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そして時は動き出す
そして時は動き出す 第26話
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「でも、烈火、随分派手に暴れてるみたいだね」
「え?…あぁ、そうだな」
屋敷を奔走するが、ほとんど護衛兵と出会うことがないのは、おそらく、烈火が全て引き受けてくれているから。
烈火の戦闘力では勝てない相手もいるだろうが、彼の身体能力があれば、逃げることも可能だから特に心配は要らないだろう。それよりも、《ルナ》と戦っているジェイクが気になるのはリム。《ルナ》の戦闘力とジェイクの戦闘力を比べても、劣るのはジェイクの方だ。それなのにジェイクの表情は自信に満ち溢れていた。絶対に、負けることはないと言わんばかりに…。
(あの自信は一体何だ……ん?…!!な…)
「!な、なんだ!?」
「すごい戦闘力……"DEATH-SQUAD"が来たみたいね…」
突如辺りを支配する巨大な戦闘力にリムは足を止めて辺りを警戒する。それに氷華も顔を青ざめていて…。
リムの肩に乗っていた戦闘力が低いシーザもその力を察知したのか"DEATH-SQUAD"のレベル違いの魔法力にただただ恐怖した。こんな化け物級に狙われたら、ひとたまりもない。と…。
「S班…みたいだね…この戦闘力…」
氷華の零す言葉にリムも驚きを隠せない。"DEATH-SQUAD"S班…"COFFIN"最大の暗殺集団のトップに君臨する部隊が、今、此処に…?
師を狙った連中の戦闘力を思い出し、改めて、S班の凄さを知った。…おそらく、本気を出したときの戦闘力は、まだまだ上であるだろうから…。
「やばいな…さっさと"マーメイドの涙"が何処に行ったか探さないと…」
「でも、何処にも落ちてなかったよ?どうするの?」
早く屋敷を離れたほうが良い事は分かってる。でも、魔石が何処に行ったか分からないままにしておくわけにもいかない…。敵が、最低でも何グループいるかだけでも、知りたいから…。
「!そうだ!シーザ!!ずっとミルクと一緒に居たよな?《ルナ》の襲撃から、ミルクに近寄った奴を覚えているか?」
その中に、怪しい女が居なかったかとリムは問いただす。"マーメイドの涙"に触れる事が出来るのは女だけだから、ミルクに近付いた女が、盗んだ犯人となるはずだ。
しかし…。
「いなかったよ」
あっけない一言で、望みは粉砕。誰が石をミルクから盗んだのか、全く検討も付かない。
男が触れずに"マーメイドの涙"を盗む事は可能だろう。しかし、盗んだ魔石を、保持しておくことは困難なはず。少しでも石の部分が触れてしまえば、途端、細胞が死滅し、肉体が消滅してしまうのだから…。
「本当に?間違いないか?」
「う~ん……うん、記憶を辿っても、あの後ミルク様に近付いたのってオイラと、帝って人だけだもん。間違いないよ」
頷くシーザに脱力。一体誰が石を盗んだのだろう?まさか、リム達が屋敷に潜入する前に石は盗まれていたのだろうか…?
「…シーザが…てことは絶対ないし…となると、帝さんが怪しいわけね…」
「でも、帝って人は男でしょ?」
「そうなのよね~…女以外に"マーメイドの涙"に触れられるのは、純血天使だけだし…」
ため息とともに腕を組んで首を傾げてしまう氷華。シーザも困ったねぇ…と小さく言葉を零す。
必死に考えている二人に、リムが訝しそうに「純血天使も触れるって?」と尋ねて来た。
「え?だから、純血天使は、第二覚醒が起こるまでは性別がないってことだけど…もしかして、リム、知らなかったの?」
「第二覚醒が起こるまで…性別が…ない…?…!!」
言葉に出して反芻する事実に、リムは慌てて走り出した。今度は何かと氷華も驚く。
少しは説明してから行動して欲しいと愚痴を零しながらも、前を走る赤髪の女を追う。
「シーザ、氷華と一緒にジェイクを探してきて!」
「ちょ、だから、リム!少しは説明してよ!!」
今度は何に血相変えて走り出したのかと氷華は戸惑いを隠せない。シーザも、とりあえず、言われた通り氷華の肩に飛び移るが、リムの言葉の意図を理解しているわけではなかった。
「リム?」
「帝だよ!!…あいつ、純血天使だ!!」
「!えぇ!!?」
*
「ミルク様!!」
「!カルファ!!」
ドアを壊す勢いで部屋に入ってきたのは、女でありながら、オプトと並び護衛頭を務める色黒な女性だった。主の身を案じて急いでやってきたのだろう。肩で息をしながらミルクの無事を確認すると、「ご無事で何よりです」とうっすらと額に汗をかきながらも笑顔を見せた。
「…オプトの姿が見えませんが…?」
「オプトさんは今、《ルナ》と交戦中です。カルファさん、ミルク様をよろしくお願いします。僕が様子を見てきます」
主から離れるべきではない男の姿がないことに顔を顰めて相棒の行き先を問えば、帝が話に割って入ってきて、更にカルファは顔を顰める。お前には聞いていないといいたげだ。
「ちょっと待て、"DEATH-SQUAD"S班が到着してくれたみたいだ。彼に任せておけばいい。お前は主を護ることだけ考えてろ」
部屋を出ようとする白髪の男を呼び止めて、カルファは持ち場を間違えるな、と睨みつけてきた。その眼光が威圧的で、帝は大人しくそれに従うこととする。
「ミルク様、《ベリオーズ》が…《ケイ》が侵入したと聞いたのですが…」
「カルファ、…朝も言ったように、彼女を傷つけないで……《ベリオーズ》は私にとって…特別な人なの…」
必死に訴えてくるミルクに、カルファは優しく笑い、頷いてみせる。…強くなった主の姿に、カルファは《ベリオーズ》に言い表しようのない感謝の念が溢れた…。オプトと同じように、カルファもまた、ミルクを護りきろうと心に決めているのだ。
「分かっています…彼に…いや、彼女に石を託したのですか…?」
オプトが言っていた。ミルク様は、《ベリオーズ》と名乗っていた少女に石を渡す気だと。だから、それに関しては、我々は何も見なかったことにしようと、二人で、決めた。…全ては、愛しい主の為に…。
「…それが…」
カルファの問いに困ってしまうのは、ミルク。彼女の様子に首を傾げてみせれば、帝が説明を始めてくれた。石は、奪われたか、屋敷内に落としたかのどちらかだと。
「しかし、屋敷内にソレらしきものは発見できてませんが……」
考え込むカルファは記憶を辿る。…帝の話では、ミルクの傍には常に彼が居たという…。それなのに…何故石が無くなる……?
