少年淫魔の神様業!

宇野 肇

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本編

語り部と実のところ

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 とある島国の大きな都から随分と遠い場所に、木々の生い茂る森とも、山ともつかぬ丘陵がありました。麓に暮らす人々は、その奥深くには小さな神様がおわすのだと言います。その神様は男にしか姿を見せぬと言われ、たいそう男好きなのだと思われていました。といって、女を嫌うというわけでもなく、ただ本当に時折、気まぐれのように男の前に姿を見せるのだそうです。神様にお目見えした男は口々に「よいことがあった」、「神様に助けていただいた」と言うのですが、決して神様がどんなお方なのかについて喋ろうとはしませんでしたので、噂が噂を呼び、その丘陵にはいろんな男が向かうようになりました。けれど、いつも会えるのは一握り。真に迫る憂い事を持つ者のみとも、清い心を持っていなければならぬとも言われていますが、真偽のほどは定かではありません。
 ――もし、あなたが神様にお会いしたいことがあるのなら、大きな桜の木を目指すとよいでしょう。神様にお目見えした男たちは皆季節に関係なく、満開に花咲く大きな桜の木を見たらしいのです。もしあなたがそんな桜を見ることができたなら……きっと、その神様にもお会いできるでしょう。
 あなたにも、よいことがありますように。

