神よりも人間らしく

猫パンチ三世

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第五章 見えない隣人

三十一話 守るために

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 家に帰った洋平は、一輝の家へ書類を届けに行き話をしていたら遅くなったと京子に説明した。
 京子は帰る連絡が遅れた事に対して少しだけ注意をしたが、それ以上は洋平を咎める事無くただお疲れと優しく言い、いつものようにリビングへ戻って行った。
 
 書類を届けに行った事、友人の家に行った事を京子は嬉しく思っていた。
 困っているクラスメイトや先生を進んで助けた事は、親として自慢に思える事だった上に、それが友人ともなれば喜ばずにはいられない。聡の一件があってから、交友関係について洋平は今まで以上に話さなくなっていた、だが最近は雄一たちの事をたまに話すようになり、それは京子にとって嬉しい話だった。

 だからこそ友達の家に行き帰りが遅くなった洋平に対して、軽い注意程度で留めていた。
 
 
 妙に優しい母を不思議に思いながら、洋平は部屋へ戻る。
 カバンを置き、洗濯物と着替えを持ってすぐに風呂へ向かった。

「先輩、今日は何を教えていただけるんでしょうか?」

「姿は消せるようになったし、次は眩偽《くらぎ》を教えてあげる。あんた覚え早いからそんな難しくないと思う」

「分かりました」

 マガズミのサグキオナに対する指導は、こういった空き時間に行われている。
 洋平が眠っている時や授業中など、ちょっかいを出したら確実に洋平が怒るであろう時間を、マガズミは後輩の指導に当てていた。

 サグキオナは呑み込みが早く、教える側は楽だった。だが教えた事までは完璧にできても、そこから更に技術を深めたり新しい応用方法を見つけたりといった事をしない、サグキオナの受け身な態度にマガズミは少しばかり不満を持っている。
 仕方の無い事だと分かっていても、どうしてもそこが引っかかってしまっていた。

「あんたさあ、何かできるようになりたい事とか無いの? アタシに教えられるばっかいじゃなくてさ」

「ありません、私にとっては先輩が教えて下さる事が全てですから」

「例えばあの宇佐美って奴とかと仲良くしたいとか無いの? あんたら雰囲気似てるしさ」

「私の中には無数にいる人間の中の一人という、限定的な対象と仲良くなりたいという感情は存在しません」

「おっけー、分かった。まあその辺はしょうがないか」

 あまりに淡々としたサグキオナの態度に少し疲れ、マガズミは眩偽の技術を教える為に立ち上がった。
 椅子に座ったまま、自分を真っ直ぐに見つめるサグキオナを見て、マガズミはニヤっと笑い眩偽のやり方を教え始めた。

 
「で? どんな子なの、その転校生って」

「良い奴だよ、真面目でさ」

 いつもよりややテンションの高い京子は、洋平が風呂から上がり食事が始まるやいなや一輝の事を聞いてきた。
 腹が減っていた洋平は、とりあえず一口分のそうめんをごま油を加えためんつゆに付けて食べてから、母の質問に答えた。

「ずいぶん微妙な時期に転校して来たのね、何か家の事情?」

「そんな感じかな」

 いくら母親とはいえ人の家庭の事情を簡単に話すのは気が引けたため、洋平は一輝の父親や転校の理由については詳しく話さなかった。
 京子もこの微妙な時期の転校となれば、何か特別な理由がある事は理解できた。そのため、転校理由などについて深く聞く事はしなかった。

「どんな感じのお家だったの?」

「かなりでかい家だったよ、家と同じくらいでかい道場もあった」

「へえー……家の近くにそんな大きな道場があったなんて知らなかった」

 京子もこの家に住んでからすでに二十年以上になるが、家の近くに大きな道場があるというのは初耳だった。洋平の話通りの大きさの道場があるなら、噂程度は聞いた事があってもいいようなものだが、今までの井戸端会議にそういった話が出た事は無かった。