「!!……まさか…」
「カルファ…?」
考え込んでいた女の顔に、驚きと戸惑いが一瞬伺えた。しかし、すぐにソレを隠し、何時もの通り主に向ける笑顔に戻ると、カルファはミルクの肩に手を置き、小声でこう指示した。
―――逃げて下さい。
と…。
カルファの一連の表情は、背を向けていたおかげでミルク以外に見られること無く主に指示を出せた。もし、見られていたら、感づかれていたかもしれないから…。
「え?…どうして……」
言葉に出せない。それでも、伝えなければならない…。
カルファは戸惑うミルクに「S班がきてくれましたし、石も直見つかりますよ」と笑いながら言葉を紡ぎ、自身の身体から死角になるように凝縮した魔法力で宙に言葉を綴ってゆく。
―――帝が石を持っています…。
「!!」
それは、驚愕せずには居られない事実。驚くのは、部屋を出てからと文字が綴られる。
今戦闘に入るのは危険だと判断したカルファの焦り。それは帝の戦闘クラスだった。…彼の戦闘クラスはBクラスであるとオプトも言っていた。しかし、それ以上である可能性が出てきた今、主を護りながらの戦闘は絶対に回避しなければならない。万が一、ミルクの身に何かあれば、自分は悔いても悔やみきれないだろうから…。
早く!と急かすカルファ。しかし、小さな囁きが耳に届くと同時に、意識が暗転した。
―――ばれてしまったら、仕方ありませんね…。
笑顔から、いきなり眠ったように目を閉じ、倒れる彼女にミルクはパニック寸前だった。
「!カルファ!!」
不意を着かれ、首に意識を奪う手刀を喰らったカルファが倒れこむ音が鈍く耳に届き、ミルクは慌てて彼女に駆け寄った。抱き起こし、揺さぶるが返事は無い。息をしていることから、命に別状は無いようだ。
「一体何をするの!?どうしてこんな酷い事を…」
いきなり何をするんだと仲間を攻撃した男を今にも噛み付きそうな目で睨む少女の言葉が止まるのは、驚きのせい。
ニッコリと微笑みながら青い宝石を手にとって見せる帝の姿に、言葉を失う…。
「今が、行動を起こす好機と思いまして、拝借させていただきました」
その手中に輝く青い宝石は、今リム達が必死に屋敷を探し回っている"マーメイドの涙"そのものだったから。
(そんな…カルファ…)
彼女が言ったように、今、目の前の男が石を持っていた…。自分を守ってくれていた、心優しい男が…。
吸い込まれそうなほど青い輝きを放つソレは、つい数時間前まで自分が身に着けていたものなのに…。いや、ソレよりも驚くべきは、男が触れるとその身体を奪う魔石に素手で触れている男の姿。何故、彼は命を落さない?その体躯が蒸発したように無に帰さない??
