かなしみは星と輝く

アサツミヒロイ

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第三章

明かすこと、裹むこと

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 まさかの展開に、三人の考えていることは同じだった。ひょっとして、自分たちは騙されたのではないだろうか?
「な、なんだそれは……!わたしたちは……!」
「…………」
 エリーはひどく狼狽し、カミーユは半ば呆れ果てたような顔をして言葉を失っている。この大事に預かってきた紹介状は、とても紹介状とは呼べぬものだと、手に取って確認するまでもなく明らかだった。
 三人がただただ見つめていた手紙は、至極不機嫌そうな顔をしたアレクがぐしゃりと軽く握り潰してしまう。このままでは、この場で追い返されてしまうのでは?三人ともがそう思った。
 しかし、アレクの口から出たのは意外な言葉だった。
「……ふん、まあ、紹介状などあってもなくても構わんのだ。……来るがいい、入室を許可する」
「…………へっ?」
 てっきり断られるとばかり思っていたので、つい間抜けな声が漏れてしまった。言い終わるなりさっさと奥へ進もうとするアレクは、戸惑う優人たちに相変わらず睨むような視線を向け振り返る。
「い、いいんですか?だって……」
「私が許可すると言った。……おおかた、このふざけた手紙だって渡してきたのは弟のイアンのほうだろう」
 アレクはこちらが話していないことをさらりと言い当てた。イアンというのは、あの少年の名だろう。
「はい、そうです。でもなんでそれを……」
「聞かずともわかる。マリオン本人に渡されたのなら、こんなものを素直に信用してここまで大事に持ってくることもないだろうさ。そうなると、お前たちはある意味被害者とも言える。それに私自身も、救世主と王族らに研究室の資料を見せることに異存はない。よってマリオンや所長に頼まれずとも入室は許可する。これで納得か」
 捲し立てるようにすべてを言い終わると、今度こそこちらを振り返ることなくすたすたと奥へ歩いていってしまう。とにかく許可を得たのだから、この気難しそうな男の気の変わらぬうちに従うべきだ。三人は急いで後に続いた。

 向かった先は、図書館の二階から連絡通路を進んだ先にある、細長い塔のような建物だった。図書館のほうの建物があまりに大きかったので、対比すると小さく見えていたが、こちらの建物も入ってみるとかなり広いことがわかる。図書館の厳かな作りとは違い、研究室はとても質素な作りをしている。
 案内されたのは、通路から繋がるフロアからひとつ下の階だった。地上から数えると一階ということになるだろうか。図書館に負けじと並ぶこちらの本棚は、より機能的に並べられていることがわかる。
「こちらはだいぶ雰囲気が違うんですね」
 振り返るアレクの顔つきに、優人は思わず余計なことを言ったかと少し焦ったが、アレクはそれ以上は眉間の皺を深めずに答えた。どうやら不機嫌そうに見えるこの顔が、彼の平常らしい。
「向こうは魔力が織り込まれてる本なども多くある。そのために日光、外気、人の手……あらゆるものから本を守るために各所の装飾や棚に色々な魔法が施されているんだ。しかしこちらには研究の資料や記録があるだけで、ああいった保護を必要としていない」
 なるほど、さすが魔法の街マヒアドといったところか。聞けばあの美しいステンドグラスも、天井や柱にちりばめられた装飾もすべて魔法による本の保護を目的としたものだという。ただ見目が良いだけではなく、あの光の色ひとつひとつにも、全て意味があるらしい。
「代わりにこちらは塔の外壁に使われている石自体に魔法を練り込んである。研究資料を万が一のことから守るためだ。ちなみに……」
 アレクはそう話しながらいくつかの重そうな本や書類の束を、部屋の中央にある広い机に積み上げていく。
「すまないが、お前たちに見せられる資料はこれだけだ。こちらとしても、すべてを部外者に見せるわけにはいかない。これはマヒアド魔法騎士団としての判断だ」
「俺たちが知りたいのは、この世界の成り立ち……魔物の発生と星石についてなんだが」
 カミーユがそう伝えると、今までは冷静な態度を保っていたアレクの表情が変わる。それは先ほどの手紙で見せた怒りでもなく、間抜けな顔を晒した優人に向けた呆れでもなく。もっと何か複雑なものが入り混じった、言葉にはし難い表情だった。
「……無論、承知している。救世主たちがここへ来ると聞いて、見せられる関連資料と……余計なお節介かもしれんが、参考書籍なども見繕っておいた。不足があれば図書館は自由に閲覧してもよい」
「ありがとうございます、アレクさん」
 感情は読み取りにくい上に高圧的な物言いだが、アレクはどうにも悪い人には思えなかった。突き放すような態度を取るが、今朝所長に話を聞いて、この短時間でこれだけの資料と本を用意してくれたのだから、協力的な人物と見てもよいのだろう。
「感謝はいらん。私はすべきことをしただけだ。……とは言え、私にできるのはここまでだ。資料についての解説などせんぞ。私も忙しい」
「は、はい」
「期間は問わん。滞在している間はここを好きに使うといい。研究者たちは出払っているから、今時期このフロアには誰も出入りしない」
「かたじけない。少しの間世話になる」
 エリーの言葉には特に返事も反応も示さず、そのまま階段を昇りアレクは去っていった。

 アレクが去り足音も聞こえなくなると、エリーがふうう、と大きく息を吐いた。
「……なんなのだ、あの男は」
「僕は案外いい人そうに思えたけど」
 エリーは緩く首を振り、心底疲れたという風に脱力していた。そういえば、アレクと対面してからエリーはあまり話していないことに気がつく。
「よい人ではあろうな。それは間違いない。……しかし王族嫌いというのも本当らしいな。何も言いはしなかったが……品定めをするような、冷たい目……そういうのには慣れているつもりだったが、アレクのあの視線はなんだか……、どうにも堪える」
 優人がなんとなく見ていた限りでは、いつもと変わった様子のなかったエリーだが、実はかなり戸惑っていたらしい。確かに言葉数は少なかったが、エリーは聞くときは黙って聞くタイプであるため、その戸惑いを感じさせなかった。

