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【 13 】
しおりを挟む明暗。
逆転。
「明暗の、逆転? …… って、なんの事だ」
どちらも良く知る言葉ではあったがその組み合わせ方が奇妙だったせいか、寛承君は面食らった顔で鸚鵡返しに聞き直した。
「眼の写り方を例にとろう」
陽が落ちてから、鄭欣は実際に着光実験を済ませたランの葉を取り出した。葉の表面を指差す先には、数刻前に髪を結い上げた遊牧民のうら若い女性の姿が写っている。 だが本来明るく見える部分は緑色で、暗く見えるべき部分は白いままだった。
「この子の瞳は黒に近い暗色だったが……」
その部位の葉は、白い。
逆に白目の部分は、見事に緑色に変わっていた。 同様に、肌は薄緑、そして深みのあった黒髪は白く写っている。
「見え方と映り方が逆なんだ。これをどう解決するか」
「まあ、顔の形や特徴が変わるわけじゃないから、目的には達してるんじゃないか? 少し不自然なだけで」
「だいぶ、不自然だよ。 これでは道具として美しくない。 発明としては不完全なのが、僕にはなんとも気に入らないね」
「いっそ、捉影する間だけ眼や肌を逆の色合いに塗らせてもらうか」
お手上げといった感じで軽口を叩いた寛承君だったが、鄭欣はその言葉に飛び上がった。
「それだ!」
「何?」
「逆の色合いだよ。逆の色合いの物を捉影するんだ」
「ぬ、塗らせてもらうっていうのか?」
「違う。それはもうある。逆の色合いになった物は、既にここにある」
鄭欣は両手で鉢植えのランを抱え込んだ。
「この着光済みの葉を、もう一度改めて別のランで捉影し直せばいい。 反転した明暗を、さらに再反転させて元に戻すんだ」
問題の解決を喜ぶ寛承君が腰を浮かしかける。
「じゃ、さっそくそれを素材にして……」
「いや、このランはもう使えない。 よく見てみろ」
葉の全体が、すでに薄く緑に色づき始めていた。
「一度でも箱の外に出してしまえば、いずれ全てが緑色になる。 こいつは他の使い終わった鉢と一緒に、洞窟に植え直してやろう」
無念そうな鄭欣の声が宵闇に沈んでいく。
「光が当たっていないように見える部分も、実際は捉影によってほんのわずかだが光の影響を受けるんだ。 白い部分と緑の部分を明確に分かち続ける効果は長くは保たない。 最後は一面緑色の、元気なランの葉だ。
それに、ランを明るい所に出して人間がそれを「見る」という行為そのものが、写像の寿命を縮めてしまう。
こればかりは今の技術ではどうしようもないな。 捉影したらなるべく時間を置かずにそれを見る、という使い方をするしかない …… 君にわざわざ長城までついて来てもらったのはそのためだよ」
こうして彼らが最後の問題に(文字通りの)光明を見出した翌朝、地平線の彼方が薄灰色に変わった。
◇
羊である。
現れた巨大な羊の群れは地を這う雲海のようで、みるみるうちに遠景の全てを埋め尽くした。
その流れから発した一騎の使いが、鄭欣たちの馬車に悠々と近付いて来る。
やがて使者は馬の歩みを止めて丁寧に挨拶すると、姫の髪結いをお願いしたいが、我らの宿営まで出向いていただけまいか ─── と温かみのある訛りで尋ねた。
「我らは ──── 」
使いは自らを、遼俄族、と名乗った。
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