驚きと、恐怖に声が震える。
「《ルナ》…?」
オプトも言っていた。《ルナ》は二人組みだと…。
今、オプトとジェイクが戦っている《ルナ》は一人しか居なかったとリムが言っていた。つまり、もう一人居てもおかしくないということ。
そして、男二人組みの《ルナ》が"マーメイドの涙"を狙えた理由をこうも言っていた。
―――純血天使…。
純血天使は性別を持たずに生まれてくる。第二覚醒を起こすことで、性別が決まり、ソレまでは、無性別なのだ。つまり、男ではないという事。"マーメイドの涙"に触れることが可能なのだ。
帝は何も言わずにただ微笑んでいた。
純血種の戦闘力が高いことはいくら箱入りのお嬢様と言われている自分でも知っている。特に、天使、悪魔、ヴァンパイアのこの三種の純血種は他に追随を許さないほどの力を秘めていると聞いていた。
だから、恐ろしい。
オプトは帝の戦闘力をBクラスだと言っていた。第一覚醒の時点で"COFFIN"の平均戦闘力Dクラス,Cクラスを上回る力を持つ彼の存在を前に、ミルクの頭に浮かんだのは、リムの姿だった…。
リムが戦わんとしている、"伝説の石"を狙う屈強な戦士達の戦闘レベルの高さに、彼女の傷つく様が容易に想像できてしまうことが、悲しかった。
これ以上、傷つかないで欲しいと願う気持ちに偽りなど無い。だから、彼女の敵の戦闘力に絶望してしまう…。
「《ベリオーズ》さんが戻られると厄介ですから、早々にお暇させていただきますね。女性と戦うのはポリシーに反するので。本当なら、カルファさんにもこんな手荒な真似をしたくなかったんですが、正体がばれてしまったので、やもを得ず手を上げてしまいました。気がつかれましたら謝っておいてください」
何を平然と言い放っているのだろうか、この男は…。ミルクは何も言わず、ただ、帝を睨みつける事しかできなかった。
戦闘力が皆無のミルクが、Bクラスの純血天使を前に石を取り戻せる可能性なんてあるわけが無い。誰か、早くこの場に来てと願いながら、帝の笑みをただ、黙って受けていた。
("伝説の石"を《ベリオーズ》以外の誰かに渡したくない。だから、誰か、帝を止めて…)
「ミルク!!」
「驚いた…気配の消し方は一流ですね。《ベリオーズ》さん」
張り詰める緊張に、息をし忘れていたことに気がついたのは、リムが部屋に押し入ってきた時。剣を構えて、帝とミルクの間に割って入る勇ましい女の姿に、帝は困ったように笑って見せた。女性に手を揚げたくないんですが…といいたげに。
ミルクはただ黙って、泣きそうな瞳でリムの背中を見つめていた。
「帝…貴様、最初からソレが狙いだったのか!?」
「頭の回転が速い女性は好きですよ。言ったでしょ?僕は、『仕事』でこの街に来たんです」
突発的に、石を欲した行動ではなく、計画された帝の振る舞いに、怪しさなど微塵も感じなかったリムは敵ながら賛辞を送ってしまう。
何処までが本心で、何処までが、作られたものだったのだろうか?
「全て、ですよ。…ただ、計算外だったのは、貴女の存在ですね。あまりにも健気で、つい石を諦めようかとも考えてしまいましたよ」
ニコニコ笑ってリムの正体はとっくに気がついていたと帝は言った。美しい赤髪の怪盗・《ケイ》が、元"DEATH-SQUAD"S班4thであり、混血生物最強と謳われた男の弟子であるという事は同業者の間で知らないものなどいないと笑った。
「はじめまして、と、挨拶するべきでしょうか?貴女と同じ、怪盗業に携わる者です。以後、お見知りおきを」
「ふざけるな!!《ルナ》の片割れだと分かった時点で貴様を殺す事は確定しているんだからな!!」
剣を構え、床を蹴り窓辺で佇む白髪の男に切りかかる。リムの刃が向かうのは、帝の首。本当に殺す気で攻撃を仕掛けているようだ。しかし、その辺の雑魚ボディーガードとは違い、帝はBクラスの純血天使。Dクラスのリムごときが命を奪うことはもちろん、傷をつけることすら出来なかった。
「女性に手を上げることはポリシーに反します。特に、自分よりも2ランクも下の方になら、なおさらです」
リムの剣を余裕綽々で交わし、窓から無数の星が瞬く空へと飛び立つ帝の背には、純白の翼…。
「"伝説の石"を狙っているのならまた何処かで会うこともあるでしょう。そのときは、女性として、お会いできることを楽しみしてますよ《ベリオーズ》さん」
「!待て!!」
夜空に消える姿に、慌てて後を追おうとするリム。しかし、深追いするなとジェイクの声が背後から聞こえた。
振り返れば、ジェイクが部屋の入り口に立っていた。その肩に担がれているのは気を失ったオプトのようだ。
「何で止めるんだよ!!」
「"DEATH-SQUAD"S班が来た。お前も感じただろうが?次元違いの戦闘力を」
今度は、烈火の声がすぐ近くで聞こえてくる。驚いて視線を巡らせば、「ようやく合流」といつの間にか窓辺に立っている彼の姿が確認できた。
槍を片手に疲れたと言葉に発せられなくても伝わってくるほど、疲労している彼。相当数の護衛兵とやりあってきたのだろう。
「怪盗業は軽犯罪とは言え"CONDUCTOR"への反逆行為だ。任務外と言えども掴まる可能性だって無いわけじゃない。逃げるぞ」
オプトを壁にもたれ掛けるように降ろすと、ジェイクはリムと烈火の元に向かって歩いてくる。氷華とシーザの姿が見えないことを烈火が尋ねれば、先に帰したと返事が返ってきた。
「でも…」
「アホか。命あっての物だねだ!石が全部盗まれたわけじゃないんだから頭切り替えろ」
烈火が渋るリムに怒鳴り声を上げ、「いいから、逃げるぞ!」と飛行呪文を唱えて空へと飛び立ってゆく。
「烈火、先に行ってろ。氷華達は街外れの教会にいるはずだから」
「…了解」
何か言いたそうな顔をしている烈火だが、ジェイクの言葉に素直に屋敷を離れてゆく。それを確認すると、ジェイクは振り返り、悔しそうに俯くリムの頭を優しく撫でてやる。
