特別な人

鏡由良

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初めての人

初めての人 第20話

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「仲良しなのは分かったからそろそろ教室、戻ろ? ……なんだかみられてる感じがするし、ね?」
 子猫みたいなじゃれあいを目の前で繰り広げる慶史と那鳥君。微笑ましいからできればこのまま二人の掛け合いを見ていたいと思ったんだけど、人が少なくなっているのにさっきよりも視線を感じて怖くなった僕は二人の手を取り、歩き出す。
 気が付けば体育館には先生の姿は無くて、上級生らしき人達が数人集まっていくつかのグループを作っていた。全員、というわけじゃないけど、殆どの人がこっちを見てる気がして鼓動が早くなってしまう。
(ヤダ……凄く怖い……)
 脳裏に浮かぶのは去年の出来事。気分が悪くなった僕の手を引く慶史とそんな僕達に執拗に絡んできた評判が良くない数人の同級生の姿が思い出され、一瞬呼吸が止まりそうになった。今同じようなことが起こったらどうしよう。と、不安が心を支配した。
(早く、早く体育館から出ないと……)
 絡まれたら逃げ場がない状況だから、怖い。だから屋外に出ればこの不安は少しは和らぐはず。
 急がなければ、と気持ちは焦る。でも、それを周囲に悟られてはいけない気がする。こっちを見てニヤニヤしている人達はきっと相手が怯えていると知ったら必ず動くと思ったから。
(大丈夫、大丈夫っ……)
 いつも通りを装わないと。怖がっていると絶対に悟られないように。
「葵、そんなに怯えなくても大丈夫だよ」
 平静を装っていたつもりなのに、慶史からかけられるのは苦笑交じりのそんな言葉。僕は沢山の『どうして?』を頭に浮かべながら慶史を振り返った。
 すると慶史は苦笑いを浮かべたまま「葵と那鳥ってサイキョウコンビが揃ってるから誰も声なんてかけてこないよ」と、もう一度周りをちゃんと見てみろと言ってきた。
 それに僕は相手を刺激するような真似をするべきじゃないと反論したけど、「いいから」と強いられる。
 慶史は絶対に大丈夫だと言い、僕を促すように自ら周囲を見渡す。僕はつられるように上級生の様子を伺うために視線をまわした。
 そこで見たのは嫌な笑顔を浮かべこちらを見ている上級生、ではなく、忌々しいと言いたげな先輩達の姿だった。
(え……どういうこと……?)
 さっきまでと表情が違う。と思ったけど、よく考えたら僕は先輩達の方は見ていなかったと気が付いた。そう。過去の出来事を思い出して勝手に想像してしまっていただけだ。
「ね? 大丈夫でしょ?」
「う、うん……。でも、なんで……?」
 安全なことは良いことだ。けど、クライストに来てから今までこんな風にあからさまに遠巻きされていたことなんてなかった気がするから違和感を覚えるんだ。
「僕と那鳥君が『最強コンビ』ってどういうこと……?」
 実践に特化した格闘技を護身術として習得している那鳥君が『最強』というならまだ理解できる。でも、どうして僕? 何度も言うように僕は全く強くないし、他の人は勿論自分自身の身を守れるかすらも正直怪しい。それなのにどうして僕と那鳥君が『最強コンビ』と揶揄されるんだろう?
(もしかしてこれも虎君のおかげ、なのかな……?)
 自分に何かあったら絶対に相手を許さないと言っていた大好きな人は、僕が知らないところでずっとずっと僕を守り続けてくれていた。僕のために周囲を牽制してくれていたと知ったのは最近のことだけど、そのおかげでたった一度トラブルに巻き込まれただけでそれ以外は平穏無事に過ごせているから。
 きっと今回もそういう意味に違いないと納得した僕は、那鳥君のように自分で自分の身を守れるわけじゃないのに『最強コンビ』と言って並べてもらうのはちょっと忍びないと思ってしまった。
「言葉通りだよ。『敵に回すのが最も恐ろしいコンビ』ってこと。……言っとくけど、『最も強い』って意味の『最強』と勘違いしないでよ?」
「『最も恐ろしい』って……。那鳥君、そんなに強かったんだ?」
 上級生からも恐れられているなんて知らなかった。そうビックリする僕に慶史は笑いながら「違う違う」って訂正を入れてきた。
「那鳥が怖いんじゃなくて、葵と一緒。那鳥のバックが怖いってこと
「え? 那鳥君の『バック』? それって、誰??」
 つまり周囲が怖がって遠巻きにしちゃうほど凄い人が那鳥君の知り合いにいるってことだよね?
 でも那鳥君は自分を『超庶民』って言ってるし、そんな凄い人―――もとい、怖い人と何処で知り合ったんだろう……?
 きっと教えてもらっても分からないだろうに聞いてしまうのは人の性だろう。僕は驚き目を瞬かせ慶史に尋ねた。
 すると一層綺麗な笑顔を見せる慶史。これは意地悪なことを考えている時の笑い方だ。
 何を言ってからかわれるんだと警戒する僕。すると、そんな僕を余所に強張った表情で「おい」と慶史の肩に手を乗せるのは那鳥君で―――。
「勝手なことばっかり言うな。全部お前の妄想だろうが」
「俺の『妄想』? 違うでしょ? こうやって周りから怯えられてるのは紛れもない『事実』じゃない?」
「全部勘違いだ」
「『勘違い』ねぇ……。あの久遠先輩がおまえの為に言った言葉の数々も『勘違い』ってわけ?」
「! おまっ―――」
「え? 『久遠先輩』って、あの久遠先輩? 久遠財閥の会長の孫の久遠先輩のこと?」
 慶史の口から出た名前にビックリしてしまうのは仕方ない。だってそれはこの学園で知らない人はいないだろう超有名人の名前だったから。
 間違いないと分かりつつも確認すれば慶史からはいい笑顔で「その久遠先輩」と肯定の言葉が返ってきた。僕はその返答に思わず「実在したんだ……」と声を漏らしてしまう。
「はは。そういう反応になるよね。俺も最初同じ反応した」
 慶史は分かる分かると頷くと那鳥君の手から逃げ、僕の肩を抱き寄せてくる。
「学校の都市伝説的な存在だもんね。久遠先輩」
「う、うん……。『天才だから授業免除の特別待遇』で学校に殆ど来てないんだよね? それに『物凄く人嫌いだから喋りかけても無視される』っって聞いた」
「そんなわけねぇーだろうが!」
 聞いたことのある久遠先輩に関する噂話を口にすれば、那鳥君に怒鳴られてしまった。噂とか憶測を無責任に口に出すな! って。
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