神よりも人間らしく

猫パンチ三世

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第二章 奇跡に狂う

五話 雨上がりの日に

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 降り続いた雨が止み、その日は久しぶりの晴天だった。
 カーテンの隙間から差し込んだ朝日が、部屋で目覚めた洋平の顔に当たる。顔に熱を感じながら、体を起こした洋平の気分は重い。

「グッドモーニング、良い天気だよ」

「……みたいだな」

 不機嫌そうに洋平はカーテンを開けた、差し込む光は暖かく眩しい。
 せっかくの土曜日だというのに、洋平はどこにも行く気が起きなかった。

 あれから洋平は外に逃げ出した客が呼んだ警官隊に、気を失って倒れている所を保護された。
 目が覚めると病院のベットの上に寝かせられており、ベット脇にいた京子が泣きながら抱き着いてきたのだった。

 目を覚ました洋平に外傷は無く、健康状態に問題は無いと判断され家に帰ってくる事ができ今に至る。
 洋平は自分の左腕を動かす、上げたり下げたり等の動作を問題無く行える自分の左腕に少し恐怖を覚えた。

「全部夢だったらいいのにって顔してる」

「……実際そう思ってる」

 床に座ったまま自分を見上げるマガズミの存在が、切り落とされたはずの左腕がある事が、洋平に異常な現実を叩きつける。

「左腕、お前が治したのか?」

「選択者同士の戦いで負った傷は相手を倒した時に修復される、殺した相手の魂を使ってね」

 右手に残る人を刺した、あの感覚。
 刃が皮膚を貫き、肉を裂き、骨を掠めて心臓を貫くあの感覚を思い出し洋平は顔をしかめた。

「もしかして~怖気づいちゃいました?」

 煽るマガズミの顔を洋平は見た、親友を奪い自分を戦いに巻きこんだ全ての元凶。自分が倒すべき最後の敵の顔を。
 可愛らしい、美少女と言ってもいいその顔が彼の神経を余計に逆なでした。

「……なあ、お前消えてくれないか? その顔を見るだけで嫌な気分になるんだ」

「他の人間に見えないようにはする、でもアンタが見えないようにするのは無理」

「なら見えない所に行けよ」

「それも無理、契約した以上アタシはアンタから大きく離れられない。分かった?」

 マガズミの言葉に答えず、洋平は乱暴に立ち上がると部屋を出た。
 京子は朝食の用意を済ませ、リビングでぼんやりとテレビを見ていた。

「母さん」

「あ……おはよう洋平、朝ごはん出来てるから食べよ」

 京子に促され洋平は席に座る、二人はいただきますと言い食事を始めた。
 二人の間には微妙な空気が流れる、京子は洋平が行ったショッピングモールでの事件を警察から聞いた時、生きた心地がしなかった。

 なぜ行っていいと言ったのか、激しく自分を責めた。
 無事だと分かった時も、病室で洋平の目覚めを待っていた時もひたすらに自分の迂闊さを責め続けていた。
 そのせいか洋平の目に映る母は、少しやつれて見える。

「そういえばさっき連絡があったわ、月曜日みたいよ。聡君の葬儀」

「分かった、ありがとう」

 洋平は食事を終え、京子よりも先に席を立った。
 
「洋平」

 リビングを出て行く息子の背中を、京子は黙って見送ろうとしていた。
 だがずっと言おうとして、その機会を失い続けていた言葉が京子の中にはあった。

「ごめんね」

「……母さんが謝る事じゃないよ、俺は大丈夫だから」

 少し、ほんの少しだけ硬い笑顔を見せ洋平は部屋に戻った。
 一人になった京子は洋平に聞こえないよう、声を殺して泣く。
 
 息子に硬い笑顔を作らせてしまった、自分の無力さからだ。



 洋平は部屋に戻り、携帯を見る。無くなったと思っていた携帯電話は、ショッピングモール内に落ちていたらしく、警察官の一人が拾って渡してくれた。
 画面には友人からのメッセージがいくつか表示されており、それはどれも洋平の身を案じる物ばかりだ、少し嬉しく思いながらそれに返信する。