「リム、目的を忘れるな。…S班が《ルナ》と戦っている間に、この屋敷を離れなければならない。これは、わかるな?」
「分かる…」
「今、純血天使の帝と戦う事は、自殺行為だということも分かってるな?」
「わかる…」
「オレが深追いするなといった理由は?」
「帝が何者か、どういう意図で"伝説の石"を集めている奴か分からないから…だろ…?」
ジェイクがいるのなら、帝には、勝つ事は造作も無いことだろう。しかし、帝は『仕事』と言った。つまり、誰か裏で糸を引いている人物がいるということ。帝の性格を考えると、彼がリムの敵、スタンとフレアに関係が有るとは考えにくい。だが、"伝説の石"を狙う輩は、何も奴等だけでは無いのだ。ジェイクはそれを警戒しろと言っていると分かっている。
不貞腐れて答えるリムに、分かってるなら、いい。と笑う彼。
「あ~…せっかく本物の"伝説の石"だったのに…はぁ…」
「あ、あの…」
落胆するリムに、戸惑い気味な少女の声が聞こえる。そういえば、今この場にはミルクも居たのだったと思い出す。床には気を失ったカルファと、壁にはオプト。カスター卿の屋敷においてNo1とNo2の実力を誇る二人がダウンしていては、満身創痍もいいところだ。
本来なら、このままの状況で立ち去ることは躊躇われるが、星最強の暗殺集団、"DEATH-SQUAD"のトップ、S班がミルクを護りにわざわざ星都からやってきたのだ。任せておいて問題ないだろう。というか、逃げないとリム達の命が危うい。
「悪い、ミルク…せっかく俺に託そうしてくれたものを…」
「い、良いの!!」
申し訳なさそうに頭を下げるリムに、慌ててしまう。石を奪われて一番堪えているのは彼女である筈なのに…と。
屋敷から《ルナ》と《ケイ》が現れたという騒動はいつの間にかなくなっていて、妙な静けさだけがあたりに流れた。遠くで聞こえる戦闘の音も、此処とは全く別次元の出来事のように感じてしまう。
「…《ルナ》もやるようだな…S班の6thが出てきたのに…未だに戦っているとはな…」
ジェイクの賛辞にも似た言い方に、リムは今後逢うことになるであろう新たな敵の存在に気を引き締めるかのように、頬を叩き、気合を入れる。こんな屈辱は一度で充分だから。
(もう二度と遅れはとらない!《ルナ》にも、ジェイクにも!!)
「リム、納得してくれたらな、そろそろ本気で屋敷を離れたいが、いいか?」
「?何が?」
意味が分からずキョトンとする彼女に、ジェイクは視線をミルクに移してみせる。どうやら、今度こそ、別れの言葉をかけなくていいのか?という事らしい。
よく分かるな。と笑うリムは、俯き、泣きそうになるのをグッと耐えているミルクの顎に手をかけ、顔を上げさせた。
涙が瞳一杯に溜まった目に、赤い髪の女が映る…。
「ミルク。歩き出してくれて、ありがとう…」
「《ベリオーズ》…」
「はは、…違うよ、ミルク。…私の名前は、リム。リム・フェルリア…覚えてくれるか?」
優しく笑い、いつの間にか零れだした涙をリムの綺麗な指が拭ってくれる…。ミルクは震える声で、「リム…」と大切な女性の名を口にするだけで、それ以上は何も言えなかった…。
「…"マーメイドの涙"は必ず取り返すから、心配しないで……全てが終われば、届けに、来るから…」
「…リム…どうして…貴女は戦うの…?…貴女が望むのなら…お父様に頼んで"DEATH-SQUAD"の方に動いてもらうのに………」
「うん…。ありがとう、ミルク…。でも、これは私の戦いなんだ…私が、私で居る為の戦いだから…剣を置くことは…まだ出来ない…ごめんね…」
その優しい心だけで、充分救われるから。とリムは笑う。…その優しさを、他の人に、分けてあげてと、願う…。
世界に優しい人が増えたなら、悲しい出来事が、減るはずだから…。
「リム…」
「…じゃーな、ミルク。元気で…」
白い肌に添えていた手をゆっくりと離し、リムはジェイクの待つ窓辺に歩く。ミルクと過ごした日々を思い出しながら、リムは窓枠に立ち、黒い羽を背から生やした…。
「行くぞ」
ジェイクが先に飛び立ち、リムもそれに続けば、星の瞬く空に、二つの影が並ぶ。
振り返れば、窓から身を乗り出すように自分たちを見つめているお嬢様の姿が目に入った。
「ありがとう、リム!私、貴女のように、優しくて強い女性になるわ!!だから…だから………祈ってるから!!…貴女の進む道に、笑顔がありますようにって、祈ってるから!!」
「…ありがとう…ミルク…」
最後の最後にミルクが涙声で紡いだ言葉が耳に届いた。リムは微笑み、立ち上がり、歩き出した少女の幸福をただ、願う…。
「え?…あぁ、そうだな」
屋敷を奔走するが、ほとんど護衛兵と出会うことがないのは、おそらく、烈火が全て引き受けてくれているから。
烈火の戦闘力では勝てない相手もいるだろうが、彼の身体能力があれば、逃げることも可能だから特に心配は要らないだろう。それよりも、《ルナ》と戦っているジェイクが気になるのはリム。《ルナ》の戦闘力とジェイクの戦闘力を比べても、劣るのはジェイクの方だ。それなのにジェイクの表情は自信に満ち溢れていた。絶対に、負けることはないと言わんばかりに…。
(あの自信は一体何だ……ん?…!!な…)
「!な、なんだ!?」
「すごい戦闘力……"DEATH-SQUAD"が来たみたいね…」
突如辺りを支配する巨大な戦闘力にリムは足を止めて辺りを警戒する。それに氷華も顔を青ざめていて…。
リムの肩に乗っていた戦闘力が低いシーザもその力を察知したのか"DEATH-SQUAD"のレベル違いの魔法力にただただ恐怖した。こんな化け物級に狙われたら、ひとたまりもない。と…。
「S班…みたいだね…この戦闘力…」
氷華の零す言葉にリムも驚きを隠せない。"DEATH-SQUAD"S班…"COFFIN"最大の暗殺集団のトップに君臨する部隊が、今、此処に…?
