かなしみは星と輝く

アサツミヒロイ

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第一章

森を抜けて

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 眠りから覚めて目を開く前に、少しの違和感があった。

 そういえば、アラームが鳴っていない。セットし忘れただろうか?遅刻かもしれない。そう思って優人は目を開く。
 見えたのは自分の部屋ではない、見慣れない部屋の天井。深い眠りから覚めたのは、いつもの電子音のアラームではなく周りで人が動く物音や気配があったからだと気付いて余計に驚いた。

「お、目が覚めたか、おはようユウト」
「よお、ねぼすけ」
 見慣れない、けれど知っている顔がふたつ見えた。昨日までは知らなかった顔だ。そこでようやく、優人はここが何処なのかを思い出した。
 誰も居ないはずの自分の家ではない。優人は、随分と久しぶりに、起き抜けに誰かにおはようと言われた気がした。
「…大丈夫か?」
「うん、平気、なんでもない」
 大きな決心をしたというのに、寝れば一瞬とはいえ忘れるものなのかと思いつつ、無理もないとも思った。まだたった一日しか経っていないのだ。
 何も言わずにぼうっとしている優人を訝しんでエリーが顔を覗き込むようにして声をかけたが、優人は大丈夫だと首を振った。
「昨日は疲れてただろうからな、準備は殆どしておいた、あとはユウトが身支度を整えれば出発できるぞ」
「ごめん、ありがとう。すぐに…」
「ゆっくりでいい。焦らなくてもいいようにしたのだから、今は甘えろ。その分森の中では、頑張ってもらうからな」
「は、はい…」
 昨日エリーがこの森には昨日の草原よりもずっと多くの魔物が居ると言っていた。昨日以上に頑張らなくてはいけないことが予想される。


 一歩一歩踏み込むと、みずみずしい草がしゃく、と潰れたり、しなやかな木の枝がぱきりと割れたり、小気味よい音が立つ。日の高い時間に眺めると、とても美しく豊かで、そして深い森であることがわかる。
「綺麗なところだけど、魔物がウジャウジャ居るんだよね?」
「ウジャウジャと言うほどでもないが、まあな」
 少し怯えた様子の優人を見てエリーが言う。
「ここはある程度人の手が加えられているから、あまり凶暴なヤツは居ないんだ。凶暴な魔物というのは、裏を返せば臆病なモノということだからな。そういうヤツは人のニオイがするところには住まわん。怖がることはないぞ」
 確かに、地球でも動物が人を襲うのは生きるためであったり、自分の身を守るためであったりする。それと同じだろう。戦うことが好き、というようなモノは珍しいのだ。
「とはいえ、見つけたヤツらは片っ端からヤるんだぜ。凶暴でなくとも魔物は魔物だ」
「そうだな。ユウトが剣に慣れるチャンスでもあり、星石を多く集めるチャンスだ。今日はしっかりわたしたちも戦う、最後の封印はよろしく頼んだぞ」
「う、うん」
 最後は自分が終わらせなければならない重圧と、エリーたちが戦ってくれる心強さが混ざり合い、優人は複雑な気持ちで曖昧に返事をした。
 よし行くぞ、と声をかけエリーを先頭に優人、カミーユが続いて歩き始める。一番の目的は森を抜けることだが、魔物を退治することもまた大切な目的のひとつであるから、魔物を探しながらゆったりとしたペースで進んでいく。


「お、居たぞ」
 エリーがそう言ったのは進み始めてさほど時間も経たないうちだった。
エリーが指差す方向をよく見ると、灰とも茶とも取れない色をした何かが居る。優人はその姿を見て、つい首を傾げてしまった。
「あれ…斬れるの?」
 岩のような見た目をした魔物だった。大きなネズミのようなウサギような形をしてはいるが、その体表は羽毛などではなく、硬い鱗のように見えた。優人が持つ軽く細い剣では、いきなり刃こぼれしてしまいそうなほど頑丈そうだ。
「いいか?魔物は必ず弱点がある。それを探し狙うことが大事だ」
「弱点…ね」
「手本を見せてやる」
 魔物はまだこちらには気が付いてはいない。エリーがそろりと剣に手をかけた。
 身体の表面、剥き出しの背の側に弱点になりそうなところはない。短い尻尾のような、突き出た部分がこちら側に見えるので、恐らく真逆が頭がありそうだが、今は見えない。やはり野生動物であるから、普段隠しているところが弱いところなのだ。

