創作男女もの短編

宇野 肇

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VRMMO系

箱庭生活! ウタとアオバの場合01

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 賑やかな表通りから一本横に逸れ、裏通りを行った場所に私の第二の家は、ある。
「やっほう! 調子はどう?」
 軽く木のドアを押し開けると、からんからん、とドアベルが古めかしい音を立てた。
「あっ! ウタ! おかえりっ!」
 ぽててて、と駆け寄ってきたのは黒髪に金の目をした男の子。チャームポイントは猫耳としっぽである。
「よーしよしよしよし! スバル、元気にしてた?」
「うん! ウタに言われたとおり、ポーションいっぱい作ったよ」
 わしわしと頭を撫でると、スバルは嬉しそうに私の腰にぎゅっと手を回して抱きついてくる。かわいい。
「……おい、作ったのはお前じゃねーだろが」
「あ、アオバ!」
 そんなに広くない家の奥から出てきたのは茶髪に綺麗な緑の目を持つ、やっぱり猫耳しっぽの男の子だ。つり目だけど切れ長というわけではなくって、むっすりしていても可愛く見える非常にズルい顔をしている。いや、それはこの年頃の子特有のアドバンテージか。
「えらいえらい。ちゃんとやってくれたんだ」
「……アンタがやれっていったからだろうが! 信じらんねえよ、薬草あるだけポーションにしとけとか!!」
「そういいながらもやってくれるのがアオバのいいところだよねー」
「……だって、必要なんだろ」
「うん」
 いくつできたの? と聞くと、50個という答えが返ってくる。
「50も! アオバありがとね!! 無理してないよね?」
「してねえ」
 ぎゅっと抱きしめて、アオバが嫌がる前に放して代わりに頭を撫でる。口では嫌がってるけど、照れた表情からは嫌悪感とかは微塵も感じられなくて微笑ましい気持ちになる。嫌じゃないけど恥ずかしいって感じがひしひしと伝わってきて、また抱きしめたくなる衝動を必死で抑えた。
「あんま撫でんな」
「えー」
 あんまりしつこいと怒られるので、名残惜しいけど適当なところで切り上げる。
「……ほら、それより色々とやることあんだろ? あんま時間ねーなら急いだ方がいいんじゃねえの。アンタ長居しないじゃん」
「んー、まあ仕事があるからねえ。日中ログインするわけにはいかないんだけど」
 そう。ここ、VRゲーム『箱庭生活』の世界に来られるのは仕事を終えてから。自宅の端末を頭部にセットして、ベッドに横になってからでないとダメなのだ。いや、携帯端末からでもログインはできるわけだけど、やっぱり時間に追われるように遊ぶのは主義に反するので。
 『箱庭生活』は仮想空間へのダイブ型ゲームで、明後日の方向へのバージョンアップに余念がないと定評がある。
 もともとは仮想空間でペットを飼うって感じのコンセプトだったのが、なぜかバージョンアップを繰り返した結果、異世界でのスローライフへと変貌した。当初は箱庭と呼ばれる小さな世界に暮らすプレイヤーが、ペットに出会い一緒に暮らす……というまあありきたりといえばそれまでな感じだったのだけれど、今じゃ自由度が跳ね上がって、出会いイベントさえも蹴れるようになっちゃってるのだ。趣旨どこいった。
 この世界は初期設定で山、海、森、砂漠の四つから最初に飛ぶ環境を選ぶことができる。それぞれマップの中心には街があり、一定の距離以上は出ていけないようになっている。そこまでしか世界が作られてないためだ。これが『箱庭』の所以。
 違う環境、違う街に行くには所定のイベントをこなす必要があるのだが、大体それぞれの街には他の環境でしか取れないアイテムも輸入品扱いで置いてあるので、冒険者気質のプレイヤーか、行商人のロールプレイでもしてない限り頻繁に移動することはない。大半は他の環境を調べて一番居心地のいい所に腰を落ち着けるわけだ。最初の目的が異世界でペットを飼うってことだからね。売り文句も一応それだしね。
 で、そのペット……今はパートナーと呼ばれているのだけど、私のパートナーとの出会い……邂逅イベントはステージ【森】の街近くの森の中で起こった。