師を狙った連中の戦闘力を思い出し、改めて、S班の凄さを知った。…おそらく、本気を出したときの戦闘力は、まだまだ上であるだろうから…。
「やばいな…さっさと"マーメイドの涙"が何処に行ったか探さないと…」
「でも、何処にも落ちてなかったよ?どうするの?」
早く屋敷を離れたほうが良い事は分かってる。でも、魔石が何処に行ったか分からないままにしておくわけにもいかない…。敵が、最低でも何グループいるかだけでも、知りたいから…。
「!そうだ!シーザ!!ずっとミルクと一緒に居たよな?《ルナ》の襲撃から、ミルクに近寄った奴を覚えているか?」
その中に、怪しい女が居なかったかとリムは問いただす。"マーメイドの涙"に触れる事が出来るのは女だけだから、ミルクに近付いた女が、盗んだ犯人となるはずだ。
しかし…。
「いなかったよ」
あっけない一言で、望みは粉砕。誰が石をミルクから盗んだのか、全く検討も付かない。
男が触れずに"マーメイドの涙"を盗む事は可能だろう。しかし、盗んだ魔石を、保持しておくことは困難なはず。少しでも石の部分が触れてしまえば、途端、細胞が死滅し、肉体が消滅してしまうのだから…。
「本当に?間違いないか?」
「う~ん……うん、記憶を辿っても、あの後ミルク様に近付いたのってオイラと、帝って人だけだもん。間違いないよ」
頷くシーザに脱力。一体誰が石を盗んだのだろう?まさか、リム達が屋敷に潜入する前に石は盗まれていたのだろうか…?
「…シーザが…てことは絶対ないし…となると、帝さんが怪しいわけね…」
「でも、帝って人は男でしょ?」
「そうなのよね~…女以外に"マーメイドの涙"に触れられるのは、純血天使だけだし…」
ため息とともに腕を組んで首を傾げてしまう氷華。シーザも困ったねぇ…と小さく言葉を零す。
必死に考えている二人に、リムが訝しそうに「純血天使も触れるって?」と尋ねて来た。
「え?だから、純血天使は、第二覚醒が起こるまでは性別がないってことだけど…もしかして、リム、知らなかったの?」
「第二覚醒が起こるまで…性別が…ない…?…!!」
言葉に出して反芻する事実に、リムは慌てて走り出した。今度は何かと氷華も驚く。
少しは説明してから行動して欲しいと愚痴を零しながらも、前を走る赤髪の女を追う。
「シーザ、氷華と一緒にジェイクを探してきて!」
「ちょ、だから、リム!少しは説明してよ!!」
今度は何に血相変えて走り出したのかと氷華は戸惑いを隠せない。シーザも、とりあえず、言われた通り氷華の肩に飛び移るが、リムの言葉の意図を理解しているわけではなかった。
「リム?」
「帝だよ!!…あいつ、純血天使だ!!」
「!えぇ!!?」
*
「ミルク様!!」
「!カルファ!!」
ドアを壊す勢いで部屋に入ってきたのは、女でありながら、オプトと並び護衛頭を務める色黒な女性だった。主の身を案じて急いでやってきたのだろう。肩で息をしながらミルクの無事を確認すると、「ご無事で何よりです」とうっすらと額に汗をかきながらも笑顔を見せた。
「…オプトの姿が見えませんが…?」
「オプトさんは今、《ルナ》と交戦中です。カルファさん、ミルク様をよろしくお願いします。僕が様子を見てきます」
主から離れるべきではない男の姿がないことに顔を顰めて相棒の行き先を問えば、帝が話に割って入ってきて、更にカルファは顔を顰める。お前には聞いていないといいたげだ。
「ちょっと待て、"DEATH-SQUAD"S班が到着してくれたみたいだ。彼に任せておけばいい。お前は主を護ることだけ考えてろ」
部屋を出ようとする白髪の男を呼び止めて、カルファは持ち場を間違えるな、と睨みつけてきた。その眼光が威圧的で、帝は大人しくそれに従うこととする。
「ミルク様、《ベリオーズ》が…《ケイ》が侵入したと聞いたのですが…」
「カルファ、…朝も言ったように、彼女を傷つけないで……《ベリオーズ》は私にとって…特別な人なの…」
必死に訴えてくるミルクに、カルファは優しく笑い、頷いてみせる。…強くなった主の姿に、カルファは《ベリオーズ》に言い表しようのない感謝の念が溢れた…。オプトと同じように、カルファもまた、ミルクを護りきろうと心に決めているのだ。
「分かっています…彼に…いや、彼女に石を託したのですか…?」
オプトが言っていた。ミルク様は、《ベリオーズ》と名乗っていた少女に石を渡す気だと。だから、それに関しては、我々は何も見なかったことにしようと、二人で、決めた。…全ては、愛しい主の為に…。
「…それが…」
カルファの問いに困ってしまうのは、ミルク。彼女の様子に首を傾げてみせれば、帝が説明を始めてくれた。石は、奪われたか、屋敷内に落としたかのどちらかだと。
「しかし、屋敷内にソレらしきものは発見できてませんが……」
考え込むカルファは記憶を辿る。…帝の話では、ミルクの傍には常に彼が居たという…。それなのに…何故石が無くなる……?
