煉獄の蝶~月夜の秘め事~【短編集】

ちゃむにい

文字の大きさ
28 / 38

『安眠妨害も、ほどほどに』

しおりを挟む
こんな落とし穴があるだなんて、誰が思うだろうか。

現在、私は困難に直面し、頭を抱えていた。こんなことになるなら、家賃が高くなろうとも、別の物件を検討すれば良かった、と思っても後の祭りだ。

(ああ……浴槽に、お湯をいれる音がする……)

それは許しがたい行為に発展する、危険な前兆だ。私にとっては悪夢と言ってもいい。何せ、今から行われることは、耳を塞ぎたくなるような事なのだから。

夜10時ぐらいから始まり、深夜2時には静かになる。
それは、まるで儀式のように、決まった時刻に行われる。だが、時には私が食事の準備をするような、早い時刻から聞くこともある。
つまりは彼らの気分次第なのである。それには私も、ほとほと困り果てていた。その行為は深夜遅くまで続き、熟睡することができず、朝早く女の叫び声で叩き起こされることもある。

学生生活の本分を弁えていない愚か者どもが、隣室で堂々と情事を繰り広げているのだ。近隣住民の迷惑も考えず、ホテル代わりに自室へ女を連れ込む男も男だが、女も女だ。

隣人の男は色魔だ。

日替わりで女が変わる。
女なんて酒のつまみとしか思っていないのではないか。心配になるほど『痛い』を連発する女性もいた。
テストでも始まれば控えるだろうかと期待したが、一向に収まる気配はない。

一人暮らしが始まってから、もう半年である。けれども、私はそれを日常として受け入れることができなかった。
とうてい慣れるなんて出来そうになかった。免疫がないと言ってしまえばそれまでだが、こんな赤裸々な隣人の性生活を、こんな形で知りたくない。

(お願い、あと少しだけ待って……!!)

カリカリと羽根ペンを走らせる。私が集中できるのも、あと数十分が限度だろう。それが過ぎてしまえば、勉強なんて手につかないのだから。
必死の形相で机に向かっていると、女性の甘えるような声が聞こえてきた。

(……ぎッ、ギリギリセーフ!!)

最後の空欄を埋め、私は時計を見る。
9時30分。
いつもに比べると、少し早い。こんな統計をとっても仕方がないかもしれないが、私は『それ』が起こる時刻を記録している。
少しでも情報を集めて、対策を練るためだ。

何度、壁を蹴飛ばして叫びたくなる衝動に駆られたことだろうか。





『ん……っ、あっ、すごいわ、リック』

鼻にかかったような艶っぽい声が聞こえてくる。今日は妙にハスキーな女性だ。まるでジャネットのような。
そこまで考えてから気が付いた。何を馬鹿なことを言っているのだ私は、これはジャネットじゃないか。
友人の声ぐらい、区別がつく。

そう思うと、今まで以上に居たたまれなくなった。これが犯罪行為であるなら、決死の覚悟で隣室の部屋のドアをノックして、ジャネットを救出すべく飛びこむだろう。
しかしどう聞いても、これは無理やりではない。
むしろジャネットのほうが積極的だ。聞いていて恥ずかしくなるぐらいに情熱的な言葉で男の欲望を煽る。

『ああっ、あんっ……気持ちいい……んぁ!!」



これはだめだ。

いくらなんでも、これはあんまりだ。

何が悲しくて友人の睦言を聞かされねばならぬのだ。



『もっと……そこ、突いて!……あっ、んっ、ぁああっ!!』



机に突っ伏して私は頭を掻き毟る。


(だ、だめだっ……)


ジャネットは色気ムンムンの美女だ。クラスどころか、学年で最も美しい女性の1人だろう。あの艶々とした黒髪を振りみだしながら、自ら腰を振って淫らな情事に耽る姿しか想像できない。
そんなこと想像もしたくないのに、彼女の色っぽい声で、嫌でも想像してしまった。友人の嬌声をバックコーラスに私はある決意をする。


(……野宿しよう。そっ、それがいい……!!)


家族は近くに住んでいないし、出来たばっかりの友人を頼るわけにもいかない。窓の鍵さえ開けておけば、朝に浮遊の魔法でこっそり戻ればいい。
寒くて熟睡できないだろうが凍死するほどの寒さではない。それ以上に、この部屋にいることは、私には耐えがたかった。
毛布を1枚抱えて、私は部屋を抜け出した。

そして寝場所を求め、私は町を彷徨った。

寝るのに都合が良さそうな場所は中々見つからなかった。こういったことになることも、あらかじめ予想しておくべきだったと、私は後悔した。

(でも私は負けない……幾度挫折しようが、不死鳥の如く蘇ってみせる!!!)