 狭い世界の割に無駄に自由度の高いシステムのせいで鍛えねばならない戦闘スキルとレベルあげ、そして食料調達に金儲けという実益しかない目的でモンスターと遭遇しやすい森の中へ分け入ったわけだけど、そこで怪我をして瀕死の状態で気を失っている猫のアオバに出会ったのだ。
 もふもふ至上主義猫万歳溺愛派の下僕の身としては助けないという選択肢はなかったわけで。あわよくば飼いたいと思ったわけで。当時は宿屋暮しだったのを、大枚はたいて(飽くまでゲーム内通貨)この裏路地にある小さな一軒家を買って引っ越したという経緯がある。
 リアルじゃ日中仕事で家にいられなかったり、そもそも動物不可な物件に住んでたりするのもあって、これで私がどれだけもふもふ……いや、自分の主となるべき猫さまを渇望していたか分かってもらえることと思う。
 『箱庭生活』では自分のホームを持つこと、その場所を選ぶことが可能だ。他のプレイヤーと場所がブッキングすることはなく、早い者勝ちで埋まって行く。今のところ『箱庭生活』の総プレイヤー数は他のMMOゲームほどではないし、必ずしも街の中でしかホームにする場所を選べないことはないので競争率は高くない。森の中に家を建てる人もいるくらいだ。
 『箱庭生活』は痛覚こそ衝撃レベルで抑えてあるものの、触覚に対しては他のゲームよりも頭一つ分くらい抜きん出ているところが受けている。特に動物に対しては並々ならぬ執念を感じるレベルでその手触りについてリアリティを追及していることで知られている。
 だから猫を助けてこの機会に是非飼いたい。飼ってもふもふしまくりたい! 堪能したい! と思った私はこのゲームのプレイヤーとしては実に真っ当であると言いたい。おまわりさん私じゃないです。
 とにかく、最初はそんな感じで邂逅イベントをやり過ごして甲斐甲斐しくアオバの看護をして、威嚇されつつもめげずに時間の許す限り敵意がないことを示し、さてご飯もよく食べてくれすり寄ってきてくれるようになって上手く私に懐いてくれたかなあと思ったところで、なんとアオバが猫耳しっぽの今の姿に変身してしまったのである。
 嗚呼、バージョンアップによる悲劇。私ともふもふアオバの未来へのヴァージンロードは運営の手によって引き裂かれたのだ!
 ふざけんなそんな話聞いてねえぞこらあ! 猫耳しっぽと猫は天と地ほどのさがあるんだ!! 猫耳しっぽじゃもふもふできないんだぞ!!! ばかー!!!!
 とまあ一人自室で騒ぎ立てたけれどしがないユーザーでしかない私にはなんの力もないわけで結果は推して知るべくもなく変わらなかった。
 そのかわりと言っちゃなんだけど、彼らにもレベル制が採用されていて冒険の際パーティに入れることができるし、ログインしてない間も信頼関係がきちんと築けていればこちらの頼みごとも聞いてくれたりして、この『箱庭生活』の世界観を楽しむ際に非常に有用な存在になったのも確かだ。無事合意の上パートナー登録を果たすことが出来れば、だけど。
 公式サイトの情報や掲示板の報告スレッドをみると、どうも彼らは普通の動物の姿にもなれるらしいのだけど生憎アオバはなってくれない。なんか身の危険を感じるとかで。そんなわけないのに! ちょっともふもふし倒して堪能したいだけなのに! 痛いことしないよ! 優しくするから! と言っても無理だった。悲しい。なんのためにこのゲーム買ったのかわからなくなる程度には悲しい。
 まあ恥ずかしいからだって分かったから、強引に事を運んだりはしてない。中の人はいないとはいえ、折角パートナーになってもいいって言ってくれたのだ。尊重はしたい。
 それにあんまり機嫌損ねるとパートナー側からパートナー登録を破棄されることもあるのだ。それは本意じゃあない。もふもふできないなら貴様は用済みだ! とするにはアオバは可愛かった。素直じゃないところが。私が手をわきわきしてお願いすると警戒心むき出しで威嚇してくるけど、爪で引っ掻いたりしてこないところとか。まあ、概ねアオバとの関係は良好であると言えよう。
 で、だ。
