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恋しい人
恋しい人 第118話
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「やっぱ、つえぇな……来須君……」
「なんでお前が此処に居るんだ、千景」
負けたと息も切れ切れに笑うちーちゃん。虎君はそんなちーちゃんを見下ろし、困惑の声をかけていた。
僅かに上下する虎君の肩に、息が上がっていることを知る。今までこんなことなかったのに、ちーちゃんも腕を上げたということだろうか?
「虎君、大丈夫……?」
「大丈夫。ちょっと驚いたけどな」
おずおずと近づいて袖を引っ張れば、いつもと同じ笑顔を見せてくれる虎君。僕の髪を撫で、怪我はないかと心配してくれる優しさが堪らなく愛しかった。
(ちゃんと庇ってくれたから怪我なんてするわけないのに)
僕は込み上がってくる恋しさを堪え、笑う。大丈夫だよ。と。
「何処かぶつけたりもしてない?」
「うん。大丈夫」
「よかった。油断してて反応が遅れたから心配だったんだ」
虎君はホッとしたように笑うと、今一度ちーちゃんに視線を向け、「で?」と寝転がったままのちーちゃんの足を軽く蹴った。
「千景はなんで此処に居るんだ?」
「編入。くっそぉ……。来須君、一ヶ月死んでたから今日は行けると思ったんだけどなぁ……」
虎君の質問に短い答えを返したちーちゃんは物凄く悔しそうだった。
ちーちゃんの言った『一ヶ月』とはきっと僕が虎君を傷つけてしまった時のことを言っているのだろう。
悪気無く飛び出した言葉だということは分かっているけど、漸く薄まってきた僕の罪悪感をまた思い出させるには十分なものだった。
「制服着てたら編入したのは嫌でもわかる。なんで編入してきたのか理由を言え」
「ぐっ! ちょ……、今マジで蹴っただろ!?」
「うるせぇ。答えろ、千景」
虎君は低く押し殺した声でちーちゃんに凄みながら足蹴にする。
明らかに不機嫌になったその様子に、自惚れじゃなく僕のために怒ってくれているのだと分かって、浅くなっていた呼吸が元に戻るのを感じた。
「虎君……」
「……ごめんな? 怖かったか?」
「ううん。僕は平気」
ちーちゃんを苛めないで。
そう訴えるように上着を掴めば虎君は僕を抱き寄せ、髪にキスを落としてくる。僕は虎君にぴったりとくっついて、『僕は大丈夫だよ』と伝えた。
「ちょっとぉ。公衆の面前でいちゃつかないでくださぁーい」
「! 藤原。……帰りに出会うのは久しぶりだな?」
「どぉーも。千景君、いつまで寝転がってるの? そろそろ騒ぎ聞きつけて先生が来ちゃうよ? 編入早々停学とか洒落にならないんじゃない?」
「おっと。そうだな。っと」
反動をつけて起き上がるちーちゃんは軽くズボンとシャツを叩いて砂を落とすんだけど、制服で暴れ過ぎたせいかシャツの袖の部分が破けてしまっていた。
「ちーちゃん、シャツ、破けてるよ」
「え? マジ? うわっ、やべ。ババアに殺される」
焦るちーちゃんは虎君に詰め寄り、どうしてくれるんだと喚いてる。でも、明らかにちーちゃんの自業自得だ。
虎君は暫く黙ってちーちゃんの大声に耐えていたけど、すぐに我慢の限界が来たのかその大きな手でちーちゃんの顔を鷲掴むと「煩い」とこれ以上ない程低い声で凄んだ。
「毎度毎度飽きもせず勝負吹っ掛けてくるのはそっちだろうが」
「仕方ねぇーだろ。『勝つまで挑め』がうちの家訓なんだよ」
ちーちゃんは虎君の手を振り払い、だから勝つまで止めないと不敵に笑う。僕はそんなちーちゃんに昔から負けず嫌いなんだから……とちょっぴり呆れてしまった。
「……分かった。挑んでくるなとは言わない」
「おう!」
「でも、次に葵が傍にいるとき来たら、二度と挑んでこれなくするからな?」
「オッケーオッケー。まーがいる時は大人しく待ってる!」
凄む虎君の圧にも屈しないちーちゃんは無邪気な笑顔を見せる。その笑い顔は子供の頃から全然変わって無くて、本当に憎めない従兄弟だと僕も笑ってしまった。
「ちーちゃんは昔から全然変わらないね」
「いや、身長めちゃ伸びてるだろ? それに筋肉だってかなりのもんじゃね?」
シャツを捲り、力こぶを見せてくるちーちゃん。確かに素肌が露わになったその腕は僕の腕の二倍近く太くて逞しかったし、身長も虎君程じゃないにしても見上げないと視線が合わないぐらいだけど、僕が言いたいのは見た目の話じゃなくて、中身の話だ。
くすくすと笑いながら、一歳差なのにすっかり男の人に変わってしまったちーちゃんにそのことを伝えたら、馬鹿にされたと勘違いしたちーちゃんが「可愛くないこと言うな!」と僕の頬っぺたを抓ろうと手を伸ばしてきた。
小さい頃から何度もほっぺたを抓られ苛められていた僕は止めてよとその手から逃げようとする。でも、僕が逃げるよりも先に虎君がちーちゃんの前に立ちはだかって……。
「なんでお前が此処に居るんだ、千景」
負けたと息も切れ切れに笑うちーちゃん。虎君はそんなちーちゃんを見下ろし、困惑の声をかけていた。
僅かに上下する虎君の肩に、息が上がっていることを知る。今までこんなことなかったのに、ちーちゃんも腕を上げたということだろうか?