毎晩のように情事に励む色男に、うるさいと叫ぶ勇気はない。
ほんとうは直ぐにでも引っ越しをしたいところだったが、どこも家賃が高くて貧乏な私にはとても手が届かないのだ。

(しかし、これは、早急に手を打たないと……)

夜な夜な聞こえてくる見知らぬ女性の喘ぎ声を聞くというのは、我慢とか、そういった類の問題ではない。
このままでは、大好きな勉強すらままならないし、実際に支障を来している。何時も寝不足状態で、授業中もウトウトとすることが多くなってきた。

成績が下がってしまえば、夢も遠のいてしまう。

「どうしたんだ、キアラ?」
「……げ、先生! 何でこんなところに!?」
「それは俺の台詞だ」

寝るのにちょうど良い場所が見つからなくて街をさ迷っていた私は、帰宅途中の先生に捕まった。私はジャネットの事もあるので、事情を伏せて説明した。
私の説明の仕方も悪かったのだろう。そもそも、まずい時にまずい人に見つかったので、挙動不審すぎるのは自覚していた。
案の定というべきか、先生は納得してくれなかった。

「言いたくないなら、無理して言わなくてもいい。けど、もう今夜は遅いから、俺の家に泊まれ」
「えっ。毛布あるので、だいじょうぶかと……ひゃっ」

頭をポカンと殴られた。

「困っている生徒を、そのままにするわけにいかないだろう。俺の家が嫌なら、お前の親に連絡するが?」
「も、もっと嫌です」

そうして、先生の家に泊まらせて頂くことになった。寝巻まで貸してもらって、私は感激のあまり鼻水がズルズル出た。
どうやら不規則な生活が祟って風邪をひいてしまったようだ。
ちょっとだけだけど、悪寒もすると言ったら、先生は慌てふためいた。薬箱をひっくり返して風邪薬を取り出し、私にくれた。

が、それは風邪薬などではなく、下剤だった。

先生は私に謝罪をしたが、先生は悪くない。悪いのは、私を部屋から追い出した隣室の男だ。生死を彷徨うほどの激痛に襲われて2時間もトイレに閉じこもった私は、憎き隣室の男のことばかり考えていた。そうして部屋のことで頭を悩ませている内に、ふと妙案が思いついた。

(そうだ、隣の部屋の音を聞えなくすればいいんだ!!)

耳栓をしても効果のない、騒音。しかし、魔法の力を応用すれば、消音することができるのではないだろうかと私は、そう考えた。
まるで、展望が開けてきたかのような心地がした。

(そうとなれば、善は急げ、よね!)

言うことをきかない腹具合に呻きつつも、私は寝る前の先生に羽根ペンとメモ用紙を貰って複雑な魔法陣を構築し、試作品1号を徹夜で作り上げた。
今までに学んだ知識を総動員させた、私の最高傑作。あとは、この魔法陣を起動させるための素材を集めるだけだ。

「ふふっ、ふふふふふ!!」

腹黒い笑みを浮かべる私。これで、あの悪夢とも、おさらばなのだから、我ながら不気味な笑い声は止まらない。

「キアラ=ツイスト」
「は、はい、なんでしょうか!?」

唐突に響き渡った先生の良く通る低い声に、ビクリと振り返る。そうだった、ここは自室ではなく、先生の家だったのだ。

「昨夜は、ちゃんと寝たのか?」
「ごめんなひゃい」

頬をつねられて、私は平謝りをした。良く思えば、先生は私を寝かせるために、家に連れてきてくれたのだった。
試作品の魔法陣を作ることなんて、学校の休憩時間や放課後にやれば良かったのだ。

私の額に触れた先生は、ボソリと呟く。

「お前、熱あるぞ」
「え、えぇ!?」

その後、数日間、高熱により学校を休んだことは言うまでもない。これも、すべてあの隣室の男のせいだと私は呪った。
五寸釘でも買って呪ったほうがはやいかも、と先生に薬を飲ませてもらいながら私は真剣に考えた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

【完結】婚約者なんて眼中にありません

らんか
恋愛
 あー、気が抜ける。  婚約者とのお茶会なのにときめかない……  私は若いお子様には興味ないんだってば。  やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?    大人の哀愁が滲み出ているわぁ。  それに強くて守ってもらえそう。  男はやっぱり包容力よね!  私も守ってもらいたいわぁ!    これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語…… 短めのお話です。 サクッと、読み終えてしまえます。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...