「まあ何にせよ良かったね、新しい友達ができて」

「まあね」

 息子に新しく友人ができた事を、京子は心の底から嬉しく思い笑う。
 以前の洋平なら、小さな子供じゃないんだからと思っただろう。だが今の彼はそうは思わない、それは友人という存在がどれだけありがたく得難い存在かという事を知っているからだ。

「友達は大切にしなよ? 大人になってからは、友達作るの大変なんだから」

「分かってるって」

 二人はその後も話をしながら、そうめんを啜った。



「だから違うってば! Bに決まってんでしょ!」

 洋平が部屋に入るなりマガズミの大声が響く、部屋に残されていた二人はクイズ番組を見ていた。
 テレビを見ると、芸能人が賞金を懸けた問題に挑戦している。マガズミの言葉を信用するなら正解はBだが、彼はAのパネルを選んでしまった。
 そして正解が発表され、彼は床に飲み込まれていった。

「あ~あもったいない、もうちょいで百万だったのになあ」

「彼の知識不足が招いた結果ですね、擁護の余地はないかと」

 思いのほかテレビを楽しんでいるようだったため、洋平は声を掛けなかった。
 なるべくマガズミたちはいないものと思い込みながら、机に座りテスト勉強を始めた。

「先輩、洋平は何をやっているのですか?」

「お勉強よ、将来クイズ番組に出演して賞金を取るためにね」

「なるほど」

 後ろで色々と言われているが、聞こえないふりをしながら洋平は勉強を続ける。
 今はあんな奴らに構っている場合ではない、そう自分に言い聞かせながら。
 


 次の日の学校終わり、洋平は一緒に帰らないかと一輝を誘った。
 本当は昼食も一緒に食べたようと思ったが、いきなり連れて行っても雄一たちも一輝自身も困惑するだろうと思い誘わなかった。

 そのため昼休みに雄一たちに一輝の事を話すと、元から興味があったという事もあり是非連れてきてくれと快く言ってくれた。
 だが雄一や太一と違い鉄太だけは目をぎらつかせながら、一輝と対面した瞬間に喉元に食い掛ってやるといった気迫を見せていた。そこだけがやや心配ではあったが、他の二人もいるため大丈夫だろうと洋平は考えていた。

 一輝は洋平の誘いを受け、二人で帰る事になった。

「なあ宇佐美、良かったら屋上で一緒に昼飯食べないか?」

「いいのか?」

「もちろん、話はしてあるからさ。あいつらも宇佐美と話してみたいって言ってたし」

 一輝は転校してきてから今日に至るまで、ずっと一人で昼食を取っていた。
 クラスメイトたちは、物珍しさから話しかける事はあっても彼を昼食に誘う事はしなかった。一人で食事をする事の多かった一輝は、それを当たり前だと思っていた事もあり洋平の提案にひどく驚いていた。

 驚きはしたが、それを迷惑とは思わずむしろ嬉しく感じていた。あまり経験の無い同級生との昼食、加えて一輝自身も洋平の友人には興味があった。彼が苦しい時期に手を差し伸べてくれた友人たち、そんな気持ちの良い友人たちとは是非とも話してみたいと一輝は思っていた。

「……明日が楽しみだ」

「そうだな」

 そこから学校での授業の話やテストの事などを話しながら、二人は家へ向かう。
 もうそろそろ洋平の家が見えるかなといった所で、一輝は足を止めた。あの時は分からなかった一輝が足を止めた理由、それが今は洋平にも分かる。

 彼らの後ろにいるの放つ威圧感、殺気と呼ぶに相応しい空気を二人は感じていた。
 
「沢田……すまない、少し遠回りする事になる」

「分かった」

 二人は以前行った資材置き場を目指して歩く、後ろに凄まじいまでの殺気を感じながら。

「ねえねえ、アンタらあいつとやりあうつもり?」

 マガズミは洋平に声を掛けたが、洋平は一輝がいるため返事をする事ができない。目でどうにかそのつもりだという事を伝えると、マガズミはそれを理解したようだった。

 資材置き場に着き、二人は意を決して後ろを向いた。
 そこにいたのは武だった、以前着ていた物と全く同じ服装で二人の前に立つ。すでに能力を使用しているらしく、腕には鎧が装着されていた。

