背中合わせの時の中で

猫パンチ三世

文字の大きさ
3 / 8

第三話 まばたきをした日

 青年は自分が生まれた日の事を、一日たりとて忘れたことは無い。
 正しく言えば、忘れようとしてはいるがいつまでも出来ずにいたのだ。何度忘れようとしてもダメなのだ、こすってもこすっても落ちないシミのように頭の中にこびりついている。

 あの狂気にも似た歓声を。いいやあれは狂気そのものだった。誰も彼も狂っていた……はずだ。



 少女は彼を見て恐怖を隠すことが出来ないようだ。
 それもそのはずだ、目の前で人が撃たれる事すらかなりの衝撃なのに、撃たれた人間があっさりと起き上がったとなれば彼女の短い一生数個分の衝撃だ。
 今まで、少女が見て来た人間の中で頭を打ち抜かれ立ち上がった者はいなかった。

「怖いかよ?」

 彼は口元の血を拭い、地面に腰を下ろした。少女はようやく落ち着きを取り戻し、この奇妙かつ得体のしれない恩人に声をかけた。

「死な……ないの?」

「お前喋れんのか」
 
 初めて聞いた少女の声は、今にも消えてしまいそうなほどか細いものだった。
 青年は彼女の前にしゃがみ、改めて少女の顔を見た。
 細い糸のような白い髪、汚れの良く目立つ白い肌、それは今まで見て来た藁と大差ない、藁はいわば突然変異のようなものだ。
 残り火に対する耐性の無さ、低い免疫力、加えて白い髪に白い肌、それは全ての藁に共通する。
 だが一つ違うとすれば、それは目だろう。
 今まで見た藁の目はどれも曇り、濁っていた。
 全てを諦めて、何にも誰にも期待していない目。
 目の前の不幸に抗うでもなく、粛々と受け入れるだけの目。

 だがこの少女は違う、まだ全てを諦めきれない未練たらしい目をしている。
 今までの藁とは違う何かを、青年は自分の黒い瞳と重なる少女の青い瞳に感じていた
 
「ああ、見たまんまだ。どんな傷でも死にはしないし、おまけに年もこれ以上取らねえらしい」

「すごい……」

 それは嘘偽りのない、素直で悪意のない言葉だったがそれを青年は鼻で笑った。
 まるで何もわかってないと、少女を馬鹿にするような笑いだった。

「凄かねえさ、ろくなもんじゃねえぞ? 死ねねえってのも……ま、お前に言ったら嫌味になるな。わり」

 その言葉に少女は頭を大きく横に振る。どうやら気にしなくていいという意思を伝えたいらしい。

「さて、自由の身になったんだ。これからどうしたい?」

「……分からない。死にたくないとも思ったしここから出たいとも思ったけど……これからどうすればいいのか分からない」

「あぁ? なんかやりたい事はねぇのか?」

 そこから、頭を抱えて少女はうんうんとうなりながら悩みに悩みぬいた。彼が少しばかり退屈になってきた頃に何かを思い立ったように少女は顔を上げた。

「世界を見てみたい……かな」

 面白くもなんともない、なんともつまらない答えだ。
 もっと何か飛びぬけた事を勝手に期待していたのもどうかとは思うが、それでも余りにも平凡すぎる。

「世界ねぇ……見ても楽しいもんなんかなんも無いと思うんだけどなぁ……」

「それしか思いつかなくて……」

 そう呟いてうつむく少女を見ていると、なんだか自分が悪いことをしたような気分に彼はなってしまった。
 よく考えてみれば、世界を見たいというのはそこまで悪い事では無い、ありきたりではある事は否定できないが。

「そんじゃあ行くとするか」

 立ち上がった青年を少女は不思議そうに見つめる、その言葉の意味が分からなかったからだ。

「一緒に来てくれるの?」

「構わねえさ、どうせ単なる暇つぶしだ」

 --これは暇つぶしだ。こっから先の、くそつまんねえ俺の人生のな。

 彼はそんな冷めたような感情を、心の奥に潜ませていた。

「そうだ、お前の名前はなんて言うんだ?」

「名前? その……名前ないんだ」

 まずったか、青年は居心地悪さを感じずにはいられない。
 奴隷だった少女に名前が無い事など、少し考えれば容易に想像がつくはずだった。
 だがその少しが出来ていなかった、もう口から出てしまった言葉は無くせない。
 さてどうするか。

「じゃあ俺が付けてやるよ」

「ほんと!?」

 彼の言葉に少女の目が輝く、彼にとってはもうどうにでもなれと半ば投げやりな提案だった、だが少女の喜びようを見ていると、そんな事言えるはずも無かった。

「そうだなぁ……アイリスってのはどうだ」

「アイリス? どういう意味?」

「意味は知らねえ、昔に聞いた花の名前だ。まあ大事なのは語感だよ語感」

 アイリス、それは昔聞いた花の名前、それに意味があるのかは分からない。
 彼自身はその名前が好きだったわけではない、ただ真っ先にその名前が出て来ただけの事だ。

「ふーん……それじゃあ、あなたの名前は?」

「俺? あーっと……ニゲラってんだ。ニゲラ・ヨーネンフェルク」

 最後に名前を聞かれたのがあまりに遠い過去の事だったので、危うく自分の名前を忘れてしまいそうになっていた。といっても彼はこの『ニゲラ・ヨーネンフェルク』が自分の名前だという事に確信を持てない、確かに誰かが言った言葉なのだろうがその事を思い出そうとしても頭の中に靄がかかっているかのようにはっきりしない。

「いい名前だね」

「ん?」

「凄く好き、『ごかん』いいね」

 ニゲラは自分の名前を褒められた事など無い、それに今のように褒められたとしても大して嬉しくは無いが、覚えたての言葉をあどけなく使って名前を褒めてくれたアイリスの心遣いを理解できないわけでは無い。
 アイリスの頭をぽんぽんと撫でる。

「ありがとよ」

「う……ん」

 アイリスはうつむいて消えるような声で答えた。顔はよく見えないが少し頬が赤らんでいるのが伺えた、ニゲラはそれも仕方ないと思えた、たった数時間で人生が大きく変わったのだ。疲れが出ても仕方ないと。

 そんな二人の頭上を火が駆け抜けていく。通った場所に白い尾を残して、あても無くただただ無差別にどこかに飛んでいく。

「あれは何?」

 アイリスは天の火を見た事が無いわけでは無い、この時代に生きていれば誰でも一度は見る事になる物だ。
 だがそれが何かは今まで分からなかった、誰も教えてはくれないしそもそも誰にも聞けなかったからだ。

「あれか? 昔いた臆病な奴らが生み出しちまった物だ。くその役にも立たねえ、鉄の塊だ」

 そう言って歩き出したニゲラの後を、アイリスは小走りで追いかけた。
 

 これはただの暇つぶし。
 永遠を生きる彼にとって、藁である少女と過ごす期間などまばたきをする間の暗闇くらいなものなのだから。
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。