 エリーは素早く魔物に近寄ると、抜いた剣の先で尾の部分をひっかけ、そのまま掬い上げるように振り上げた。すると地面を這っていた岩ネズミの魔物は宙に舞い上がり、その姿の全貌を明かす。急なことに驚き抵抗しようと手足をばたつかせているが、宙に投げ出された状態では何もできない。
「はあっ!」
 投げ出され身動きも叶わないままの魔物の腹の辺りをエリーが素早く下から上へ斬りつける。背中はとても刃が刺さりそうになかったが、腹の側は少し柔らかそうな皮だった。エリーが斬りつけた通りきれいに剣が入り、魔物がぐげげと呻き声をあげる。剣の軌道により魔物はまた高く投げ出される。
「ユウト!やれ!」
「は、はい!」
「狙うは腹と首の間だ、行け!」
 魔物の落下地点に急いで入り、剣を構える。こういうときは突きがいいのか斬りつけるのがいいのか、一瞬迷ったが、自身の非力さと剣の細く鋭い形状から突きの方が確実だと思った。とは言え一点を突き狙うのだから外せば何のダメージも与えることはできないだろう。決して外すまいと落ちてくる魔物を睨みつける。
「やっ!」
 くるりとゆるく回転しながら落下する魔物の腹がこちらに向くタイミングで、強く剣を突き出す。すると、ざくっと剣が入り込む手応えがあった。魔物とはいえ生き物を突き刺す感覚はあまり良いものではなく、うっと息が詰まった。けれどなんとか攻撃を当てることができた安心感も同時にあった。
 そしてそのすぐ後に、また昨日と同じ、不思議な感覚を覚えた。何かの感情が魔物から染み出して周りの空気を変えていくような、そんな感じがする。その変えられた空気を吸い込むことで体に流れ込んできて、その正体がわかっていくような、その感情が自分のものに感じるような、不思議な感覚。
 この感情は、嘘をつくときの気持ちだ。優人はそう感じた。自分を良く見せるために、強く思わせるために嘘をつく、弱い気持ちだ。
「ユウト、すごいぞ!よくやった!」
 エリーが声をあげたことで優人はハッとする。そして同時に、今まで辺りにじわりと広がりかけた空気が魔物の体と共に光りはじけてキラキラと輝く星石に変わる。
 足元に星石が散らばる頃には、優人が感じた不思議な感情は消え去っていた。今のは、何だったのだろう。昨日スライムを倒したときも、自分のものではない、けれど自分にも覚えのあるような嫌な感情が流れ込んできたように感じた。しかしそれは一瞬のことで、過ぎてしまえば気のせいのようにも思える。
「まさか一度目で的中とはな。すごいぞ。……どうした?変な顔をして」
「い、いや…当たって良かったなって」
 うまく説明できる自信がなくて、優人は適当にはぐらかしてしまう。優人の感じた感覚は、他の二人は何も感じていないらしい。そのまま一行は星石を回収し、さあ次だ次、とさらに魔物を探していくのだった。

 それから再び見つけた同じ岩ネズミの魔物を、今度はひとりで倒してみたりした。エリーは難なくやっているように見えたが、やはりあの重たい体を剣で浮かせるには力とテクニックが必要だった。何度も何度も失敗し、やっとのことで一体を倒し終えるともうヘトヘトだったが、その後も大きな虫のような魔物や昨日も居たスライムの亜種のような魔物も続々と出現し、エリーとカミーユに弱らせてもらい優人が封印することを繰り返した。