「虎君、大丈夫……?」
「大丈夫。ちょっと驚いたけどな」
おずおずと近づいて袖を引っ張れば、いつもと同じ笑顔を見せてくれる虎君。僕の髪を撫で、怪我はないかと心配してくれる優しさが堪らなく愛しかった。
(ちゃんと庇ってくれたから怪我なんてするわけないのに)
僕は込み上がってくる恋しさを堪え、笑う。大丈夫だよ。と。
「何処かぶつけたりもしてない?」
「うん。大丈夫」
「よかった。油断してて反応が遅れたから心配だったんだ」
虎君はホッとしたように笑うと、今一度ちーちゃんに視線を向け、「で?」と寝転がったままのちーちゃんの足を軽く蹴った。
「千景はなんで此処に居るんだ?」
「編入。くっそぉ……。来須君、一ヶ月死んでたから今日は行けると思ったんだけどなぁ……」
虎君の質問に短い答えを返したちーちゃんは物凄く悔しそうだった。
ちーちゃんの言った『一ヶ月』とはきっと僕が虎君を傷つけてしまった時のことを言っているのだろう。
悪気無く飛び出した言葉だということは分かっているけど、漸く薄まってきた僕の罪悪感をまた思い出させるには十分なものだった。
「制服着てたら編入したのは嫌でもわかる。なんで編入してきたのか理由を言え」
「ぐっ! ちょ……、今マジで蹴っただろ!?」
「うるせぇ。答えろ、千景」
虎君は低く押し殺した声でちーちゃんに凄みながら足蹴にする。
明らかに不機嫌になったその様子に、自惚れじゃなく僕のために怒ってくれているのだと分かって、浅くなっていた呼吸が元に戻るのを感じた。
「虎君……」
「……ごめんな? 怖かったか?」
「ううん。僕は平気」
ちーちゃんを苛めないで。
そう訴えるように上着を掴めば虎君は僕を抱き寄せ、髪にキスを落としてくる。僕は虎君にぴったりとくっついて、『僕は大丈夫だよ』と伝えた。
「ちょっとぉ。公衆の面前でいちゃつかないでくださぁーい」
「! 藤原。……帰りに出会うのは久しぶりだな?」
「どぉーも。千景君、いつまで寝転がってるの? そろそろ騒ぎ聞きつけて先生が来ちゃうよ? 編入早々停学とか洒落にならないんじゃない?」
「おっと。そうだな。っと」
反動をつけて起き上がるちーちゃんは軽くズボンとシャツを叩いて砂を落とすんだけど、制服で暴れ過ぎたせいかシャツの袖の部分が破けてしまっていた。
「ちーちゃん、シャツ、破けてるよ」
「え? マジ? うわっ、やべ。ババアに殺される」
焦るちーちゃんは虎君に詰め寄り、どうしてくれるんだと喚いてる。でも、明らかにちーちゃんの自業自得だ。
虎君は暫く黙ってちーちゃんの大声に耐えていたけど、すぐに我慢の限界が来たのかその大きな手でちーちゃんの顔を鷲掴むと「煩い」とこれ以上ない程低い声で凄んだ。
「毎度毎度飽きもせず勝負吹っ掛けてくるのはそっちだろうが」
「仕方ねぇーだろ。『勝つまで挑め』がうちの家訓なんだよ」
ちーちゃんは虎君の手を振り払い、だから勝つまで止めないと不敵に笑う。僕はそんなちーちゃんに昔から負けず嫌いなんだから……とちょっぴり呆れてしまった。
「……分かった。挑んでくるなとは言わない」
「おう!」
「でも、次に葵が傍にいるとき来たら、二度と挑んでこれなくするからな?」
「オッケーオッケー。まーがいる時は大人しく待ってる!」
凄む虎君の圧にも屈しないちーちゃんは無邪気な笑顔を見せる。その笑い顔は子供の頃から全然変わって無くて、本当に憎めない従兄弟だと僕も笑ってしまった。
「ちーちゃんは昔から全然変わらないね」
「いや、身長めちゃ伸びてるだろ? それに筋肉だってかなりのもんじゃね?」
シャツを捲り、力こぶを見せてくるちーちゃん。確かに素肌が露わになったその腕は僕の腕の二倍近く太くて逞しかったし、身長も虎君程じゃないにしても見上げないと視線が合わないぐらいだけど、僕が言いたいのは見た目の話じゃなくて、中身の話だ。
くすくすと笑いながら、一歳差なのにすっかり男の人に変わってしまったちーちゃんにそのことを伝えたら、馬鹿にされたと勘違いしたちーちゃんが「可愛くないこと言うな!」と僕の頬っぺたを抓ろうと手を伸ばしてきた。
小さい頃から何度もほっぺたを抓られ苛められていた僕は止めてよとその手から逃げようとする。でも、僕が逃げるよりも先に虎君がちーちゃんの前に立ちはだかって……。
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