 『箱庭生活』の自由度は初期に比べて大幅に高まったわけだけれど、パートナーとの邂逅イベントを蹴れるようになった弊害というべきか、アオバのように怪我をして助ける、という流れで出会う子たちがスルーされているのに出くわすことが稀にあるのだ。ひどい時はとどめを刺して経験値にされたりすると聞く。それも『箱庭生活』の醍醐味ではあるのだけど、私はそう言うのは好きじゃないので、アオバと同じように助けたわけだ。それがハチワレのスバル。
 原則邂逅イベントは、パートナーが既にいるユーザーには発生しない。厳密にいうと、パートナーにできるのは一人……一匹……一体だけなのだ。だから、私はスバルとはパートナーにはなれない。レベルだのなんだのを上げて、条件を満たしたプレイヤーは複数登録できるようになるらしいんだけど、残念ながら私はそれを満たしていない。スバルとパートナーになるには、アオバのパートナー登録を破棄すればなれる。けれど、生憎そのつもりはないので。
 パートナーを家族だという人は多いけれど、それに即していえば、スバルは居候だ。まだ怪我が完治していないのでここにいてもらっている。まあ完治した暁には猫の姿でもふもふさせてくれる約束を取り付けてたりするんだけどね! アオバには内緒だ。きっと、いや確実に拗ねるから。
「いつもならそうなんだけどね、明日休みなんだ。だから今日は一緒にいられるよ」
「ほんと!?」
 真っ先に声をあげたのはスバル。でもアオバも目を見開いて驚いているのがよくわかる。
「ほーんと。ま、でもスバルはともかく、アオバは疲れたろうから休んだ方が」
「いい。……別に疲れてない」
 私の言葉を遮って、アオバがそっぽを向きながら答えた。尻尾が私の足にぴったりとくっついてくる。……かわいいなあ。
「そう? でも夜だしねえ。ご飯食べた?」
「まだだけど」
「そっか。じゃあちょっと食べに行こう。それで、お風呂に入って今日は一緒に寝よう」
 ある程度まとまったお金は渡してあるから、普段食事は好きな時間、好きなように食べてもいいとは言ってある。買い取った家も、お風呂と台所、ベッドは良いものを揃えてあるから今まで不満を聞いたことはない。手料理を振る舞うのも悪くはないけれど、残念ながらこのゲームは味覚までは再現されていないのだ。リアルの健康によろしくないとかでね。そういうわけで味見できないし、どうせ食べるなら美味しいものの方がいいに決まってる。
 私の提案に嫌がる様子もなく、二人はそろって表通りまで、文字通り私を引っ張り出した。ちょっと! 慌てなくても私も料理も逃げないよ!
 たっぷりと食事を堪能する二人を堪能し、眠たくなったのか舟を漕ぎ出したスバルを抱っこして家路につく。揺れが心地よかったのか、道半ばでスバルは夢の世界へ旅立って行った。
「……なあ、アンタさ」
「ん?」
「その……ソイツの怪我が良くなったら、どうするんだ?」
 私の隣を歩きながら、アオバが訪ねてきた内容に、私は唸り声をあげた。
「うーん。それが決めてないんだよねえ」
「……森に帰したりはしないのか?」
「スバルがそうしたいって言うならそうするんだけどね。今のところはスバル次第、って感じかなあ」
 スバルを見つけたのは、場所こそ違うもののやはり森の中。アオバは幸いというべきか私とパートナーになることを同意してくれたから一緒にいるけど、本来は動物の姿で野生の暮らしをしているのだ。ユーザーと出会い、邂逅イベントをパスした後に名付けの儀式を経て亜人の姿になる。
 設定的にはユーザーには特殊な力があるとかなんとかで、『箱庭生活』世界の中のNPC……一般人はそういうことはできない。邂逅イベントのフラグが立った子たち――システムでランダムに選ばれるらしいのだけど――には高度なAIが組み込まれ、名付け以降、交流によって様々な成長を遂げる。
 そして、森に……野生に返すというのは、名前の登録を解除し、ただの動物になるということなのだ。ユーザーと接することで学習したことが初期化されてしまう。学習データそのものは今後に活かされるよう残されるようだけれど、その時点でその個体は白紙の状態に戻ってしまうのだ。
 だから、折角縁があったのだから、そういうのはもったいないと思う。
「人の暮らしに興味があるなら、暫くはウチに居ていい代わりに、作業の手伝いをしてもらってもいいかなって思ってる」
