶史が慌てると知りつつも嫌な言い方をして恨めしい眼差しを向けた。
「そんなに卑屈にならないでよ。葵は意地悪だなぁ」
「意地悪なのは慶史でしょ」
僕を困らせて楽しんでるくせに。
そう唇を尖らせ睨めば、慶史は肩を竦めて「でも鈍感なのはその通りだよね」と僕の手を握った。
「俺は先輩が大嫌いで、葵から遠ざけたいって思てる。そんな俺からしたら葵が先輩に振られたなんて、最高の機会だって喜ぶことはあっても先輩のフォローなんて死んでもするわけないでしょ?」
「でも、フォロー、してたじゃない……」
「うん。したね。でも、それは葵のせいなんだけど?」
やっぱり嘘つきだって睨むも、慶史は苦笑いを浮かべて僕の目をじっと見つめてくる。
少し茶色がかった黒目は普通よりもずっと大きくて吸い込まれちゃいそうだって思った。
「僕のせいって、なんで?」
「葵がめちゃくちゃ傷ついて辛いって泣いてるの見て、平気なわけないでしょ? ……葵の笑顔のためなら、俺の気持ちなんてどうでもいいって事だよ」
慶史が見せる笑顔は、少し悲しげ。
でも、それ以上に優しくて、僕のために腹立たしい気持ちを全部抑えて虎君のフォローをしていたんだと分かった。
「慶史……。ごめんね、無理させて……」
「こんなの無理でも何でもないよ。……ねぇ、葵。俺は無責任にああ言ったわけじゃないからね? 本当に、……本当に俺は、ううん、俺も、悠栖も、朋喜も、みんな同じ考えなんだからね?」
ぎゅっと手を握り締めて、言葉で、目で訴えてくる慶史。
僕はその視線を受け止めることができなくて俯いてしまう。
(僕も、そうだって思いたいよ……)
虎君の好きな人は僕だって、思いたかった。
みんなの言葉を信じたかった。
でも、思えない。信じれない。
(だって、相手は姉さん、だよ……? 僕が入り込む隙間なんて、1ミリだってないよ……)
息を呑むぐらい綺麗な姉さん。でも綺麗なだけじゃなくて可愛い一面もあって、その人となりを知れば知る程、きっと誰もが愛さずにはいられないと思うはず。
普段は喧嘩ばかりしている虎君も、本当は姉さんを大切に思っているってことは僕もよく知っている。
僕は、どうしてその大切に思う感情が友愛や家族愛だと思っていたんだろう?
普通に考えれば、恋としての愛情だとすぐに分かりそうなものなのに。
(そうだよ。今までが変だっただけだよ……。虎君と姉さん。すごく、お似合いだもん……)
ああ、ダメだ。自分で言っててダメージを受けてる。しかもかなり致命的なヤツ。
僕は、鼻の奥がツンとして熱くなるのを感じて、涙を堪えるために大きな呼吸を繰り返した。
「葵。ねぇ、お願いだから、俺達の言葉を信じてちょっとだけ勇気を出してみて……?」
「む、り……。できないっ……できないよっ……」
懇願されても、無理だ。
僕は首を振って怖いと涙声を出してしまった。
「葵……」
「もし、信じて、それでもやっぱり変わらなかったら、僕、僕っ……」
もし同じことが起こったら、きっと二度目は絶望なんて言葉じゃ言い表せない程僕の世界は真っ暗になってしまうだろう。
もしかしたら、生きることを止めてしまうかもしれない。
きっと他の人からすれば、たかが失恋で……と鼻で笑ってしまう事だろう。
でも、僕には、僕にとっての虎君は、僕の人生そのものだから、だから……。
「葵、泣かないでよ……」
「まだ、泣いてないっ」
辛そうな慶史の声に、僕の涙声。
居心地の悪い沈黙の中、強まった風に揺れた窓ガラスの音が不穏さを掻き立て、何か良くないことが起こる前触れのような嫌な予感を覚えさせた。
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