「!!……まさか…」
「カルファ…?」
考え込んでいた女の顔に、驚きと戸惑いが一瞬伺えた。しかし、すぐにソレを隠し、何時もの通り主に向ける笑顔に戻ると、カルファはミルクの肩に手を置き、小声でこう指示した。
―――逃げて下さい。
と…。
カルファの一連の表情は、背を向けていたおかげでミルク以外に見られること無く主に指示を出せた。もし、見られていたら、感づかれていたかもしれないから…。
「え?…どうして……」
言葉に出せない。それでも、伝えなければならない…。
カルファは戸惑うミルクに「S班がきてくれましたし、石も直見つかりますよ」と笑いながら言葉を紡ぎ、自身の身体から死角になるように凝縮した魔法力で宙に言葉を綴ってゆく。
―――帝が石を持っています…。
「!!」
それは、驚愕せずには居られない事実。驚くのは、部屋を出てからと文字が綴られる。
今戦闘に入るのは危険だと判断したカルファの焦り。それは帝の戦闘クラスだった。…彼の戦闘クラスはBクラスであるとオプトも言っていた。しかし、それ以上である可能性が出てきた今、主を護りながらの戦闘は絶対に回避しなければならない。万が一、ミルクの身に何かあれば、自分は悔いても悔やみきれないだろうから…。
早く!と急かすカルファ。しかし、小さな囁きが耳に届くと同時に、意識が暗転した。
―――ばれてしまったら、仕方ありませんね…。
笑顔から、いきなり眠ったように目を閉じ、倒れる彼女にミルクはパニック寸前だった。
「!カルファ!!」
不意を着かれ、首に意識を奪う手刀を喰らったカルファが倒れこむ音が鈍く耳に届き、ミルクは慌てて彼女に駆け寄った。抱き起こし、揺さぶるが返事は無い。息をしていることから、命に別状は無いようだ。
「一体何をするの!?どうしてこんな酷い事を…」
いきなり何をするんだと仲間を攻撃した男を今にも噛み付きそうな目で睨む少女の言葉が止まるのは、驚きのせい。
ニッコリと微笑みながら青い宝石を手にとって見せる帝の姿に、言葉を失う…。
「今が、行動を起こす好機と思いまして、拝借させていただきました」
その手中に輝く青い宝石は、今リム達が必死に屋敷を探し回っている"マーメイドの涙"そのものだったから。
(そんな…カルファ…)
彼女が言ったように、今、目の前の男が石を持っていた…。自分を守ってくれていた、心優しい男が…。
吸い込まれそうなほど青い輝きを放つソレは、つい数時間前まで自分が身に着けていたものなのに…。いや、ソレよりも驚くべきは、男が触れるとその身体を奪う魔石に素手で触れている男の姿。何故、彼は命を落さない?その体躯が蒸発したように無に帰さない??