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 この世界には悪魔という存在がいる。その昔、結界を破って人間界に攻めてきた魔王さまの軍勢がいたんだけど、その生き残り。勇者が魔王さまを打ち破って追い返して、結界を張り直してからこっち、人間界と魔界をつなぐ境界が破られたことはない。魔界からの侵入者がないとわかるのは、人間界に取り残された魔族が魔界に帰れないからだ。それだけ勇者の力は強かった。今ではほそぼそと、討たれないようにしながら生きているというわけ。
 さて、そんな魔族の中でも、取り分けうまく生きているのは淫魔だろう。かつては人間を混乱に陥れるため女に扮して男から精を絞り出し、その精で男に扮し女に子を孕ませていたらしい。飽くまでそれは人間の子としてであって、生まれてくる子は淫魔にはなり得ないんだけど。まあ、淫魔の子を孕ませるにしたって本当に必要最低限であって、人間の間で言われているほどぽこぽこと孕ませているわけじゃない。姦通罪回避に淫魔を言い訳にするのは本当にやめて欲しい。勇者を信奉する聖教会が聖騎士を立てて殺しにくるんだよ。僕がいるのは聖教会が力を持ってる国からは遠いし海もまたいでるし、ド田舎だからバレにくいとは思うんだけど。
 大抵の淫魔は生き物、特に発情期がなくていつでも盛れる人間から精力を得て命をつないでいるだけで、それは人間たちの言うところの食事でしかない。人間の食事は淫魔からすると『死んだ生き物の死骸』で、そこから栄養を摂るのは不可能なの。人間を堕落させるとか、そういうのはそれこそ大昔の話。魔王さまと一緒に人間界にやってきた悪魔たちのオシゴトで目的だったんだけど、今の淫魔は昔ほどの力はなくて、生きるのに精一杯。そんな栄養にもならない……いや、なるけど、すぐに殺されちゃうようなバカなことなんてする余裕はない。
 ただでさえかつかつの淫魔は、人間に淫魔の子を孕ませるにも繁殖力が落ちてきた。そんな中で生まれた僕はいっとう弱い方。何故なら、人間の精力をあんまり得られないでいるから。淫魔は男にも女にもなれるから、今の淫魔は大抵女になって男とセックスして生活してるのね。男になって女とセックスなんて今はもうほとんどないの。淫魔的に旨味がないからさ。女からは精を絞れないからね。母乳ならいいらしいんだけど、淫魔が母乳を得るとか逆にハードル高くて無理。
 で、僕が弱いのは、その淫魔の能力にさえ欠陥があるから。というのは、僕は女に化けられないんだ。男にしか化けられない。だから生まれてこのかたずっと男。しかも強くないから、おじさんとかおじいちゃんとかになるのも無理。上は精々18歳くらいまでかな。それより下なら、相手の理想とも言うべき姿にきちんと化けられるんだけどね。
 淫魔は悪魔だし、魔族というのは子煩悩じゃなくて、生まれたらもう一人で生きて行かなきゃいけない。ほら、吸血鬼とかの同族増やしって、人間から急に吸血鬼になったりするでしょ? 吸血鬼は血の中に知識があるらしくて、吸血鬼になると同時にいろんな知識を受けるけど、淫魔もそうなの。女の人の腹の中で大きくなって、その間にいろいろ知るのね。で、寝てる間に飛び出しちゃう。『お母さん』は翌朝ぺったんこのお腹見て大騒ぎ、ってわけ。逆に言うと、今の淫魔は昔みたいに吸い取った男の性で女に子を生ませて人間を陥れるとかそんな貴重な精液を無駄に使うような真似なんて絶対無理なわけで、つまり子供が生まれた時本当に取り上げることができたらそれは淫魔の仕業じゃないってことなの。だけど、そんな細かいこと人間が知るわけないから淫魔の仕業にかこつけた不義密通が世にはばかって……ってまあこの辺はいいか。僕はそんな風にして人間の女から生まれたんだけど、なんていうか、お腹の中にいる時に自殺されかけて、お腹の中にいる間は命が繋がってるから慌てて出ちゃって今苦労しているというわけ。
 幸い『お母さん』みたいに自殺志願者が多く入ってくるこの場所で、ひっそりと、こっそりと力を溜めて暮らしてる。ここ、僕みたいなのが生きるにはかなり条件のいい場所なんだ。最初は動けない位弱かったからえり好みしてられなくて酷い性癖持ちに当たることも多かったけど、ここ数百年くらいで僕も成長したから、今は僕の好みに合ってノーマルな感覚を持ってる男を選んで精をいただいてる。悪評が広まって討たれたくないから、合意ってことが条件。
 で、ここって人の手の入ってない、この島国の人間にとっては『人ならざるものの住まう領域』ってやつなの。大抵の人は思い悩んでることがあるとかが多くて、死ぬつもりで入ってくる人が多いのね。だから死ぬならその前にキモチイイコトしよ? って誘ってたわけ。そしたらいつの間にかいい神様みたいな話になっちゃって、今度は願かけしに来る人が増えちゃったんだ。その中で僕が助けてあげられる人は僕の家まで迷い込んでもらって、僕ができることをしてあげる約束をして、しっぽりと致すっていうのがここ最近の流れ。貢物とかは要らなかったんだけど、保存して溜め込んでるとそういう神頼みで来た人の力になれることがあるから今はなんでもありがたく頂戴してる。全く何が役に立つかわからないよね。
 勿論、相手を選ぶ時に一番大切なのは、聖教会の敬虔な信者『でないこと』。ド田舎だし国も違うから宗教も違うから大丈夫だと思うでしょ? でもね、ここらでも最近は結構聖教会の色に染まってきてたりするんだ。思想だし、禁止されてないから余計ね。前まではあんまり気にしなくても良かったのになあ。
 教会の教えってまず『魔族は殲滅せよ』だし、結構禁欲的で、勇者と聖女が神聖化されてるから異性愛が普通で、その流れで一夫一婦制なのね。だから淫蕩に耽るとかしかもそれが同性とかってもうアウトすぎて何も言えないレベルだったりするんだ。まあ人間だから、大抵はそこまで厳しく守ってないけど。性欲が強くて発散できなくてっていう若い男なんかは僕からするとカモなの。でも、聖騎士とかになっちゃう、なりたい感じの人はダメ。僕弱いし絶対殺されちゃう。そんなリスキーなことできるわけないよね! 昔の力の強い淫魔は力試しとかって誘惑したらしいけど、ただでさえ女になれない僕がいたいけな少年の姿で誘惑とかあり得ないよね。何その遠まわしな自殺。平和が一番だよ。

 ということで、僕自身は自分でそう言ったわけじゃないけど実質的に神様を騙っている僕は、今日も今日とて迷える子羊を快楽の宴へ導くべく耳を澄ます。僕の感知できる範囲なら、人間の欲望とか強い望みを拾うことは容易い。基本的に全部自分のためだけど、今の所上手くやれていると思う。本当、『お母さん』はいい場所を選んでくれたよ。僕がとんでもなく弱くて、ここから動けないうちにここの条件の良さに気づいたことも良かった。その二つが、僕にとって最大の幸運だね。
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