裏口の鍵は開いている

猫パンチ三世

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忌み仏 10

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 この日は生憎の雨だった。
 鉛色の雲から肌を刺すような冷たい雨が降る、そんな日だった。

 安曇野での旅を終えた二人は、店の奥の部屋でのんびりと茶を啜る。
 こんな雨の日は、客など来やしない。黒い仏像を持ち込むような客がいなければ、の話だが。

「君、あれから女は見たのかい?」

「それがよ、なんでかあの話を聞いてからぱったり見なくなったんだ。おかげでここんとこはぐっすりよ」

 そう言って気分良く話をする廻の顔色は、確かにとよの亡霊に悩まされていた頃と比べると遥かに良い。目の下にうっすらとできていたクマも薄くなり、無駄に倉庫の整理に走る程度には元気になった。

 結局あの仏像は、二人の元に残ったままだ。
 本来であれば永徳寺に返却するべきなのだろうが、一はすでにそれを過去の物だとして二人の申し出を断った。
 彼自身も年を重ねつつあり、傍目には健康そうに見えたがあちこち良くない所があるらしい。そのため自分に何かあった場合に、なるべく管理する物品が減っていたほうが後任にとっても楽だろうという思惑が彼にはあったかもしれないが、少なくとも二人にはそういった素振りは見せなかった。

「でもよ、俺はなーんか腑に落ちねえんだよな」

「何がだい?」

「あの仏像の話は分かった、俺が見たのが話に出てきたとよって女の人だってのも納得できる。でもよ、持ち主を不幸にしたのがあの人だってのがどうにもな」

「恋人と結ばれず、その上焼き殺されたんだよ? いくら想像力の足りない男女が企てた愚行の顛末だとしても、まあ周りの人間を逆恨みして不幸にするのも無理はないんじゃないかな」

「うーん……そんなもんかね。俺にはどうもなぁ」

 やはり納得いかない廻をちらりと見てから、義時は小さくため息を吐き手に持っていた湯呑を静かに置いた。
 彼の中には、ある一つの仮説がある。
 だがそれはどこまでいっても仮説の域を出ない、自分でも不確かな情報を鼻高々、意気揚揚と伝える事は彼にはできない。

「お前、もしかして何か勘づいてんじゃねえか?」

 知らずに表情に出ていたわけではない、何かそういう素振りを見せたわけでもない。
 だから廻がなぜ自分の心中を読めたのか、義時には想像がつかなかった。
 そしてこれは恐らくではあるが、彼がこの先の人生でその理由を知る事は無いだろう。

「君は時々妙に鋭い時があるね、分かったよ。今から話すのは一つの仮説だ、あまり真に受けないでくれよ」

「わかった、話半分で聞いてやる」

「恐らくだけど、君の見た女……つまりとよの亡霊と不幸になった人間が見た黒い影は別物だ」

「別物?」

「ああ、君は仏像の所有者たちの話を覚えているかい?」

 廻はこの仏像がやってきてから出会った人間たちとの会話を、ぐるぐると思い出していた。
 神原沙也加、神原正二、清水正敏とその父、彼らの話で共通していたのは炎、泣く女、そして黒い影……とそこまで思い出して廻はある事に気付いた。

「誰も……黒い影が女だとは言っていない?」

「そう、仮に女と黒い影がイコールだとすればわざわざ分ける必要は無いはずだ。なのに彼らは女を見た、黒い影を見たと二種類の出来事を僕らに話したわけだ」

「待て待て、だとすれば黒い影は一体なんなんだ?」

「まあ落ち着いてくれ、そして思い出してくれ。彼らは女を見た後に黒い影を見た、と言っている。そして不幸になっていったんだ、つまりさ……所有者たちを不幸にしているのは彼女じゃない、影の方だ」

「余計になんなんだよあれ」

「これもまた仮説になるんだけれど、あれは多分所有者の恐怖が凝り固まった煮ごこりみたいなものじゃないかと思うんだ」

「煮ごこりって、余計に分かんねえよ」

「君、仏像の手の形の意味ってわかるかい?」

 仏像の手の形、手印にはさまざまな意味と種類がある。
 代表的なのは胸の前で右手の平を見せた『施無畏印』だろう、これは恐れる事は無いという人々を安心させる意味を持つ。
 そして左手を腰の辺りに垂らし、手の平を見せたものを『与願印』といいこれには人々の願いを受け止めるという意味がある。
 件の忌み仏も、こちらの手印を採用している。