「も、もうダメ…ちょっとだけ、休ませて…」
 体力のない優人が、魔物を相手に緊張しながら激しく動き回ったことでかなり消耗していた。最後の一撃、封印だけとは言え慣れないことをすると疲労も募る。
 それに、二人には相談すべきかわからないままだったが、あの感情が流れ込んでくる感覚はどの魔物を倒しても感じていた。優人には一体どういうことなのかさっぱりわからないが、自分のものではない感情が勝手に自分のものになる感覚は、ひどく疲れる。それも、あまり良くない種類の感情だ。優人が消耗していくのも無理はなかった。
「そうだな、少し休もうか。しかし警戒は解くなよ」
「うん…ごめん」
「ったく、情けねえなあ」
 カミーユが嫌味を零すが、体力的な意味ではまったくその通りだと優人も思う。

「エリーの剣もすごいけど、カミーユもすごいんだな、驚いた」
「フン、お前がヘボ過ぎるだけだ。俺様は元々はこうして戦うなんてしねえんだよ」
「そうなのか、僧侶だもんな。でも強かったよ」
 カミーユは背丈ほどもある十字架の形をした杖を片手で振り回して戦う。そもそも振り回すモンじゃねえんだよとカミーユは言うが、その杖捌きは手慣れていて見事なものだった。
 エリーはの剣術は力強く素早く敵に向かっていくのに対し、カミーユはひらりひらりと舞うように動き回り敵を翻弄する戦い方だ。ゆったりした装束と数え切れないほど身につけているアクセサリーが、動きに合わせて揺れるのも綺麗だと優人は思った。
「休憩がてら俺様の本来の能力を教えてやる。お前、腕怪我してるだろ、出してみろ」
「えっ?ああ、うん」
 確かにさっき攻撃を外してしまい、暴れる魔物に反撃され、腕を軽くひっかかれて小さく怪我をしていた。優人はカミーユがそれに気付いていたことに驚いた。優人に対しきつく当たってくるようで、よく見ているものだ。
 袖を捲り上げ傷口を確かめると、思ってたよりも傷が大きいことに気付く。血が滲みひりひりと痛んでいる。
「俺様の魔法は主に癒しの法術と魔除けのまじないだ。魔法と言っても傷を消しちまえるモンじゃねえ、治癒力を高めるためのモンだ」
 そう説明しながらカミーユが優人の左腕の傷口近くに杖の先端を寄せる。
「ま、これくらいの傷なら消えちまったみたいに見えるかもな。いくぞ」
 杖の先端が淡く光り始めると、優人はその腕に少しの熱さを感じる。思わず腕を引っ込めそうになったが、なんとか耐えた。
「…!すごい、」
 光も、熱さもほんの一、二秒の出来事だった。傷など始めからなかったように治っているし、もう痛みもない。綺麗になった腕をしげしげと見つめてみても何もわかりはしないが、信じられない出来事につい目を凝らしてしまう。
 カミーユは眉ひとつ動かさずに傷を癒してみせたが、優人が感心した様子を見せると自慢気に笑った。
「こんなモンは基本だ、キホン。すごいことじゃねえよ」
 嬉しそうにしながらも口ではそう言ってみせるカミーユを、エリーが笑う。
「褒められて嬉しいならそう言え、天邪鬼め」
「はあ?嬉しくねーよ!別にこいつなんかに褒められても!」
 こいつなんかとはなんだ、とエリーが怒るそばで、優人はまだ傷が治ったことに感心していた。
 この世界に来てから驚くことは多々あるが、いまひとつ異世界である実感がなかった。剣術は元の世界でも存在するし、実際の剣術を見たことがなかったのですごいとは思ったものの、非現実という訳でもなかった。魔物が石に変わるのは不思議だが、魔物自体は見たことのない動物のような感覚だった。
 それらに比べて、傷をあっという間に治してしまう魔法なんてものは元の世界には存在しない。掃除用モップが剣になったのにも驚いたが、癒しの魔法は自分の体に使われたものなので感動もひとしおだった。ここは本当に異世界なんだと実感する。
「とにかくだ、何か怪我をしたり体調が悪くなれば俺様に言えよってことだ」
「うん、ありがとうカミーユ」
「フン、仕事だよ、仕事」
 カミーユがぶっきらぼうに答えると、怪我が治ったならさっさと進むぞ、と先へ歩き出す。優人とエリーも遅れないように後に続いた。


