強く儚い者達へ…

鏡由良

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強く儚い者達へ…

強く儚い者達へ… 第14話

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「これが覚醒薬、ね…。随分と体に悪そうな色をしてやがる」
 戯皇の手にはどす黒い液体の入った小瓶が…。
 確かに人の飲むものとは言えない色をしていて、リムも思わず顔を歪ませる。
 こんなものを、自分は飲まなくてはいけないのだから。
 リム達は今、屋敷の地下室にいる。
 日中ですら日の光が届かない地下は真っ暗で、明かりが無いととても歩けそうに無いぐらいだった。
 しかし、今彼女達の手に灯りを灯す道具など見当たらない。
 それなのに平気で奥までこれたのは幸斗の手の平で光を放つ光球のおかげ。
 どうやらこれも魔法というものらしい。
「姉貴。止めるなら今だよ。覚醒薬は生態を変化させる薬だから本当に苦しいんだよ?」
 光を受けて不気味な輝きを放つソレは、服用者の命を一度止める。
 命を止め、体組織を組み替えて新たな心臓・核を作り出すモノだから。
 命が止まる際に味わう苦しみは想像を絶すると言われているが、さらに苦痛を強いられるのが、体組織の組み換えだ。
 骨格から、細胞まですべてが作り変えられるのだからその痛みと言ったら半端無い。
 命が止まり、意識は無くても生還者は二度と味わいたくない苦痛だとこと言葉を零しているらしい。
「止めないよ。復讐こそ私の生きる道だから」
 真剣そのものな瞳に、デュカはうな垂れる。
 リムはそんな弟を抱きしめ、「大丈夫。私は死なない」と笑った。
 戯皇の手から徐に渡された覚醒薬。
 これで力が手に入るのなら、これでヘレナと姉を助けられるのなら、リムは喜んでそれを口に運ぶ。
「一本丸々飲まなくちゃ覚醒薬は意味がない。一気に飲み干せよ。クソまずいから」
 戯皇の忠告に頷き、その蓋をあけた。
 どんなにおいがするのだろうと思っていたが、予想に反してにおいは無かった。
 ただ、不気味な輝きを放つその液体が意思を持って蠢いているように見えてしまう。
 リムは嫌がっていても仕方が無いと意を決して覚醒薬を口に近づけて、言われた通り一気にそれを飲み干す。
(!…ま、まずいし…へんな感触がする…)
 液体というか、溶かした飴のようなその飲み物に、リムの目尻には微かに涙が浮かぶ。
 それでも、最後の一滴までどうにか飲み干してリムは空き瓶を片手に咳き込みながら蹲った。
「ゴホッ…ゴホッゴホッ……ま、まず……うっ…」
「言ったろ?まずいって」
 戯皇は静かにそう返す。
 彼の性格からしても、笑っている所だと思っていたのに、彼はそれ以上何も言わずにただ静かに自分を見つめていた。
 それがリムの不安を煽る。
 これから、一体どんなことが起こるのだろうか…。
「…!…なんか…、息苦しく、ないですか…?」
 先程までなんとも無かったが、突然リムは周りの空気が薄くなったのを感じた。
 しゃがんだまま戯皇を見上げれば、「始まったな」とだけ返された。
 その言葉にリムは心臓が止まりかけていることを理解した。
 そう、正確には空気が薄くなったのではない。
 心臓が鼓動を弱め、呼吸するための筋肉が動かなくなってきたのだ。
(何、これ…息吸い込んでるのに、全然楽にならない…手が痺れて……苦しい…)
 大きく息を吸い込もうと何度も呼吸を繰り返すが、酸素はほとんどリムの肺に入ってはくれない。
 ヒューヒューと空気が抜ける音が首から聞こえて…。
 痺れていたと思っていたのは手だけではなく、足も。
 指先は痺れから震えに変わり、持っていた空き瓶は音を立てて床に転がり落ちて…。
 手足を動かそうにも繋がっていないかの様に思い通りに動いてくれない。
(い、痛い…痛い…苦しい…く、るしい…)
 呼吸ができない苦しみと、臓器が死んでゆく痛みがリムの感覚のすべてを支配してゆく。
 ゆっくりとゆっくりと確実に