「本来ならありがたい意味を持つけれど、この仏像となると話が変わって来る。この恐ろしい風貌やその背景にある悲劇を知れば、この仏像に向けられるのは安心等の明るい感情じゃない。恐怖や怖れと言った暗い感情だ、ここへ初めて持ち込まれた時のような『持ち主が不幸になる』なんて話があれば尚更ね」

「そういう暗い感情が貯まっていって、そのうち黒い影になって姿を現す……ってか?」

「ああ、僕はそう考えているよ。長い年月がこれを鎮魂の仏像から忌み物へと変えてしまったんじゃないかな」

「じゃあ俺もやばかったのか」

「そうだね、もし君があのまま仏像に対して恐怖を抱き続けていれば黒い影が君を殺したかもね。でも君はもう仏像を怖れてはいない、そうだろ」

「あ、ああ」

「多分だけど、あの泣く女は恐怖を集めるのに利用されてるだけだよ」

「利用されてる? 誰に?」

「誰に? 誰でもない、この仏像は忌み物だ。一種のシステムと言ってもいい、暗い感情を集めて持ち主を殺すシステムさ。そこに感情や他意は無い、ただこれはそういう存在というだけだよ。僕らが息をする様にあれも人を呪う、それだけさ。彼女は、そのシステムの一部に取り込まれてしまったんだろうね」

 廻は、倉庫の奥にしまいこんだ仏像を思い出した。
 そして小さく身震いし、すぐにのその感情を捨てる。

「多分だけどさ、清水さんのお爺さんって泣く女を見てると思うんだよね。けど話を聞いた通りの人間なら、あれを怖がりはしないだろう。だから呪われずに死ねたんだと思うよ」

「あれってどうにかできねえのかな」

「どうにか、とは?」

 廻のどうにかという言葉には、あの仏像の呪いのようなものをなんとか無くせないかという意味が込められていた。
 不気味な外見はどうにもならなくとも、せめてもう人が死ぬ事の無いようにはできないのかと。

「無理だよ、僕らには何もできない。少し特殊な品を扱うだけの古物商だよ。特別な人間じゃないんだ」

「そう……か、そうだよな」

 廻は、ぼすんとソファーの背もたれに寄りかかる。
 少し天井を見上げてから、彼は飛び出すおもちゃのように勢いよく義時の方を見た。

「てかよ、お前の仮説ってかなり現実離れしてねえか? 呪いだとか、忌み物だとかさ。普通に考えてありえなくね?」

 それを聞き、義時は小さく艶やかな笑みを浮かべた。

「世の中には、分からない事の方が多いものさ」

 それから廻は、神原沙也加に仏像の買取額の事で連絡をした。
 だが、彼女は彼の電話に出る事は無かった。時間や曜日をずらして何度も連絡を取ろうとしたが、結局彼女は出ず最後は遠い親戚を名乗る男性が出た。

 話を聞こうとしたが、その男性はあまり話をしたがらずにただ淡々と彼女が死んだという事実だけを廻に突き付けた。
 衝撃に襲われながら廻は仏像の話をしたが、そんな物はいらないそっちで処分してくれとだけ言うと男性は乱暴に電話を切ってしまった。

 また正敏の家にも連絡をしたが、やはりこちらもでなかった。
 電話を何度かけても、彼はでない。その事を義時に伝えると彼はただ一言、電話に彼はもう出れないよ、とだけ言い興味を失くしたような顔をした。

 廻は後味の悪さを感じながらも、ただ現実を受けいれるしかなかった。
 仏像を倉庫にしまい込んでから、廻は用事があって倉庫の前を通る時やや駆け足気味でその前を通り過ぎるようにしていた。

 なるべくあの仏像の事を考えないようにするためには、それ以外に彼ができる事は無かったのだ。
 暗い感情を集め所有者を殺す、黒い忌み仏。
 心の中に抱いたとよに対する同情的な感情を、食われないように彼は必死に抗った。

 だがそれももう必要ないだろう。

 あの仏像の売却先は、すでに決まったのだから。 
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