「へえ、アンタ友達いたんだ」

 洋平は何も答えない。

「その中であいつは特別だった?」

 メッセージを打つ手が止まる、洋平は目を閉じ聡との思い出を振り返る。
 小学生の時にカブトムシを取りに行った事。
 中学生の時に川で花火をした事。
 高校に入ってからも、聡に付き合って馬鹿をした事。

 何でもない事で喧嘩もした、だがその度に絆は深まった。
 思い返せば下らない思い出ばかり、だがそのどれもが洋平という人間を形作る上で欠かす事の出来ないものばかりだった。

「特別だった、他の誰よりも長くいたんだ当然だろ」

「ですよねー、じゃなきゃあんな願い言わないもんね」

 洋平の願いは『マガズミを殺す』というもの、この戦いの果てに洋平は全ての元凶であるマガズミを殺す事をあろう事か本人に願っていた。

「しっかしアンタも酷い奴よね、これじゃまるっきり自殺じゃない」

 契約に従いマガズミは、洋平にキリング・タイムを勝ち残る為の力を貸す。だが力を貸し、洋平が勝ち残るという事はそれだけ自分の死期が近づくという事だった。

「本当にお前を殺せるのか?」

「普通なら人は神に勝てない。けどアンタがこの戦いに勝ち残ったならその時は願いを叶えるよ、アンタとのタイマンでね」

「黙って死ぬ気はねえのかよ」

「無いよ、アンタの願いはあくまでアタシを殺す事でしょ? 黙って殺されろとは言ってないじゃん」

 小さく舌打ちをし、洋平は友人たちに返信し終えベットに体を投げ出した。
 ぼんやりと天井を見ながら、少し眠ってしまおうかという考えが洋平の頭に浮かぶ。

「あー!」

 マガズミの大声で洋平は飛び起きた、声の方を見ると本棚をマガズミが漁っている。隅から隅まで確認し、背表紙を一つ一つ見終えるとひどく残念そうにため息を吐く。

「ちょっと! これ途中で終わってるじゃない! 続きは!?」

「うるせえ、ねえよ」

「えー!? 買いに行こうよー! 続きが気になるよー!」

 子供の様に床を転げまわるマガズミに洋平はうんざりした、しばらく無視していたがマガズミの声は絶える事無く部屋に響く。
 どうにかして黙らしてやりたいと思っても、洋平にはどうする事もできない。耳を抑えながら、彼はベットの上で体を丸めた。


「ありがとうございましたー」

 バイトであろう青年の声を背中に受けながら、洋平は本屋を出た。
 結局マガズミの騒音とも言える声に負け、本屋に来る羽目になってしまった洋平の機嫌は非常に悪い。
 反対に隣を歩くマガズミは目当ての本を買ってもらい、鼻歌を歌うほど上機嫌だった。

「いやーなんか悪いね、なけなしのお小遣い使わせちゃって」

 洋平はマガズミの言葉に答えない、心配する京子を何とかなだめて外に出た理由が、マガズミに漫画を買うためだと思うと腹立たしく、やるせない気持ちなってしまったからだ。
 
 だがそうでもしなければ、落ち着いて親友の死の傷を癒す事もできない。
 漫画の購入代金は洋平にとって痛手だったが、それすら惜しくないほどマガズミはうるさかったのだ。

「やっぱ漫画ってのはさ、買ってから家に帰って読むべきだよね。出先で読んじゃったら思いがけないギャグで笑えないし、好きなキャラの死を涙ながらに見る事もできないしさー」

 洋平が聞いているか、聞いていないかは関係ないと言う風にマガズミは喋り続ける。
 怒りを内に秘めたまま、洋平は歩く。



 洋平は歩き続け、ある公園を訪れていた。
 その公園は小高い丘の上にあり洋平たちの町を一望する事ができ、とても眺めが良い。
 だが遊具などは無く、ベンチが二つあるだけで設備の面では非常に寂しい。また住宅地からも離れているため、訪れる人間は少ない。

