特別な人

鏡由良

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初めての人

初めての人 第4話

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 虎君が優しい人だって、みんなに知って欲しい。でも、優しい虎君を誰にも知られたくない。
 そんな心の矛盾を生み出すのは僕のヤキモチ。虎君は僕の虎君だからっていう、子供染みた独占欲。
 それを申し訳なく思い視線を下げてしまう僕。すると返事をしない僕に虎君は笑う。よかった。と。
「何が『よかった』なの?」
「いや、頷かれたらどうしようと思ってたから。……そんな顔しなくても、俺は葵だけだよ。たとえ葵が言っても、俺はやっぱり葵にしか優しくできない」
 だから安心して?
 そう笑う虎君に、僕は胸を締め付けられるのを感じながら頷きを返した。
(あぁ……どうしよ……。虎君が好き過ぎてどうしていいか分からなくなりそう……)
 頑張って我慢してるけど、『虎君大好き』って想いは隠しきれていない気がする。
 夢中になる一方の自分が恥ずかしくて虎君を直視できなくなってしまって、僕は視線を下げて朝ご飯を口にした。
「そんな可愛い反応しちゃダメだろ」
「な、にが?」
「好きな子にそんな顔されたら、家に帰せなくなる」
 この後家に帰さないといけないのに、このまま部屋に閉じ込めてしまいたくなる。
 大好きな人にそんなことを言われたらドキドキしちゃうに決まってる。
 僕は食事をとる手を止め、「帰りたくないよ……」と呟いた。虎君が困るって分かってるけど、想いを伝えずにはいられなかった……。
「ダメ。新学期のために普段の生活に戻すんだろ?」
「そ、そうだけど……」
「だから、そんな声出しちゃダメだって」
 自分でも予想以上に猫撫で声が出てしまったと思ったけど、虎君は「参った……」と項垂れ、大きく溜め息を吐いて僕の甘えを窘めた。
 新学期のために夏休み惚けを直したいと言ったのは僕自身。それなのに、言った本人が早速欲に負けていたらそりゃ呆れるというものだ。
 僕は堪え性のない自分を恥じ、ごめんなさいと謝る。すると虎君はその謝罪を聞いてか、信頼が辛いと呟いた。
「? 虎君……?」
「俺は、葵が思ってるほど大人じゃないよ。正直、毎回葵を閉じ込めてしまいたい衝動を我慢してるんだからな?」
「どうして我慢してるの? 僕、虎君とずっと一緒に居られるなら、幸せだよ?」
「ほら、また。葵はもう少し自分が言った言葉の意味をちゃんと理解して」
 困ったような笑い顔を見せる虎君は僕が『何も分かっていない』と言う。本心を伝えている僕は、僕の気持ちを否定された気がしてムッとしてしまう。
 確かに僕の心はどう頑張っても僕以外の人には全部理解されないって分かってるけど、こんな風に否定されるのはやっぱり悲しいし腹が立つ。それが僕のことを誰よりも理解してくれている虎君だから、余計に。
「ちゃんと理解してるもん」
「理解してないよ。……俺は今暗に『葵を監禁したい』って思ってるって言ったんだよ? そんな危ない奴に『幸せ』だなんて言っちゃダメだろ?」
「虎君こそ分かってない。僕は『虎君だから』それも『幸せ』って思うんだよ? 虎君とずっとに一緒に居たいって僕だって思ってるんだからね!」
 それなのに自分ばっかりって言い方しないで。
 そう言って頬を膨らませたら、虎君は苦笑を濃くして「なら」と言葉を続けた。
「家族に会えなくてもいいのか? 友達にも会えなくて、葵は幸せ? 俺は、葵が許してくれるなら『俺だけ』が『葵の世界』にしたいんだよ?」
 困ったような笑い顔で尋ねられた言葉は穏やかな声で発せられた。つまり、その言葉は冗談や誇張じゃないってことだ。
 僕は真っ直ぐ自分を見つめる視線に少し戸惑い、視線を逸らすと「それは……」と口籠ってしまった。
(そっか……。僕の世界が虎君だけになるってことは、みんなとは会えなくなるってことか……)
 虎君とずっと一緒に居られることが嬉しくて深く考えてなかったけど、『虎君とだけ一緒にいる』ということは、つまりはそういうことだ。
 虎君のことは大好きだし、虎君が望んでくれるならそうでありたいと思う。でも、それは理想で現実には難しい。だって、虎君とは違う意味で家族も友達も大好きだし大切だから。
「ごめんなさい……」
「俺こそごめん。……怖いよな?」
「! 全然怖くないよ? ただ……、ただ、虎君が今まで言ってくれていた言葉をちゃんと理解できてなかったんだなって……、それが凄く悲しくて……」
 虎君のことを誰よりも理解したいのに全然理解できていなくて、それが申し訳なかったから謝ったんだよ。
 そう伝える僕は、こんなに大好きな人の想いを怖いと思うわけがないと虎君を見つめた。
「葵は凄いな」
「全然凄くないよ。本当、全然……」
「そんなことないよ。こんな俺を受け入れてくれただろ?」
 普通はドン引きして逃げるようなことを言ったのに、こうやって笑ってくれる。こうやって愛してくれる。
 それがどれほど自分を満たすか分からない? と尋ねられ、僕はその言葉に「嬉しいの?」と尋ね返した。
「嬉しいよ。それに、凄く幸せだよ……」
 優しく笑いかけてくれる虎君から伝わる、それ以上の『幸せ』。
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