「またあなたか、一体何の用が?」

 一輝の言葉に武は答えないまま、ゆっくりと顔を上げた。
 その瞳は血走り、全てを壊さんとする怒りで満ち満ちている。

「お前……俺を馬鹿にしてるだろ?」

 低く地を這うような低い声、背筋の凍るような冷たくも激しい怒りが込められた声だった。
 
「馬鹿になんてしていない、それは言いがかりだ」

「してるんだよ、てめえは! この前の時もわざわざ力を使わずに戦って……俺を舐めやがって……!」

 今にも怒りのままに飛び掛かってきそうな武、纏う雰囲気は前回とは違う。
 一輝と目の前の男を戦わせてはいけない、そう洋平は判断した。

「宇佐美、ここは俺に任せてくれないか?」

「どういう事だ?」

「事情は後で説明する、マガズミ」

「はいはーい」

 突然現れたマガズミの姿、一輝は目を丸くしてその姿に驚いていた。
 何か言いたげな一輝にどこかに隠れていてくれと言うと、彼は心配そうな顔をしながら鉄骨の陰に隠れた。

「お前も選択者かよ!」

 武は勢いよく走り出す。
 洋平も急いでマガズミの腕を千切り、刃に変えた。

「そんなちゃちなもんで……俺とやり合う気か!」

 目前に迫った武の拳は洋平に向かう、まともに食らえば終わり。
 それは前回の戦いで見てすでに知っている、だが知っているからといって安々と避けられる攻撃では無い、洋平はその拳を刃で受けようとした。

「バカ! 受けるな!」

「え?」

 マガズミが叫んだ直後、構えていた刃に武の拳が叩き込まれる。
 大型トラックが凄まじいスピードでぶつかってきたような衝撃、一瞬の閃光と共に吹き飛ばされた洋平は、後ろにあったクレーンに体を叩きつけられた。

「がっ……は……!」

 洋平は衝撃と共に体の中に溜まった痛みを、息と共に吐きだした。
 戦闘中にもかかわらず、両腕が付いている事に彼は安堵していた。凄まじい一撃で両腕の骨が砕け、もはや腕そのものが千切れてしまったのではないかと思うほどの衝撃だった。

「まじ……か」

 武の動きは以前見た時よりも更に速く、その一撃は重さを増している。
 現に鉄骨の陰からその動きを見ていた一輝は、武の動きをほとんど追えていなかった。

「沢田! 大丈夫か!?」

「来るな!」

 駆け寄ろうとした一輝を洋平は止める、彼にも分かっていたのだ。
 すでに目の前にいる武が、普通の人間の手に負える存在では無くなっている事に。

「逃げろ宇佐美! こいつはもうお前じゃ手に負えない!」

「お前でもだ! 事情は分からないが、あいつはこの前とは違う!」

 分かっていた、ゆっくりとこちらへ向かってくる暴力の塊。
 その相手をするのが自分では力不足だと。
 すでに力の差は見せつけられた、それでも洋平には退けない理由がある。

「行ってくれ宇佐美! 俺が時間を稼ぐ!」

「沢田……」

「行けつってんだろ! ぶっ殺すぞこの野郎!」

 殺すという言葉の持つ意味を、その言葉に込められた暴力性を、洋平は理解している。その言葉がどれほどの威力を持つのかを知っている、それでも彼は言った。
 決して使いたくない言葉を、使ってはいけない言葉を言った。 
 守るために、生かすためにその言葉を使った。

 一輝は躊躇いと共に走り出した、その姿を見て少し安堵したように洋平は笑う。

「逃げたか……まあいい、お前を適当に痛めつければあいつをおびき出す餌になるだろ」

 武はすでに勝利を確信している、目の前の洋平など敵ではないとすでに眼中に無かった。
 刃を地面に突き刺し、どうにか立ち上がった洋平はわざと煽るように笑みを作る。

「ぬりぃ事言ってんじゃねえよ、殺す気で来い」

「……言うじゃねえかよ、クソガキ」

 武はもう一度、拳を振り上げた。 
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