 そんなあまり魅力を感じられない公園だったが、洋平はこの場所が好きだった。
 昔から聡とよく遊んだ場所で、確かに遊具は無いが自然が多く虫を採るため頻繁に訪れていた思い出の場所だ。

「中々の穴場じゃない。それで? アタシをこんな人気の無い所に連れてきてどうするつもり?」

 町を眺めながらマガズミは笑う、それは挑発的で煽情的な笑みだった。
 青く晴れた土曜日、昼前の温かな風が吹く。
 だが二人の間には、冷たい空気が決して壊れる事の無い壁となって横たわっていた。

「分かんねえみたいだからはっきり言うぞ、俺はお前が嫌いだ。俺たちを巻き込んだお前が嫌いなんだよ」
 
 真っ直ぐな、混じりけの無い拒絶の言葉。
 洋平は目の前にいる見た目だけは自分とそう変わらない、少女の姿をした神に驚くほどはっきりとそれを言い放った。
 
「お前の顔を見るだけで嫌な気分になるんだよ、消えられねえってんならせめて話しかけんじゃねえよ」

 マガズミは笑みを浮かべたまま洋平の言葉を聞いていた、胸の内を吐き出し自分を睨むその顔に向かって少し距離を詰める。
 
「じゃあアンタはどうすれば満足だったの? 親友を死なせず、自分も助かる方法がもしあったならアタシに教えてよ」

「それは……」

「アンタも分かってるでしょ? そんな方法が無かったって事くらいはさ」

 他に方法が無かった事が分からないほど洋平は愚かではない、だがそれはあくまで理屈の話だ。
 理不尽な選択を迫り、親友を勝手に贄にしたマガズミに洋平が悪感情を抱くのは無理からぬ話だ。

「どーせアンタはどんな選択をしたって後悔したし、アタシを恨んだでしょうね」

 親友を助ける為に両親を贄にしたとしても、あるいは何も選べずあの場で死んだとしても洋平は後悔しただろう。
 神ゆえでは無く、マガズミは長い時の中で培った経験から洋平の人柄をそう判断していた。

「もういいじゃない、アンタは生きてて叶えたい願いもある。それで今は十分なんじゃない?」

「……ずいぶん勝手な事ばかり言うんだな」

 洋平はこれ以上話したとしてもマガズミと分かり合う事はできない、そう思いその場を立ち去ろうとした。  
 マガズミの言葉は間違っていない、むしろ的確に洋平という人間を言い表していた。
 だからこそ洋平はその言葉を否定しなかった、だが認めたくも無かった。
 彼はその場を立ち去る事で、惨めに抵抗しようとした。

「それからさぁ」

 マガズミの声が背中に当たり、洋平は足を止めた。

「アタシはいくらでもアンタに話しかけるから、そこんとこよろしく」

「ふざけんな、俺はお前が……」

「嫌いって? そんなの関係ない、別にアンタがアタシを嫌いだからってアタシが口を閉じる理由にならないし」

 振り向かなくとも洋平の脳裏は、人を小馬鹿にしたようにニタニタと笑うマガズミの顔が容易に浮かぶ。
 洋平は大きくため息を吐き、歩き出した。


 歩く洋平の後ろをマガズミは付いていく、その顔には彼が思い描いていたような笑みではなく、少女らしい少し控えめな笑みが浮かぶ。
 洋平の恨みも後悔もマガズミは理解していた、自分を許す事ができないという事ももちろん知っている。
 だがそれはマガズミにとっては些細な感情だった、嫌われようが憎まれようが自分の在り方を変えるようなものでは無い。
  

 風が吹き抜ける、胸の内を吐き出した二人の間の冷たい空気をほんの少しだけ吹き飛ばしてくれるような、そんな温かな風だった。
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