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「か、可愛い……!」

その言葉を聞いた時、魔王リオルは空耳かと思った。

だが、目の前の男は赤く頬を染め、穴が開くんじゃないかと思うほど、リオルの顔を凝視していた。

(私、そんなに可愛くないと思うけど……聞き間違えじゃないわよね……)

リオルは捨て子だった。先代の魔王に「なんだ? この薄汚いボロ雑巾は?」と、行き倒れていたところを拾われ、育てられた。

先代魔王は天涯孤独で、泥水をすすり、殺伐とした生活を送ってきた。そのため、絶望的に口下手だった。家族がいなかったため、リオルへの適切な接し方が分からず、照れ隠しで幼いころは「おい、痩せっぽち」大きくなってからは「ギョロ目」と罵るように言われて育てられたため、リオルは自己評価が低く、魔王の座を先代から引き継いでからは、寝る時以外、兜を付けるようになってしまった。

「完全に育て方を間違えたわよね……」
「先代魔王様、恨みますぞ……!」

リオルの愛らしい素顔と笑顔を知っている古参の魔族たちは落胆を隠せなかった。

先代魔王の功績は多く、尊敬されていたが、それが唯一の汚点となった。

魔王リオルは魔王として10年近く勇者と戦っている。
戦力で劣っていたが、配下である魔族が「魔王リオル様には指一本触れさせんぞ!」と奮闘してくれたからだ。

(勇者ニコラス……。誰かと付き合ったという噂も聞いたことがないから、女性に免疫がないとか……? でも勇者のパーティーは美女揃いだし……)

なぜか今回は単身で魔王城に乗り込んできたが、勇者ニコラスには仲間たちがいる。男は勇者だけで、その他全員が見目麗しい女たちだ。

恥ずかしげもなく大胆に肌を露わにしている痴女や、清楚華憐な美女がいる。全員、傍目から見て分かるぐらい、勇者に恋心を抱いていた。

けれど、その恋は実ることはなく、片想いのまま終わった。

勇者がまだ少年だったころから知っているからこそ、その性格も分かっていた。ストイックな性格で、打倒魔王を掲げ、己を鍛え上げることを重視し、多感な少年時代を捧げてきた。

(どうしよう……、このままだと……)

勇者はリオルを見て、固まったままだ。

魔王リオルは勇者に敗北を喫したのだ。勇者に敗れた魔王は先代と同じように死ぬべきだと、リオルは思っていた。

(もう、みんな居ないし……)

守るべき配下の魔族は、魔王リオルを庇って居なくなってしまった。みんなでいっしょに食べていた食事も、1人、また1人減り、つい数日前から、魔王リオルはひとりぼっちで食べるようになってしまった。

リオルが好きなものが所狭しと並ぶけど、料理番のゴブリンが心を込めて作ってくれた美味しい食事も、1人だと味気ないものだった。



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