特別な人

鏡由良

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初めての人

初めての人 第6話

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「正直、朝一に葵の寝顔は破壊力がヤバくて……」
「僕、そんな変な顔してるの?」
「凄く可愛い顔してるんだよ。本当、何度寝込みを襲いそうになったか……」
 襲う寸前で思いとどまって、それでも燻る熱を発散するために走りに出る。
 それが週末の朝のルーティンだと苦笑する虎君は、幸せ過ぎる悩みだと言った。
 その言葉を聞きながら、僕はむしろ襲って欲しかったと思ってしまう。だって、早く虎君と身も心も結ばれたいって思ってるんだから。
 自分の魅力が足りないことは棚に上げて理性的すぎる虎君を不満げに見つめれば、虎君は今度は困ったように笑った。
「そんな目で見ないでくれよ。俺だって葵を抱きたいのをめちゃくちゃ我慢してるんだから」
「なんでそんなに我慢するの? 僕、平気だよ?」
「葵はそういうけど、俺は怖いよ。そんな細い腰で耐えられるのかとか考えて、最悪な想像しか出てこないし」
 どれほど優しくしても体格の差はどうしようもないから、ただただ怖い。
 何が怖いのか分かっていない僕に気づいたのか、虎君は少し力を籠めたら折れそうだからって言ってくる。
 僕は虎君が冗談を言っているのかと思った。だって、確かに僕は虎君に比べれば凄く小柄になると思うけど、同年代の男の子に比べたらちょっと小柄って程度で華奢とかそういう感じでは全くないからだ。
「僕、女の子じゃないよ? そりゃ虎君みたいに体つきはしっかりしてないけど、それでも男だし―――」
「男とか女とか、そういう話じゃないよ。ただ好きな子を大切にしたいってだけ。……俺は葵を大切にしたいから、たとえ愛し合うためでも痛い思いなんてさせたくない」
「虎君……」
 こんなにも大事にしてもらえてる。それはとても嬉しいこと。でも、嬉しい反面、もどかしさも覚えてしまう。
(確かに最初は痛かったけど、今は痛いっていうより―――)
 僕が痛い思いをしないようにって気遣ってくれている虎君。だけど、確かに最初こそ痛かったけど、今は触ってもらうと堪らなく気持ちよくて、もっと深く愛し合いたいと思ってしまうぐらいなんだから求めて欲しいと思ってしまうぐらいなんだから関係を進めて欲しいと思ってしまう。
 きっとそれを口にすれば、虎君は受け入れてくれるだろう。それが一番早い解決方法だってことは僕も分かってる。
 けど、愛し合いたいと願うことはできても、気持ちいいからもっと……と強請ることは恥ずかしくてどうしてもできなかった……。
「我慢させてごめんな」
「! ううん。……虎君も我慢してくれてるんだよね?」
「めちゃくちゃ我慢してるって言ってるだろ?」
「なら、僕ももう少し我慢する」
 恥ずかしさを覚えながらもはにかめば、虎君も「もう少しだけ、な」と微笑んでくれた。
(早く虎君と愛し合いたい……)
 ここ最近ずっとそればかり考えてる。それは他の人からすると恥ずかしい事かもしれない。
 でも、愛してる人と深く繋がりたいと願う気持ちは恥ずかしいものじゃないって思うから、僕は恥ずかしさよりも恋しさを募らせるんだ。
「そう言えば、さっき携帯が鳴ってたよ」
「ありがとう。朝から誰だろ?」
「藤原からだった。あ……。ごめん。茂さん達からだったら急ぎの用かもしれないからって思って……」
 マナー違反だと分かりながらも相手を確認したと言う虎君は、勝手に携帯を見てごめんと謝ってくる。ディスプレイを見ただけなのにそんな風に謝らなくてもいいのに。
 僕はそんな虎君に笑いながら気にしてないと言って、慶史から電話がかかって来るとか珍しいと言葉を続けた。
「そんな気を使わなくても醜い嫉妬は隠しとくよ」
「気なんて使ってないよ」
「俺が知ってるだけでもこの休み中、藤原から5回は電話きてただろ?」
 それなのに珍しいとか取り繕わなくてもいい。
 そう苦笑する虎君に僕はちょっぴり驚いてしまった。だって、慶史から電話があったと伝えたことはなかったはずだから。
「凄い。どうして分かったの?」
「5回は俺が戻ってきた時に不自然に電話切った回数。その後、ご機嫌取りしてきただろ? まぁ、可愛く甘えてくれるのは嬉しかったけど」
「! ご機嫌取りじゃないよ!? 毎回慶史が意地悪なこと言ってくるから、だから虎君に甘えたくなるだけだもん!」
「『意地悪なこと』って?」
「それは―――。……言わないとダメ?」
 何を言われたんだと尋ねられ、答えに困る僕。こんなことを言われたら余計に気になるって分かってたけど、出来れば言いたくないからついつい聞いてしまう。
 虎君から返ってくるのは「言いたくないなら別にいいよ」って言葉。でもそれは、『言わなくていい』と言う言葉通りの意味ではなくて……。
「でも、次藤原に会った時に嫉妬丸出しで態度が悪かったらごめんな?」
 満面の笑みで、「俺は心が狭いから」なんてヤキモチを露わにされる。
 僕はそれに隠すことを諦め、小さく息を吐いて虎君に話してなかった親友達の変化を伝えることにした。
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