 森の出口に近付くまでにも、多くの魔物と出会し、戦うこととなった。優人の活躍は相変わらずで、思わず悔しさに唇を噛んだが、エリーはまだ二日目なのだから当然だ、と励ました。
 森を抜ける頃には陽も暮れて、空を遮る高い木々の間をすり抜け小高い丘に出ると、茜色に染まった世界が広がっていた。
「わ…あれが目的の街?」
「ああ、美しい街だろう」
「すごい……綺麗だ」
 立っている丘の上からは、レンガや石造りの美しい街が赤く染まり暮れゆく様を一望できる。丘というよりは殆ど崖の上のような感じで、少し進んだ先には急勾配の石段がある。人工的に作られた石段ではなく、人が通るうちに自然とできただけのようで、かなり足場が悪そうだった。
「今日はここまでだな。これからここを下るのは足元が見えなくて危険だ」
 エリーの言う通り、これから暗くなるのはすぐであろうし、既に足元の影が深く、よく見えない。この視界で崖のような石の上を歩いて下るのは危険だろう。
「ああ、そうと決まれば、陽が落ちきる前に野宿の準備だな」
「の、野宿…」
 当然のことだが、優人に野宿の経験はない。戸惑う声を出す優人に、エリーは良い経験だな、とにかっと笑って見せた。
 野宿の準備など何をしたらいいのか見当もつかない優人は、とりあえずエリーに言われるがままに枯れ枝を集める。恐らくは暖をとる焚き火のための薪なのだろう。
 優人が枯れ枝を集めているうちに、二人は着々と準備をしていて、柔らかい葉を集めた寝床と思われる場所が出来ていたり、あとは薪をくべて火をつけるだけの焚き火の場所も出来ていた。昨晩も食べた携帯食糧も置いてある。
 野宿ともなると、本格的に旅をしているという感じだ、と優人は思った。


「野宿なんて初めてだ」
「だろうな、かく言うわたしも野営訓練の経験はあるが、こんな少人数で旅をするのは初めてだ」
 カミーユが慣れた手つきで火を起こし、焚き火を三人で囲った。既に陽も落ちて辺りはすっかり暗くなり、次第に冷えてきた。
「カミーユはなんだか慣れてそうだけど」
「うちの教会では修行の一環だとかで一人で外に放り出されるからな。たった一人で、杖以外は何も持たされないんだぜ。その時のおかげで嫌でも慣れたさ」
「へえ…大変だな…」
 教会だとか修行だとかがあまりにも似合わない外見のカミーユだが、やはり王族付きの僧侶になるため、今日見たあれほどの技術を身に付けるためにはたくさん努力をしたのだろう。優人は純粋に気になった。
「修行って何をするの?」
「別に何ってこともねーよ。ただ世界中いろんな国をまわって、人を癒したり、教会があれば祈りにいくだけだ」
「カミーユは旅の先輩というわけだな」
「祈り…」
「こんな世の中だからよ、僧侶が来るだけでありがたがる国もたくさんある。昨日やったみたいに魔物を近づけないようにするまじないをかけたり、怪我のひどい奴が居たら癒してやって…そんなことだよ」
 まるで自分の行いなどどうでもいいという風にカミーユは話す。どこか皮肉を含んだような目を優人がじっと見ると、ぎろりと睨み返された。
「立派なことじゃないか」
「でも、何にもならねえよ。何の解決にもなっちゃいねえんだ」
 その言葉に優人はハッとする。忘れていたわけではないが、魔物を封印することができるのは、救世主の力のみ。この世界の人たちは、そのことを優人よりも強く思い知っているのだ。自分の無力さに、歯痒くも思うだろう。優人は何も言えなくなる。
「世の中が本当に求めているのは、屈強な騎士団でも、祈りを捧げる聖職者でもねえ。救世主の、お前の力だよ」
 話すカミーユの隣で、エリーも静かに頷く。
「そこんとこ、これから嫌でも自覚しやがれ」
「…うん、するよ、きっと」
「……重いぞ」
「そう、だろうな。でも、堪えるしかないよ」
 やると決めたから、堪えられないなんて言っちゃいけない。自分はそんな大した奴じゃないと卑屈になってもいけない。
「しんどくても、怖くても、僕にできることは少ないから…でも、それが大事なことだってわかったから。必死でやるしかないと、思ってるよ」
 確かに、世界を救うためだなんて自覚はまだ持てない。力もまだまだ足りなくて、ひとりじゃ何もできやしない。だからこそ地道に、やれることをやって、やれることを増やしていかなくちゃならない。先は見えないけれど、進むと決めたし、戻りたい道もない。
「…ふふ、ユウトが救世主で良かったよ」
「フン、今のところはクソ真面目が取り柄って感じだけどな」
「はは、ありがとう」
「褒めてねえよ…ああもう、さっさと食って寝ろ」
 ぱき、と火の中で木の枝が弾ける音が響く。火にあたれば暖かいが、少し冷えてきた。昨日とは違う味の携帯食糧をとって、交代で見張りをしつつ眠ることになった。


