特別な人

鏡由良

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恋しい人

恋しい人 第146話

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「なんで笑うの……」
「いや、やっぱり俺の愛は10分の1も伝わってないなと思って」
「! ちゃんと伝わってるって言ってるでしょ?」
 どうしてまたそんな意地悪を言うの?
 そう非難を込めて虎君を睨めば、虎君は目じりを下げて僕の頬っぺたにチュッとキスを落としてくる。
「俺は、葵の全部を見れて凄く幸せだよ。俺を受け入れるために頑張ってくれる葵が可愛くて、本当、可愛すぎて理性が無くなったんだからな?」
 さっき言った『好き過ぎて』というのは無理強いした本当の理由ではない。本当の理由は、僕のあの恥ずかしすぎる姿に『興奮したから』だったらしい。
 僕は虎君の告白がすぐに理解できず、ぽかんとしてしまう。でも、「俺のことを嫌いになっても、もう遅いから」なんて鼻先にキスされたら思考が動き出して嫌でも理解してしまう。
 理解して頭が真っ白になった。きっと顔は真っ赤になったに違いない。虎君は苦笑交じりにもう一度僕を抱き締め「今まで以上に愛してるよ」なんて愛を告げてくる。
 本当、愛情の過剰摂取で目が回りそうだ……。
(か、『可愛い』って、『可愛い』って!!)
 あんな姿、何処をどう見たって『可愛い』とは程遠い。それなのに虎君は僕の耳に唇を寄せ、「これで当分一人で抜く時のオカズには困らない」なんて囁いてキスしてくる。
 僕はどう反応するべきか分からず固まってしまう。すると虎君はそんな行動すらお見通しだったのか、「俺の葵は世界で一番可愛い」と今度は優しく抱きしめてくれた。
「……ぜ、全然可愛くなんかないよ……。無理して『可愛い』なんて言わなくて―――」
「嘘でこんな風になるわけないだろ?」
 そう言って虎君は僕の腰をぐっと引き寄せ、反応した自身の下肢を押し当ててきた。硬くなった虎君のそれは僕のおへそ辺りまで存在を主張していて、リアルに感じるその大きさに心臓が大きく飛び跳ねた気がした。
(虎君の、ほんと、おっきい……)
 さっき虎君の裸を見た時も思ったけど、これって普通の大きさよりももっとずっと大きい、よね……?
 自分とは全く違う男の象徴。でもそれは僕のだけじゃなくて、きっと他の人のそれとも違う。
(他の人って言っても茂斗や慶史達だけど……)
 茂斗とお風呂に入った時、『大人の男の人』だと思った。双子なのに自分とは全然違う身体に成長している片割れに、きっと同じ年代の男にとってその体躯は羨望されるものだとも思った。
 だって、茂斗の身体は慶史や悠栖や朋喜に比べてとても逞しかったから。
 つまり僕が知っている男の人の身体は、茂斗の身体だった。今のこの時まで。
 今はあの茂斗の身体ですらまだ子供なのだと思ってしまう。だって、虎君の身体を見てしまったから。
(な、なんだか、恥ずかしくなってきた……)
 僕を抱きしめる腕も、僕を支える身体も、脚も、そのすべてが逞しくてかっこいいと思った。
 そして、僕を抱きたいと望んでくれている欲望の存在に、改めて理解する。僕は今夜この人に抱かれるんだ。と。
(だ、ダメ……意識したら、逆上せちゃいそう………)
 今からこの逞しい体躯を持つ虎君に愛されるんだと考えたら、頭に血が昇ってくらくらしてきた。
「怖い……?」
 言葉を詰まらせていた僕の頬に添えられる大きな手。少し寂し気に尋ねられた言葉に、僕は勢いよく首を横に振って怖くないと虎君にぎゅっとしがみついた。
「無理、してない?」
「し、てないっ」
 愛しげに髪を撫でてくれる虎君が好き。僕のために沢山我慢してくれている優しい虎君が大好き。
 だから、怖くない。こんな太くて大きい虎君を受け入れられるかちょっぴり不安だけど、虎君と一緒なら恐怖は感じなかった。
「でも―――」
「一つだけ、約束、してくれる……?」
 僕を気遣ってくれる虎君の声を遮り、抱き着く腕を緩めて虎君を見つめる。すると虎君は苦しそうに、でも優しく笑ってくれた。どんな約束でもちゃんと守るよ。と。
(虎君、大好き。本当に、本当に大好き。愛してる……)
「優しく、してね……?」
 虎君が優しくなかったことなんて一度も無いけど、僕はやらしい欲望を自分で何とかすることもできないから、全部任せることになっちゃう。
 どうやってエッチするかも慶史に教えてもらった内容が全て。だから、初めてのエッチには『痛み』が伴うだろうから、ちゃんと愛し合うために優しくして欲しいとお願いしたのだ。
「……虎君?」
 僕の『お願い』を聞いた虎君は、まるで時間が止まってしまったかのように硬直して僕を凝視している。
 その視線に、僕は何か変なことを言ってしまったのだろうかと焦る。
(僕、言っちゃダメなこと、言っちゃった……? もしかして虎君に任せっぱなしはダメだった……?)
 よく考えれば、エッチが初めてなのは僕だけじゃない。虎君だって、僕が初めて。
 それに虎君は『二人で』愛し合いたいとも言っていた。それなのに今僕が言った言葉は虎君に愛してもらうつもりの言葉だった。
 そこまで考えて自分が言った言葉が虎君も初めてなのに全部任せることになるうえ、『二人で』愛し合うための言葉としてはダメだったってことは理解できた。
(ちゃ、ちゃんと伝えないと! 『二人で』エッチしたいって、ちゃんと――――)
 僕も虎君のこと愛してるから『二人』で愛し合いたいって伝えないと! 触りたいって気持ち、ちゃんと言わないと!
 そう慌てた僕が口を開こうとした時、それまで固まっていた虎君が力いっぱい僕のことを抱きしめてきて、伝えようと、言おうと思っていた言葉は全部口から出すことはできなかった。
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