狼獣人は時空を超えて番を求める

riiko

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第二章 王都編

22 ゼルヴァンの誘い

 ダンスを終えたリゼは、レオが取ってくれた果実水を口に運んだ。

 甘い香りが喉を潤す一方で、会場の視線は相変わらず二人に注がれている。レオに話しかけようとする貴族は多いが、レオは気づかぬふりをしているのか、あるいは意図的に無視しているのか――終始リゼだけを見つめ、手を離そうとしなかった。

 ミケーラへの拒絶を目の当たりにした獣人たちは、誰ひとりとして行動を起こせずにいる。

 王族の怒りに触れて良いことなどない。それはリゼにも容易に想像できた。そんな中、二人に近づいてくる影があった。唯一、昨夜からリゼに対して友好的だった獣人――ゼルヴァン・ストラウスである。

「殿下、リゼ殿、こんばんは」
「ああ、ゼルヴァン。一人で出席か?」
「ええ、明日出発するので、妻は家でばたばたしてます」

 ゼルヴァンの姿を見た瞬間、リゼの胸にふっと安堵が広がった。この世界に、自分を敵視しない者がいる――その事実だけで、自然と笑みがこぼれる。

 昨夜、レオから聞いた話が脳裏をよぎる。レオの妹もつがいと結ばれ、これで王家の兄弟は三人ともつがいを得たのだという。

 ――神に愛される存在。それが王族。

 王族には、つがいと出会わなければならないという重圧があるのだろうか。レオは「出会えると確信していた」と言っていたが、それは彼が特別強い心を持っていたからなのかもしれない。

 昨夜、レオは初めて家族のことを語ってくれた。

 国王にはかつてつがいがいたが、その人は身重のまま命を落としたという。王妃不在では王政が揺らぐ――そう判断した国王は、貴族の令嬢であるウサギ獣人のセリーヌと再婚した。

 だが、結婚後すぐに生まれた第一子はウサギ獣人だった。王位継承には狼獣人の血が必要。いまだ“王位継承者”が生まれないことに、王妃は焦りを募らせている。

 グレイモア公爵――ミケーラの父が「つがいを持つ者には試練が訪れる」と口にしたとき、国王が激怒した理由も、レオの説明で理解できた。

 愛する者を失うことを“試練”と呼ばれ、身内に突きつけられたのだ。怒らないはずがない。

 リゼが昨夜の出来事を思い返していると、ゼルヴァンが穏やかな声で問いかけた。

「リゼ殿、お疲れではございませんか。昨日到着されたばかりで、翌日には舞踏会。王族の行事はハードですよね。私も結婚当初は苦労しました」

 遠い記憶を懐かしむように、ゼルヴァンは苦笑を浮かべた。

「あ、いえ。そんなことはありません。少しだけここの雰囲気に酔ってしまっただけです」
「なるほど。そうだ殿下、リゼ殿をテラスにお連れしてもよろしいでしょうか? 人の多さは彼にはしんどいでしょう。殿下はまだこの場にいなければならない方。それに、まだ公式にリゼ殿のことを発表されていないのでしたら、今は私がリゼ殿をお守りするほうが良いかもしれません。殿下といるとどうしても目立ってしまいます」

 ゼルヴァンが提案すると、レオはしばし考えるように目を伏せた。

「リゼ、ゼルヴァンは私の妹の夫だ。君は忘れてしまっているが、本来豹獣人というのはとても強い。さらに彼は騎士なので、その道のプロ。そしてつがいのいる獣人。これほど安全な男はいない。彼にならリゼを任せられる」

 本来、豹獣人は強い――その言葉に、リゼの胸がどきりと揺れた。自分は“本当の豹獣人ではない”と言われているような気がしたのだ。

 だが、ゼルヴァンがレオから深く信頼されていることは理解できた。リゼは慌てて返事をする。

「う、うん」

 レオは少しだけ不安げに問いかけた。

「……ここを抜け出したいか?」

 レオは「離れない、ずっと一緒にいる」と言ってくれた。だが今は、彼の隣にいることで余計に注目を浴びてしまう。それでも、本心ではレオの隣がいい――その矛盾が胸を締めつける。

 リゼは戸惑いを隠すようにレオを見上げた。

「僕は、レオの隣にいられるのならどこでもいい。だけど、レオが信頼する人なら大丈夫」

 レオはふっと優しい笑みを浮かべた。

「可愛いことを言う。では私からのお願いを聞いてくれないか? 少しの間ゼルヴァンといてほしい。君と離れることは苦痛だが、君を知らない誰かに見られるのが耐えられない。だから、今は隠したい。だが、私は王族としてこの会場にいなければならない」
「わ、わかった。ゼルヴァン様と一緒にいる」

 レオの負担にはなりたくない。それに、リゼ自身もゼルヴァンと話してみたいと思っていた。

「では、殿下。リゼ殿をお借りいたします。この命にかけてでもリゼ殿をお守りいたします」
「……任せた」

 レオはリゼをゼルヴァンに預けながらも、どこか寂しげな表情を浮かべた。

 そんな顔をするくらいなら、手放さなければいいのに――そう思ってしまう自分が、リゼには少しだけ苦しかった。

 こうして、リゼのエスコート役はゼルヴァンへと変わり、二人は会場を後にした。
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