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【 2 】
しおりを挟む宋の東部に栄えた商都、平苑の街路は石畳ではない。
街道に面している王族専用の郭景門をいささか不穏な程の慌ただしさで走りくぐった寛承君の絹蓋馬車は、雨水が溜まりやすい下町の市場境に差しかかると速度の出しすぎで泥濘に車輪を取られ、すぐに動けなくなった。
直後、馭者の未熟さを非難しながら傾いた馬車を飛び降りたのは、寛承君その人である。まとう衣服は古びているものの素材は確かで、王族の礼式に則った、それなりの華やかさを持つ装いだ。 が、共をする者は一人もなかった。 先王の血を引いてはいるが捨て扶持として貧村を充てがわれているだけで、直属の家臣や護衛を持つ事を許されない名ばかりの「君」─── 下位の貴族なのである。
「お前は馘だ」と言い捨てて曲がり角の先に消えようとする若い主人に向かって、対等の立場で罵り返す馭者の態度にも位相応の不敬ぶりが現れていた。
だが、今はその程度の小さな非礼を咎め立てしている時ではない。
「ようやく帰って来たのが本当なら……」
鄭欣の奴がこの街に帰ったのであれば、すぐにでも会わなくては 。
「あいつめ、実験だの採集だの、いつもふらふら出掛けおって……」
この緊急時に頼りとなりそうな者と云えば、変人だが鬼才、気難しくも他に並ぶ者とて無い天才発明家の鄭欣だけだ。
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