 しばらくぐっすりと眠った後、カミーユに無言のまま叩き起こされて優人に見張りの番が回ってきた。優人の見張りは夜明けまで。太陽がすべて顔を出したらみんなを起こしてそのまま出発という流れだ。真夜中よりは危険は少ないとはいえ、魔物がいつ襲ってくるとも限らないので、見張りが必要なのだ。

 見張りの間は、思った通り暇であった。三番目の順番なので、しばらく休んだ後で眠気はそれほどでもない。しかし黙ってじっとしていたらまた眠気がきそうだった。
 優人はエリーに教えられた通り剣の手入れでもしてみることにした。汚れを拭き取り、小さな刃こぼれなどがないか確認する。少し時間をかけて見てみたが、まだ素人目に見てわかるような綻びはないようだった。
 手入れがすぐに終わってしまうと、二人を起こさないように音を立てずに立ち上がる。いつまでも、弱いままではいられない。少しでも剣に慣れるため軽く練習しようと思ったのだった。とは言え、ここで疲れてしまってはまた迷惑をかけてしまうので、手に馴染ませるため、軽く振るだけにする。
 確か野球部やバスケ部に所属していた同級生が、いつもボールを手に握っていたことを思い出す。あれはいつでもボールに触れて手に馴染ませることでボールを扱う感覚を養うためだと聞いたことがあった。スポーツに明るいわけではない優人は、それがどれほどの効果があるものなのかはわからなかったが、全くの素人である自分はまず剣に慣れるため必要なのではないかと考えたのだ。
 細く軽いとは言え、やはり魔物を攻撃するために素早く振るにはそれなりの力がいる。そして細いからこそ狙うところに命中させるのは難しいのだと今日の戦闘で実感した。それに、優人の封印の剣はエリーが使うものよりも、また優人が想像する普通の剣よりも長いように思う。上手く扱えなければ、その遠心力で逆に使う側のほうが振り回されてしまいそうだった。実際、強く振った方向にそのまま体が持っていかれそうになったことが度々あった。
「まずは思うように扱えるようになることと、筋トレかなあ…」
 ぼそりと呟きながらも、鞘に入れたままふらふらと振ってみたり、くるりと回してみたりと色々な加減で動かしてみる。その程度でさえ、だんだんと腕が疲れて痛くなってくる。ただでさえ、少し筋肉痛を感じている腕だ。
 力をつけるなど、すぐにどうにかなるものではないとはいえ、優人はもどかしさを感じていた。また今無理をして疲れを残したり筋肉痛を悪化させたりしたなら、明日の戦闘でまた迷惑をかけてしまうかもしれない。明日は街に着くのだから、今日ほどは戦闘も多くはないかもしれないが、もしものときに封印をできるのは自分だけなのだから、いつでも動けるようにしておかなくてはいけない。

「練習も必要、無理は禁物…それはわかるけど、あまりにも…弱すぎるんだよなあ……」
 休むとも練習するともつかない状態にもやもやとしている内に、すっかり太陽が顔を出した。
優人が深くため息を吐くと、二人を起こして出発となった。

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