 スバルは言動も幼いし、外見年齢は二人とも同じように見えるのに、時間差の所為かアオバは凄く落ち着いてるというか、しっかりしてるんだよね。だからアオバは兎も角スバルを一人にするというのはちょっと危なっかしくて心配だ。 森に返すのであれば、さみしいけど、まあ初期化されるのである意味では安心する面もあるけどさ。
「……それって、ソイツをパートナーにし直すってことか?」
 ぽつりと零れた呟きに、私は足を止めていた。アオバは言ったその場で歩みを止めて、じっとうつむいている。
「私は今のところそのつもりはないけど?」
「じゃあいつかは他のやつに乗り換えるのか」
 アオバのしっぽが忙しなく揺れている。
「……アオバは、私がパートナーのがいい?」
「今聞いてるのはオレだ」
 耳はピンと立って、私の方を向いている。表情は見えないけれど、アオバの望んでいることが何かはだいたいわかる。私の方がお姉さんだし。
「この先何があるかわかんないけど、私はアオバがいいよ。きっとアオバを選ぶと思う。一番にしたいと思ってるよ」
「……」
「アオバは? やり直したいって思ってる?」
 言葉を投げると、アオバは勢いよく顔をあげた。表情は情けない感じに歪んでいて非常に庇護欲をそそられた。アオバのしっぽが小刻みに揺れているし、スバルを抱っこしていて両手が塞がっているから、まだ我慢。
「んなわけ……ない……」
「じゃあ、そばにいて欲しいなあ。頼りにしてるし」
「……」
 アオバは言葉は素直じゃないけれど、その分反応そのものはすごく分かりやすい。所在無さそうに左右に揺れていた尻尾は緩やかに立ち、確実に気持ちが落ち着いていることが見て取れた。
「アオバ」
 駄目押しに名前を呼ぶと、アオバは私のすぐ側まで歩いてきて、俯いたまま口を開いた。
「……アンタは直ぐオレのこと変な目で見るし、変なとこ触ろうとするし、変なことばっか気ィまわすし、変な奴だけど」
 アオバのしっぽがぷるぷる震える。ちょっと聞き捨てならないけど、茶化すと傷つけちゃうから我慢、我慢。
「けど……、……だから、おっ オレが見張ってないと他の奴に迷惑が……迷惑は、かけらんねーから……」
 顔こそ見えないけど服の隙間から覗く首は赤くなっている。
「そっ それにオレだって、誰にでもこんな……頼まれごととかきくわけじゃねえ、し」
 一生懸命さが伝わってきて、綻んでいく口元をなんとか引き締める。そこまで厳密にアバターに反映されるわけじゃないけど、念のためね。
 こつん、とアオバの頭が私の背中に当たる。じわ、とそこからアオバの熱が広がっていく。
「そっか」
「……ん」
「じゃあ、両想いだねえ」
「はっ!?」
 じんわりと胸に広がっていく熱をしみじみと吐き出すと、アオバは驚きからか勢いよく私から飛び退った。唖然として私を凝視するから、私もアオバの顔がよく見えた。真っ赤っ赤。
「なん、なに、」
「だってそういうことでしょ?」
 違うの? と首を傾げると、アオバは一転、声を荒らげた。
「ばっ! ばっかじゃねえ?! どっ……なん、今のっ! どうしたらそうなんだよ!!」
「……違うの?」
 今度は声を抑えて聞いてみる。しゅん、とした雰囲気を出しつつ。ここでからかうとアオバは素直になってくれない。
「ちが、ちが……そん、」
 真っ赤な顔のまま、アオバが言葉に詰まる。私はスバルを抱きなおして、ちょいちょいとアオバを手招いた。黙って小股で近寄ってきたアオバの頭を撫でて、背中を押す。
 また二人で家に向かいながら
「ね、両想いでいいでしょ?」
 呟くと、
「……ウタがそう思いたきゃ、それでいんじゃね……」
 諦めたような、むっすりとした声で返事がくる。それを可愛いなあと思いながら、さっきより近くなった距離に、私は満足してにんまりと笑みを作るのだった。

 大きなベッドにどの順番で寝るか一悶着あるのは、それから30分ほど後のこと。
 風呂上りにしっとり濡れた耳と尻尾をそれはそれは丁寧に拭いただけなのにどうして逃げるのかな! アオバもふもふへの道のりは長い。
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