驚きと、恐怖に声が震える。
「《ルナ》…?」
オプトも言っていた。《ルナ》は二人組みだと…。
今、オプトとジェイクが戦っている《ルナ》は一人しか居なかったとリムが言っていた。つまり、もう一人居てもおかしくないということ。
そして、男二人組みの《ルナ》が"マーメイドの涙"を狙えた理由をこうも言っていた。
―――純血天使…。
純血天使は性別を持たずに生まれてくる。第二覚醒を起こすことで、性別が決まり、ソレまでは、無性別なのだ。つまり、男ではないという事。"マーメイドの涙"に触れることが可能なのだ。
帝は何も言わずにただ微笑んでいた。
純血種の戦闘力が高いことはいくら箱入りのお嬢様と言われている自分でも知っている。特に、天使、悪魔、ヴァンパイアのこの三種の純血種は他に追随を許さないほどの力を秘めていると聞いていた。
だから、恐ろしい。
オプトは帝の戦闘力をBクラスだと言っていた。第一覚醒の時点で"COFFIN"の平均戦闘力Dクラス,Cクラスを上回る力を持つ彼の存在を前に、ミルクの頭に浮かんだのは、リムの姿だった…。
リムが戦わんとしている、"伝説の石"を狙う屈強な戦士達の戦闘レベルの高さに、彼女の傷つく様が容易に想像できてしまうことが、悲しかった。
これ以上、傷つかないで欲しいと願う気持ちに偽りなど無い。だから、彼女の敵の戦闘力に絶望してしまう…。
「《ベリオーズ》さんが戻られると厄介ですから、早々にお暇させていただきますね。女性と戦うのはポリシーに反するので。本当なら、カルファさんにもこんな手荒な真似をしたくなかったんですが、正体がばれてしまったので、やもを得ず手を上げてしまいました。気がつかれましたら謝っておいてください」
何を平然と言い放っているのだろうか、この男は…。ミルクは何も言わず、ただ、帝を睨みつける事しかできなかった。
戦闘力が皆無のミルクが、Bクラスの純血天使を前に石を取り戻せる可能性なんてあるわけが無い。誰か、早くこの場に来てと願いながら、帝の笑みをただ、黙って受けていた。
("伝説の石"を《ベリオーズ》以外の誰かに渡したくない。だから、誰か、帝を止めて…)
「ミルク!!」
「驚いた…気配の消し方は一流ですね。《ベリオーズ》さん」
張り詰める緊張に、息をし忘れていたことに気がついたのは、リムが部屋に押し入ってきた時。剣を構えて、帝とミルクの間に割って入る勇ましい女の姿に、帝は困ったように笑って見せた。女性に手を揚げたくないんですが…といいたげに。
ミルクはただ黙って、泣きそうな瞳でリムの背中を見つめていた。
「帝…貴様、最初からソレが狙いだったのか!?」
「頭の回転が速い女性は好きですよ。言ったでしょ?僕は、『仕事』でこの街に来たんです」
突発的に、石を欲した行動ではなく、計画された帝の振る舞いに、怪しさなど微塵も感じなかったリムは敵ながら賛辞を送ってしまう。
何処までが本心で、何処までが、作られたものだったのだろうか?
「全て、ですよ。…ただ、計算外だったのは、貴女の存在ですね。あまりにも健気で、つい石を諦めようかとも考えてしまいましたよ」
ニコニコ笑ってリムの正体はとっくに気がついていたと帝は言った。美しい赤髪の怪盗・《ケイ》が、元"DEATH-SQUAD"S班4thであり、混血生物最強と謳われた男の弟子であるという事は同業者の間で知らないものなどいないと笑った。
「はじめまして、と、挨拶するべきでしょうか?貴女と同じ、怪盗業に携わる者です。以後、お見知りおきを」
「ふざけるな!!《ルナ》の片割れだと分かった時点で貴様を殺す事は確定しているんだからな!!」
剣を構え、床を蹴り窓辺で佇む白髪の男に切りかかる。リムの刃が向かうのは、帝の首。本当に殺す気で攻撃を仕掛けているようだ。しかし、その辺の雑魚ボディーガードとは違い、帝はBクラスの純血天使。Dクラスのリムごときが命を奪うことはもちろん、傷をつけることすら出来なかった。
「女性に手を上げることはポリシーに反します。特に、自分よりも2ランクも下の方になら、なおさらです」
リムの剣を余裕綽々で交わし、窓から無数の星が瞬く空へと飛び立つ帝の背には、純白の翼…。
「"伝説の石"を狙っているのならまた何処かで会うこともあるでしょう。そのときは、女性として、お会いできることを楽しみしてますよ《ベリオーズ》さん」
「!待て!!」
夜空に消える姿に、慌てて後を追おうとするリム。しかし、深追いするなとジェイクの声が背後から聞こえた。
振り返れば、ジェイクが部屋の入り口に立っていた。その肩に担がれているのは気を失ったオプトのようだ。
「何で止めるんだよ!!」
「"DEATH-SQUAD"S班が来た。お前も感じただろうが?次元違いの戦闘力を」
今度は、烈火の声がすぐ近くで聞こえてくる。驚いて視線を巡らせば、「ようやく合流」といつの間にか窓辺に立っている彼の姿が確認できた。
槍を片手に疲れたと言葉に発せられなくても伝わってくるほど、疲労している彼。相当数の護衛兵とやりあってきたのだろう。
「怪盗業は軽犯罪とは言え"CONDUCTOR"への反逆行為だ。任務外と言えども掴まる可能性だって無いわけじゃない。逃げるぞ」
オプトを壁にもたれ掛けるように降ろすと、ジェイクはリムと烈火の元に向かって歩いてくる。氷華とシーザの姿が見えないことを烈火が尋ねれば、先に帰したと返事が返ってきた。