「……はあ、しかし無事ここまでは来れたわけか。カミーユ、どんな感じなのだ?」
 既に黙って資料を広げ始めていたカミーユにエリーが問う。そう、問題は閲覧を許可された資料の内容である。
「う~ん……使えるんだか、使えないんだか、一見しただけじゃわからねえモンが多いな……まあ、研究資料なんてそんなモンだな。まずは調べたいことへのとっかかりからか。」
 無闇に資料から読み漁るよりも、まずは何を知るべきなのか目的を作ってからのほうが理解がしやすい。それは優人にもわかる。
「まず知るべきは、魔物がどこから生まれるのか、かな?」
「そうだな、そして何故魔物から星石が作られるのか、星石とはなんなのか…ってとこだ。どこまでわかってるのか、はたまた何もわかってないのかもしれねぇが」
 そう話すと、カミーユは資料の表紙や冒頭だけをざっと確認して、それらをいくつかに分類した。
「まずはこの辺から確認するのがいいか。この本は……俺は、以前読んだことがあるな。何せ、教会には必ず置いてるヤツだ」
 カミーユが手に取って渡してきたのは、あまり厚さのない深い青色の表紙の本だった。ぺらりと適当にページをめくってみると、挿絵のほうが多いような、絵本のような印象を受ける。けれどそれが絵本に思えないのは、書いてる文字が何だか仰々しく、わかりにくいものであるからだ。
「……天は導きを示し、かの地に生まれた災厄を除く。それは星々が与えし、かの地への救いである。新星とは救済の民の住まう場所。それは神が定めし世の理なり」
 優人が見ていたページの文章を、カミーユは別のものに目を通しながら読み上げた。
「覚えてるモンだな、ガキの頃からよく暗唱させられた。それが教会の教えになってる基本のキホンさ。ワケわかんねえ、くだらねえと思ってよく考えもしなかった。今更後悔するよ」
 これは短いながらも聖書みたいなものなのか、と優人は思った。ぱらぱらと数ページを進めて見ても、今出てきたような言葉ばかりが並べられている。確かに、わかろうともせず読めばうんざりしそうな内容だ。
「わかろうとしてなかったのは不真面目な俺だけじゃなかったけどな。みんな同じだ。本質なんて知ろうともしないヤツらばかりさ。……でもそいつは、カミサマの有り難さとか、使命とか、本当はそんな話が言いたい本ではないんじゃねえかと、俺は今日までのお前の話を聞いて思った。…というか、そう仮定する」
 話しながら器用にそれぞれの本や資料の内容を確認し仕分けしていっていたカミーユが全てを並べ終える。
「多分それには、ざっくりしたこの世界の仕組みが書かれてる。お前とエリーはそれとこっちの本を見てなんとなくでいいから理解しておけ。以上」
「えっ……これだけ?カミーユは」
「ざっと確認したが、こっちはお前らが見ても無駄。理解できるわけがねえ。わかったことを後日わかりやすく噛み砕いて説明してやる。数日貰うぜ、いいなエリー」
「ああ、勿論。任せたぞカミーユ」
 カミーユはそれきり黙り込み、並べた資料の左の山から崩し広げて、読み込んだまま顔を上げようともしなかった。どうやらこの資料の山をカミーユ一人で読み解くつもりらしい。
「本人は不真面目だと自称するが、ああ見えてカミーユは頭の良い男だ。まあ、こういうのは分業というやつだな。わたしたちは自分に見合ったものを、だ」
「うん……、そうなるよね……」
 この世界のことは、優人にとってはまだまだわからないことだらけだ。確かに、小難しい研究資料など読んでみたところで正しく理解するのは難しいだろう。となれば、分業という判断は正解だ。全く力になれないことは歯痒いが、ここは任せるしかない。
 せめて渡された本の内容くらいはきちんと理解しよう、そう思った。


 側で騒がしくしてはいけないので、少し離れたところでエリーと二人、渡された二冊の本を開く。
「しかし、まどろっこしい書き方をするものだな。物事を伝えるつもりはあるのか?これは」
「うーん、確かにね。ひょっとしたら、わざとわかりにくくしてるのかもしれないけど」
 なんとなく、そんな風に思った。
 教会に必ずあるという絵本のようなもの。もう一冊を開くと、こちらは挿絵などはなく普通の書籍といった感じだ。
「【約束の書】を読み解く……、約束の書って言うのが、これのこと?」
「その名前は聞いたことがあるな。こっちの絵本のような本のことであっているはずだ」
「じゃあこっちは、その【約束の書】っていうのの解説本みたいなものなのかな。……ううん、こっちもかなり小難しい言葉で書いてある」
 これはなかなか理解するのは苦労しそうだ、と優人は思った。

 伝えるつもりはあるのか、とエリーは言った。それは至極真っ当な疑問である。何かを書くということについては目的は様々であるが、書籍として出版されているからには、誰かに読まれ、そして理解されることを少なからず目的としているはずだ。それなのにこの【約束の書】と呼ばれているらしい本は、「理解されること」を放棄しているように思える。
 この書は、敢えてわかりにくく書かれているのではないかと思えた。優人は特にそういった変わりものの書籍に出会ったことがあるわけではないが、これは何かを「伝える」ためではなく、「隠す」ために書かれたのではないかとさえ感じた。

 まずは全て読み込んでみるしかない。優人は集中して、その理解を拒むような文字たちをなぞっていくことにする。
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