特別な人

鏡由良

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初めての人

初めての人 第11話

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「おはよう、葵。久しぶり」
 夏休みが終わって今日から新学期。友達に会えることは嬉しいけど、それ以上に大好きな人と過ごす時間が少なることが淋しいと思う。
 そう。本当ならもう少し教室に入ろうと思っていたのに結局ホームルームの時間ギリギリまで虎君と一緒にいたぐらいには淋しい。
 そんな僕の憂鬱を知ってか知らずか、満面の笑みで手を振って見せる慶史は相変わらず綺麗でちょっぴり腹立たしい。
「おはよう、慶史。……なんだかすごくご機嫌だね」
「そりゃ退屈な休みがようやく終わったからね」
 毎年のことながら夏休みの長さにはうんざりする。
 そんな学生らしからぬことを言う慶史に、それを偶然耳にした周囲のクラスメイトは信じられないと言いたげな顔をして此方を見ていた。
 休みは長ければ長いほどいいと思っている人がほとんどだろうから、まぁクラスメイトの反応は理解できる。
 でも、慶史の背負っている過去を知っている僕は、新学期が始まって嬉しそうな顔をする親友に「そうだね」と同意を含んだ苦笑を返すだけで否定の言葉は口には出さなかった。
「無邪気な帰ってこいコールに対応するとか精神衛生上よくないし」
「! そ、だね……」
 不意打ちの言葉に心臓が早く鼓動する。それでも何とか平静を装い机に向かえば、慶史は突然距離を詰めてきて、声を潜めてご機嫌な理由をもう一つ付け加えた。
「あと、葵のバージンもなんとか死守されたみたいだしね?」
 二度目の不意打ちには流石に平静を装えない。僕は顔を真っ赤にして親友を睨んだ。意地悪しないでよ! と。
「あはは。ごめんごめん。でも、だから俺、今最高に気分が良いんだよね」
「酷い! 僕の気持ち、知ってるくせに!」
「分かってるよ。葵には『残念だったね』って思ってるから大丈夫! 俺が『ざまぁみろ』って思ってるのは先輩に対してだけだから!」
「慶史!」
 親友としては葵の望みが叶って欲しかった。でも、親友のために餓えた狼にこれ以上餌を与えたくない。
 そう言い切る慶史はやっぱりいい笑顔で腹が立つ。
「なんでそういう意地悪言うの?」
「え? だって害獣に極上の餌をあげたい人なんていないだろ?」
「虎君は狼でも害獣でもないし、僕も餌じゃないから」
「そっか。餌は気に入らないか……。なら、ポメラニアンでどう?」
「! ポメラニアンってどういう意味!?」
「えっとね、これくらいのふわふわした毛玉みたいな愛玩動物の犬だよ」
「もう! ポメラニアンが何かを聞いてるんじゃないってば!」
 僕の言いたいことを理解した上でからかってきていることは分かってる。
 そう頭では理解しているんだけど、虎君が恋しい気持ちやまだエッチできてないことを茶化された恥ずかしさや大好きな人を馬鹿にされた腹立たしさやらで情緒不安定気味の僕は全然冷静になれない。
 慶史はそれも全部分かっているだろうに更に意地悪を言うから、ついつい感情が昂り過ぎて涙目になってしまう僕。
「酷い慶史。なんで新学期早々そんな風に意地悪するのっ」
「! あああ……、ごめんごめん。もう言わないから泣かないで」
「泣いてないもんっ」
「今にも泣きそうな顔してるから」
「そんなことっ―――、そもそも慶史が意地悪するからっ!」
「だからごめんって。ここ最近悠栖で遊んでたから加減を間違えちゃった。本当にごめん。許して?」
 涙が零れないように目尻を袖でごしごし擦る僕に、そんな乱暴に擦ったら肌が傷つくと慶史は慌てて止めてきて、もう苛めないから許してと何度も謝ってきた。
「……絶対? 絶対、もう意地悪言わない?」
「言わない言わない」
「虎君のことも悪く言わない?」
「言わな―――いや、言う。それは言う」
「慶史っ!」
「だってムカつくし。今更紳士気取って本当バカみたい」
 ポリシーなのかなんなのかは知らないけど葵に我慢を強要するとかマジクソ野郎じゃん。
 流暢に暴言を並べ立てる慶史に、ポリシーとかじゃなくて僕のことを大切に想ってくれているからだと訂正を入れる。まぁ、慶史が聞いてくれるわけ無いんだけど。
「『大切に』、ねぇ……。ただ単純にナニがでかいって自慢したいだけじゃないの?」
「そんなことないし!」
「本当に? 半年近く慣らしてるのに挿いらないかもしれないって、それってもう人体の一部じゃないレベルの太さってことだよ? どう考えても巨根自慢じゃん」
 そもそもどんなにデカくても一週間も慣らせばそれなりに挿れられるから。
 そんなことを吐き捨てる慶史は、巨根自慢じゃないなら土壇場でビビってるただのヘタレ童貞だとまた悪口を言ってくる。
「それ以上虎君のこと悪く言わないで! 虎君だって好きでおっきくなったわけじゃないんだからね!!」
「それって身長のこと?」
「違う! おち―――」
「ストップ!! そこまで!!」
 怒りのあまり感情的になった僕の怒鳴り声を遮る、誰かの手。
 塞がれた口からふがふがと言葉にならない声を漏らす僕の耳に届くのは、「教室で堂々と猥談すんな」って呆れ果てた那鳥君の声だった。
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