「でも…」
「アホか。命あっての物だねだ!石が全部盗まれたわけじゃないんだから頭切り替えろ」
烈火が渋るリムに怒鳴り声を上げ、「いいから、逃げるぞ!」と飛行呪文を唱えて空へと飛び立ってゆく。
「烈火、先に行ってろ。氷華達は街外れの教会にいるはずだから」
「…了解」
何か言いたそうな顔をしている烈火だが、ジェイクの言葉に素直に屋敷を離れてゆく。それを確認すると、ジェイクは振り返り、悔しそうに俯くリムの頭を優しく撫でてやる。
「リム、目的を忘れるな。…S班が《ルナ》と戦っている間に、この屋敷を離れなければならない。これは、わかるな?」
「分かる…」
「今、純血天使の帝と戦う事は、自殺行為だということも分かってるな?」
「わかる…」
「オレが深追いするなといった理由は?」
「帝が何者か、どういう意図で"伝説の石"を集めている奴か分からないから…だろ…?」
ジェイクがいるのなら、帝には、勝つ事は造作も無いことだろう。しかし、帝は『仕事』と言った。つまり、誰か裏で糸を引いている人物がいるということ。帝の性格を考えると、彼がリムの敵、スタンとフレアに関係が有るとは考えにくい。だが、"伝説の石"を狙う輩は、何も奴等だけでは無いのだ。ジェイクはそれを警戒しろと言っていると分かっている。
不貞腐れて答えるリムに、分かってるなら、いい。と笑う彼。
「あ~…せっかく本物の"伝説の石"だったのに…はぁ…」
「あ、あの…」
落胆するリムに、戸惑い気味な少女の声が聞こえる。そういえば、今この場にはミルクも居たのだったと思い出す。床には気を失ったカルファと、壁にはオプト。カスター卿の屋敷においてNo1とNo2の実力を誇る二人がダウンしていては、満身創痍もいいところだ。
本来なら、このままの状況で立ち去ることは躊躇われるが、星最強の暗殺集団、"DEATH-SQUAD"のトップ、S班がミルクを護りにわざわざ星都からやってきたのだ。任せておいて問題ないだろう。というか、逃げないとリム達の命が危うい。
「悪い、ミルク…せっかく俺に託そうしてくれたものを…」
「い、良いの!!」
申し訳なさそうに頭を下げるリムに、慌ててしまう。石を奪われて一番堪えているのは彼女である筈なのに…と。
屋敷から《ルナ》と《ケイ》が現れたという騒動はいつの間にかなくなっていて、妙な静けさだけがあたりに流れた。遠くで聞こえる戦闘の音も、此処とは全く別次元の出来事のように感じてしまう。
「…《ルナ》もやるようだな…S班の6thが出てきたのに…未だに戦っているとはな…」
ジェイクの賛辞にも似た言い方に、リムは今後逢うことになるであろう新たな敵の存在に気を引き締めるかのように、頬を叩き、気合を入れる。こんな屈辱は一度で充分だから。
(もう二度と遅れはとらない!《ルナ》にも、ジェイクにも!!)
「リム、納得してくれたらな、そろそろ本気で屋敷を離れたいが、いいか?」
「?何が?」
意味が分からずキョトンとする彼女に、ジェイクは視線をミルクに移してみせる。どうやら、今度こそ、別れの言葉をかけなくていいのか?という事らしい。
よく分かるな。と笑うリムは、俯き、泣きそうになるのをグッと耐えているミルクの顎に手をかけ、顔を上げさせた。
涙が瞳一杯に溜まった目に、赤い髪の女が映る…。
「ミルク。歩き出してくれて、ありがとう…」
「《ベリオーズ》…」
「はは、…違うよ、ミルク。…私の名前は、リム。リム・フェルリア…覚えてくれるか?」
優しく笑い、いつの間にか零れだした涙をリムの綺麗な指が拭ってくれる…。ミルクは震える声で、「リム…」と大切な女性の名を口にするだけで、それ以上は何も言えなかった…。
「…"マーメイドの涙"は必ず取り返すから、心配しないで……全てが終われば、届けに、来るから…」
「…リム…どうして…貴女は戦うの…?…貴女が望むのなら…お父様に頼んで"DEATH-SQUAD"の方に動いてもらうのに………」
「うん…。ありがとう、ミルク…。でも、これは私の戦いなんだ…私が、私で居る為の戦いだから…剣を置くことは…まだ出来ない…ごめんね…」
その優しい心だけで、充分救われるから。とリムは笑う。…その優しさを、他の人に、分けてあげてと、願う…。
世界に優しい人が増えたなら、悲しい出来事が、減るはずだから…。
「リム…」
「…じゃーな、ミルク。元気で…」
白い肌に添えていた手をゆっくりと離し、リムはジェイクの待つ窓辺に歩く。ミルクと過ごした日々を思い出しながら、リムは窓枠に立ち、黒い羽を背から生やした…。
「行くぞ」
ジェイクが先に飛び立ち、リムもそれに続けば、星の瞬く空に、二つの影が並ぶ。
振り返れば、窓から身を乗り出すように自分たちを見つめているお嬢様の姿が目に入った。
「ありがとう、リム!私、貴女のように、優しくて強い女性になるわ!!だから…だから………祈ってるから!!…貴女の進む道に、笑顔がありますようにって、祈ってるから!!」
「…ありがとう…ミルク…」
最後の最後にミルクが涙声で紡いだ言葉が耳に届いた。リムは微笑み、立ち上がり、歩き出した少女の幸福をただ、願う…。
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