ロイヤルの騎士たち

夢末 虹

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第六話 一つの相談

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 潮の香りが蔓延している港町。漁港にはたくさんの船が並んでいる。
 百八十度回転して、眼前にある建物に視線を戻した。ビギニングでも珍しい木造建築で和風な感じ。いかにも『道場』といった見た目だ。

「失礼しまーす」

 いつもと変わらない声の調子でドアを開けた。しかし、またもや人の姿はない。

「今日も休みなのかな?」

 そんな独り言を呟いて、畳の床へ上がった。部屋の中央に荷物を置いて寝転がる。とりあえず誰か来るまで待つのが良さそうだ。
 静寂な空気が流れる中、俺の意識はだんだん遠のいていった。


 頬が熱を帯びる。ひっぱたかれたような痛み。目を開けると、逆さになった綺麗な顔がぼんやり見えた。俺の部屋には誰もいないはず。ならこの美人はいったい何者だろう。

「誰ですか?」
「バカ言ってないで早く起きなさい」

 ようやく視界がはっきりしてきた。目の前にはカオリの顔がある。

「な、なんでカオリが俺の家に?」
「は?」

 驚愕を示してばっと起き上がる。それに反応したカオリの声音は、酔っ払いの対応をする時のものによく似ていた。

「ここ道場だけど」
「へ?」

 ……思い出した。今日も剣術に磨きを掛けるため、訪れていたのだ。窓から差し込む橙色の光が俺を照らしている。

「今何時?」
「五時」
「午後?」
「そう」

 俺が来たのは確か午後の三時だったはず。カオリの言葉が真実ならば、二時間も眠っていたことになる。

「遅い!」
「いや来るなら連絡してって言ってるでしょ」

 時間を無駄にしてしまった不満をぶつけるも、正論で返される。こうなると打つ手はない。素直に自分の非を認め、次からは連絡しようと心に決めた。

「それで?」
「剣術教えて」
「人にものを頼む時の態度じゃない」
「教えてください」
「何を?」
「剣」

 めんどくせええええ。
 心底そう思ったが、口にするのはやめた。会話だけで日が暮れてしまいそうだったから。

「仕方ないなー、ちょっとだけよ?」

 そう言ったカオリはスイッチを入れるかのように、ニコッと笑った。満面の笑み。
 なぜこうも簡単にそんな表情ができるのか、不思議で仕方がない。ちなみに本人は無自覚らしいが。
 俺も自分のほっぺたを叩いて、気合いを爆発させた。

「うおおおおお」
「うるさい」


 滴る汗を拭いながら、俺はちょっとの定義について考えていた。
 カオリのちょっとは三時間なのだろうか。外はすっかり真っ暗だ。

「今日はおしまい!」

 勢いのある声。疲労なんて概念はカオリにはないのかもしれない。

「あ」
「ん?」

 うっかり忘れて帰るところだった。相談も兼ねて来たのだから、それは困る。
 カオリは何のことかと首をかしげている。

「俺がロイヤルに戻るって話は前にしたよな?」
「聞いてないけど」
「あれ?」
「聞いてない」

 伝えてなかったみたいだ。てっきり話したつもりでいた。

「まあいいや。とにかく俺はロイヤルに戻りたいんだよ」
「戻ればいいじゃん」
「最後まで聞いてくれ」

 すかさず切り込んでくるのは昔から変わっていない。

「でもあの件が原因で、俺は戦闘を拒んでるみたいなんだ。それで思ったのが、その根本的な原因を無くすには記憶ごと消すしかないって」
「ほう」
「どう思う?」

 カオリに意見を問うと、難しそうな顔をした。かなり考え込んでいる時の顔。

「そのトラウマを消すには、ルナのことも忘れることになるぞ?」
「そうだな」
「いいのか?」
「嫌だけど」
「うーん」

 カオリはまた口を閉じてしまった。
 確かにルナとの思い出は大切だ。でもそれが全てではないとも思っている。
 これからの長い人生。それを棒に振るくらいなら、過去を捨てる方がいい気がした。

「ま、何かの拍子で思い出すこともあるし、あんまり考えないで消してみてもいいかもね」
「思い出すなんてことあるのか?」

 それは初耳だ。ただ、それだとトラウマはどうなるのか。原因が記憶に蘇るならトラウマも同様ではないのだろうか。
 だがこの考察は、カオリの言葉に壊される。

「あるある。しかもトラウマは忘れたまま。ただ確率的には極わずかだけどね」
「カオリ、もしかして……」

 確信めいたその言いっぷりに、俺は疑問を感じた。もしやカオリには経験があるのではないかと。

「うん、私は一度あったの。忘れたくなかった人。でも忘れるしかなかった。そしたら急に思い出してね」

 笑いながら過去の体験を語ってくれた。

「だからシュウの気持ちはよくわかる。こういう時は迷っちゃ駄目なんだよ。勢いでいかなきゃ!」

 ぐっと手を握られる。俺を見つめるカオリの瞳には、説得力しか感じられなかった。

「わかった、ルナとは一時のお別れをするよ」

 そう告げると、俺は笑顔で振る舞った。
 この決断でいいのかなんてわからない。当然思い出せない確率の方が高いから。
 それでも、恩師にここまで言わせて引くわけにはいかなかった。

「ありがとう」

 ボソッと呟いた、感謝の言葉。

「ん? なんだって?」
「なんでもない」
「まあ聞こえてたけど~」
「あ、ちょ!」

 意地悪な笑みを顔に貼りつけて、抱きついてきた。子供扱いされるのは今でも同じらしい。

「顔赤くなってるよ?」
「う、うるさい!」
「ほんと可愛いんだから~」

 こうしてカオリには思う存分からかわれたが、俺にとっては居心地のいい時間だった。
 いつか恩返しする。その時には、しっかりたくましい姿を見せつけてやろうと誓った。

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