 ――― 半数以上が覚醒薬を服用して覚醒せずに死んでる。

 リムの頭に戯皇が言った言葉が思い出された瞬間、彼女は言い知れぬ恐怖を感じた。
 今まで二度、死に直面したが、どちらも死んだ方がマシだと絶望していたからこんな恐怖なんて感じなかった…。
 だが、今は…。
(死にたくない…。私はまだ、生きていたい…)
 復讐の為ではあるが、生きていたいと感じている。願っている。
 姉を、親友を、救い出さなければならないから。
 父と母の敵を討ちたいから。
 自分の誇りを、取り戻したいから…。
 一度認識してしまった恐怖は一気に全身を駆け巡り、死が近づくにつれ精神が崩壊してしまいそうなほど恐ろしくなる。
 死にたくない。
 死にたくない。
 死にたくない。
 何度繰返しそう願っても、死は確実に近づいてくる。
 心臓の鼓動が弱々しくなっているのが自分でも分かるから…。
「…し………な……………だ……」
 頬を伝ったのは一筋の涙。
 リムは、そのまま意識を失ってしまった。
 それまで、何も口にしなかった幸斗はリムが息を引き取ったのを確認すると戯皇を振り返り、頷いて見せた。
「よし…幸斗、やってくれ」
 戯皇の言葉に幸斗はリムの両腕を背中に回し、何やら詠唱を始めた。
 空いている手は何か印の様なものを刻んでいて、今までの魔法とは違うようだ。
「!それ、呪術でしょ!姉貴に何するんだよ!」
「うるさい、クソ餓鬼。痛みに自分自身を傷つけないようにする為だ」
 ピクリとも動かないリムにかけられる呪術。
 覚醒薬を飲むことで組み変わる体組織。
 その変化への痛みは想像を絶するものらしく、心臓は止まっているはずなのにあまりの苦痛に手が、足が勝手に動き回り己を傷つけて楽になろうとする。
 戯皇は生きたいと願ったリム自身が、苦痛に悶え逝きたいと願う彼女の弱さに負けないように動きを拘束するのだと言う。
「ラヅ・ウォール」
 幸斗は呪術をかけ終えると彼女の体を横向けに寝かすと立ち上がり、今度は別の呪文を詠唱し始めた。
 デュカは初めて耳にするその詞に眉を寄せて戯皇を睨みつける。
 今度は何をする気なのだと言うかのように。
「隔離保護地域に掛けられてる結界の小範囲版だよ。お前の大事な姉さんの体が壁に頭を打ち付け始めちゃ困るだろ?」
 結界を張り、その範囲でしか行動できなくすることで体が暴れまわることを防ぐ。
 覚醒薬を服用した者の生存率を上げる為の方法のひとつらしい。
 さすが、と言うべきなのだろうか…。
 デュカは言葉を失った。
 隔離保護地域に施されている結界は数ある呪文の中でも特に完成度の高いモノだとされていて、扱える者などほんの一握りの選ばれた人物だけだと言うのに…。
 随分簡単に言ってくれるものだ。と言ったげなデュカ。
「戯皇、終わった」
「あぁ、お疲れ。さてと…とりあえずリムが覚醒することを祈って、待ちますか」
 ん…と伸びをすると、恨めしげな視線を感じて戯皇は何だとリムの弟を見る。
「いや…さすがだな…と思ってね…。やっぱり元"DEATH-SQUAD"S班は伊達じゃないな。てね…」
 今でも確かに"DEATH-SQUAD"S班は最強と呼べる暗殺集団だが、戯皇達の在籍していた頃に比べると格段に平均戦闘力が落ちているのは周知の事実。
 今1stに在籍しているマダルという人物がいるから、最強として面子を保ってるようなものだと言われることもある。
 それほどまでにレベルは落ちているのだ。
 と、言っても、彼等に勝てる者などほんの一握りだが…。
「混血生物最強と言われてることだけはあるね。こんなすごい人が御付なんて」
 ちらりと幸斗に視線を移す。
 先ほど剣を交えたから分かる彼の強さ。
 そんな人物が傅き、敬っている男が、戯皇。
「あのなぁ…幸斗は御付じゃなくて、相棒ね?分かる?」
「そうかもしれないけど…」
 デュカが「臣下にしか見えないよ」と言いかけたときだった、突如リムの叫び声が回りに響いたではないか!!
 理性のかけらも無い、獣のような叫び声が、空間を一気に支配した。
 目をやれば、悶え苦しむ姉の姿…。
「姉貴!!」
「やめろ。結界に入るな」
 慌てて駆け寄ろうとするが、幸斗の逞しい腕によってそれは阻止されて。
 それでもデュカは放せと喚く。
 戯皇は「生き残れよ」とだけ零し、部屋を後にしてしまった。
「お前も上に行っておけ。目覚めたら呼びに行く」
 軽々とデュカを担ぎ上げ、幸斗は部屋の外に彼を放り出すと有無を言わさぬ迫力で見下ろしてきた。
 姉の心配をする弟は文句のひとつもつむげずに、部屋から閉め出されてしまった。
 明かりの無い、真っ暗な廊下だけが続いて…。
「行くぞ。餓鬼。お前には聞きたいことが山ほどある」
 気がつけば、背後には戯皇。彼はずっとここにいたと言う。
(…気配なんて、まったく気付かなかった…)
 先程まで見せていた優しい雰囲気など無い彼に背中から鳥肌が立つのを感じる。
 リムの前とは全く違う殺気の含まれた声に、デュカは何も言えずにいた…。
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